メロンパン「私は、天使を見た」   作:さかは

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ここからオリジナル設定を増やしていこうと思います。

それからブルアカ五周年おめでとう


伏黒甚爾は神秘を見た。

「それで、これからどうしますか」

 

 先ほどの戦闘場所から離れた路地裏で、ホシノは確かめるように切り出した。

 

「すまない……私たちのミスだ」

「ごめん。悟くん達を先に追うように言われて、それで……」

 

 頭を下げる傑とユメに対し、悟は淡々と返す。

 

「そうか? ミスってほどのミスでもねぇだろ」

 

 その言葉に、ホシノもまた頷いた。

 

「そうです。今回に関しては私の判断ミスの方が大きいです」

 

 ――それよりも、建設的な話をすべき。 その空気を察し、悟が先を続ける。

 

「相手は次、人質交換的な出方で来るだろう。天内と黒井さんのトレードとか、天内を殺さないと黒井さんを殺すとか」

「なら、私が変装して代わりに人質になります。私なら小柄ですし、直ぐにはバレないはずです」

 

 即座に提案するホシノ。だが、それに噛み付いたのは理子だった。

 

「い、いやじゃ! 取り引きには妾も行くぞ! まだオマエらは信用できん!」

「このガキ、この期に及んでそんなことを……」

 

 学校で襲われたばかりだというのに、随分な言い草だ。 悟が凄むように睨みを効かせる。

 

 彼の強さは、彼女だって嫌というほど目にしているはず。

 実際、今彼女は僅かに震えている。

 それはきっと、黒井が犠牲になることを恐れているが為だ。だが、同時にあり得ないとは理解しつつも、目の前の男を恐れてしまっている。

 

 まるで、ライオンのいる檻に放り込まれてしまった気分だ。

 それでも、天内理子は引き下がらなかった。

 

「助けられたとしても、同化までに黒井が帰って来なかったら?」

 

 ――まだ、お別れも言ってないのに……?

 

 理子はスカートを強く握りしめ、ボロボロと涙をこぼしながら訴える。

 家族同然の黒井。その存在がどれほど大きいか、今の理子の顔を見れば痛いほどわかった。

 

 長い沈黙の中、悟が口を開く。

 

「……そのうち拉致犯から連絡が来る。もしあっちの頭が予想より回って、天内を連れて行く事で黒井さんの生存率が下がる様なら……お前を置いていく」

 

 その言葉に、理子はごしごしと乱暴に涙を拭い、覚悟を決めた顔で頷いた。

 

「わかった……それでいい」

「逆に言えば、途中でビビッて帰りたくなってもシカトするからな。覚悟しとけ」

 

 方針は固まった。  一行は黒井の救出のため、再び行動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、ここは何処(どこ)なんだ?」

 

 コツ、コツ。硬質な靴音が、無機質な通路に反響する。

 伏黒甚爾は、鋼鉄で閉ざされた回廊を歩いていた。視線は前へ。問いかけは、背後へ。 そこには、一人の男が追従している。

 

「まあ、奴等が沖縄に行った以上、暫くは暇になるとは言ったが……こんな道楽に付き合わされる義理はねぇぞ。 俺を喰った呪霊の腹の中か?」

 

 問いかけと同時、背後の気配が口を開く。

 

「ククク。今更ですが、『術式の開示』をしておきますか。そちらの方が、貴方がここから日本に帰る為の呪力効率も良くなる。」

 

 背後の黒服の男は不気味に笑うと、その先の言葉を続ける。

 

 

「あの呪霊の名は『夜道怪』。 私が縛りによって契約をしていた存在です。

 アレは……そうですね、神隠し――人間の失踪に対する畏怖が集合した、特級仮想怨霊と説明すれば良いでしょうか? その術式は、異なる場所への転移。つまり貴方は今、神隠しに遭って全く別の場所にいるというわけですよ」

 

「……へえ」

 

 面倒なことだ。甚爾はため息と共に、数分前の記憶を反芻する。 星漿体のメイドを片付け、時雨に引き渡した直後のことだ。不意に現れたこの黒服(コイツ)は言ったのだ。

 

『面白い暇つぶしがあるのですが、お付き合い願えますか?』

 

 直後、けったいな僧形の呪霊が現れ、甚爾を丸飲みにした。  避けるのは造作もなかった。だが害意はなく、一応は金蔓(スポンサー)だ。大人しく飲まれてやった結果が、このザマとは。何とも面倒なものだ。

 

「それで、コイツらは一体なんなんだ?」

 

 そう言って甚爾が顎をしゃくって指した先にはあったのは()()()()()()()()()

 そうとしか形容のできないもの達が転がっていた。

 一つ一つは小さく、四角い形をしており、跳ねるようにして襲いかかってきた。

 

「もう片付けましたか」

 

「まあな。むしろ、拍子抜けだ」

 

 

 パキパキと音を立てて、無数の機械の残骸が音を立てて表層が剥がれるように崩れていく。

 

 それは、呪霊が祓われた際に見せる崩壊によく似ている。

 

 暫しの沈黙の後、伏黒甚爾は黒服に向けて問いを投げかける。

 

「俺は五感が強くてな。音や匂い、そんな物を利用すれば、それが何なのかは理解出来る。

 

 だからこそ解せない。コイツ等はなんだ?

 呪霊でもない。かと言って生物でもねえ。こんな奴等は初めて見たぞ」

 

 強さは大したことは無かったが、こんな存在がこの世に在ること自体が解せない。

 

 アニメや漫画の世界ではあるまいし、こんな自律稼働する機械、ガラケーが普及した程度の現代にあるはずがないのだ。

 

「はて? なんだと思いますか?」

 

 黒服は芝居がかった口調で問い返す。試すような物言いが鼻につく。

 

「さあな。」

 

 黒服からの問いに、甚爾はただそのように答えた。

 わざわざ彼と心理戦をするような気もなく、する必要性も感じない。

 仮に、ここが何処か分かっているのなら、タダ働きは御免だとでも言って、さっさとトンズラしていただろう。

 

 それを彼が行わないのは、一重(ひとえ)にこの男に主導権を握られているからだ。

 

 

 間違いなく、実力で言えば圧倒的に甚爾の方が上だ。

 

 それは今まで裏の世界で生きてきた、彼の“勘”が告げている。

 だが……この男からは、実力とは違う、ある種の不気味さが感じられた。

 

 それが、なんなのかは分からない。

 

(少し、勘が鈍ったか)

 

 ぼんやりと考えながら、黒服に顔を向ける。

 もう、これ以上付き合う気は無いという、脅迫に近しい感情を込めて。

 

「いやいや、失礼。

 そこまで貴方を揶揄うつもりは無かったのですが」

 

 黒服は、わざとらしく手を上げると、そのまま言葉を続ける。

 

「貴方は……禪院家は、何処まで神秘について、知っているのですか?」

「ーーさあな。

 俺が知っているのは、ガキの読む教科書に載っているのと同じくらいさ。

 神秘は明治に見つかった、新たな呪術に於ける概念であり……」

 

 甚爾がその先を答えようとした瞬間、黒服が先に言葉を差し挟む

 

「呪力に限りなく近い性質を持った、エネルギーである」

 

 その言葉に甚爾は何も言わなかった。

 何かを彼が言うよりも早く、黒服はその先の言葉を話し始めていた。

 まるで、その先の言葉を話したくて堪らないと言わんばかりに、幼い子供が親に向ける無邪気さがそこには潜んでいた。

 

「分かるでしょう?  限りなく同じエネルギーが存在するなら、それは在って然るべき。私はこれを見つけた時、本当に嬉しくてたまらなかったんだんですよ……!」

 

 恍惚とした表情でまくし立てる男。 甚爾が無言で睨みを効かせると、男は「おっと」と咳払いし、再び元の飄々とした仮面を被り直した。

 

「失礼、黒服に戻りますよ。

 

 

 貴方が相対していた物。

 それは即ち、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 *

 

────護衛、二日目。

 

 視界いっぱいに広がるのは、どこまでも澄んだ青い海と、陽光を跳ね返す白い砂浜。

 風に揺れるハイビスカスの赤が、南国らしい彩りを添えている。

 関東とは比べものにならないほど強い日差しが、容赦なく照りつけていた。

 

――そう。

悟たちは今、沖縄にいる。

 

「「めんそーれー!」」

 

 どこか間の抜けた声が、波音に混じって響いた。

 

「いやあ、さっさと黒井さんを救出できて良かったね〜」

 

 打ち寄せる波に足先を浸しながら、ユメが楽しげに声を弾ませる。

 ちゃぷちゃぷと水を揺らしながら、完全に観光気分だ。

 

「まあな。相手が非術師なら、さもありなんってな」

 

 悟は肩をすくめ、得意げに答える。

 

 黒井の救出は早かった。

 護衛二日目の午前十一時には、すでに完了している。

 

 相手は盤星教の信者――しかも非術師。

 呪術師である悟たちにとって、苦戦する理由はどこにもなかった。

 

 結果として、「護衛任務」を名目にした沖縄旅行を、堂々と満喫できている――というわけだ。

 

「おい! ナマコじゃ! ナマコを捕まえたぞ!!」

 

 波打ち際から、甲高い声が弾ける。

 

「うお〜! すごい! すごーい!!」

「……ガキじゃねえんだから」

 

 理子が両手に掲げたナマコを誇らしげに振り回すのを、ユメは目を輝かせて囃し立てる。

 一方の悟は、砂浜に腰を下ろしたまま、心底呆れた様子でため息をついた。

 

「なんじゃと!!」

 

 その一言に、理子は即座に噛みつく。

 

「もっと、面白い方法があるんだな〜、これが! 貸せ!!」

「ギャーー!! やーめーろー!!」

 

 悟が半ば強引に理子からナマコを取り上げようとすると、悲鳴と笑い声が入り混じり、浜辺は一層騒がしくなる。

 護衛任務の緊張感など、南国の陽射しと波音の前では、すっかり形を失っていた。

 

 

「そういや、アイツは?」

 

 理子とじゃれあいながら、悟がユメに目線を向ける。

 

「アイツ?ああ。ホシノちゃんのこと?」

「ん?黒井達の方では無いのか?」

 

 ユメは一度振り返り、砂浜の奥へ目を向ける。

 そこでは黒井と傑が何やら話し込んでいるが、確かにホシノの姿はない。

 

「ああ、ごめんね理子ちゃん。

 今、ホシノちゃんはちょっと出かけてて」

 

「じゃあ、何処なのじゃ?」

 

 即座に返ってきた理子の問いに、ユメは一瞬だけ言葉に詰まる。

 

「ん〜〜……友達の、ところ……かな?」

 

 *

 

 沖縄・那覇空港。

 観光客でごった返すロビーの片隅で、二人の少年が並んで立っていた。

 

「どう考えても、一年に務まる任務じゃない」

 

 

 金髪の少年――七海健人が、眉をひそめてそう吐き捨てる。

 彼はまだ一年生だが、そうは見えないほどに老け込んでいる。

 それは、普段から傍迷惑な先輩に振り回されているせいだからだろうか。

 

「えー?僕は燃えているよ!」

 

 対照的に、隣の黒髪の少年は目を輝かせていた。

 灰原雄。同じく呪術高専一年で、七海の同期だ。

 

「夏油さんにいいとこ見せたいからね!」

 

 屈託なく笑う灰原に、七海は小さく溜息をついた。

 

 そんな二人の背後に、近づく人影が一つ。

 それは、早歩きで道を行く人々の波を縫うように、澱みなく進んでいく。 そのまま、二人のところへ辿り着き、二人の背中を、ぱん、と乾いた音を立てて軽く叩いた。

 

 

 

 

 

「ーーッ!」

 

 七海が慌てて振り返ると、そこには…

 

「よっ!」

「ホシノ!!」

 

 背後で手を挙げて親しげに笑うホシノに灰原は喜びの笑みを見せ、七海は呆れたようにため息をついた。

 

「この状況で紛らわしい真似をするなよ」

「七海は硬いね〜。久しぶりの再会なんだからちょっとはサプライズを仕込まないと」

 

 七海のぼやきにホシノは適当に言葉を返す。

 

「久しぶりって言っても、2日だけだけどね」

 

 灰原は特に考えずに、反射するように突っ込んだ。

 

「“しか”、じゃなくて“も”だよ! ただでさえあの、面倒!傲慢!我儘!の先輩と付き合ってんだから」

 

 ホシノが肩をすくめて言い切る。

 

「梔子さんに付き添ってバカみたいな騒ぎを起こすお前も、似たり寄ったりなんだがな。

 宝探しの時とか最悪だったぞ」

 

 七海のそんな声も、ホシノはまるでどこ吹く風の如く聞き流している。

 七海としては、普通に勘弁してほしかった。

 

「ホシノ!夏油さんは元気だったかい!」

「うん。相変わらずだったよ」

 

 ホシノの返答に灰原は喜びの声を上げる。

 

「そっか。それは良かった!いたいけな少女のために、先輩たちが身を粉にして頑張ってるんだ!僕たちが頑張らないわけにはいかないね!」

 

 真っ直ぐに視線を向けて来る灰原に、ホシノはゲラゲラと声をあげて笑う。

 

「なにそれ?まあ、そう言うことにしといてあげるよ」

 

「ちょー!なんだよその反応〜!」

 

 とうとうじゃれあいを始める二人。

 周囲の人間は、生暖かいものを見るような目から、露骨に鬱陶しそうな視線まで様々だ。

 

 七海は既に二人に付き合うのは面倒と判断して遠くで他人のフリをするのに努めている。

 

 二人のじゃれあいは、悟からの沖縄の滞在を伸ばす旨のメールが届くまで続いた。

 

 

 

From:悟

To:七海

件名:

——————

 

沖縄滞在、1日伸ばすからそこんとこよろぴく⭐︎

 

 

 

「………」

 

 七海は、何も言わなかった。

 

「うわー!!七海!落ち着け!!」

「ほら〜三人でなんか買いに行こ?ね!ね?」

 

 

 *

 

 

 

「だっはははははは!!」

 

「ちょっと!笑い事じゃないんですけど!?

 理由も言わずに仕事押し付けるとか、クソ先輩!

 昭和じゃないんですから!」

 

 翌日の朝、海の家にて悟達と合流したホシノは悟に烈火の如く怒り狂っていた。

 悟はかき氷をバリバリと噛み砕いており、その態度がホシノの怒りを買った。

 

「大体、なんで残留時間増やしたのかと思ったら、カヌーやら水族館やら……クソ楽しんでるじゃないですか!! 舐めてんのか!!」

 

 悟達の装いは南国風にテェンジしており、地面には、帰り用だと言い張る大量のちんすこうの袋が積まれていた。

 

「……すまん。」

 

 理子が何処か居心地悪そうに謝罪する。

 

「あ、いえ!残ること自体が悪いわけじゃなくて! 私が問題にしているのは、この高校生なのに白髪のクソ先輩の報告不足で……」

 

 傑からの説明で、今回の滞在が伸びたのは彼女のためでもあると聞いている。

 ホシノは、彼女の境遇にはずっと同情的だ。

 そんな彼女に頭を下げられてしまえば、これ以上強く出られるはずもなかった。

 

「とにかく!変に楽しむ為に後輩を巻き込まないでくださいよ」

 

 そう言ってホシノは、悟、傑、ユメの三人を順に見渡した。

 

 悟と傑は、水着の上に薄いパーカーを羽織っただけの、どう見ても海水浴に来た高校生のいかにもな格好。

 ユメはスクール水着姿で頭にハイビスカスをつけ、今さら買ったのか、両手には沖縄のガイドブックを抱えている。

 

「これから、観光するつもりですか……」

 

 ホシノは額に指を抑えて呆れた表情を見せる。

 

「ホシノちゃんも参加する?するよね?」

「参加したり、しなかったりですね。

 一応、七海たちの方にもサポートに向かうつもりなので」

 

「つーか、お前……」

 

 次の瞬間、悟の視線がホシノへと向けられる。

 

 上から下へ、ホシノの格好をくまなく目にする。

 

「ちょ、なんですか!?」

 

 頭はいつもの髪型だが、心なしか跳ねていて、水色のサングラスが乗っている。

 

 下は普通に水着。なんなら悟たちのような安物ではなく、きっちり一式揃えた、服屋のマネキンのような装いだ。

 

 手にはアイス。

 背後には、明らかに使われた形跡のある鯨の浮き輪。

 

 

 

 

…………。

 

「お前も十分浮かれておるのじゃーー!!」

 

「つーか、お前海行ってたろ。」

「違います……これは溶け込むのに変にならないように……」

 

「先輩特権でホシノちゃんのメール、確認。

 七海から連絡が来てる。夏油くん、読んでよ」

 

 ホシノが「あ、ちょ!?」と止めるより早く、ユメから携帯を受け取った傑が読み上げた。

 

「それと、今日お土産のお菓子買いに行こう」

 

 一拍。

 

 集まる沈黙。

 

「「「「お前等も楽しんでんじゃねえかッ!!」」」」

 

「良いじゃないですか〜〜ケチケチ反対!!」

「意味わからんのじゃ」

 

 

 ホシノの言葉を遮るようにして、悟が声を上げる。

 

「灰原と七海も呼べ!

 全員まとめて観光だぁぁぁあああ!!」

 

 *

 

 最後の思い出作り。

 その場所に理子が選んだのは、水族館だった。

 沖縄に行ったのなら誰でも訪れるであろう、その場所。

 

 そこを訪れることには、ホシノは文句は無い。

 ただ、どうにも煮え切らない思いがあるのは事実であった。

 

「やあ。ホシノ」

「夏油先輩」

 

 俯いていたのに気が付かれたのか、傑が声を掛けてきた。

 これが悟とかなら最悪だったが、彼なら良い。寧ろ、彼なら信頼出来る。

 

 そう、ホシノは感じていた。

 

「随分と珍しいじゃないか。前、皆んなで水族館に行った時にはあんなにはしゃいでいたのに」

「あの時とは、状況が違い過ぎますから」

 

 ホシノは、傑からの言葉に何処か投げやりのように言葉を漏らした。

 彼の言う旅行は、確か京都姉妹校との交流戦がこちらの圧勝で終わった後、皆で何も考えずに何の計画も無く立ち寄った時の話だ。

 

 今とは違う。

 

「そうか。ホシノは真面目だな」

 

 傑は、そう言葉を返した。

 こちらの事情は話していないのに、ある程度察せられてしまったのか。

 

 少し、申し訳ない気持ちになり、やがてほんの少しだけ、その察しの良い先輩に頼ってみたいと思ってしまった。

 

 ほんの少しだけ、魔が刺しただけだ。

 

「あの秋刀魚、食べられてます」

 

 ホシノはそう言って、目線を上に向けた。

 黒潮の海、そう名付けられた水槽にしては巨大な、海にしては小さな箱庭の片隅で小さな秋刀魚が少し大きなエイによって食べられている。

 

 

 

「……酷いと思いませんか。まるで、あの魚は食べられるためにこの水槽の中にいたみたいだ」

 

 彼女はそう言って、巨大な箱庭を眺めた後、ゆっくりと視線を背後へと向けた。

 

「こんな風に、天元様は……呪術師は、理子ちゃんを犠牲にするつもりなんですか?」

 

 水槽の中に見える世界は美しい。

 上から入り込んだ太陽光が、魚の鱗に反射してキラキラと光り輝いている。

 

 

 だが、見えない。そう見えない。

 今のこの胸のつっかえるような、モヤモヤを考えたらちっとも美しいとは思えない。

 

 前に皆で見た大水槽は、これよりも小さかったのに、皆んなで大騒ぎ出来た筈だったのに……

 

「随分、言うね。」

「夏油先輩は言わないんですか? 理子さんだって、あんなに楽しんでるんです。

 私にだって、なんとなくは察しています。」

 

 ホシノはそう言って、手すりに身を乗り出す。小柄な身体で、何処かに手を出そうと、若しくは何かから逃れたいかのように、思いっきり、身体を伸ばす。

 

「なのにどうして?理子さんはそれを見て見ない振りをしているんだろう。

 先輩達は、そのことにどう思ってるんだろう……って考えたら色々モヤモヤしちゃって」

 

 ほんの少し、胸のつっかいの一部を見せて、ほんの少しだけ胸が軽くなった。

 

……気がする。

 

 気の持ちよう。 言ってしまえばそれまでだが。

 

 それでも、答えが出たわけでは無い以上、苦しみはやはり、頭の中に存在している。

 

「あのこと。どうして理子ちゃんに聞かないんですか?」

「……そうだね」

 

 ホシノの言葉に、傑は何処か曖昧に微笑む。

 

「私も、悟も、一番は理子ちゃんの気持ちを大事にしたいんだ」

「ーー気持ち?」

「そう、気持ち。

 呪術師の仕事は彼女が生きる、“青春”とは正反対の場所にある物だ。

 自由意志も無く、将来の保証も無い。

 あるのはただ、沢山の非術師の弱者を守るという、大義だけ」

 

 傑はそう言って、自分の掌を見つめる。

 ホシノには、そこに何があるのか分からなかった。

 

 術師というマラソンゲーム。

 その先にある、具体的なビジョン。

 

 彼には見えているのだろうか。

 その、具体的なビジョンという物が。

 

「だから、私達は理子ちゃんを守りたいんだ。

 命だけじゃなくて、彼女のその先にある“尊厳”も」

 

 傑の言葉に、ホシノは何も言わない。

 ただ、不安は消えてない。と消せていないとその思いだけが、胸にある。

 

「そうだな……なら、言い方を変えよう」

「ーーへ?」

 

 ポカンとした表情のホシノの頭を、傑は優しく撫でる。

 

「ちょ!?子供扱いしないでくださいよ。

 後輩ですけど、私はもう呪術師なんですよ」

「分かっているよ。それでも、お前はまだ後輩だ。

 ……私達を、信じてくれないか?」

 

 傑が優しくホシノを撫でる力が、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ強くなる。

 

「私達が、理子ちゃんのことは悪いようにしない。

 こういったことは、先輩である私達がなんとかする。君まで、気負う必要は無いよ」

 

 それを、信じる根拠は?

 それが口から飛び出しそうになる。

 それを言ったら、困らせてしまうだけなのに。

 

 すみませんでした。少し気分が晴れました。

 そう言って去ろうとした。

 その瞬間、傑は更に口を開いた。

 

「心配は要らない。

 例え相手が天元様だとしても、私たちは理子ちゃんを最優先に行動する。」

 

 そうして彼は、ゆっくりとその先の言葉を口にする。

 

「私たちは最強なんだ。

 これ以上に私たちを信用するのに必要な理由はあるかい?」

「……いえ。ありません。」

 

 今度の返事は、ハッキリと笑みと共に帰ってきた。

 ほんの少し困ったような表情。それでも、彼女は笑顔だ。

 

「それなら良かった。

ーーん?」

 

 

「ホシノーー!早く来いよ!」

「ホシノちゃーーん!!」

「……全く、人の気も知らないで」

 

 向こう側から声をかけて来た、灰原とユメの二人に、ホシノは肩を竦ませる。

 

「それじゃあ、すいません。夏油先輩。

 ご迷惑をお掛けしました」

 

 そう言って、ホシノはその場所を後にした。

 段々と遠さがっていく彼女の背中を見送りながら、傑は背後に視線を向けた。

 

「随分と格好つけんじゃん」

 

 そう言って、背後から出てきたのは悟だった。

 

「先を越してしまったことを恨んでいるのかい?

 おまえも、なんだかんだ心配なんだろ?」

「さーあ?なんなのとやら」

 

 ヒラヒラと掌を振るう悟に、傑は素直じゃないな。と呆れたように呟く。

 

「ホシノ!あっち!あっち!!」

「ちょ!?待ってよ!灰原!!」

 

 水族館の大きな水槽の前で、楽しげにはしゃぎ回る後輩達をその目に収めながら。

 

 *

 

 星漿体護衛任務三日目。

   15:00

 

 天内を連れた一行は高専機構の内部に戻っていた。

 天内にかけられていた賞金もめでたく飛行機に乗っている内に無効になっており、彼女を狙う脅威はない。

 

……その筈だった。

 

「──悟!?」

「大丈夫、問題ない。先に行ってろ!」

 

 五条悟は今、背後から刺し貫かれていた。




一、神秘から生まれた呪霊について

というわけで、ブルアカのエネミーも神秘によって生まれた呪霊として登場させることにしました。
結構メタリックなデザインで好きなので、これからもちょくちょく出していくつもりです。


二、ブルアカと呪術廻戦について

ブルアカと呪術廻戦って結構真反対の所に位置している印象があるんですけど、一番決定的なのは生徒というか、作品全体を通しての子供の扱いだと思います。
基本的に子供を守るものとして書いているブルアカと、割りかし子供でも容赦しない呪術廻戦。

どっちも子供のことを思っている大人も、子供を食い物にする大人もいるのに不思議ですね。
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