【未完】個性と念。【引き継いでくれる人募集】 作:確かな勇気
すみません
緑谷は一度、視線を落とし、言葉を選んだ。これは推測ではない。前夜、精神世界で直接告げられたものだ。
「……念の達人の師匠が、今になって動いた理由があります」
その一言に、相澤と塚内の視線が鋭くなる。オールマイトも、無言のまま続きを促した。
「達人は言っていました。“これまでは、待つことができた”と」
「念能力者が表に出ず、細々と生き残っていられたのは、巨悪が沈黙していたからだと」
緑谷の声は落ち着いているが、内容は重い。
「でも……最近になって、“動き始めた気配”を感じ取ったそうです」
「念を知り、念を使い、なおかつ世界そのものを揺るがしかねない存在が、再び活動を始める兆しがある、と」
沈黙が落ちる。
ただの抽象的な悪ではない。その言い方は、明らかに“個”を指していた。
「達人は、念能力者同士には分かる、と言っていました」
「直接姿を見なくても、記録に残らなくても……“大きすぎる意志”が動けば、オーラの流れが歪む」
「それが、最近になって、はっきりと感じ取れるようになったそうです」
オールマイトの指先が、わずかに強張った。
(巨悪……)
その言葉が、脳裏で反響する。
(世界の裏側で力を集め、姿を隠し、長い時間をかけて準備を進める存在……)
自然と、一つの名前が浮かび上がる。
否定したくても、否定できない影。
(……まさか、な……)
だが、胸の奥に沈んだ不安は、消えなかった。
緑谷は続ける。
「だから達人は言いました。“もう、隠れている時間はない”と」
「念が知られないままなら、対抗する術も、備える時間も奪われる」
「巨悪が念を使って動き出した時、誰もその正体を理解できなければ……それは、致命的だと」
会議室の誰もが、言葉を失っていた。
それは仮定の話ではない。警告だった。
オールマイトは、静かに目を閉じる。
(もし、それが本当に――)
(もし、あの男が、個性だけでなく……“別の力”に手を伸ばしていたとしたら……)
胸の奥に、英雄としてではない、一人の人間としての恐怖が芽生える。
緑谷の言葉が、最後に重く落ちた。
「師匠が動いたのは、僕を鍛えるためだけじゃありません」
「“対抗できる側”を、今の世界に残すためです」
それは、遠い過去の生き残りが放った、最後の警鐘だった。
重苦しい沈黙が、会議室を満たしていた。
資料も映像もない。ただ一人の少年の言葉だけが、場を支配している。
その空気を破ったのは、オールマイトだった。
「ところで、この“念能力”というのが今まで表に出てこなかったのはどうしてだい? これだけ有用な力なのだから、もっと早くから知られていてもおかしくないと思うのだが……」
率直な疑問だった。
この場にいる誰もが、同じことを感じていた。
緑谷は一度、深く息を吸った。
この質問が来ることは、前日の夜から分かっていた。
「……はい。その疑問は、当然だと思います」
視線を落とし、言葉を選ぶ。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「結論から言うと、念能力は“使えなかった”わけでも、“役に立たなかった”わけでもありません」
「ただ……生き残れなかったんです。個性という存在の前で」
会議室の空気が、わずかに揺れた。
「念能力は、本来とても有用な力です。身体能力の底上げ、感覚の拡張、治癒や補助、戦闘への応用……理論上は、個性に匹敵することもできます」
「でも、それには致命的な欠点がありました」
緑谷は指を折りながら、整理するように続ける。
「まず、再現性が極端に低い。教えたからといって、誰でも同じように身につくわけじゃありません」
「次に、前提知識が多すぎる。呼吸、集中、身体感覚、自己認識……これらを“言葉で理解できる人”でないと、入口にすら立てない」
「そして何より、資質のある人間が、あまりにも少ない」
静かに、だがはっきりとした声だった。
「念能力者は、絶対数が少なすぎたんです」
相澤が腕を組んだまま、低く呟く。
「……つまり、広めようがなかった」
「はい」
緑谷は頷いた。
「そこに、個性が現れました」
「生まれつき使える力。訓練すれば誰でも伸びる。目に見えて分かりやすい。社会制度にも組み込みやすい」
「比較された時点で、念は負けました」
それは否定ではなく、事実の列挙だった。
「個性は“与えられる力”です。でも念は、“辿り着く力”です」
「多くの人は、与えられた力があるなら、わざわざ遠回りをしない」
校長が、静かに目を細める。
「淘汰、ということかね」
「はい。自然淘汰です」
緑谷は迷わず答えた。
「念能力は、研究されず、共有されず、体系化されないまま、少数の使い手だけが細々と受け継ぐ力になりました」
「そして……」
そこで、一拍置く。
「辿り着いた人間ほど、“表に出る理由がなかった”」
オールマイトの眉がわずかに動いた。
「どういう意味だい?」
「念は、知られない方が圧倒的に有利だからです」
緑谷の声は、先ほどより少しだけ低くなった。
「個性社会では、想定外の力に対する対策がありません。個性を消す、無効化する、制限する……そういう前提で作られた社会です」
「でも、念は個性じゃない」
「存在を知られなければ、“対策されることすらない”」
その言葉が、じわじわと場に染み込んでいく。
「だから、念能力者は表に出なかった。出る必要がなかった」
「結果として、念は“歴史の裏側”に追いやられたまま、ここまで来たんです」