時給1030円で邪神合体させられたFラン大学生の俺が精神汚染された件   作:空耳そら豆

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第一話 邪神合体(ダークリンク)

「タクマ君! 邪神合体(ダークリンク)よ!」

 

 パートの……確か、菅原(すがわら)さんだったか──

 そんな名前の中年女性が俺に向かって叫んだ。

 黒を基調とした全身タイツのような戦闘服(バトルスーツ)に身を包み、手には両手持ちの巨大なバトルアックス。

 いくらデビルウオッチを装着しているとはいえ、その動きは人並外れていた。

 ゴブリンやリザードマンを摺りつぶす姿はまるで夜叉。

 ダウンジャケットを着こんだような、丸みを帯びた身体からは想像もできないスピードとパワーだ。

 

 菅原さんのバトルアックスが比喩ではなく本物の火を噴いた。

 六芒星重工(ろくぼうせいじゅうこう)──通称六重(ろくじゅう)製のエンジン付き対悪魔決戦兵器(エクソシズムファイナルウエポン)だ。

 なんでそんなヤバいブツを、パートのおばちゃんが扱えるのかはわからない。

 その日は俺にとってアルバイトの初出勤だった。

 大学にも多少慣れてきたこともあり、通学路にある弁当屋でバイトすることにしたのだが、どういうわけかパートのおばちゃんとバディを組んでデーモンハントをしている。

 

 時給千三十円。お世辞にも高い時給とは言えないのに、俺たちの目の前には身長六メートルはあろうかという一つ目の大巨人サイクロプス。

 

 一体、俺は何を──

「早くして! 卵の特売に間に合わないじゃない!」

 特売スーパーにでも行きたいのか、菅原さんが俺を急かしてくる。

 

 俺は腑に落ちないながらも、デビルウォッチの安全ロックを解除。

 朝礼で店長に教えられたとおりに邪神合体を試みた。

「……えっと、右ヨシ、左ヨシ、後方ヨシ、邪神合体(ダークリンク)!」

 

 通学路の幹線道路沿いにあるというだけでバイトを選んだだけなのに、目の前が真っ暗になったと思った瞬間、今朝まで見ず知らずだった菅原さんの思念が俺の中に流れ込んでくる。

 

 菅原家のお雑煮が味噌汁タイプではなくお澄ましタイプであること。

 飼い犬のベスが最近太り過ぎなこと。娘さんの専門学校の学費のこと。

 旦那さんのことが嫌いなこと。でも、やっぱり愛していること。一際(ひときわ)

 そんな菅原さんの思念がどうしようもなく温かいこと──

 あっだめだ。これ気持ちいいやつ。

 

『タクマ君。聞こえて?』

 邪神合体を無事に終えて、完全に菅原さんと融合(ゆうごう)した俺。

 

 自分でもすげえ気持ち悪いことを言ってる自覚しかないが、菅原さんは温かくでマジで気持ちいい。

『はい。聞こえてます』

 俺は菅原さんの温かさにトロトロになりながら答えた。

  

『初出勤で初出動お疲れ様。朝礼でも店長が言っていたように、邪神合体(ダークリンク)によって、私たちは肉体だけでなく精神でも深く融合してるの。知っての通り、悪魔を狩るには最強なんだけど、あまり長く融合していると、互いに引っ張られて精神が壊れちゃうってわけ。そういうわけで今日は残業も出来ないし、一気に決めるわよ』

 

 俺は言われるがまま、精神を集中する。

 

 精神世界でこれ以上ないほど深く結びついた俺たちはパ●ーとシ●タのように声を揃えて叫んだ。

『デビルバスタード!』

 

 これに六重製のバトルアックスが反応した。過給機(かきゅうき)が激しく音を立てるや、エンジン音が一際(ひときわ)甲高くなりオーバーレブの警告音が鳴りだす。すると、バトルアックスの刃が怪しくも(あか)く光った。

 

『うおおおおおおりゃあああああっ』

 菅原さんの叫び声が俺の精神世界に響き渡った直後、サイクロプスは真っ二つとなり、何事もなかったかのように霧散していた。

 

 一瞬だった。身体操作は菅原さんに任せっきりだったが、その斬撃はこの世のありとあらゆる命を刈り取ってもおかしくはないほど強烈だった。

 

『やったわねタクマ君! でも次からは出勤前にAVを見るのはやめてちょうだい。しかも人妻ものなんて、お姉さんどきどきしちゃうでしょ』

 菅原さんの声が俺の精神世界に響く──

 

 それが俺、山城タクマが生まれて初めてお金を稼いだ日であり、性癖をバキバキに歪められた日であり、バイト先を間違えたと死ぬほど後悔した日である。

 

         ◆

 

「はい。からカツ、両方上がるよ」

 

 夕暮れ時の弁当屋テラガーディアンは大忙しだった。

 大量のお客様がいるにもかかわらず店内には俺と店長だけ。

 

 先週に引き続き、また悪魔が市街地に現れたため社員の中岡(なかおか)さんとベテランバイトリーダーの比留間(ひるま)さんが出動しているのだ。

 何を言っているのかと思われるだろうが、これが俺たちの日常だ。

 

 俺は出来たてほかほかのから揚げ弁当とトンカツ弁当をお客様にお渡しすると、即座に厨房に戻って弁当の盛り付けに取り掛かった。

 

「昆布が多すぎ。あと、漬物はもっと多く」

 眼光鋭くフライヤーを凝視する店長が、こちらを見ることなく言った。

 さすが全国でも十人しかいないS級ハンターだ。

 ガーゴイル程度なら菜箸(さいばし)で真っ二つにすると中岡さんから聞いた時は冗談かと思ったが、まんざら嘘でもなさそうだ。

 一日も早く、俺も店長のように──

 

 俺はハッとした。そう、そこには越えられない高き壁があるのだ。店長や中岡さんは正社員であり、俺は大学生活の合間を縫ってのアルバイト。Fランではあるが大学卒業後の進路が弁当屋のアルバイトになったら両親が泣くし、何よりも俺が泣く。

 

 これはただの小遣い稼ぎであり、いずれは俺も巣立たなければならないのだ。

 全国の弁当屋さんには悪いが、時給千三十円で命懸けの戦いを強いられるのはどう考えても割に合わない。

 

 デーモン。それは十数年前に現れた異形(いぎょう)の怪物たちの総称だ。ゲームやアニメに出てくるモンスターたちがどこからともなく現れては破壊と殺戮(さつりく)を繰り返したことで、人類は未曾有(みぞう)の危機に陥った。その際、日本でも対デーモン専用の特殊部隊が組織され、全国に展開したのだが、悪魔の発生率が下がったため、莫大な予算を浪費することに国民から疑問の声が──

 

「お疲れ様ですぅ!」

 店の奥からきゃぴきゃぴした声で厨房に入ってきたのは高校生バイトの日崎(ひざき)さんだった。

 月曜から木曜の夕方から閉店までシフトに入るテラガーディアンのアイドルであり、とにかくかわいい。小動物っぽい感じが愛くるしい上に小柄。制服の上にエプロンというのも個人的には高得点だ。

 

「おう日崎。ちょうど今、中岡と比留間が出てる。頼んだぞ」

 店長が渋い声で言うと、日崎さんは「はぁい」と元気よく接客に向かう。

 

 キュンです。年齢は俺のほうが上だが、テラガーディアンでは彼女のほうが先輩だ。一発で規定量のごはんをよそう正確さはまさに職人。大きな声では言えないが、俺は彼女のことを比留間さんよりも尊敬している。大好きだ。

 

 正直に言おう。テラガーディアンでのバイトを始めて十日。俺がまだ辞めずにいるのは彼女がいるからだ。

 

 俺は彼女と邪神合体したい。そのためにこうして──

「カツ一、から二、カレー一、親子一入りまぁす」

 日崎さんが振り向きながら言った。

 

 愛してる。真っ黒な紙を後ろで束ねて、ちょこんと弁当屋の帽子を乗せてる姿も、エプロンにつける名札の位置に並々ならぬこだわりを持ってることも、隙あらば持ち込み禁止のスマホで彼氏と連絡を取り合っているところまで含めて俺は彼女のことが好きなのだ。

 

 もちろん公私混同がよくないことはわかっている。

 だが、テラガーディアンが邪神合体という究極の羞恥プレイを強いられる職場であることを忘れてはならない。どんなに隠しても胸の内をさらけ出してしまう以上、いずれこの思いが周知の物となるのは避けられない。そんな俺に残された選択肢は一つ。

 

 告る。彼女と邪神合体をして、想いの丈を思念として全力で流し込むのだ。

 

 当然、きしょい。俺は間違いなくきしょい。

 だが本気だ。本気であるがゆえに、俺は今日の出動の際、腹が痛いと嘘をついた。シフト表を綿密に確認し、中岡さんと比留間さんの二人にペアを組んでもらうことで、残るは俺と日崎さんだけ──

 

 俺はほかほかごはんに海苔を乗せつつ、デーモンの襲来を今か今かと待ち構える。

 弁当待ちのお客様で店内が混みあうテラガーディアン。店長の腕が六本に見えるほどの勢いで次々と弁当が上がっていく。俺は脳内リソースを九割日崎さんに傾けつつ、弁当の盛り付けを──

 

 ピンポン。来客を報せる音が鳴るや、日崎さんの声が一段高くなった。

「いらっしゃいませぇ」

 見ずともわかる。正真正銘のデーモン、日崎さんの彼氏ことヒロ君の襲来だ。

 

 高身長イケメン。ハーフっぽいのに学ランが似合いすぎだろ。畜生め。

 

 ヒロ君は一途であることをアピールするためか、生姜焼きの大盛しか頼まない。日崎さん、そんな冒険心がない男はダメだ。たまにはステーキ重、もしくはうな重を頼む遊び心がない男では君を幸せにできない。俺ならダブル幕の内にサラダまでつけるのに──

 

「ショーガ入りまぁす」

 注文を通す日崎さん。俺を見て微笑む。

 彼氏の弁当だからねと言わんばかりのエンジェルスマイル。

 笑顔の雨に撃たれた俺は店長の目を盗んでごはん&漬物ましまし。何に使うのかもわからんが、から揚げ用のレモン汁と胡椒もつけます。

 

「ショーガあがります」

 弁当を手渡す際、僅かにだが日崎さんの小指の第二関節から先と触れあう。

 もちろんわざとだ。すると、日崎さんが声を出さずに言った。

 俺の脳内が『ア・リ・ガ・ト』を『ダ・イ・ス・キ』に自動翻訳。

 お金も稼げて、好きな子から告白されるとかバイト最高かよ。

 

 すると、邪悪なデーモンことヒロ君と目が合う。七割、いや八割方NTRしてやった俺が笑顔を向けると、彼は軽く会釈。負け犬として弁当屋を後に──

 その時だった。突如、弁当屋のシャッターが降りだしたと思ったら、

 

『緊急警報。デーモンが発生しました。住民の皆様は直ちにシェルターへと避難してください』

 

 広域放送によってデーモン警報が発令されたのだ。

 俺は叫んだ。

「店長っ!」

 

「おう! 山城出動だ!」

「はいっ!」

 来た来た来た来たっ! 捲土重来、捲土重来! 

 

 俺はエプロンを緩めつつ言った。

「日崎さんっ! 早くっ!」

 これになぜか日崎さんがきょとん顔。

 まるで喋るゴリラでも見たかのような顔をする。

「え? 私、十八歳未満だから出動できないよ?」

 

 その刹那、俺の中で時計の針が動きを止めた。

 俺は店長を見た。

「対悪魔法十四条の第二項だ。いかなる理由があろうとも未成年の邪神合体を禁ずる──初日のコンプラ研修で説明しただろうが。大体、おまえは高校生に命懸けの戦いをやらせるつもりか?」

 

 俺だって十八歳の大学生なんだけど──

「……じゃあ、俺は誰と邪神合体を?」

 店長は菜箸をペン回しのようにくるりと回して言った。

「俺だ。S級ハンターの動きをみっちりと教えてやる。ルーキー」

 

 おかしい。どう考えてもおかしい。何が悲しくて時給千三十円でおっさんと身も心も融合しなければならないのか。

 

 俺は閃いた。

「辞めます」

 

 店長は俺の意思表示を無視すると、タブレットを見つめながら言った。

「現場までは距離があるな……山城。決戦装甲車を出す。アルコールチェックをしろ」

 

 何が決戦装甲車だ。ただの配達用の軽バンじゃねえか。

 日崎さんが荒む俺にアルコールチェッカーを差し出して、

「ちゃんと無事に帰ってきてくださいね。山城さん」

 そう言ってエンジェルスマイルをしてくる。

 

 騙されるな俺。全ては店長の陰謀だ。奴は日崎さんという餌をちらつかせることで、俺から搾取するつもり──

 ピピッ。

 日崎さんがアルコールチェッカーを覗き込んでくる。

「オッケーです!」

 笑顔の日崎さん。超近い。そしてすげえ良い匂いがする。なにこれ。

 

 ──その日、俺は店長と邪神合体した。体長三十メートルのブルードラゴンとその眷属であるワイバーンを十匹ほど狩った。

 翌日の新聞の地方欄には、俺と店長がガッチリと握手をする写真が掲載されていたが、そんなことはどうでもよかった。

 

 俺は店長と思念をやりとりし、店長の奥さんがパチンコ依存症であること。娘さんの結婚式に呼ばれなかったこと。三年がかりで造った趣味のボトルシップが飼い猫によって破壊されたことを知った。それは同時に俺の思念が店長に筒抜けであることを示しており、

「……山城ぉ、おまえ本当に気持ち悪いな」

 そう言った店長は俺をストーカー扱いして、二度と日崎さんと同じシフトに入れないと告げた。ちなみに決戦装甲車という名の配達バンだが、ブルードラゴンのブレスや爪の攻撃を受けてもびくともしなかった。

 

 季節は初夏。俺の大学生活は早くも路頭に迷いかけていた。

 




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