【未完】個性と念。【引き継いでくれる人募集】 作:確かな勇気
最初に動いたのは、オールマイトだった。椅子から立ち上がることはせず、しかし背筋を正し、真正面から緑谷を見据える。
「……体系、か」
「君はそれを、ヒーローの力として扱うつもりなんだね?」
「はい」
即答だった。
「でも“武器”としてではありません。“基礎理論”としてです」
オールマイトは一瞬、目を閉じる。かつて自分が象徴として背負ってきたもの――力を持つ者が、どう振る舞うべきかという問い。その答えが、別の形で突きつけられているように感じていた。
「……念は、隠しても広がります」
「理屈の力だからです。誰かが“発見”すれば、別の誰かが必ず“再発見”する」
「だったら、最初から“安全な地図”を用意した方がいい」
相澤が低く唸る。
「理屈としては分かる。だが現実は理屈通りに動かない」
「制約と誓約。あれは特に危険だ。自傷や自己洗脳に近い使い方をする奴が必ず出る」
「はい」
そこも、否定しなかった。
「だからこそ、“誰が教えるか”が重要なんです」
緑谷は視線を上げ、会議室をゆっくりと見渡す。警察、教師、ヒーロー、そして象徴。
「念は、才能よりも理解力と自己管理能力が問われる力です」
「向いていない人に無理に教えるべきじゃない。制御できない段階で発に踏み込ませるべきでもない」
「……個性教育と、似ているようで違うな」
根津が興味深そうに言う。
「個性は“抑える”教育が中心だが、これは“組み立てる”教育だ」
「ええ。四大行を身につける段階では、まだ危険性は低い。でも系統を理解し、制約を知り、発を設計し始めた瞬間から……これはもう、専門分野になります」
塚内が静かに口を開いた。
「つまり、一般ヒーロー全員に一斉導入、という話ではない」
「はい」
「まずは、対応できる人間を育てる必要があります」
その言葉に、相澤が小さく息を吐いた。
「……教師向け、ってことか」
緑谷は一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに頷く。
「はい。まずは教える側です」
「現場のヒーローが知らないまま対峙するのは危険ですが、全員が深く扱う必要はない。少なくとも、念能力者と遭遇した時に“何が起きているか分かる”程度には」
オールマイトが腕を組み、低く言った。
「では、雄英が最初の実験場になる」
「……その言い方は、あまり好きじゃありませんが」
緑谷は苦笑する。
「でも、結果的にはそうなると思います」
根津は満足そうに耳をぴくりと動かした。
「いいねえ。未知の理論体系、段階的導入、厳格な管理。実に教育機関向きだ」
「ただし」
相澤が続ける。
「前提条件がある」
会議室の空気が、わずかに引き締まった。
「緑谷。お前自身が、どこまで行くつもりなのかを明確にしろ」
「教えるだけの人間か。それとも――実例として、先に進む人間か」
その問いは、厳しかった。だが避けては通れない。
緑谷は、胸の奥で静かに息を整える。精神世界で、達人が腕を組んで見ている気配がした。
――“選べ。だが、逃げるな”
「……僕は」
一拍置いて、答える。
「両方です」
「発に踏み込みます。実例になります」
「でも、それは“最前線に立つ”という意味じゃありません」
視線が、まっすぐに相澤を捉える。
「失敗も、危険も、回り道も含めて、全部記録して、共有する」
「念能力を、神秘のままにしない」
その瞬間、オールマイトが小さく笑った。
「なるほど……君らしい答えだ」
「誰かの背中になるんじゃない。道そのものになる、か」
「……重いな」
相澤はそう言いながらも、どこか納得したようだった。
根津が、机を軽く叩く。
「では、方針は決まったね」
「第一段階。念の存在と基礎理論を、限定的に共有」
「第二段階。四大行の安全な訓練法を確立」
「第三段階。系統理解と、水見式の標準化」
「そして最後に――発と制約を、管理下で研究する」
誰も反対しなかった。
それは、全員が理解していたからだ。
この瞬間、ヒーロー社会は新しい分岐点に立ったのだと。
オールマイトが、緑谷に向かって言う。
「緑谷少年」
「君は今日、ヒーロー社会に“もう一つの言語”を持ち込んだ」
「それが希望になるか、混乱になるかは――これからの我々次第だ」
緑谷は、深く頭を下げた。
「お願いします」
「僕一人では、絶対に扱いきれません」
その言葉に、相澤が立ち上がる。
「だったら、教師の仕事だ」
「面倒な理論でも、危険な力でも、管理して、形にする」
「……やれやれ、本当に厄介な一年になりそうだ」
だが、その口調には、わずかな覚悟が滲んでいた。
物語は、さらに深く、静かに動き始める。
“念”はもう、秘密ではない。
しかしまだ――誰のものでもなかった。
会議室に集められた顔ぶれを見渡し、最初に浮かんだのは、誰もが抱いた同じ疑問だった。
――このメンバーは、なんだ?
雄英高校の会議室。その中央に設けられた長机を囲むように、教師陣とプロヒーローが席についている。
相澤消太は、すでに席についていた。
手元の資料には目を落とさず、集まった面々の様子だけを静かに観察している。
ミッドナイトが、隣のプレゼント・マイクに小声で囁いた。
「ねえ……この顔ぶれ、ちょっと異常じゃない?」
「だよな。職員会議ってレベルじゃねえ。下手したら記者会見モンだぜ」
一方、プロヒーロー側も同じ空気を感じ取っていた。
ホークスが椅子にもたれ、軽い調子で言う。
「雄英から“ぜひ来てほしい”って言われたら、断れないじゃないですか。でもこのメンバー……正直、何が始まるのか見当つかないですね」
エッジショットは短く答える。
「緊急性が高いのは確かだろう」
エンデヴァーは腕を組み、苛立ちを隠そうともしない。
「……で?」
「いつまで待たせるつもりだ」
その声を受けて、相澤が立ち上がった。
「悪い。まず俺から話す」
ざわめきが、自然と収まる。
「今日ここに集まってもらったのは、雄英としても、ヒーロー社会としても“無視できない案件”だからだ」
「ただし――」
相澤は、意図的に一拍置く。
「現時点では、全てを話さない。」
エンデヴァーが眉をひそめる。
「……舐めているのか?」
「違う」
相澤は、即答だった。
「順番の問題だ」
「まず、“見てもらうもの”がある」
相澤は、後方に視線を送る。
「オールマイトさん」
その名が出た瞬間、会議室の空気が変わる。
オールマイトは、ゆっくりと立ち上がった。
「皆さん」
その声は静かだが、不思議と場を制する力があった。
相澤が補足する。
「これから見せるのは、オールマイトの個性とは無関係だ」
「全員、そこは勘違いするな」
ホークスが目を細める。
「個性じゃない?じゃあ……なんだ?」
オールマイトは首を横に振る。
「私自身も、最近になって“理解した”力だ」
「そしてこれは、私だけのものではない」
エンデヴァーが鼻で笑う。
「精神論か?」
「雰囲気で誤魔化すのは、ここまでにしろ」
相澤が、視線だけで制す。
「エンデヴァーさん。黙って見ててくれ」
「納得できなきゃ、後でいくらでも突っ込め」
オールマイトは、深く息を吸った。
次の瞬間。
会議室の空気が、変わった。
視覚的な変化はない。だが、確かに“圧”がある。
肌に触れる何か。音のない重さ。
「……あ?」
プレゼント・マイクが、無意識に声を落とす。
「今の……なんだ?」
ミッドナイトが息を呑む。
「空気が……濃くなった?」
ベストジーニストは、冷静に分析する。
「感覚器官が刺激されている。だが、五感のどれとも違う……」
ホークスは目を細めた。
「なるほど。見えないけど、“ある”」
相澤は、その反応を確認し、静かに言う。
「錯覚じゃない」
「今感じているのは、オールマイトが意図的に放出しているものだ」
エンデヴァーは腕を組んだまま、動かない。
「……くだらん」
「証拠にならん」
そのとき、椅子が引かれる音がした。
セメントスが、静かに立ち上がる。
「相澤先生」
「一つ、提案があります」
相澤は頷いた。
「言ってみろ」
セメントスは、いつもの落ち着いた調子で続ける。
「私は、理論を重んじます」
「同時に、現象を否定する前に検証する立場でもある」
彼は、オールマイトをまっすぐ見た。
「……触れても?」
オールマイトは、頷いた。
「構わない」
会議室の視線が、一斉に集まる。
セメントスは、一歩前に出て、ゆっくりと手を伸ばした。
その指先が――“それ”に触れた瞬間。
「……これは」
言葉を探すように、彼は息を吐いた。
「確かに……“ある”」
会議室が、完全に静まり返る。
相澤は、その沈黙を見逃さなかった。
「……ここからが、本題だ」
そう告げたところで――
物語は、次の段階へ進む。