【未完】個性と念。【引き継いでくれる人募集】 作:確かな勇気
夕方、緑谷家のインターホンが鳴った。チャイムの音に、出久は反射的に背筋を伸ばした。母と顔を見合わせるが、心当たりはない。引子が応対し、少ししてから玄関の方で小さなどよめきが起きた。
「……警察?」
出久の胸がきゅっと縮む。母に促されるまま玄関へ向かうと、そこにはスーツ姿の刑事と、もう一人、明らかに雰囲気の違う男が立っていた。無精ひげ、鋭い目つき、ゴーグル。
(……え……?)
頭の中で、テレビの映像が一気に再生される。
(……イレイザーヘッド……?)
警察だけでも十分異常なのに、現役のプロヒーローが一緒に来るなど、想像したこともない。
刑事が穏やかに名刺を差し出す。
「警視庁の塚内です」
「プロヒーローの相澤です」
「突然お邪魔してすみません。少し、お話を伺いたくて」
居間に通され、全員が腰を下ろすまで、出久は落ち着かなかった。母も不安そうに手を握りしめている。塚内は一呼吸置いてから、静かに話し始めた。
「数日前、あなたと河川敷で話した人物がいます」
「慢性的な体調不良を訴えていた方です」
「その方が、あなたと会った直後から、嘘のように回復した」
出久は思わず視線を落とした。
「医師にも、回復系の個性にも原因が分からなかった」
「ですが、その方は『無個性の中学生に体の調子を見てもらった』と証言しています」
塚内の視線が、出久に向けられる。
「……何か、特別なことをしましたか?」
一瞬、言葉に詰まる。頭の中で、念の達人の声がよぎる。――“まだ、すべてを話す時ではない”。だが、曖昧に誤魔化せば、余計に疑われる。
「……信じてもらえるかは、分かりませんが」
そう前置きして、出久は顔を上げた。
「その人は……体の中の“流れ”が、ずっと滞っていました」
「僕は、それを……一度、整えただけです」
相澤が、初めてはっきりと反応した。
「流れ?」
「はい」
出久は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「人の体には、誰にでも“オーラ”があります」
「それ自体は、特別な力じゃありません」
「でも、その流れが乱れると、体調を崩すことがある」
母が息を呑む気配がした。塚内はすぐに否定も肯定もせず、ただ続きを促すように視線を向けている。
「……それが本当かどうか」
出久は一度、深呼吸した。
「今から、確かめてもらってもいいですか」
二人の視線が集まる。
「自分のオーラを、少し高めます」
「それを……見てください」
居間の空気が変わった。相澤の目が細くなる。
「……やってみろ」
出久は背筋を伸ばし、意識を内側へ沈めた。皮膚の内側に広がる、いつもの感覚。普段は薄く抑えているそれを、ほんの少しだけ厚くする。纏(てん)を保ったまま、練(れん)を重ねる。ただし、強くしすぎない。威圧にならない程度に。
次の瞬間、塚内が小さく息を吸った。
「……空気が……」
相澤も、はっきりと目を見開いていた。
(……感じる)
(個性じゃない)
(だが、確かに“何か”がある)
出久の周囲に、目に見えない圧のようなものが生まれている。攻撃性はない。ただ、存在感だけが異様に濃い。
「……なるほどな」
相澤が低く呟く。
「じゃあ次だ」
一歩前に出て、はっきりと言う。
「今から俺の個性で、それを消せるか試す」
「いいな」
出久は頷いた。
「……はい」
相澤がゴーグルを上げ、視線を固定する。いつもなら、相手の個性は即座に沈黙するはずだった。
――だが。
オーラは消えない。纏も、練も、崩れない。
「……消えない?」
相澤の声に明確な動揺が混じった。数秒、目を逸らさずに確認し、それでも結果は変わらない。
相澤は内心小さく舌打ちする。
(あの時と……同じだ)
(無個性のはずの少年、原因不明の力)
(偶然にしては、重なりすぎだ)
居間に、重い沈黙が落ちた。母が不安そうに出久を見る。出久自身も、胸の奥がざわついていた。
相澤は一度、深く息を吐いた。
「今日はここまでだ」
「……改めて、きちんと話を聞かせてもらう」
塚内も頷く。
「別日に、場所を変えて」
「こちらから連絡します」
二人が玄関へ向かい、扉が閉まった後、出久はその場に座り込んだ。心臓の音が、まだ耳の奥で鳴っている。
夜、自室で布団に座り込み、天井を見上げる。
「……やっぱり、こうなるよね……」
静かな声が、精神の奥から応えた。
「避けられぬ道だ」
念の達人が、いつもの場所に立っている。
「だが、悪くない」
「彼らは“気づく側”の人間だ」
「……次の一手を、考えよう」
出久は小さく頷いた。不安は消えない。それでも、もう引き返せないことだけは、はっきりと理解していた。
その前夜、緑谷は自室で一人、灯りを落としたままベッドに腰掛けていた。目を閉じると、いつものように世界の輪郭が遠のき、静かな気配が立ち上がる。
「……全部、話してもいいんでしょうか」
沈黙の中で、緑谷は問いかけた。
「警察にも、プロヒーローにも。あなたのことも……念のことも」
少し間を置いて、男の声が響く。
「隠す意味は、もう薄い」
「今日会った男……相澤と言ったな。あれは、境界に触れている」
緑谷は息をのんだ。
「やっぱり、危ないんですか」
「危ないのは“力”ではない。“知らないまま使われること”だ」
声は淡々としているが、そこには確かな緊張があった。
「いずれ巨悪は、必ずこの力に辿り着く。いや、すでに一部は気づいている」
緑谷の脳裏に、相澤の言葉が蘇る。個性を消せなかったヴィラン。説明のつかない力。
「だから……僕が、広める?」
「正確には“繋ぐ”だ」
「お前は最初の一人であり、最後の一人ではない。そのためには、表の世界と協力する必要がある」
緑谷はしばらく黙り込み、それから小さく頷いた。
「……分かりました。全部話します」
「信じてもらえなくても?」
「それでもいい。もう、隠しながら誰かを助けるのは……怖いです」
「いい覚悟だ」
男の声には、わずかな満足が滲んでいた。
「ならば言え。私の存在も、念という概念も、目的も」
「それが、お前の第一歩だ」
⸻
翌日、警察施設の会議室。昨日と同じ席だが、空気は明らかに違っていた。緑谷は深く息を吸い、二人を見渡す。
「……信じられないとは思いますが」
そう前置きしてから、言葉を選びながら続けた。
「僕は一人じゃありません。ずっと昔から……“教えてくれる存在”がいます」
相澤の視線が鋭くなる。
「存在?」
「人、というより……意識、に近いです」
塚内は遮らず、ただ黙って聞いている。
「その人から教わったのが、“念能力”という考え方です」
相澤が低く息を吐いた。
「また知らん単語が出てきたな」
緑谷は一瞬たじろぐが、続ける。
「念能力は、個性とは違います。誰の体にもある“オーラ”という生命エネルギーに、意識――“念”を加えて操る技術です」
「オーラ……?」
「はい。普段は無意識に流れているものです。体調不良の人は、それが滞っていました。僕は、流れを整えただけです」
塚内がゆっくりと口を開く。
「治した、わけじゃない。元に戻した……か」
「そうです」
相澤は腕を組んだまま、視線を逸らさない。
「じゃあ、俺の個性が効かなかった理由は?」
緑谷は一度、はっきり頷いた。
「相澤さんの個性は、“個性”を消す力です。でも、念は個性じゃない。だから、消えません」
一瞬、室内が静まり返る。
「……あの時と同じだ」
相澤が小さく呟いた。
「最近戦ったヴィランも、同じ感触だった。消えない力。個性じゃない何か」
塚内が眉をひそめる。
「つまり、君が言う“念能力者”が、闇側にもいる?」
「はい」
緑谷は、覚悟を決めて言い切った。
「それが……僕を導いている人の、本当の目的です」
二人の視線が集まる。
「念能力は、本来、誰でも扱える力です。でも、悪用されれば……個性よりもずっと厄介になる」
「だから、その人は言いました。“先に理解し、使える人間を育てなければならない”と」
相澤は、ゆっくりと目を細めた。
「……お前を、その第一号に選んだ理由は?」
「無個性だからです」
即答だった。
「余計な能力に引きずられない。力に溺れにくい。怖がりながら考える。それが、向いていると」
塚内は深く息を吸い、天井を仰いだ。
「……やれやれ。想像以上に大きな話になったな」
相澤は立ち上がり、机に手をつく。
「だが、筋は通ってる。俺の経験とも一致する」
視線を緑谷に戻す。
「覚悟はあるか。これを話した以上、もう後戻りはできない」
緑谷は、少し震えながらも答えた。
「……はい。昨日、決めました」
「隠すより、信じてもらう方が……ずっと怖い。でも、それでも前に進みたいです」
沈黙の後、相澤は短く言った。
「なら、協力する」
塚内も頷く。
「正式に“事件”としては扱わない。ただし、情報は共有する。君は、もう一人じゃない」
緑谷の胸の奥で、何かが静かにほどけていった。
(……言えた)
その夜、再び意識の底で男の声が響く。
「よくやった」
「これで、歯車は回り始めた」
キャラの口調とかは完璧にはできないです
「ここおかしくない?」と思ったら指摘してもらったらめっちゃ嬉しいです