【未完】個性と念。【引き継いでくれる人募集】   作:確かな勇気

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第六話

河川敷を離れた帰り道、緑谷は無言で歩いていた。街灯の明かり、車の音、遠くの人の話し声。いつもと同じはずの風景が、どこか薄く感じられる。

 

(……まだ、切れてる)

 

絶(ぜつ)を解くタイミングは教えられていない。だからこそ、今は維持するしかなかった。体の奥は静かだ。あまりにも静かすぎる。胸の中にあったはずの“熱”が、まるで消えてしまったようだった。

 

「歩けているな」

 

男の声が、少し後ろから届く。

 

「はい……でも……」

 

言葉に詰まる。体は軽い。だが、足の裏が地面を掴んでいないような感覚がある。少し注意を逸らすだけで、バランスが崩れそうだ。

 

「それが絶(ぜつ)だ」

 

「纏(てん)の時は、オーラが姿勢を補正してくれる」

 

「だが今は、筋肉と感覚だけが頼りだ」

 

緑谷は思わず唾を飲み込んだ。

 

「……戦闘中に、こんな状態になったら……」

 

「一撃で終わる」

 

容赦のない言葉だった。

 

しばらく歩いたところで、急に視界が揺れた。ほんの一瞬だが、足元が遠のく。緑谷は思わず立ち止まり、膝に手をついた。

 

「……っ」

 

「無理をするな」

 

「今のは?」

 

「軽い酸欠だ。オーラの循環が止まると、体の使い方も変わる」

 

緑谷は荒い呼吸のまま、必死に立て直そうとする。だが、集中しようとすればするほど、頭がぼんやりしてくる。

 

(やば……)

 

「いいか」

 

男の声が、いつもより近かった。

 

「絶(ぜつ)は“短時間で使う技術”だ」

 

「維持するほど、消耗は増す」

 

「特に初心者はな」

 

緑谷はその場に座り込んだ。視界の端が暗い。

 

「……なのに……なんで、こんな危ないことを……」

 

弱音だった。だが、男は否定しなかった。

 

「絶(ぜつ)は、回復に直結する」

 

その言葉に、緑谷は顔を上げる。

 

「回復……?」

 

「オーラを使うということは、体と精神を常に刺激している状態だ」

 

「絶(ぜつ)は、その刺激を完全に断つ」

 

「だから、正しく使えば――」

 

男は少し間を置いた。

 

「疲労の抜けが、段違いに早くなる」

 

緑谷は、はっとした。

 

確かに、今は怖い。だが、胸の奥にあった重さが、わずかに軽くなっている。筋肉の張りも、心なしか和らいでいる気がした。

 

「……じゃあ……」

 

「戦闘の合間」

 

「隠れている時間」

 

「あるいは、眠る前」

 

「絶(ぜつ)を使えるかどうかで、次の日が変わる」

 

緑谷は、ゆっくりと理解し始めていた。絶は“戦うための技”ではない。“生き延びるための技”なのだ。

 

「だが」

 

男の声が、再び引き締まる。

 

「これ以上続けるな」

 

「今は、ここまでだ」

 

「……解除、ですか」

 

「ああ。纏(てん)に戻せ」

 

緑谷は目を閉じ、意識を内側に向ける。止めていた流れを、少しずつ開く。冷えた配管に水が戻るように、体の奥に熱が戻ってきた。

 

同時に、世界が鮮明になる。

 

音が近づき、空気が重さを取り戻す。

 

「……戻りました」

 

「よし」

 

男は頷いた。

 

「今のお前は、纏(てん)と絶(ぜつ)を“知った”段階だ」

 

「使いこなしてはいない」

 

翌日。

 

緑谷は立ち上がり、深く息を吸った。

 

「……次は、何をするんですか」

 

男は一瞬だけ、緑谷を見た。

 

「練(れん)だ」

 

その言葉に、胸がわずかに高鳴る。

 

「だが、勘違いするな」

 

「練(れん)は、纏(てん)の延長じゃない」

 

「纏(てん)で保ち、絶(ぜつ)で断ち」

 

「その両方を理解した者だけが、初めて“増やす”段階に進める」

 

緑谷は、静かに頷いた。

 

守ること。

消えること。

 

そのどちらも、中途半端では意味がない。

 

「次は、覚悟が要るぞ」

 

男は背を向ける。

 

「オーラを増やすということは、自分の限界を正面から叩くということだ」

 

「逃げ場はない」

 

緑谷は、その背中を見つめながら拳を握った。

 

怖さはある。だが、それ以上に、前へ進んでいる実感があった。

 

――纏で守り、

――絶で消え、

――そして、練で押し出す。

 

次は、もう“安全な基礎”ではない。

 

その日の放課後、緑谷は河川敷に立っていた。

いつもの場所。

だが、今日は走らない。跳ばない。動かない。

 

ただ、立つ。

 

「まず、纏(てん)を保て」

 

言われた通り、薄く均一な膜を体の表面に作る。

これはもう、難しくない。

 

「次に――“内側”を意識しろ」

 

「外へ出すな。押し広げるな」

 

「ただ、集めろ」

 

集める。

言葉にすれば簡単だが、実際にやろうとすると、体が戸惑った。

 

(どこに……?)

 

オーラは、体の中に“ある”。

だが、場所がはっきりしているわけではない。

心臓でも、腹でも、脳でもない。

 

「考えるな」

 

男の声が、少し低くなる。

 

「纏を維持したまま、呼吸だけを深くしろ」

 

息を吸う。

吐く。

 

繰り返すうちに、緑谷は奇妙な感覚に気づいた。

体の中心――へその奥あたりに、わずかな“重み”が生まれている。

 

(……溜まってる?)

 

その瞬間、意識がそちらに向きすぎた。

 

ぶわり、と。

オーラが暴れ、纏が一瞬だけ厚くなり、すぐに乱れる。

 

「今のが失敗だ」

 

「練は、意識しすぎると壊れる」

 

緑谷は歯を食いしばった。

 

「纏は“意識しない状態”が完成形」

 

「練は“意識しているのに、力まない状態”を作る」

 

「矛盾しているようだが、できなければ死ぬ」

 

その言葉は、冗談に聞こえなかった。

 

 

翌日。

教室。

 

「おいデク」

 

背後から、乱暴な声がかかる。

振り向かなくても分かる。爆豪勝己だ。

 

「最近よぉ」

 

机を蹴る音。

周囲の空気が、ぴりっと張りつめる。

 

「……なんか、ムカつくんだよ」

 

緑谷はゆっくり振り返った。

 

「え?」

 

「前はよ」

 

爆豪は眉をひそめる。

 

「もっと、こう……ビクビクしてただろ」

 

「今、してねえ」

 

教室のざわめきが、一瞬だけ静まる。

緑谷自身も、自覚はあった。

 

(……圧?)

 

纏をしているからだろうか。

あるいは、練の練習で“内側に溜める”感覚を覚え始めたからか。

 

意図していないのに、以前より視線がぶつかっても退かない。

 

「ンだよ、その目」

 

爆豪の声が低くなる。

 

「ケンカ売ってんのか?」

 

緑谷は慌てて首を振った。

 

「ち、違う! そんなつもりじゃ……」

 

その瞬間、緑谷のオーラがわずかに揺れた。

恐怖と焦りが混じる。

 

男の声が、頭の奥で即座に告げる。

 

「今だ」

 

「感情に引っ張られるな。溜めろ」

 

緑谷は、呼吸を整えた。

纏を崩さない。

外に出さない。

 

内側へ。

 

爆豪は一瞬、言葉を失った。

目の前の緑谷から、説明できない違和感を感じ取ったからだ。

 

「……チッ」

 

舌打ち一つ残し、背を向ける。

 

「気色悪りぃんだよ!!」

 

そう言って去っていった。

 

緑谷は、その場に立ち尽くしたまま、小さく息を吐いた。

 

(今の……保てた?)

 

完全ではない。

だが、崩れ切らなかった。

 

「いい兆候だ」

 

男は淡々と言う。

 

「練は、日常でこそ磨かれる」

 

「次からは、本格的にやる」

 

「時間を決めて、意図的に溜めろ」

 

「限界までだ」

 

緑谷は拳を握りしめた。

 

練。

溜めるという行為。

 

それは、これまでとは明らかに違う領域への一歩だった。

そして同時に――

彼の周囲が、その“違和感”に気づき始める、最初の兆しでもあった。

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