【未完】個性と念。【引き継いでくれる人募集】   作:確かな勇気

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第五話

纏(てん)を保ったまま日常を過ごせるようになった頃、次の課題は自然と見えてきた。立っているだけ、歩いているだけなら何とかなる。だが、動きが加わった瞬間に、オーラは途端に乱れ始める。走る、跳ぶ、急に方向を変える――そうした動作のたび、皮膚の内側に留めていたはずの感覚が、ぶわりと外へ散ってしまう。

 

放課後の河川敷。人の少ない時間帯を選び、緑谷は一人で軽いランニングをしていた。息が上がり、脚が重くなるにつれて、胸の奥のオーラも引きずられるようにざわつき始める。

 

(今、漏れてる……)

 

そう気づいた瞬間、意識がそちらに引っ張られ、余計に乱れる。何度も同じ失敗を繰り返し、ついにその場に膝をついた。

 

その時、男の声が低く響いた。

 

「動作と纏(てん)を“同時にやろう”とするな」

 

「順番を勘違いしている」

 

緑谷は荒い息のまま、耳を澄ませる。

 

「纏(てん)は“やるもの”じゃない。“維持されている状態”だ」

 

「走りながら包むのではなく、包まれている状態で走れ」

 

言葉だけ聞けば簡単だが、実践は別だった。緑谷は一度深呼吸し、まず立ったまま纏(てん)を整える。皮膚の内側に、薄く均一な膜を作るイメージ。強めない。広げない。ただ保つ。

 

(これを……崩さないまま……)

 

一歩踏み出す。次にもう一歩。最初は歩く速度で。問題ない。オーラはまだ留まっている。少しずつ速度を上げる。呼吸が乱れそうになるが、そこに意識を集中しすぎない。意識を向けすぎると、それ自体が刺激になってしまう。

 

小走りになった瞬間、オーラが揺れた。それでも、以前のように一気に散ることはなかった。薄く、だが確かに体に沿って残っている。

 

(……いける)

 

調子に乗りそうになる気持ちを、ぐっと抑える。喜びは纏(てん)の敵だ。淡々と、一定のペースで走り続ける。数十秒後、限界が来て足を止めた時、オーラはまだ体を包んでいた。

 

「今のは合格だ」

 

男の声は短いが、確かな評価だった。

 

次の課題は、他人が関わる動作だった。公園でボールを使い、軽く投げる、受け取る。視線が外に向いた瞬間、意識が散りやすい。相手の動きに反応しようとすると、どうしてもオーラへの注意が抜ける。

 

ボールを取り損ね、地面に転がした時、緑谷は歯噛みした。

 

「……っ」

 

「焦るな」

 

「対人動作で纏(てん)が崩れるのは当然だ。意識が外へ向くからな」

 

「だからこそ、纏(てん)は“意識しない状態”で成り立たせる必要がある」

 

何度も繰り返すうち、緑谷は少しずつコツを掴んでいった。相手を見る時、オーラを“見ない”。体の中心にある存在感だけを、ぼんやりと残しておく。完全に意識を切るわけではない。ただ、思い出せる場所に置いておく感覚だ。

 

その夜、布団に入りながら緑谷は思った。

 

(これ、ヒーロー活動だったら……戦いながらやるんだ)

 

考えただけで背筋が寒くなる。恐怖が浮かび、その瞬間、オーラがわずかにざわつく。すぐに気づき、呼吸を整える。

 

「いい自覚だ」

 

男は静かに言った。

 

「戦闘中に纏(てん)を保てるかどうかで、生死は分かれる」

 

「だから、今は失敗しろ。安全な場所で、何度でもな」

 

緑谷は布団の中で拳を握りしめた。まだ念能力には程遠い。それでも、オーラを保ったまま動ける時間は確実に伸びている。派手な変化はないが、自分の中で何かが“積み重なっている”感覚だけは、はっきりとあった。

 

緑谷の中に、はっきりと言語化できない違和感が芽生え始めていた。立っているだけ、歩いているだけなら問題はない。走っても、跳んでも、以前のようにオーラが一気に散ることはなくなった。それでも、纏(てん)を続けていると、どこか落ち着かない感覚が消えない。

 

放課後の河川敷。人の気配が少なくなる時間帯を選び、緑谷は軽いランニングをしていた。呼吸は整っている。脚もまだ余裕がある。それなのに、背中の奥がざわつく。誰かに見られているような、音や空気が妙に近いような感覚。

 

(……なんだ、これ)

 

立ち止まり、深呼吸する。纏(てん)は維持できている。皮膚の内側に、薄く均一な膜が張り付いている感覚もある。それでも、心拍が少しだけ早い。

 

その時、低い声が響いた。

 

「気づき始めたな」

 

緑谷は顔を上げる。

 

「……はい。纏(てん)できるようになってきたはずなのに、逆に落ち着かない時があって」

 

「正しい感覚だ」

 

男の声は静かだった。

 

「纏(てん)とは、防御であり、同時に“存在を主張する技術”でもある」

 

「存在を……主張する?」

 

「オーラを体に留めるということは、お前という存在を濃くするということだ」

 

緑谷は眉をひそめた。見えないものの話なのに、言われてみれば思い当たる節がある。

 

「野生動物が、強い個体を本能的に避けるだろう」

 

「同じだ。感じ取れる者には、分かる」

 

背筋に、ひやりとしたものが走った。

 

「じゃあ……纏(てん)をしてると、敵に気づかれやすくなるんですか」

 

「その通りだ」

 

迷いのない即答だった。

 

「だから次に学ぶのが、絶(ぜつ)だ」

 

その言葉に、緑谷は思わず息を呑んだ。名前は聞いている。だが、どこか曖昧なままだ。

 

「……絶って……オーラを使わない、ってことですか?」

 

男は首を横に振った。

 

「違う」

 

「そこを勘違いすると、危険だ」

 

緑谷は思わず前のめりになる。

 

「じゃあ……纏(てん)をしていない状態とは、また違うんですか?」

 

その問いに、男は一瞬だけ黙り、言葉を選ぶようにしてから口を開いた。

 

「いい質問だ」

 

「まず理解しろ。人間は、何もしなくてもオーラを漏らしている」

 

「寝ていても、歩いていても、感情が動けば自然と外に流れる」

 

「それが“纏(てん)をしていない状態”だ」

 

緑谷は、はっとした。

 

「じゃあ……今までの僕は……」

 

「そうだ。無防備なまま、オーラを垂れ流していた」

 

「纏(てん)は、それを体の内側に留める技術」

 

「では、絶(ぜつ)は何か」

 

男の声が、わずかに低くなる。

 

「絶(ぜつ)とは、“オーラの流れそのものを断つ”状態だ」

 

「出さない、ではない。止める」

 

緑谷は、思わず喉を鳴らした。

 

「……それって……」

 

「完全な無防備だ」

 

男は淡々と告げた。

 

「防御も、感知も、強化もない」

 

「だからこそ、戦闘中に無闇に使えば死ぬ」

 

緑谷の背中に、冷たい汗が滲んだ。

 

「でも……そんな危険なものを、なんで……」

 

「必要だからだ」

 

即答だった。

 

「纏(てん)を続けること自体が、致命傷になる場面がある」

 

「隠密、奇襲、回復、気配遮断……」

 

「そして、次の段階へ進むためにもな」

 

緑谷は、これまでの訓練を思い返す。纏(てん)を維持することに必死で、それが“常に外へ向いた状態”だという発想はなかった。

 

「……じゃあ、切り替えられないと……」

 

「戦えない」

 

「生き残れない」

 

男の声には、感情がなかった。それがかえって現実味を帯びていた。

 

「安心しろ」

 

少しだけ、声の硬さが抜ける。

 

「今日は、使いこなせとは言わない」

 

「まずは、“状態”を知れ」

 

緑谷は、静かに頷いた。

 

「今、纏(てん)しているな」

 

「それを――やめろ」

 

あまりに簡単な言い方に、戸惑う。

 

「……消そうとするな」

 

「押さえ込むな」

 

「ただ、流れを閉じろ」

 

緑谷は目を閉じ、皮膚の内側にある膜の感覚を思い出す。それを剥がすのではない。散らすのでもない。蛇口を締めるように、源から止める。

 

一瞬、体の奥がすっと静まった。

 

次の瞬間、世界が遠のく。音が鈍り、空気が薄く感じられる。体が軽いのに、不安定だ。

 

「……これが……絶……」

 

「そうだ」

 

男の声は、遠く聞こえた。

 

「今のお前は、纏(てん)をしていない状態ですらない」

 

「“何も流れていない”状態だ」

 

緑谷は、思わず身震いした。

 

「……怖いです」

 

「正しい」

 

男は静かに言った。

 

「絶(ぜつ)を怖がれない者は、長生きしない」

 

「今日は、ここまでだ」

 

緑谷はゆっくりと目を開けた。オーラの感覚は確かに消えている。怖さはある。それでも、なぜか納得していた。

 

纏(てん)で守り、

絶(ぜつ)で消える。

 

その切り替えができなければ、次には進めない。

 

「次からは」

 

男は告げる。

 

「纏(てん)と絶(ぜつ)を行き来させる」

 

「そこまでできて、ようやく“実戦の入口”だ」

 

緑谷は、静かに拳を握った。まだ遠い。それでも、道ははっきりと見えている。

 

――守るだけでは、足りない。

――消える勇気も、同時に必要なのだ。




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