【未完】個性と念。【引き継いでくれる人募集】 作:確かな勇気
纏(てん)を保ったまま日常を過ごせるようになった頃、次の課題は自然と見えてきた。立っているだけ、歩いているだけなら何とかなる。だが、動きが加わった瞬間に、オーラは途端に乱れ始める。走る、跳ぶ、急に方向を変える――そうした動作のたび、皮膚の内側に留めていたはずの感覚が、ぶわりと外へ散ってしまう。
放課後の河川敷。人の少ない時間帯を選び、緑谷は一人で軽いランニングをしていた。息が上がり、脚が重くなるにつれて、胸の奥のオーラも引きずられるようにざわつき始める。
(今、漏れてる……)
そう気づいた瞬間、意識がそちらに引っ張られ、余計に乱れる。何度も同じ失敗を繰り返し、ついにその場に膝をついた。
その時、男の声が低く響いた。
「動作と纏(てん)を“同時にやろう”とするな」
「順番を勘違いしている」
緑谷は荒い息のまま、耳を澄ませる。
「纏(てん)は“やるもの”じゃない。“維持されている状態”だ」
「走りながら包むのではなく、包まれている状態で走れ」
言葉だけ聞けば簡単だが、実践は別だった。緑谷は一度深呼吸し、まず立ったまま纏(てん)を整える。皮膚の内側に、薄く均一な膜を作るイメージ。強めない。広げない。ただ保つ。
(これを……崩さないまま……)
一歩踏み出す。次にもう一歩。最初は歩く速度で。問題ない。オーラはまだ留まっている。少しずつ速度を上げる。呼吸が乱れそうになるが、そこに意識を集中しすぎない。意識を向けすぎると、それ自体が刺激になってしまう。
小走りになった瞬間、オーラが揺れた。それでも、以前のように一気に散ることはなかった。薄く、だが確かに体に沿って残っている。
(……いける)
調子に乗りそうになる気持ちを、ぐっと抑える。喜びは纏(てん)の敵だ。淡々と、一定のペースで走り続ける。数十秒後、限界が来て足を止めた時、オーラはまだ体を包んでいた。
「今のは合格だ」
男の声は短いが、確かな評価だった。
次の課題は、他人が関わる動作だった。公園でボールを使い、軽く投げる、受け取る。視線が外に向いた瞬間、意識が散りやすい。相手の動きに反応しようとすると、どうしてもオーラへの注意が抜ける。
ボールを取り損ね、地面に転がした時、緑谷は歯噛みした。
「……っ」
「焦るな」
「対人動作で纏(てん)が崩れるのは当然だ。意識が外へ向くからな」
「だからこそ、纏(てん)は“意識しない状態”で成り立たせる必要がある」
何度も繰り返すうち、緑谷は少しずつコツを掴んでいった。相手を見る時、オーラを“見ない”。体の中心にある存在感だけを、ぼんやりと残しておく。完全に意識を切るわけではない。ただ、思い出せる場所に置いておく感覚だ。
その夜、布団に入りながら緑谷は思った。
(これ、ヒーロー活動だったら……戦いながらやるんだ)
考えただけで背筋が寒くなる。恐怖が浮かび、その瞬間、オーラがわずかにざわつく。すぐに気づき、呼吸を整える。
「いい自覚だ」
男は静かに言った。
「戦闘中に纏(てん)を保てるかどうかで、生死は分かれる」
「だから、今は失敗しろ。安全な場所で、何度でもな」
緑谷は布団の中で拳を握りしめた。まだ念能力には程遠い。それでも、オーラを保ったまま動ける時間は確実に伸びている。派手な変化はないが、自分の中で何かが“積み重なっている”感覚だけは、はっきりとあった。
緑谷の中に、はっきりと言語化できない違和感が芽生え始めていた。立っているだけ、歩いているだけなら問題はない。走っても、跳んでも、以前のようにオーラが一気に散ることはなくなった。それでも、纏(てん)を続けていると、どこか落ち着かない感覚が消えない。
放課後の河川敷。人の気配が少なくなる時間帯を選び、緑谷は軽いランニングをしていた。呼吸は整っている。脚もまだ余裕がある。それなのに、背中の奥がざわつく。誰かに見られているような、音や空気が妙に近いような感覚。
(……なんだ、これ)
立ち止まり、深呼吸する。纏(てん)は維持できている。皮膚の内側に、薄く均一な膜が張り付いている感覚もある。それでも、心拍が少しだけ早い。
その時、低い声が響いた。
「気づき始めたな」
緑谷は顔を上げる。
「……はい。纏(てん)できるようになってきたはずなのに、逆に落ち着かない時があって」
「正しい感覚だ」
男の声は静かだった。
「纏(てん)とは、防御であり、同時に“存在を主張する技術”でもある」
「存在を……主張する?」
「オーラを体に留めるということは、お前という存在を濃くするということだ」
緑谷は眉をひそめた。見えないものの話なのに、言われてみれば思い当たる節がある。
「野生動物が、強い個体を本能的に避けるだろう」
「同じだ。感じ取れる者には、分かる」
背筋に、ひやりとしたものが走った。
「じゃあ……纏(てん)をしてると、敵に気づかれやすくなるんですか」
「その通りだ」
迷いのない即答だった。
「だから次に学ぶのが、絶(ぜつ)だ」
その言葉に、緑谷は思わず息を呑んだ。名前は聞いている。だが、どこか曖昧なままだ。
「……絶って……オーラを使わない、ってことですか?」
男は首を横に振った。
「違う」
「そこを勘違いすると、危険だ」
緑谷は思わず前のめりになる。
「じゃあ……纏(てん)をしていない状態とは、また違うんですか?」
その問いに、男は一瞬だけ黙り、言葉を選ぶようにしてから口を開いた。
「いい質問だ」
「まず理解しろ。人間は、何もしなくてもオーラを漏らしている」
「寝ていても、歩いていても、感情が動けば自然と外に流れる」
「それが“纏(てん)をしていない状態”だ」
緑谷は、はっとした。
「じゃあ……今までの僕は……」
「そうだ。無防備なまま、オーラを垂れ流していた」
「纏(てん)は、それを体の内側に留める技術」
「では、絶(ぜつ)は何か」
男の声が、わずかに低くなる。
「絶(ぜつ)とは、“オーラの流れそのものを断つ”状態だ」
「出さない、ではない。止める」
緑谷は、思わず喉を鳴らした。
「……それって……」
「完全な無防備だ」
男は淡々と告げた。
「防御も、感知も、強化もない」
「だからこそ、戦闘中に無闇に使えば死ぬ」
緑谷の背中に、冷たい汗が滲んだ。
「でも……そんな危険なものを、なんで……」
「必要だからだ」
即答だった。
「纏(てん)を続けること自体が、致命傷になる場面がある」
「隠密、奇襲、回復、気配遮断……」
「そして、次の段階へ進むためにもな」
緑谷は、これまでの訓練を思い返す。纏(てん)を維持することに必死で、それが“常に外へ向いた状態”だという発想はなかった。
「……じゃあ、切り替えられないと……」
「戦えない」
「生き残れない」
男の声には、感情がなかった。それがかえって現実味を帯びていた。
「安心しろ」
少しだけ、声の硬さが抜ける。
「今日は、使いこなせとは言わない」
「まずは、“状態”を知れ」
緑谷は、静かに頷いた。
「今、纏(てん)しているな」
「それを――やめろ」
あまりに簡単な言い方に、戸惑う。
「……消そうとするな」
「押さえ込むな」
「ただ、流れを閉じろ」
緑谷は目を閉じ、皮膚の内側にある膜の感覚を思い出す。それを剥がすのではない。散らすのでもない。蛇口を締めるように、源から止める。
一瞬、体の奥がすっと静まった。
次の瞬間、世界が遠のく。音が鈍り、空気が薄く感じられる。体が軽いのに、不安定だ。
「……これが……絶……」
「そうだ」
男の声は、遠く聞こえた。
「今のお前は、纏(てん)をしていない状態ですらない」
「“何も流れていない”状態だ」
緑谷は、思わず身震いした。
「……怖いです」
「正しい」
男は静かに言った。
「絶(ぜつ)を怖がれない者は、長生きしない」
「今日は、ここまでだ」
緑谷はゆっくりと目を開けた。オーラの感覚は確かに消えている。怖さはある。それでも、なぜか納得していた。
纏(てん)で守り、
絶(ぜつ)で消える。
その切り替えができなければ、次には進めない。
「次からは」
男は告げる。
「纏(てん)と絶(ぜつ)を行き来させる」
「そこまでできて、ようやく“実戦の入口”だ」
緑谷は、静かに拳を握った。まだ遠い。それでも、道ははっきりと見えている。
――守るだけでは、足りない。
――消える勇気も、同時に必要なのだ。
修行パート長いですかね?