転生したらORTだった件   作:装甲大義相州吾郎入道正宗

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第一話 月喰らい

天魔大戦

 

それはいずれリムルが訪れる異世界において、500年周期で発生し続けている謎の天災だ。

 

原因は不明ながら、人間達の卓越した技術や知識が一定水準を超えると何処からともなく天使の軍団が降臨し、分不相応に発展した文明の悉くを滅ぼすという。

 

それは無尽蔵の如く現れる天使と、強力無比な使徒達が繰り広げる情け容赦無い死の裁き。無論、狙われた側の国や神様気取りの天使が気に食わない抵抗勢力は徹底抗戦の構えを取るが、残念ながら勝敗の行方は天を向いたまま一向に変わらず、運命の転換点は規格外のスライムによる介入を待つしか無かった。

 

だがしかし。

ある周期を迎えた際、未曾有のイレギュラーが発生した。

 

歴史の必然的な流れとして文明が発展した時。…もしくはどこかの誰かが保有する究極能力がクールタイムを終えた時。

 

いつものように天使達が機械的な行動原理と命令に従って目標を定め、決して止まる事が無い蹂躙を開始しようとした瞬間。

 

バキッ

 

世界中に鳴り響いたのは終末のラッパではなく、無機質極まる破砕音だった。

 

空飛ぶ天使達の更に上空。遥か彼方より断続的に奏でられる不快な音律。不思議に思った誰もが真相を追うべく天を仰ぎ見る。

…そこにはいつものように燦々と輝く太陽と、昼間の間はボンヤリとしか視認出来ない儚げな月が……月が、巨大過ぎる水晶へと変貌を遂げる真っ最中だった。

 

何だあれは?

何が起こっている?

 

その答えを知る者はまだ何処にも居ない。黒幕たる勇者も最古の魔王も…果ては全ての元凶である創世神ですら全く把握出来ない未知の現象が始まったのだ。

唯一分かるのは水晶によって侵食される月の様子だけで、変化した部分は不気味な緑色の燐光を放ちながら青く広がる空すらも犯していく。それは深い知識を蓄えた者ほど恐怖を抱いてしまう光景だ。

 

何せ月とはそれ即ち、宇宙に浮かぶ天体である。

自分達が大地とする星の周囲を回る一粒の衛星ではあるが、そのスケールは地球換算でも4分の1に匹敵する超質量の塊だ。

水晶の侵食が遠目でも視認出来るという事はそれだけの速度で侵食されていると同義であり、もし仮にこの星に同じ現象が確認されたと仮定すれば、いかに広大な土地を誇る魔大陸でも一日も掛けずに飲み込まれてしまう可能性が高い。

 

危機感を抱いた者は無駄と分かっても逃亡の準備を開始するが…そんな杞憂めいた懸念はすぐさま払拭される。

 

あまりの異常事態に天使達すら動きを止めて様子を窺っている中、不意に月から一本の塔が聳り立ったかと思えば、根本部分から順に光が灯り続ける。そして大仰な輝きが先端に達した次の瞬間ーー月から水晶が射出された。

 

それはこの世界にある筈が無いマスドライバー。

宇宙へ物資を送り込むため、星の重力を振り切るほどの加速を可能とする発射台が火を噴いたのだ。

 

しかも落下予想地点は混乱極まるであろう天魔大戦の真っ只中。

 

水晶の弾丸はそんな事情は知ったものかとばかりに成層圏を瞬時に突破し、赤熱するほどの空気摩擦を物ともせず、雲に大穴を開けて地面へ衝突した。

 

この時点で半径30kmが衝撃波によって木端微塵に吹き飛び、襲われていた国は跡形も残さず消滅してしまう。周辺に展開していた天使側も多数が巻き込まれたが、幸い何のスキルも乗っていなかったため被害そのものは少ない。

 

しかし着弾時の衝撃で出来たクレーターの中心部からは、極太の黒煙が噴火するように立ち昇り、内側から不気味な金属音が鋭く掻き鳴らされる。

 

ーー満を持して現れたのは、銀色の体表を持つ大蜘蛛だ。

 

油を塗り忘れたブリキ人形のようなカクついた動きで動く様はまるで死にかけの昆虫だが、関節部から断続的な噴き出す緑色の炎は数秒毎に勢いを増してアイドリングしているかのよう。

そして顔?らしき部位をしきりに揺らしては周囲を見渡してその場から動かない。

銀色の蜘蛛は見た目の通り虫程度の知能しか持たないのか、それとも何かしらの意思を持って行動しているのか、現段階では分からない。

 

それでもまず始めに行動を起こしたのはやはりというべきか天使の一団だった。

突然の闖入者というべき蜘蛛は完全なる未知の存在であったが、それは自動的に行動が決定される彼らの中では特に考慮されるべき情報では無い。少なからず傷を負わされたという前提の元、外敵を排除しようと殺到する。

 

まず先陣を切ったのは数千体に及ぶ能天使達。黒煙に包まれてシルエットしか見えない大蜘蛛に向かって魔法の飽和攻撃を行う。

360度から迫り来る聖属性の攻撃は高い耐性か防御力が無ければ無傷で耐える事は叶わず、またその物量から避けるのも困難。仮に覚醒していない魔王クラスが被弾するならば、どう考えても致命傷は免れない。

 

だが、そんな程度で傷付くORTではない。

 

ORT。

 

それは星が産んだ究極の生命体。最強の単独種。遍く種族の頂点に立ち、星という玉座に君臨する唯一無二の存在。アルテミット・ワンの一柱。

すなわち、One Radiance Thing(ワン・ラディアンス・シング)

 

この基軸世界に存在してはいけない、完全なる侵略生物(フォーリナー)である。

 

故に怒涛のように襲い掛かる魔法を浴びてもORTは防御姿勢すら取らない。生物として格が違うとばかりに佇んだまま、反撃をしようとも思っていないのだ。

天使達は効果が無いと判断するや否や、次はより力が強い力天使や主天使を加えて圧倒的な火力を以て打倒しようとする。

 

殺到する天使軍の総攻撃は、出来たばかりのクレーターを更に抉っては粉々に打ち崩し、

地形すら容易に変えていくが…そのどれもORTが外皮に僅かな傷すら付けられない。そして周囲が窪地を超えて渓谷のように破壊された頃……ようやく活動を開始した。

 

「あっ……」

 

それは誰の断末魔だったのだろう。

 

渓谷を侵食して広がるのは無慈悲なる水晶の怒涛。地面も天使も瓦礫も一切関係無く、全てが等しく変換され、輝くだけの立方体となる恐るべき能力。

こうなってしまえば天魔大戦どころの話ではない。下位天使は牽制の役目すら果たせず、羽虫のように撃墜されては数を減らし、いくら補充されても意味が無い。

その間にも水晶領域はどんどん広がりをみせ、このままでは取り返しの付かない事態に陥る可能性が高いと誰もが予想した。

 

故に仕方なく…この世界でも有数の実力者が派遣される運びとなった。

 

「……よりにもよって、ワレ自らが手を下さねばならぬとは」

 

音も無くORTの側に現れたのは、別世界への出入り口である冥界門を潜り抜けて顕現せし一体の蟲魔族。

同種の絶対的な王者として君臨し続ける暴君、蟲魔王ゼラヌスである。

 

本来、表舞台に出る事は全く無い彼だが、今回ばかりは協力者たっての依頼により渋々姿を現したという訳だ。彼は太古の昔、創世神によって生まれ、創世神を超える事だけを目的に強くなった実力者であり、もう間も無く憧れた神の領域に差し掛かるであろうと予見されるほどの規格外だ。

その実力を知る者が参戦すると聞けば、間違いなく過剰戦力だと異口同音の言葉を並べるだろう。

 

「ふんッ…!」

 

蟲型魔人であるゼラヌスの行動は早い。

残像すら残さない速度で距離を詰め、しかし未だ接近された事すら感知していないORTの愚鈍さに失望しながら無造作に腕を振るった。技も力も込めていない、ただの動作。それだけで自分の5倍近い体長のORTが吹き飛んでしまう。

自らが作り上げた水晶に何度も叩き付けられるが勢いは収まる事を知らず、長大な渓谷を音速超えで横切っていく。

 

「はぁ…つまらん」

 

そこへ瞬時に追い付いたゼラヌスはトドメとばかりに踵落としを決めて地面に叩き付け、ORTが落下した際と同程度のクレーターを作り出す。

 

これこそ蟲魔王。数だけ蔓延る虫とは根本的に異なる絶対強者の実力だ。

 

たった2回の攻撃で何人も傷付けられないと思われた大蜘蛛の甲殻は大きく凹み、節足が何本も千切れて散乱している。誰がどう見ても瀕死の状態で、ピクピクと痙攣し緑の炎がエンストしたように漏れ出す。

 

そして、ここにきて自分の窮地を思い知ったのか、必死で命乞いをするように足の一本を力無く伸ばし、ゼラヌスの足を掴む。

 

「粉微塵にならなかったのは褒めてやるが、見苦しいにも程がある」

 

そこからは蹂躙の時間だ。

掴まれた足を支点に殴る蹴るの繰り返し。サンドバッグ以下の跳ね回る死体袋は欠損こそしないが、その分だけ凸凹に折れ曲がる。

 

十撃。百斬。千蹴。万殺…。

 

砕けないなら、砕けるまで続けるだけ。

加速度的に増える猛襲の嵐は余波だけで暴風を巻き起こし、ORTの全身を隈無く打ち据える。どんなに防御を固めようと所詮は物質界に留まる低級の虫なのだ。スキルを使う必要も無い。ただの作業。

 

ーーー。

 

ーーーーーー。ーーー。

 

「……なに?」

 

()()()()()()()

本気を出していないとはいえ、既に億を超える攻撃を放ったのに相手は未だ健在のまま。反撃も防御も回避もしないが、同時に生命活動も停止していないのだ。……いやそれ以前にこれだけ打ちのめされているのに何故、生きている?

 

そこでゼラヌスは気が付いてしまった。

ORTはここまで追い詰められて尚、どれだけ攻撃を与えられてもずっと()()()で、そもそも戦いとすら認識していないという事に。

 

……それは屈辱だった。

 

隔絶した実力者であるゼラヌスが抱く感情ならまだ分かる。

彼の生きる意味は全ての頂点に立つ創世神を超えるという途方も無い目標であり、強者は強者のみを認識するのが当然、その他大勢など意識を割く必要すら無い路傍の石だ。

 

なのに、この世間知らずの大蜘蛛は遥か高みに居る筈のゼラヌスに対して微塵も興味を持っていない。蝿が止まった程度の注意すら向けていない。

それはつまり。

 

ーーワレを見下している。

 

「許さん……許さん許さん許さん許さん許さん許さん許さんッッ!」

 

憤怒の激情を纏い、ゼラヌスの力が解放される。使わなかった三対の腕をフル稼働させながら魔素を解放。打撃、斬撃、魔法の全てが超々速で襲う。

先程までのおざなりとは異なる明確な殺意を伴った攻撃は、遂に鉄壁と思われたORTの防御を貫き、自慢であっただろう銀色の甲殻がひび割れては弾け飛び、破片は切り裂かれ、魔法によって完全に消滅させる。

 

やがて存分に力を解き放ったゼラヌスの手には頭部と思われる円盤状のカケラだけが握られており、周りには死骸の一片すら残っていない。

 

「不遜な害虫め…貴様とカケラでも共通点があるのが不快だ……死ね」

 

これで最後と言わんばかりにゆっくりと絶対に逃すものかとORTの残骸を掴む。

 

…やはり硬いだけの大蜘蛛は自分の敵ではなかった。協力者の要請に応じて出張ってきたが、やはり全て奴の杞憂に過ぎず、わざわざ不快な思いをしてまで前線に出る必要はなかった訳だ。

 

「…これは明確な貸し、だな」

 

そう呟きながら完膚なきまでに終わらせようと力の限り指を握り込む…そして、ORTの残骸に致命的なまでの亀裂が走り、まるで水晶のように端から砕け散り。

そして。

 

 

 

 

 

『警告。異界敵性体の干渉を確認。周囲の魔素が徴収され、存在が再定義されます。』

 

『警告。対象が完全再生しました。』

 

『警告。対象が魔王種へ適応開始。 失敗しました。』

 

『警告。対象が進化を開始。 成功しました。』

 

 

 

 

 

 

 

『 ORT が 活動 を 開始 します 。』

 

 

 

ーーー世界の声が悲鳴を上げる。

 

 

 

「は?」

 

ゼラヌスが握っていたのは一握りのカケラではなく、緑炎を放つ爪腕。破壊された甲殻は瞬きの内に銀彩の輝きを取り戻した巨躯へと巻き戻り、上半身は人型を模したように延長されている。何より渾身の力を込めてもビクともしない頑丈さが異質過ぎた。

 

そして遂にORTは貌無き頭部をゆっくりとゼラヌスが居る方向へ向けると……ジュルリと舌舐めずりをした、ような気がした。

 

「舐めるなよ、小童がぁ!」

 

至近距離のまま再び乱打。

瞬間再生された程度で狼狽えるようでは魔王を名乗ってはいられないと、乾坤一擲の勢いで叩き潰す。

 

…だが、進化したORTはそれを無視したまま緩慢な動きでスキルを発動する。

 

【エルンスト・ユニオン】

 

銀殻の一部が泡沫のように沸き立ち、弾け、そこから液体金属の触手となってゼラヌスを覆う。どうやら触れた端から様々なバッドステータスを付与する拘束技らしいが、流石に魔王だけあってあらゆる状態異常に対して完全耐性を有しているゼラヌスには効かない。力尽くで触手から抜け出すと脚部の一本を抱え込んで、背負い投げを仕掛ける。

 

【スターリング・インヴェイド】

 

が、投げられる直前に周辺の水晶化が加速。ORTを支えるように地面から突き上がって投げ技の衝撃を殺す。

 

「この…ッ!」

 

そして侵食速度が増した水晶は細く鋭く槍のように派生して、全身を突き刺さそうとするが…致命傷には届かない。

蟲魔王の外皮は最硬の金属ヒヒイロカネと同質で、直接的な物理ダメージはほぼ無効化されてしまう。加えて種族として魔法にも高い耐性を持つ関係でほぼ完璧に近い防御能力を宿しているのがゼラヌスだ。

 

「こ、この……ッ ゴフッ!?」

 

【コズミックレイ】

 

だが悲しいかな。完全未知の状態異常…すなわち“宇宙線による被曝“までは防ぐ術を知らなかった。

ORTから放たれる不可視かつ殆どの物質を透過してしまう病魔の光は、有効範囲内全て生物の内部に浸透し、その細胞を隅々まで侵して致命的な壊死を促す。

 

反射的に不利を悟ったゼラヌスは飛び退いて距離を取ろうとするが、すぐさま背中に衝撃が走って動きが止まる。いつの間にか周辺が一面の水晶へと変貌して退路を狭めていたのだ。

 

小癪な策に怒りを覚えるが今は仕切り直すのが最優先事項として、背中の羽根を広げて空へ飛び立つ。

そして十分な距離を取ってから肉体を回復させればよい。そう考えて…いつまで経っても足が地面から離れていない事に気がつく。

 

いや、それ以前に妙に体が重いのは何故だ。

 

「ま…さ、か……」

 

ゼラヌスは勘違いしていた。

ORTは確かに悍しさを覚えるほど高濃度に凝縮された宇宙線を浴びせたが、それはこの期に及んでも彼を敵対視したからでは無かったのだ。

 

必要だったのは宇宙線によって細胞を変質させる事。何せ基軸世界特有のヒヒイロカネに対して“今のORT“は適応できなかったが、壊死した細胞ならば話は別。無理やり共通点を繋げる事で対象を水晶化してしまう算段だった。

 

ーーここでゼラヌスは決定的に判断を誤る。

 

仮にここで彼が究極能力【生命之王】を発動していれば、未来は変わっただろう。大量の眷属を盾に…餌にして逃亡すれば、多大な被害こそ出るがORTの貴重な情報と戦闘経験を抱えて対策を練る時間を得る事が出来たはずだ。

 

だが、そんな選択肢を蟲魔王たる彼は選べなかった。王として真正面から打倒すべきと抵抗の道筋を選ぶ。

 

「暗黒増殖喰ッッ!!」

 

まだ水晶化していない部位が極小細胞に分解されてORTを襲う。

結界すら突き破って対象を内部から喰い荒らすこの技の特性は奇しくも宇宙線を放つコズミックレイに似ていたが……ORTには相性が悪すぎた。

 

ゼラヌスの細胞は全身を内側から這い回って生物の構造として避けられない重要器官、心臓や脳といった臓器の類いにダメージを与え、身体機能を停止させる恐るべき攻撃だ。

 

しかし、どこをどれだけ破壊されたとしても瞬間に補填されてはキリが無い。

 

「ふざけ…ふざけるなぁぁアアァァァ!」

 

ORTにとっては脳も心臓も足も関節も角質さえも同等の価値しかない。失えば、他の細胞が代替するだけのパーツでしかない。どれだけ身体が失われていようと、出力が低下するだけで能力に陰りは起こらない。

 

それがORT。

 

ついさっきまで基軸世界に適応する為、大幅な弱体化を余儀無くされていたが、その本質は一片も変わっていない。

 

「や、やめロッ! ワレを、ワレを喰ウなァァァァ!!」

 

何より過ちだったのは水晶と化す体で、更に質量を減らした事。

 

水晶はただの変質ではなく侵“食“であり、それそのものがORTの捕食行動だった。

急速に奪われていく魔素の流れにゼラヌスは数千年は味わっていなかった恐怖を口に出して逃れようとするも、水晶の比率が増えた事で速度がどんどん増していく。

 

不運な事に、ゼラヌスは屈指の実力者故にとても“味が濃い“。つまりORTにとって久方ぶりのご馳走という訳だ。

 

「…! アッ、ガ……ッ…………」

 

最後に水晶化の破砕音が鳴って、ゼラヌスという存在は完全に失われた。

創世神によって生み出された神にも等しい魔王が捕食されるという恐怖を刻み付けながら。

 

そして、基軸世界において幸運だったのはゼラヌスを食べ切ったORTが満腹になった事だろう。

 

今まで例を見ないほど蓄積されていた大量の養分…魔素と、未知のスキルという概念を捕食した結果。本能とも言うべき擬態機能が過剰に働き、一時的なスリープ状態へ陥ったのだ。

 

…人間に例えるなら、一気に高カロリーな食事を摂って血糖値が爆上げされた結果、睡魔に襲われたと考えても良いだろう。

 

そしてORTは安眠出来るよう、周辺の水晶化を更に促して戦場となった渓谷を緑水晶で彩っていく。

これは一種のテラフォーミングで、領域内では大気の質も重力も、果ては常識すらも異なる異界化に近い。寝ているからといって無警戒で侵入すれば呼吸一つでも困難を極めるだろう。

 

そこから長い長い年月…不死であるORTにとってうたた寝程度の時間ではあるが、世界は再び平和が保たれる事となった。

 

また、水晶渓谷と名付けられたこの地は禁足地として厳重に管理され、圧倒的な力の強さを見せつけたORTは暫定的に蟲魔王を襲名。ゼラヌスの分身に近い直子達は大いに反対を訴えたが、敵を討ってみろと言われると口を閉ざすしか無く、渋々と冥界に籠るしか出来なかった。あの時の戦いにこそ参戦出来なかったが父を超えるアレに勝てるビジョンが誰一人湧かなかったらしい。

 

そして幾許かの時が経ち、水晶渓谷が当たり前の地形として一般にも認知されるようになった頃。

 

ーージュラの大森林の奥地にて一匹のスライムが転生した。

 

それは新たな時代の幕開けか。それとも天敵の出現か。そして、最高の美食が配膳される呼び鈴か。

 

待ち合わせの時間を間違える事に定評があるORTはスライムが出現する100年も前に突如として生命反応を消失。監視の目を光らせていた全ての陣営に衝撃と困惑とそして懐疑心が募る中、必死の調査が行われるが動向の一切が不明のまま時間だけが経過するようになる。

そして全てから認識されずに渓谷から抜け出したのは昆虫の外殻を持つ人型のナニカ。擬態の上に擬態を重ねて歩き出すと、不意に一言だけ呟いた。

 

 

 

 

 

 

「……腹が…減った……」

 

 

 

ーーこれは、ORTの末端でしか無い俺が本当の意味で満腹になるまでの物語だ。

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