メロンパン「私は、天使を見た」   作:さかは

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伏黒甚爾は『黒服』を見た

 

 

 爆発とともに始まった星漿体の落下騒動は、ユメと傑の側でも大きな混乱にはならなかった。

 最初の爆破こそ肝を冷やす場面だったが、ユメが即座に術式を展開し、衝撃と破片をまるごと押し返す。

 

 その後、爆弾を使用したと思われる、Qの構成員が現れたが──そちらも傑がさっさと捕えてしまった。

 

 結果、呪詛師集団Qとの小競り合いは、拍子抜けするほど短時間で終わった。

 

 爆発の余韻がまだ部屋にこびりついている。

 降り積もる灰煙の中、ユメと傑は落ち着いた様子で、爆風で吹き飛んだ家具や壁材の処理を淡々と進めていた。

 

「.....ホシノちゃん、暴れてないといいんだけど」

「君ねえ。あの子は暴れるのが通常運転だろ?」

 

 心配そうに眉を寄せるユメに、傑は肩をすくめる。

 そもそも術師の任務は基本荒事なのだから、暴れたところで今さらだ。

 

 傑は部屋の隅に残っていたティーポットを拾い、平然と紅茶を淹れ始めた。

 

「どうだい?ユメ。飲むかい?」

 

「お!良いね!お菓子はあるかな?」

 

 爆風の衝撃で気絶した星漿体の少女をベッドに寝かせたユメが、途端に楽しげに身を乗り出す。

 

 半壊した部屋。

 倒れた家具。

 気絶して転がる少女。

 

 ──そんな状況をまる無視してお茶会の準備を始める二人は、非常に異様だった。

 

 そして、もっと異様なのは。

 

「頼む!!話を聞いてくれ!!俺が悪かった!!ごめんって!!マジでごめん!!」

 

【チューしよう?】

 

「えっ!!???」

 

【チューしようよおおおおおおおお】

 

「うわあああああああ!!!???」

 

 複数の顔を持つ傑の呪霊が、Qの構成員を抑えつけながらキスを迫っていた。

 構成員は必死に顔を逸らし、全力で拒否している。

 

「あ!傑くん!これ有名なお菓子だよ!前に雑誌に載ってた!」

「良いね。そこに広げてくれるかい?」

 

 爆発で吹き飛ばされたのだろう、一部だけ焦げている紙袋。

 ユメはそれを抱え、子犬のように傑のもとへ駆け寄る。

 傑は、まるで日常の延長かのように返事をした。

 

「この件から手を引く!! 呪詛師もやめる!!」

 

【チューしようよ】

 

「もちろんQもだ!! そうだ!田舎に帰って米を作ろう!!」

 

 Qの構成員が全力で現実逃避を叫ぶが、ユメと傑は完全に無視してお茶会を続行していた。

 

 ユメに至っては、お菓子につける用のバターを探して、ホテルの小さな冷蔵庫の中をがさごそと探していた。

 

 

「聞こえてるだろぉ!!??」

 

 必死すぎる悲鳴が響く。

 だが二人は、やはり聞こえていないかのように淡々としていた。

 

「呪詛師に農家が務まるかよ」

 

「なんか変な汁が出てきそうだよね」

 

「聞こえてんじゃん!!!」

 

 構成員が全力でツッコむ中、傑の呪霊は相変わらず多重の顔面でキスを迫り続けていた。

 

「──ん?」

 

 次の瞬間、ユメの携帯がピロリン、と軽い音を立てた。

 彼女のガラケーは淡い水色の古い機種で、

裏面には悟たち二年やホシノと撮ったプリクラ写真が、ところ狭しと貼り付けられている。

 中身を確認すると、メールが一件届いているようだ。

 

「ねえ、傑くん」

 

「これは……ぷっ!」

 

 ユメは届いた画面を傑に見せる。

 傑は一瞬だけ堪え、そして吹き出した。

 

「学生風情が舐めやがって! だがここにはバイエルさんが来てる!

 Qの最高戦力だ! お前らもそいつらも──」

 

「ねえ。バイエルって、この人のこと?」

 

「え?」

 

 ユメは携帯の写真を構成員に向けて見せる。

 画面には──笑顔でピースする悟と、呆れ顔のホシノ。

 その後ろには、ボコボコにされた Q の構成員がきれいに転がっていた。

 

「…………この人、ですね……」

 

 構成員の顔から音を立てて希望が消えた。

 

【報告】

呪詛師集団 Q、最高戦力バイエル離脱により、組織瓦解。

 

 *

 

 場所は都内のボートレース場。

 エンジン音と実況の声が入り混じる喧騒の中、甚爾は缶コーヒー片手にオッズ表を眺めていた。

 

 隣の席に、いつの間にか現れた黒服の男が、ゆっくりと腰を下ろす。

 

「随分と余裕そうですね。

 今すぐにでも仕事へ向かった方が宜しいのでは?」

 

 黒服の言葉に、甚爾は呆れたように鼻で笑った。

 

「随分と焦燥してんな。

 何事も金が必要なんだよ。金持ちにはわからないか?」

 

「ククク。私は別に金持ちではありませんよ。

 ただ──多少の大金を積んでも構わないほど、小鳥遊ホシノには興味を惹かれている。それだけです」

 

 黒服の横顔を見もしないまま、甚爾は舟券を指先で弾いた。

 信用していないのか。興味がないのか。

 黒服はそのどちらかは問わない。

 

「そうかい。だが、テメェの興味は俺からしたら知ったこっちゃない。

 第一な、ダブルワークは勘弁してほしいんだよ。

 一応受けてやるが……やれたらやる、程度に思っとけ」

 

 エンジン音が一段と大きくなる。

 甚爾はゆっくり伸びをして、続けた。

 

「俺はよ。金無しより金持ちの方が好きなのさ」

 

 甚爾の言葉は、実質的な依頼に対するNOの姿勢に他ならない。

 にも関わらず、黒服は飄々とした態度を崩そうとはせず、彼にそっと顔を近づける。

 

「……ですが、道に万札が落ちていたのなら拾うのが貴方でしょう?

 楽に稼ぐ。そんなやり方が許されるのが大人の特権であり、そんなやり方が選択肢となるのが大人の弱さです」

 

 エンジン音がより強く響き、周囲から歓声が上がる。レースも終盤に差し掛かったのだろう。

 

「楽に拾えるものか。神秘……明治から出てきた術者にとっての厄介者。

 例え相手が術師なら弾の一発でも撃ちこみゃあ拾えるが、神秘持ちは硬いからな。

 気絶させた上で殺す。んな面倒な真似、する気はないんだがな」

 

 

「なるほど。確かにその通り、ヘイロー持ちの身体の硬さは術師とは隔絶しているでしょう。

 禪院家の貴方でも情報が少ないとは……。

 呪力とは隔絶した力。ククク──“神秘”とは我ながら良い名を付けたものです」

 

 何処か皮肉げに甚爾の言葉に返す黒服。

 甚爾の態度は相変わらず乗り気ではないのに、一切そのことに焦りを見せる様子は無い。

 

 

 甚爾は黒服の言葉に、何処か引っ掛かりを覚えたものの、それを深く追求する気持ちも起きず、その先の黒服の言葉に耳を傾ける。

 

「ですが、まあ……世の中何が起こるのかは分かりませんよ」

 

 黒服がその言葉を発した瞬間、今まで一位から遠く離れた場所にいた二位のボートが急激な加速を見せ、一気にそのまま一着でゴールしてみせた。

 

 周囲からは歓声、あるいは罵声が飛び交い、ボートレース場は今や、小さな祭りの最中のようだ。

 

「ーー当たりましたか?」

 

 黒服が問う。

 

「ちっ……!」

 

 甚爾は特大の舌打ちを返した。

 

 

 *

 

 ホテルで四人は合流し、まずは星漿体である、少女…天内理子を安全な部屋へと運んでいた。

 

「くそっ!なんで俺が……」

 

「五条先輩が一番何もしてませんからね。

 せめてQと戦闘の一つでもすれば良かったのに」

 

 ホシノが呆れた声で言い捨て、悟を横目で眺める。

 

「アレはテメェが勝手にやったからだろおが!」

 

 悟は肩に理子の重みを乗せたまま、子供のように噛みついた。

 

「目を覚まさないね」

「とりあえずは生きてはいるが……」

「一応、医者見せる?」

 

 いまだに目を閉じたままスヤスヤ眠る少女に、ユメ、傑、悟の三人は顔を寄せ合って会話を続ける。

 

「硝子先輩みたいに反転術式を使えたらよかったんですけどね」

 

「つーか、お前たちって反転使えんの?」

 

 悟の疑問に、ホシノが肩をすくめながら答える。

 

「不明です。そもそも私たち、サンプルケースが少なすぎるので」

 

 淡々とした言い方ではあるが、そこには皮肉も混じっていた。

 

 神秘の持ち主は、明治から急速に現れはじめた少女たちだ。

 しかし、彼女たちがどうして神秘に目覚めるのか──その条件は未だ判明していない。

 自然発生した少女を探すこと自体が難航しており、研究が進まないのが現状だった。

 

 分かりやすく言えば、神秘の持ち主は“そもそも希少”なのだ。

 

「んま。俺には関係のないことか。

 ──ん?」

 

「う……ん……」

 

「お!起きた」

 

 呼吸が乱れ、閉じていた理子の瞳がゆっくりと開かれる。

 まず視界に入ったのは、自分を抱えている悟の顔。

 

一瞬だけ間があった──その直後。

 

「オラアアアアアアアアア!!!!」

 

 大きな水袋を叩き割ったような音とともに、理子のビンタが悟の顔面にクリーンヒットする。

 術式を解いていた悟には回避も防御もない。

 

「うわー痛そう。」

 

 ユメが呑気に言葉を漏らす。

 

「下衆め!!妾を殺したくば、貴様から死んでみせよ!!」

 

 悟たちから距離を取る理子は構えながら無茶苦茶なことを言いだした。警戒している理子に傑が話しかける。

 

「理子ちゃん落ち着いて。私は君たちを襲った連中とは違うよ」

 

「嘘じゃ!!嘘つきの顔じゃ!!……あと前髪も変じゃ!!」

 

 急に前髪をディスられた傑は静かな表情を見せる。

 その背後ではホシノが顔を抑えて震えている。

 

「り、理子ちゃん!大丈夫、わたしたちは味方で…。」

「ーーそうなのか。

 前髪は信用できないが、うぬは信用出来そうじゃな」

 

 

 ユメが慌てて間に入ると理子は途端に納得した表情をみせた。

 

「「ーーオイッ!」」

 

 男子陣からは不満の声が上がった。

 

 

 *

 

 

 その後、理子の使用人である黒井と合流し、すぐにでも高専へ戻る──本来はそのつもりだった。

 

『あ……学校!! 黒井、今何時じゃ⁉』

 

『えっ……まだ昼前ですが。ですが理子様、さすがに学校は──』

 

『うるさい!! 行くったら行くのじゃ!!』

 

 そう、理子本人が盛大に駄々をこねた結果、五人は仕方なく彼女の通う廉直女学院へ向かうことになった。

 

 理子はそこの中等部の学生である。登校すると言い張って聞かない以上、黒井と高専側は折れるしかなかった。

 

 現在、理子は学校へ向かい、悟・傑・ユメ・ホシノの四人は黒井と共に校内プールで待機している。

 悟はプールサイドで夜蛾と電話している最中だった。

 

「はあ!!??さっさと高専戻った方が安全でしょ!!??」

 

 悟の怒鳴り声に、電話の向こうの夜蛾が淡々と返す。

 

『そうしたいのは山々だが、天元様のご命令だ。天内理子の要望には全て答えよ』

 

 短くそう告げると、夜蛾は一方的に通話を切った。

 

「マジかよ……ちっ、ゆとり極まれりだな」

 

 携帯を仕舞いながら悟が舌打ちする。

 その横で、傑が肩をすくめて悟を宥めた。

 

「そう言うな悟。ああは言ってたが、同化後の理子ちゃんは“天元様”として、高専最下層で結界の核になる。友人とも家族とも……大切な人たちとも、もう会えなくなるんだ」

 

 傑は静かに続ける。

 

「最後くらい、好きにさせてやりなよ」

 

 傑の言葉を横で聞きながら、ホシノはプールサイドに腰をおろし、仰向けの姿勢のまま悟たちの様子を見上げた。

 

「私は、傑先輩に賛成ですね。

 大人の都合でこんなことになるなんて、普通に非道です。

 

 ……というか、さっさと“例の確認”してしまいましょうよ。

 どうせ結果は見えてるんですし」

 

「残念だけど、それは出来ないよ、ホシノ。

 理子ちゃんは学校には行きたいって言ってたけど、同化そのものには乗り気だった」

 

 傑が肩をすくめながら返す。

 

 ホシノは、先ほどの彼女の言葉を思い返し、こめかみに指を当てた。

 

『いいか? 天元様は妾で、妾は天元様なのだ!』

 

『貴様らは同化と死を混同しておるが、それは大きな間違いじゃ!

 同化により妾は天元様となるが、天元様も妾!魂は生き続け……』

 

 思い出すだけで頭が痛くなる勢いだった。

 

「だったら、高専に行けばいいのに……。

 うへ〜。わからないですね。」

 

 ホシノがぼそっと呟く。

 

 それに傑が穏やかな声で返す。

 

「そう言わないよ、ホシノ。人間はそんなに単純な思考回路をしてるわけじゃないさ。

 立派に考え、最善を選ぼうとして失敗し、もしかしたら成功する。

 

 

 これは猿から進化した人間としての知性だ。

 そこに善悪を当てはめすぎると……ちょっと窮屈だ」

 

「……すいません」

 

 小さく息を吐き、視線を落とす。少しの間をおいて、ホシノは居心地悪そうに謝った。  不意に、その頬へ冷たい何かが押し当てられる。

 

「ーーひゃっ!?」

 

 ホシノが裏返った声を上げた。

 

「でも、難しい問題だよね。  はいコレ。コーラとジュース、どっちがいい?」

 

 奥側から飲み物を買ってきてもらったユメが会話に加わる。

 

 

 自分たちとは違う倫理観。

 それに正面から触れてしまった感覚は、高校生の彼、彼女らには少し強すぎる刺激だった。

 

 術師たちの会話の奥で、黒いメイド服の女性が肩を震わせていた。理子の使用人、黒井だ。彼女は辛そうな顔で言葉を選びながら、理子の境遇を語り始める。

 

「お嬢様にはご家族がいません。幼い頃に事故で……それからは、私が側でお世話して参りました。ですから、せめてご友人たちとは――少しでも」

 

 黒井は四人に深く頭を下げ、声を震わせる。傑はそれを見て、にっこりと優しい笑みを返した。

 

「それじゃあ、あなたが家族だ」

 

 黒井の目に一瞬、驚きと安堵が混じった。短く、しかし確かな返事。

 

「はい」

 

 黒井が頷くのを見たホシノは、ユメからジュースを受け取ると、そのまま勢いよく飲み干した。

 

「……まあ、私たちも最初っからそっちのつもりですから。

 そうですね。少し軽率でした」

「そうそう。間違ったら後悔するんじゃなくて、どうするか考える。

 ホシノちゃんは、そっちの方がいいよ」

 

 ユメの呑気な様子を見て、悟は呆れた。コーラを口に含むと隣の傑に確認を取る。

 

「傑、監視に出してる呪霊は?」

 

「ああ。冥さんみたいに視覚共有ができればいいんだけどねぇ…それでも異常があればすぐに…」

 

 その瞬間、傑の表情がピクリと揺れ、視線がある一点へと吸い寄せられた。

 異変を感じ取ったユメが首をかしげる。

 

「? どうしたの、傑くん」

 

 彼はその問いに言葉を返す代わりに、すっと立ち上がり大股で歩き出した。

 

「悟、ホシノ。急いで理子ちゃんのところへ。

  ユメは何かあった時のためにここで待機。

 

……2体、祓われた」

 

 傑の呪霊が二体同時に消えた──それはつまり、校内に刺客が入り込んだという確かな証拠だった。

 

 *

 

 

 四人は廉直女学院の校内に入り、そのまま校舎内を全力で走っていく。

 

「天内は?」

 

「この時間は音楽なので、音楽室か礼拝堂ですね」

 

「レーハイドゥ⁉」

 

 悟が変な声を上げた。礼拝堂という単語が引っかかったらしい。

 

「音楽教師の都合で変わるんです。あと、ここはミッションスクールです」

 

 五条と黒井の会話に、ホシノは苦々しい顔を歪める。

 一刻を争う状況で“候補が二つ”。

 襲撃のタイミングとしては最悪だ。

 

「悟は礼拝堂。黒井さんとホシノは音楽室。ユメは待機。私は……アンノウンの二人を追う」

 

「承知いたしました」

 

 傑の指示に従い、一団は三手に分かれる。

 

 その最中、悟はここへ来る道中、理子に言われた言葉を思い出していた。

 

『ついてくるでない!!友達に見られたらどうするのじゃ!!』

 

「申し訳ありません……移動の度にメールするよう言ったのですが……」

 

「だから目の届く範囲で護衛させろって言ったのに! あのガキ!」

 

 愚痴を言っても始まらない。

 悟は礼拝堂へ、黒井とホシノは音楽室へ──

三者三様の焦りを抱えたまま、急いで駆け出していった。

 

 *

 

「誰もいないですね」

 

 ホシノは勢いよく開けた扉を、今度は静かに閉じた。

 三階の音楽室は、机ひとつ、椅子ひとつ動かされた様子のない“もぬけの殻”だった。

 

「……生徒も、教師もいませんね」

 

「はい。ということは──お嬢様は礼拝堂の方にいらっしゃるのでしょう」

 

 黒井が申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「すみません。わざわざご足労いただいて」

 

「いえいえ。礼拝堂にいるって分かっただけで収穫ですから。

 私たちも“アンノウン”に専念できるので」

 

 ホシノは一瞬だけ“護衛対象を放っていいのか”と考えるが──

 本当に一瞬だけだった。

 

「……まあ、悟先輩なら大丈夫か」

 

 その結論は、ホシノの中で欠片も揺らがなかった。

 ホシノは、彼のことを尊敬しているわけではない。

 ただ、彼の実力を信頼しているだけだ。

 

 それ以上は考えず、次はどう動くかと思考を切り替える。

 傑の言葉では、祓われた呪霊の数は二体。

 ならば、校内に侵入したアンノウンの数は複数人であってもおかしくない。

 

「こんなんだったら、傑先輩からどのあたりで呪霊が祓われたかぐらい、聞いときゃ良かったかな」

 

 口に出してみたところで、状況はすでに動いている。

まさに、後悔先に立たずだった。

 

 

(多分、傑先輩は、校内の呪詛師を探しに行った……

 授業時間中なら、校内を出歩いているだけで、怪しいやつになる。)

 

 そう考えると、ホシノは窓から身を乗り出した。

 その視界の先――学校の中庭を歩く、怪しげな人影が一人見える。

 

「黒井さん。……あそこ」

 

 ホシノは黒井を呼び、視線でその人影を示し、その人影を確認する。

 

 

 どう見ても、まともな人間には見えなかった。

 確実に堅気の者ではない、大柄な体格に、顔を隠すためなのか、頭には紙袋が被せられている。

 

「一応聞いておきますけど、学園の関係者だったりします?

 今日偶然、仮装パーティーが行われてたり?」

「まさか。あんな人見たことも聞いたこともありません」

「ーーそうですか」

 

 なんとも雑な男だと、ホシノは内心で吐き捨てる。

 侵入するにしても、教師か清掃員くらいには化けるものだろうに。

 

 ……まあ、頭の回らない、その程度の相手だということだ。

 

「じゃ、サッサと捕らえてきます」

 

 そう言ってホシノは勢いよく飛び出した。

 

「小鳥遊様!?」

 

 驚く黒井の声をバックに、ホシノは空中で校舎の壁を蹴ると、宙に舞うように躍り出る。

 

 フワリと空中での一瞬の浮遊感の後、一瞬上に飛んだエネルギーと下に落ちる重力が釣り合い、ホシノが空中で停止する。

 

 ガチリ、とホシノの指に馴染んだ音が鳴り響いて、ショットガンの照準を袋男に合わせる。

 

「ん?ちぃ……!」

 

 男がショットガンの発砲音に気がつき、回避行動を取る。だが、初動が遅すぎた。

 ショットガンの弾丸は迷うことなく男の足を貫き、男の動きが停止する。

 

「ーーーッ!!!」

 

 そのままホシノは落下するエネルギーをすべて込めるように、身体を空中で捻らせると男の脳天にショットガンの銃座を叩きつける。

 

 動きを止められた直後、脳天に一撃を喰らい、脳震盪でも起こしたのか、男は一瞬意識が飛んだように停止する。

 

 ホシノはその隙を逃さず、クルリと男の肩を掴んで回転すると、男に馬乗りになる。

 次の瞬間には勢いよく、頭上から眉間に銃口を突きつけた。

 

 

「貴方、何処の人間ですか?

 Qの人間じゃないですよね?あの趣味の悪い制服を着てない。」

「チッ!ガキが、この…」

 

 男は暴れて拳をホシノに叩きつける。

 だが……

 

「この程度でッ!」

「なんだおまえ!!?」

 

 ホシノの身体を殴りつけた瞬間、その頑強さに悲鳴を上げる。

 

 神秘の持ち主は、銃弾で撃たれてもそれが致命傷にならない程度には身体が頑丈に変化している。

 この程度の男の打撃、ホシノには大した衝撃ではない。

 

 男は必死にもがくが、ホシノはがっしりと押さえ込み、身動きを一切許さない。

――そのとき、背後から低い声が落ちた。

 

「さすがはホシノ。おかげで取り押さえる手間が省けたよ」

 

 声に呼応するように、足元の地面が軋み、黒い影が滲み出す。

 無数の手が這い出し、袋の男の四肢へと絡みついた。

 

 振り向けば、夏油傑がそこに立っている。

 その脇では、別の影が三階の黒井の身体を抱え、静かに地上へ降ろしていた。

 

「黒井さん、理子ちゃんは?」

 

「五条様と一緒に学校を出ました」

 

「じゃあ、私たちも向かいましょう。少し面倒なことになっています」

 

 傑の言葉に、ホシノが怪訝な表情を浮かべる。 だが、彼女が問い返すより早く、男は不敵に笑った。

 

「くくく、やっぱさっきのが三〇〇〇万か」

 

 言い残すと同時、男の身体がドロドロに溶け、潰れるように消え去った。

 

「す、すいませんっ……!!」

 

自分のミスで逃した。そう直感したのだろう。ホシノは青ざめた顔で傑に頭を下げた。

 

「ホシノ、落ち着きなさい。今のは式神――いや、正確には違うが、気にする必要はないよ」

 

傑は淡々となだめる。

 

「相手からすれば、ただのトカゲの尻尾だ。切られる前提の、捨て身の囮だよ」

「むうっ……そうですか」

 

 納得はいかないのか、ホシノは苦々しげに頷く。 彼女はそのまま立ち上がると、悟の向かった方向へ視線を投げた。

 

「ちょ!? ホシノ」

「すいません、夏油先輩。こっちは任せます!」

 

走り去っていく背中を見送り、傑は呆れたように呟く。

 

「全く、少し生き急ぎすぎじゃないか?」

 

 *

 

「馬鹿者! あれほど皆の前に顔を出すなと!」

 

天内を抱えた悟が舌打ちを溢す。

 

「呪詛師襲来。後は分かんだろ」

 

 

 天内を抱えて走る悟は、ビルとビルの間を飛び継ぎ、女学院から離れていた。

 天内が学校に行きたいという思いが理解出来ないこともないが、流石にこれ以上は無理だ。

 

 傑達が対応している以上、よっぽどのことが無い限り教師や他の生徒に被害が出るようなことはないだろうが、それでも万が一のことがある。

 

「むう……」

 

 そのことを説明してやれば、理子は途端に大人しくなる。

 我儘なようで、意外に物分かりが良い。

 

『……というか、さっさと“例の確認”してしまいましょうよ。

 どうせ結果は見えてるんですし』

 

 馬鹿みたいな後輩の声が反芻する。

 だが、それは出来ない。

 本人が同化に乗り気である以上、どれほど学校に通うことに乗り気だとしても、悟達が干渉することは出来ない。

 

 あくまでも悟達は呪術師だ。

 

 それでも、この少女の他の友人を大切にしている姿を見ると、彼女の言っていたことも案外間違いではないかもしれない。

 

 

 

 

 悟はホシノが苦手だ。

 だが、嫌悪しているわけでもない。

 

——あくまで、手のかかる馬鹿な後輩。彼の中での彼女の立ち位置はそれだけだ。

 

「悟先輩!!」

 

 噂をすれば、というやつだ。

ホシノが少し遅れて追いかけてきた。

 

 

「随分、焦ってんな。」

 

 悟がニヤリと笑ってホシノに声を掛けると、ホシノは一瞬だけ表情を崩した。

 だがすぐに、いつも通りの馬鹿真面目な無一文字に戻る。

 

「焦ってないです。

 状況を伝えるために追いかけて来ただけです。

 学校に入り込んできた呪詛師は、Qの人間じゃありません。

それと……一人、逃しました。

 

 直ぐに、対策を取らないと」

 

 その勢いのまま言い切るホシノに、悟は呆れた表情を見せる。

 

 

「状況を伝えるってなぁ〜。

 俺、電話持ってるぞ。」

 

「……ぐ。」

 

 ホシノが気まずそうに目を逸らす。

 ほら、手のかかる後輩だ。

 悟に見透かすような青い瞳を向けられ、ホシノは落ち着きを失っている。

 

「ま、良いか」

「わ!?」

「何すんじゃ!不敬ぞ!!」

 

 悟はポン。と軽い音を立ててホシノの頭に手を乗せ、ホシノが怯んだ隙に彼女に天内を押し付ける。

 

「ちょ、なんですか!?急に…」

 

 ホシノの苛つくような声を右の耳から左の耳へ聞き流しながら、悟はホシノが来た瞬間から離れつつある呪力の持ち主に声を投げかける。

 

「いつまで隠れてんだよ!おっさん、奇襲するならダダ漏れの呪力ちったあ隠してから来いよ」

 

「ーーなにッ!?」

 

 驚いて現れたのはホシノが見た、袋の呪詛師()()

 

「増えた!? 五人じゃ!」

 

 驚く天内の言葉を無視して、悟は掌印を結んで術式を発動させた。

 

 

 ――術式順転『蒼』

 

 

 呪力で生み出された引力が、襲撃者の紙袋男を全員吸い寄せ、潰した。マックス五体で全員本体の分身。なかなかにいい術式だが、五条悟の敵ではない。

 

「ーーんな。」

「相変わらず、凄い人」

 

 その圧倒的なまでの()()に、その光景に、理子は呆然と立ち尽くす。

ホシノは一瞬だけ目を細め、すぐに視線を逸らした。

 

 

 呆然とした空気が残る中、不意に理子の携帯が震える。

 

 

「ど、どうしよう。黒井が……!」

 

震える指で画面を操作する。

 

 

 

 画面を覗き込む。そこには、天内の使用人である黒井が手と足を拘束されている写真が写っていた。

 




キャラクタープロフィール
 
小鳥遊ホシノ
 
年齢:15
 
所属:東京都立呪術高等専門学校
 
高専入学方法:推薦
 
等級:一級術師
 
好きな食べ物:紅茶
 
嫌いな食べ物:ピーマン
 
趣味・特技:射撃訓練
 
ストレス:五条悟

生得術式:Eye of Horus

 
他の登場人物からの印象

悟→手のかかる後輩
傑→真面目な子
硝子→悟や傑と気が合いそう


術式・Eye of Horus

ホシノの術式で、銃弾を当てた相手やその周囲の術式を問答無用でスタンさせる。
基本的に神秘側の術式は強くなりづらく、ホシノも同様であるが、ホシノはその類稀な戦闘スキルと呪術師一の神秘を持っており、この術式も非常に強力な物に昇華されている。
どちらかと言うと、すっくん。
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