【未完】個性と念。【引き継いでくれる人募集】 作:確かな勇気
セメントスの言葉が落ちたあとも、しばらくの間、誰一人として声を出さなかった。
「確かに……“ある”」
その一言が、会議室の空気を決定的に変えていた。
ざわめきが起きないのが、逆に異様だった。
否定も、同意も、まだ誰も口にできない。ただ、全員が同じ感覚を共有してしまったという事実だけが、重く場に残っている。
相澤は、その沈黙を切り裂くように口を開いた。
「今のが、導入だ」
「錯覚でも、個性由来の演出でもない。ここにいる全員が、同じものを感じた」
エンデヴァーが、低く唸る。
「……だから何だ」
「得体の知れない現象を見せられて、はいそうですかと頷けと?」
相澤は、感情を乗せずに言った。
「だから“全員”を呼んだ」
「一人や二人が納得する話じゃないからな」
そのとき、机の端に座っていた根津校長が、軽く咳払いをした。
「では、ここからは私が引き継ごう」
柔らかな口調だが、その場の主導権が完全に移るのが分かる。
「皆さん。ここに集まってもらった理由は、ただの新しい力の理論ではありません」
「これは――ヒーロー社会の“備え”の話です」
校長は、一度視線を巡らせてから続けた。
「まず確認しておきたい。今、オールマイトが見せた力は、個性ではない」
「そして、この力は、彼一人のものでもない」
ホークスが、腕を組み直す。
「つまり……再現性がある?」
「正確には、“条件を満たせば到達可能”だね」
校長は即座に訂正した。
「才能、精神性、理解力、訓練……それらが噛み合わなければ辿り着けない。誰でも簡単に使える力ではない」
「だが――存在する」
エンデヴァーが苛立ちを隠さず言う。
「回りくどい説明だ」
「結局、それが何なのかを言え」
校長は、楽しそうに笑った。
「では、証人を呼ぼうか」
その言葉と同時に、会議室の扉がノックされる。
「どうぞ」
扉が開き、一人の少年が姿を現した。
緑谷出久だった。
場の空気が、微かに揺れる。
オールマイトは心配するような目で緑谷を見つめた。
相澤は、予定通りといった表情で顎を引く。
「失礼します」
緑谷は深く頭を下げ、校長の示した位置へと進む。
「彼が、この理論体系の“最初の実践者”だ」
校長の紹介に、視線が一斉に集まる。
エンデヴァーは、即座に眉をひそめた。
「……学生?」
「冗談じゃない。そんなものを、未成年が?」
緑谷は何も言わない。ただ、視線を落とし、静かに立っている。
相澤が補足する。
「緑谷は司会でも、説明役でもない」
「事実確認と、実体験の証言だけを行う」
「話の主導は、校長が行う。」
校長は頷き、話を続けた。
「この力の名称は“念”」
「"念じる"の念だね」
「生命エネルギー――正確には“オーラ”を、体系的に扱う技術だ」
ざわり、と空気が動く。
ミッドナイトが、小さく息を吐いた。
「生命エネルギー……随分、原始的ね」
「だが、理屈は極めて現代的だよ」
校長は続ける。
「訓練段階、理論、リスク、制限。その全てが整理されている」
「だからこそ、ここまで表に出てこなかった」
「個性という、より分かりやすく、再現性の高い力が台頭した結果――淘汰されたとも言える」
エンデヴァーが、鼻で笑う。
「そんな時代遅れの力に価値はあるのか」
その瞬間、緑谷がわずかに顔を上げた。
校長が視線を向ける。
「緑谷。事実確認を」
「はい」
声は小さいが、はっきりしていた。
「念は、時代遅れではありません」
「ただ……効率が悪かっただけです」
会議室が静まる。
「習得に時間がかかり、適性のある人間が少ない。個性のように“発現すれば即戦力”ではない」
「でも、理論としては今でも有効です」
エンデヴァーが、睨みつける。
「……で?」
「それが、何の役に立つ」
緑谷は、一拍置いて答えた。
「念能力は……個性と同じくらい、強力な力です」
一瞬、会議室の空気が張りつめる。
「どちらかが上、という関係ではありません。念は個性を“置き換える”ものじゃない。共存できます」
緑谷は言葉を選びながら、続けた。
「個性が“生まれ持った武器”だとしたら、念は“扱い方そのもの”です」
「身体の使い方、意識の向け方、エネルギーの流れ――それらを体系的に理解して制御できる」
「だから、個性の幅を広げられます」
「今まで出来なかった使い方、安定しなかった出力、無駄に消耗していた部分……全部、改善できる可能性がある」
視線が、自然とオールマイトに向かう。
「そして、それは確実に“今より強くなれる”ということです」
断言だった。
理屈ではなく、体験に裏打ちされた言葉。
会議室の誰もが、その重みを感じ取っていた。
エンデヴァーは腕を組んだまま、低く鼻を鳴らした。納得したとは言い難いが、話を打ち切る気もない。その視線が、相澤に向けられる。
「……で?」
短い一言だったが、含意は明確だった。
“力の説明は分かった。だが、それだけでここまでの顔ぶれを集めた理由にはならない”――そう言いたげだった。
「話の核心はそこだろう」
「なぜ今なんだ。なぜ俺たちなんだ。続きを話せ」
会議室の視線が、自然と相澤に集まる。司会席に座ったまま、相澤は一度だけ目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。ここから先は、軽い話では済まない。だからこそ、言葉を選ぶ必要があった。
「……順番に話す」
「まず、“なぜ今なのか”だ」
相澤は顔を上げ、集まったヒーロー一人ひとりを見渡す。
「結論から言う。近い未来、ヴィラン側が念能力を使い始める可能性が高い」
ざわり、と空気が揺れた。
「根拠は?」
エッジショットが静かに問い返す。
「ある」
相澤の声は淡々としていた。
「俺は数週間前、ヴィランと交戦した。その場で、俺の個性が“完全には”効かなかった」
一瞬、会議室が静まり返る。
「異形型じゃない。身体能力強化系でもない。それなのに、視認して発動しても、力が残った」
「……そんな馬鹿な」
ミルコが歯を見せて笑うが、その目は笑っていなかった。
「イレイザーの個性が効かない? それ、前例あったか?」
「ない」
即答だった。
「だから異常だ」
相澤は続ける。
「その力の感触が、緑谷が見せたものと“同質”だった」
ここで初めて、全員の視線が緑谷に集まる。証人席に座る少年は、逃げずに頷いた。
「オーラです」
静かな声だった。
「個性とは別のエネルギーです。相澤先生が消したのは“個性”だけで、オーラは消えていなかった」
その説明に、エンデヴァーが眉をひそめる。
「つまり……」
「そうだ」
相澤が言葉を継いだ。
「個性消去が効かない戦力が、既に敵側に存在している可能性がある」
それは、ヒーロー社会の前提を揺るがす事実だった。
「……巨悪、か」
オールマイトが低く呟く。その声音には、誰よりも重い過去が滲んでいた。
相澤は一瞬だけオールマイトを見る。
「断定はしない。だが、“その気配”はある」
「念能力は、偶然広まるような力じゃない。前提知識、修行、自己管理……どれもが必要だ」
「それを越えて使える者が、裏で育っているとしたら?」
問いかけに、答えは返らない。だが、誰も否定しなかった。
「次に、“なぜ緑谷が使えるのか”」
ここで相澤は、緑谷に視線を戻す。
「これは既に本人から説明を受けているが、再確認する」
「緑谷は、念能力を“独学で発見した”わけじゃない」
緑谷は小さく息を吸い、頷いた。
「はい」
「僕は……精神世界で、念能力の達人と出会いました」
一瞬、空気が固まる。
だが相澤は止めなかった。
「その存在は、緑谷一人の精神世界にしか現れない。再現性はない。検証も不可能だ」
「だが」
声が、少しだけ低くなる。
「結果は、ここにある」
オールマイトのオーラ。
セメントスが触れて感じた“個性とは別の圧”。
緑谷が示した四大行。
「現象は実在している」
「そして、最後の問いだ」
相澤は背もたれに深く寄りかかり、静かに言った。
「なぜ、俺たちが念能力を学ばなければならないのか」
会議室が、完全に静まる。
「理由は二つある」
「一つ。知らなければ、対処できないからだ」
「個性で殴り合う前提の戦闘理論は、念能力者には通用しない。知らなければ、不意を突かれて終わる」
「もう一つ」
一拍置く。
「知っている者が、悪意を持った時に止められるのは、“同じ言語を知る者”だけだからだ」
エンデヴァーが、低く笑った。
「つまり……」
「敵が新しい武器を持つ前に、こちらも理解しろ、って話か」
「武器じゃない」
相澤は即座に否定する。
「“体系”だ」
「力そのものじゃない。扱い方、考え方、制限の仕組み……それを理解していないと、確実に置いていかれる」
会議室の空気が、じわじわと変わっていく。
疑念が、危機感へ。
興味が、責任へ。
緑谷は、その空気を感じ取りながら、黙って座っていた。彼は司会でも、決定権者でもない。ただの証人だ。だが、全ての視線の中心にいることだけは、否定できなかった。
「だから俺たちは、今ここにいる」
相澤は最後にそう締めくくる。
「これは選択の話じゃない」
「準備の話だ」
言葉が落ちた瞬間、誰かが反論するより早く、エンデヴァーが口を開いた。
「……フン、念能力と言ったか…使いこなしてやるぞ。完璧にな」
その目には、先ほどまでの苛立ちとは違う光が宿っていた。
恐れと、闘争心と、そしてほんの僅かな期待。
ヒーロー社会は、まだこの時点では知らない。
この会議が、“次の時代の基礎”になることを。
物語は、いよいよ“対策”という現実の段階へ踏み込もうとしていた。