【未完】個性と念。【引き継いでくれる人募集】 作:確かな勇気
河川敷を離れた帰り道、緑谷は無言で歩いていた。街灯の明かり、車の音、遠くの人の話し声。いつもと同じはずの風景が、どこか薄く感じられる。
(……まだ、切れてる)
絶(ぜつ)を解くタイミングは教えられていない。だからこそ、今は維持するしかなかった。体の奥は静かだ。あまりにも静かすぎる。胸の中にあったはずの“熱”が、まるで消えてしまったようだった。
「歩けているな」
男の声が、少し後ろから届く。
「はい……でも……」
言葉に詰まる。体は軽い。だが、足の裏が地面を掴んでいないような感覚がある。少し注意を逸らすだけで、バランスが崩れそうだ。
「それが絶(ぜつ)だ」
「纏(てん)の時は、オーラが姿勢を補正してくれる」
「だが今は、筋肉と感覚だけが頼りだ」
緑谷は思わず唾を飲み込んだ。
「……戦闘中に、こんな状態になったら……」
「一撃で終わる」
容赦のない言葉だった。
しばらく歩いたところで、急に視界が揺れた。ほんの一瞬だが、足元が遠のく。緑谷は思わず立ち止まり、膝に手をついた。
「……っ」
「無理をするな」
「今のは?」
「軽い酸欠だ。オーラの循環が止まると、体の使い方も変わる」
緑谷は荒い呼吸のまま、必死に立て直そうとする。だが、集中しようとすればするほど、頭がぼんやりしてくる。
(やば……)
「いいか」
男の声が、いつもより近かった。
「絶(ぜつ)は“短時間で使う技術”だ」
「維持するほど、消耗は増す」
「特に初心者はな」
緑谷はその場に座り込んだ。視界の端が暗い。
「……なのに……なんで、こんな危ないことを……」
弱音だった。だが、男は否定しなかった。
「絶(ぜつ)は、回復に直結する」
その言葉に、緑谷は顔を上げる。
「回復……?」
「オーラを使うということは、体と精神を常に刺激している状態だ」
「絶(ぜつ)は、その刺激を完全に断つ」
「だから、正しく使えば――」
男は少し間を置いた。
「疲労の抜けが、段違いに早くなる」
緑谷は、はっとした。
確かに、今は怖い。だが、胸の奥にあった重さが、わずかに軽くなっている。筋肉の張りも、心なしか和らいでいる気がした。
「……じゃあ……」
「戦闘の合間」
「隠れている時間」
「あるいは、眠る前」
「絶(ぜつ)を使えるかどうかで、次の日が変わる」
緑谷は、ゆっくりと理解し始めていた。絶は“戦うための技”ではない。“生き延びるための技”なのだ。
「だが」
男の声が、再び引き締まる。
「これ以上続けるな」
「今は、ここまでだ」
「……解除、ですか」
「ああ。纏(てん)に戻せ」
緑谷は目を閉じ、意識を内側に向ける。止めていた流れを、少しずつ開く。冷えた配管に水が戻るように、体の奥に熱が戻ってきた。
同時に、世界が鮮明になる。
音が近づき、空気が重さを取り戻す。
「……戻りました」
「よし」
男は頷いた。
「今のお前は、纏(てん)と絶(ぜつ)を“知った”段階だ」
「使いこなしてはいない」
翌日。
緑谷は立ち上がり、深く息を吸った。
「……次は、何をするんですか」
男は一瞬だけ、緑谷を見た。
「練(れん)だ」
その言葉に、胸がわずかに高鳴る。
「だが、勘違いするな」
「練(れん)は、纏(てん)の延長じゃない」
「纏(てん)で保ち、絶(ぜつ)で断ち」
「その両方を理解した者だけが、初めて“増やす”段階に進める」
緑谷は、静かに頷いた。
守ること。
消えること。
そのどちらも、中途半端では意味がない。
「次は、覚悟が要るぞ」
男は背を向ける。
「オーラを増やすということは、自分の限界を正面から叩くということだ」
「逃げ場はない」
緑谷は、その背中を見つめながら拳を握った。
怖さはある。だが、それ以上に、前へ進んでいる実感があった。
――纏で守り、
――絶で消え、
――そして、練で押し出す。
次は、もう“安全な基礎”ではない。
その日の放課後、緑谷は河川敷に立っていた。
いつもの場所。
だが、今日は走らない。跳ばない。動かない。
ただ、立つ。
「まず、纏(てん)を保て」
言われた通り、薄く均一な膜を体の表面に作る。
これはもう、難しくない。
「次に――“内側”を意識しろ」
「外へ出すな。押し広げるな」
「ただ、集めろ」
集める。
言葉にすれば簡単だが、実際にやろうとすると、体が戸惑った。
(どこに……?)
オーラは、体の中に“ある”。
だが、場所がはっきりしているわけではない。
心臓でも、腹でも、脳でもない。
「考えるな」
男の声が、少し低くなる。
「纏を維持したまま、呼吸だけを深くしろ」
息を吸う。
吐く。
繰り返すうちに、緑谷は奇妙な感覚に気づいた。
体の中心――へその奥あたりに、わずかな“重み”が生まれている。
(……溜まってる?)
その瞬間、意識がそちらに向きすぎた。
ぶわり、と。
オーラが暴れ、纏が一瞬だけ厚くなり、すぐに乱れる。
「今のが失敗だ」
「練は、意識しすぎると壊れる」
緑谷は歯を食いしばった。
「纏は“意識しない状態”が完成形」
「練は“意識しているのに、力まない状態”を作る」
「矛盾しているようだが、できなければ死ぬ」
その言葉は、冗談に聞こえなかった。
⸻
翌日。
教室。
「おいデク」
背後から、乱暴な声がかかる。
振り向かなくても分かる。爆豪勝己だ。
「最近よぉ」
机を蹴る音。
周囲の空気が、ぴりっと張りつめる。
「……なんか、ムカつくんだよ」
緑谷はゆっくり振り返った。
「え?」
「前はよ」
爆豪は眉をひそめる。
「もっと、こう……ビクビクしてただろ」
「今、してねえ」
教室のざわめきが、一瞬だけ静まる。
緑谷自身も、自覚はあった。
(……圧?)
纏をしているからだろうか。
あるいは、練の練習で“内側に溜める”感覚を覚え始めたからか。
意図していないのに、以前より視線がぶつかっても退かない。
「ンだよ、その目」
爆豪の声が低くなる。
「ケンカ売ってんのか?」
緑谷は慌てて首を振った。
「ち、違う! そんなつもりじゃ……」
その瞬間、緑谷のオーラがわずかに揺れた。
恐怖と焦りが混じる。
男の声が、頭の奥で即座に告げる。
「今だ」
「感情に引っ張られるな。溜めろ」
緑谷は、呼吸を整えた。
纏を崩さない。
外に出さない。
内側へ。
爆豪は一瞬、言葉を失った。
目の前の緑谷から、説明できない違和感を感じ取ったからだ。
「……チッ」
舌打ち一つ残し、背を向ける。
「気色悪りぃんだよ!!」
そう言って去っていった。
緑谷は、その場に立ち尽くしたまま、小さく息を吐いた。
(今の……保てた?)
完全ではない。
だが、崩れ切らなかった。
「いい兆候だ」
男は淡々と言う。
「練は、日常でこそ磨かれる」
「次からは、本格的にやる」
「時間を決めて、意図的に溜めろ」
「限界までだ」
緑谷は拳を握りしめた。
練。
溜めるという行為。
それは、これまでとは明らかに違う領域への一歩だった。
そして同時に――
彼の周囲が、その“違和感”に気づき始める、最初の兆しでもあった。