【未完】個性と念。【引き継いでくれる人募集】 作:確かな勇気
校長は小さく手を叩き、場の空気を区切った。
「さてさて。色々と質問したい気持ちは、よーく分かるよ」
穏やかな口調だが、その声には確かな統率力があった。
「ただし、このまま行くと夜明けまで議論になりかねない」
「今日は“全てを理解する日”じゃない。“知った上で、次に進む日”だ」
教師陣とヒーロー達に視線を巡らせる。
「今この場で確認できたのは三つ」
一本目の指を立てた。
「念能力は、個性とは別系統の力であり、個性由来ではない」
二本目。
「個性と同等、あるいはそれ以上に強力で、しかも共存できる」
三本目。
「そして――知らなければ、気づくことすらできない危険性を孕んでいる」
静かに指を下ろす。
「だからこそ、我々は学ぶ」
「使うかどうかを決める前に、“理解する義務”があるからね」
エンデヴァーが腕を組んだまま鼻を鳴らす。
「で、具体的に今後何をさせる気だ」
校長は即答した。
「念能力の基礎修行に取り組んでもらう」
「まずは“オーラの自覚”からだ」
一瞬、ざわつきが起きる。
「安心してほしい。いきなり危険なことはしない」
「今日配るのは“上巻”のみ」
校長が合図すると、職員が資料の束を配り始めた。
「内容は、オーラとは何か」
「念能力の概念」
「そして、纏・練・絶――いわゆる四大行のうち、基礎となる三つ」
ミッドナイトが冊子をぱらりとめくる。
「思ったより理論派ね」
「うん、口で説明するより確実だからね」
校長は笑った。
「何故上巻のみ配るのかは、全員が基礎修行を終えてからまた話すよ。」
「順番を間違えると、混乱するから」
視線が、緑谷へと向く。
「緑谷君。今日はありがとう」
「君とは長い付き合いになるだろう。今後ともよろしくね」
緑谷は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに小さく頭を下げた。
「ありがとうございます……」
校長は優しく言った。
「今日の役目は、“証人”として十分果たしてくれた」
「あとは大人の仕事だ」
そうして、会議は一旦の解散となった。
ヒーロー達はそれぞれ教材を手に、重たい思考を抱えたまま会議室を後にする。
ざわつきはあったが、先ほどまでの疑念一色ではない。
“知らない力”は、もう無視できない現実になっていた。
再び雄英高校に招集されたヒーローたちは、前回とは明らかに違う空気をまとっていた。
同じ会議室。
同じ顔ぶれ。
だが、表情が違う。
「……なあ」
プレゼント・マイクが、珍しく声を落として隣に囁く。
「前より静かじゃねえか?」
ミッドナイトは小さく肩をすくめた。
「ええ。皆んな、覚悟を決めてきたのよ」
視線が、自然と数人に向かう。
エンデヴァー。
セメントス。
そして、数名の実力派ヒーローたち。
彼らは多くを語らない。
だが、その沈黙そのものが、何かを“知ってしまった者”のそれだった。
壇上に立ったのは、根津校長と相澤。
オールマイトの姿はない。
「まず、前提を共有しておこう」
根津が穏やかな声で切り出す。
「オールマイト、相澤君、そして私の三人は、前回の会議後に個別で訓練を行った」
「未熟ながらも、“纏”の段階までは到達している」
ざわ、と小さく空気が揺れる。
相澤が続ける。
「だから、今日は役割を分ける」
「まだオーラを自覚できていない者は、俺が見る」
「自覚するところまでだ。無理はさせない」
視線が一斉に相澤へ向く。
その声には、現場教師としての確信があった。
「既にオーラを自覚した者は、校長の方へ行け」
「纏に入る」
根津がにこやかに頷く。
「安心していいよ。今日は“出す”訓練じゃない」
「むしろ、“出さない”練習だ」
エンデヴァーが低く鼻を鳴らす。
「……面倒な力だな」
だが、その言葉に拒絶の色はなかった。
その時、会議室の扉が静かに開いた。
「……失礼します」
緑谷が一歩遅れて入室する。
制服姿。
だが、その存在感は、以前とははっきり違っていた。
「緑谷は、全体の補助と確認役だ」
相澤が淡々と告げる。
「教官じゃない。だが、“正しい状態”を最も安定して再現できる」
「詰まった時、迷った時、確認するために使う」
その言い方に、緑谷は少しだけ苦笑したが、深く一礼した。
「……よろしくお願いします」
根津が手を叩く。
「では、始めようか」
「まずは、オーラ自覚組。こちらへ」
相澤の前に、数名が集まる。
セメントス、プレゼント・マイク、ミッドナイト、そして他数名。
「いいか」
相澤は、淡々と、しかし確実に言葉を選ぶ。
「力を出そうとするな。感じようとするな」
「“あるものを、邪魔しない”だけだ」
「……分かりにくいな」
誰かが呟く。
「それでいい」
相澤は即答した。
「分からないうちは、分からないままでいい」
一方、反対側。
エンデヴァーを含む自覚済みのヒーローたちは、校長の前に集まっていた。
「纏は、鎧じゃない」
根津は穏やかに言う。
「呼吸のようなものだ。意識しすぎると、乱れる」
「……ふん」
エンデヴァーが腕を組む。
「個性を使うのとは異なる感覚だ」
「そうだね」
根津は笑った。
「だからこそ深い理解が必要だよ」
その全体を、少し離れた位置から緑谷が見ていた。
視線を走らせ、
詰まりかけたところに一言添え、
ズレた感覚を、静かに正す。
(……思ったより、早い)
(やっぱり……皆、基礎が違う)
この場にいるヒーローたちは、既に完成された存在だ。
だからこそ、オーラという“新しい前提”が乗った瞬間の伸びが、異常に早い。
誰もまだ、はっきりとは言わない。
だが――
この訓練が、単なる実験ではないことを。
これは、
近い未来に来る“何か”に備える準備なのだと。
静かに、しかし確実に。
ヒーロー社会は、次の段階へ足を踏み入れていた。
校長の前に集まった四人は、いずれも一線級のヒーローだった。
炎、繊維、忍術、構築物。
扱う力も、戦い方も、思想さえも違う。
だが今この場では、全員が同じ「見えないもの」を意識していた。
皮膚の内側を流れる、確かな存在感。
目を閉じれば分かるが、意識を外せばすぐに曖昧になる――そんな不安定な感覚。
「改めて説明するよ」
根津は椅子の背に軽く腰掛けたまま、穏やかに言った。
「君たちはすでに“オーラがある”こと自体は理解できている。今日は次の段階――“纏”だ」
セメントスが腕を組み、低く唸る。
「……包む、でしたか」
「うん。強めるでも、出すでもない。身に沿わせて、漏らさない」
ベストジーニストは姿勢を正したまま、小さく頷いた。
「繊維の制御に近い概念ですね。外へ伸ばす前に、まず整える」
「鋭いね」
根津は楽しそうに耳を動かす。
「だが一つ注意がある。君たちは全員――“出力に慣れすぎている”」
その言葉に、エンデヴァーが片眉を上げた。
「……抑えろ、と?」
「正確には、“何もしない”」
校長の声は柔らかいが、逃げ場がない。
「纏は準備段階だ。戦闘行為じゃない。だから、無意識にでも“強くなろう”とすると、失敗する」
エッジショットが静かに口を挟む。
「構えすぎると、逃げていく」
「そういう事だね」
緑谷は少し後ろに立ち、全体を見渡していた。
この場では自分は補助役。だが、空気の揺れには敏感になっている。
「では、やってみようか」
根津の合図で、四人がそれぞれ呼吸を整える。
最初に動いたのは、エンデヴァーだった。
炎を出さない。
力を誇示しない。
ただ、自分の内側にある“何か”を意識し、それを皮膚の内側に沿わせる。
(……抑えるだけだ)
理屈は理解している。
だが、次の瞬間――
空気が、微かに歪んだ。
熱ではない。
だが、確実に圧が生じている。
「……?」
セメントスが眉をひそめる。
「今、何か――」
ベストジーニストも視線を鋭くする。
「ええ……布地が揺れたような感覚が」
緑谷が、はっと息を呑む。
(出てる……!)
本人は、気づいていない。
エンデヴァーは“纏を安定させよう”としただけだ。
だがその実、彼は無意識にオーラの出力を上げてしまっていた。
「エンデヴァー君」
根津の声が、少しだけ低くなる。
「一度、止めよう」
「……何だ」
不服そうな視線。
「今のは纏じゃない」
「強化に寄っている」
エンデヴァーの表情が、わずかに硬くなる。
「違いは?」
根津は即答しない。
一拍置いてから、こう言った。
「目的だ」
「纏は“守るための状態”だが、今の君は――」
「“高めた”」
エンデヴァーは沈黙した。
(……無意識、だと?)
緑谷が、そっと口を開く。
「すみません……」
視線を下げすぎず、だが慎重に。
「今のは、多分……“もっと強く出せる”って考えた瞬間に、オーラが反応しました」
エンデヴァーが、鋭い目で緑谷を見る。
「……悪いのか」
「いいえ」
即答だった。
「すごく自然です」
だが、続く言葉は少し重い。
「ただ……纏の段階でそれをやると、“癖”になります」
「癖?」
「はい。纏は、“何もしない”練習です」
「ここで前に出ると、後で戻れなくなる人もいます」
セメントスが腕を解き、ゆっくりと息を吐いた。
「なるほど……意識の置き所を間違えると、形が歪む」
根津が、満足そうに耳を揺らす。
「まさにそれだ」
エンデヴァーは短く舌打ちし、すぐに呼吸を整え直した。
(……厄介だな)
(強くなれる道が見えているのに、“待て”と言われる)
だが同時に、胸の奥に別の感情が生まれていた。
――もし、この力を制御できたら。
――今までの限界は、意味を失う。
「……分かった」
低く、短く。
「抑える」
再び、呼吸。
今度は、出力を上げない。
形を作らない。
ただ、そこに留める。
空気は、揺れなかった。
「うん」
根津が穏やかに言う。
「今のが纏だ」
「派手じゃない。でも――」
「最も重要な土台だよ」
ベストジーニストが静かに言葉を添える。
「……“着こなす”感覚に近いですね」
セメントスも頷く。
「これは……戦闘以前の技術だ」
エンデヴァーは、ゆっくりと目を開けた。
(……確かに)
(これは、今までの力とは“別の強さ”だ)
少し離れた位置で、緑谷は小さく拳を握る。
(今の失敗……)
(きっと後で、“制約”や“発”に直結する)
(だからこそ、ここで気づけてよかった)
誰もまだ口にはしない。
だが、この場にいる全員が感じ始めていた。
――念能力は、
単なる強化手段ではない。
――使う者の在り方そのものを、暴き出す力だ。
静かな訓練室で、
次の危険と可能性が、同時に芽吹いていた。