転生したらORTだった件   作:装甲大義相州吾郎入道正宗

2 / 4
第ニ話 竜喰らい 

 

 

人型の昆虫へと変貌を遂げたORTは、銀色の甲殻を纏うゼラヌスのような見た目をしていた。

 

特徴的な尻尾が省かれている為、遠目から見るだけなら変わった意匠の全身鎧を纏った騎士の姿そのもので、例え発見されたとしても水晶渓谷を生み出した大蜘蛛だと気付く者は居ないだろう。

 

ただし、内包する魔素量が桁外れに高い上に制御しようとも思っていない為、凄まじい規模の妖気(オーラ)を周囲に垂れ流しているのは問題だった。並の魔物であればまず近づかないが、一角の強者が接近すれば最大級の警戒心を抱かれてしまうからだ。

 

しかし、そこで幸いというべきか。

水晶渓谷の異変にいち早く気が付いた強者達は、まさかその主がアッサリと抜け出して別の場所に移動したとは思いもよらず、慎重な現地調査を優先してしまったのだ。

下手を打てばゼラヌスの後追いになるとして、慎重に事を運ぶべきと考えたのだろう。

 

何せ現在の水晶渓谷は開かれた異界ともいうべき魔境に変貌を遂げた事で、領域に入るだけで呼吸困難に陥ったり、長時間の滞在は謎の病魔に冒されるリスクが増えるなど、近づく事すら危険な禁足地となっているのだ。

調査をするだけでも、高い状態異常耐性と大蜘蛛を刺激せずに情報だけを確実に持ち帰れる知性が求められ、何より代用の効く人員でなければリスクが大きすぎるとなれば、二の足を踏むのは致し方ない。

 

その結果。あからさまに怪しいORTは誰に咎められる事なく、そして道案内がいるわけでも無いので何日も彷徨いながら進んだ先にあったのは…カナート大山脈。

 

麓に近い地下空間であれば、ドワーフ族が治める武装国家ドワルゴンが存在しているため訪れる価値はあったのだが、よりにもよって足を運んだ先にあるのは山頂に近づくほど強力なドラゴンが住まう竜の巣だった。

 

何故、そんな場所を目指すのか。

その真意を知る者は本人以外はおらず、周囲の魔物達だけが正体不明の恐怖に怯えて騒がしくなっていく。

 

それはAランクに位置付けられるドラゴン達も例外ではなく、自分達の縄張りに向かって来るORTが魔素を垂れ流して凄まじい妖気を放っているのを宣戦布告と受け取って次々と殺気立ち、同時に本能的な脅威を感じ取りながらも知性の高さ故に誇りと矜持を持つ彼らは逃走を選ばず、臨戦態勢を整える。

 

暫くして岩だらけの山肌が目立つ裾野にORTが現れると、血気盛んなアークドラゴンの一部が翼を広げながら殺到し、次々に属性を伴うブレスを浴びせて先手を取った。

 

炎の息吹が体表を焦がし、風の刃が甲殻を切り裂き、岩の砲弾が肉を削ぎ、水の奔流が動きを鈍らせる…筈なのだが、そのどれもが効果を発揮しない。まるで何も無かったかのように山を登られては呆気に取られる事しか出来ない。

 

次に襲い掛かってきたのは夥しい数のレッサードラゴン。ただし攻撃を加えても意味が無いのは学習済みらしく、身体中に纏わりついて行動を阻害してくる。これには流石のORTも鬱陶しいと感じたらしく、かつてのゼラヌスを思わせる腕の一振りで薙ぎ払ってから再び上を目指す。

 

中腹まで進むと満を持して現れたのは暫定的なボスとして君臨する野生のドラゴンロードだった。灼熱の妖気を立ち昇らせながら四本の足で大地を踏み込み、四肢にグッと力を溜めながら気を窺う。

 

やがて目の前にORTが現れると、その力を間近で感じ取ったドラゴンロードの行動は早かった。すぐさま翼を伏せたかと思えば、山肌に叩き付ける勢いで首を下げ、両手を前に着けてから迫真の勢いで大口を開く。

 

「どうぞ、お通りください!!!」

 

まさかの開幕土下座で道を譲っていた。

魔王に匹敵する実力だからこそ、どう戦っても勝ち目が無いと悟ったらしい。何なら既に涙目だし、プルプルと小刻みに震えている。

戦闘に加わらなかった竜人族は遠目で信じられないものを見たと愕然し、麓から戻ったアークドラゴン達はよく正面に立てたなと逆に尊敬の目を向けている。

 

結局のところ、ORTの歩みを止める者は皆無であり、ドラゴン達は何の成果も上げられずに目的地であろう場所まで素通りを許してしまう。

 

目指した場所に居たのは厳重な封印が施されて眠る一体のドラゴン。

基軸世界において数種しか存在しない竜種に最も近い存在にして産まれたが、一度殺された後に負の感情を限界まで溜め込まれてた事で最悪の再誕を遂げた混沌の厄災。カオスドラゴンだ。

 

この地に眠るだけでも大地を通して竜の因子がばら撒かれ、この星全体の生態系にすら影響を与えていると聞けば、誰もが恐るであろう禁忌の一つ。

そんな規格外の元に訪れていったい何をするというのか?

 

 

…そんなものは決まっている。

ゼラヌスという極上の餌で味を占め、同じような気配を追ってきたのだ。

本来ならば食欲に執着心を持つような習性はORTには備わっていないのだが、この個体に限っては様々な要因が重なった結果、亜種と呼べるだけの変異…この世界で言うところの進化を遂げてしまったらしい。

 

そして今も、極上の美味を追い求めて食指を伸ばさんと片手を突き出すが…当然のように封印の力で阻まれてしまう。

しかし封印とは内側に向けて張られるものであり、外部からの干渉に対して高い強度を持たせている訳では無い。力づくで突破するのは容易に過ぎる。

 

あとは焦らず美味しくいただくのみ。そんな段階になって流石のORTも油断したのだろう。意識の全てを目の前に集中させていると…山の岩盤を突き破りながら、もう一つの厄災が降り立つ。

 

「なぁにを、しているのだァァァァァ!!」

 

ドリルめいた軌道で繰り出された蹴りはORTの頭部に直撃しても勢いが衰えず、山の中を砕き続けて遂には反対側まで突き抜けてしまう。

 

ようやく止まったのは麓近くまで降った場所で、着弾の衝撃で大量の砂埃が舞う中、甲高い少女の声が響く。

 

「あの子の…あの場所を荒らそうとするならばこのワタシが相手をするのだ!」

 

現れたのは『竜魔人』と『破壊の暴君』の二つ名を持つ魔王ミリム・ナーヴァ。幼い体付きとは裏腹に、真なる魔王として覚醒を果たしている。

 

彼女は他の実力者達が水晶渓谷を警戒する中、竜眼というスキルの効果で悍ましい気配が竜の巣に向かっているのを察知すると、何故自分が焦っているかも分からないまま単独でORTを排除しようと飛び出してきたのだ。

 

…彼女と混沌竜には深い縁があるからこそ、このタイミングで間に合った形だが、その理由については今は語るべきでは無い。最も大事なのは両者が真正面から戦おうとしている今の状況だ。

 

砂埃が晴れた先にはミリムの飛び蹴りを受けて尚、膝すら突かずに仁王立ちしているORTが居た。

 

顔が無い貌をミリムに向けると、そこで彼女からも“味がする“と判断したらしく足を掴んで捕獲しようとするが、一瞬早く先に動かれて片手が空を切る。

 

「遅いのだッッ!」

 

足を引いた勢いでグルリと回転し、空中から踵落としを放つと、ORTの肩にクリーンヒット。倒れはしなかったが衝撃を殺すために膝を曲げたのを見逃さず、今度は下半身へ向けての回し蹴りでダウンを狙う。

 

繰り出された殺人級の膝カックンは狙い通りの位置に突き刺さり、ミリムは次の追い打ちを加えるために体勢を戻す。

が、生憎なことにORTには関節が無い。あくまで人の姿に似せているだけで内部には筋肉も骨も存在せず、反射的に身体が動いて不利な体勢にはならないのだ。

 

機を削がれたミリムはバックステップの連続で大きく距離を開き、両手にエネルギーを収束させて一気に解き放つ。

 

竜星拡散爆(ドラゴ・バスター)ッ!」

 

何条もの光線が弧を描きながらORTに向かって着弾し、連続した爆発音がカナート大山脈全体の尾根を揺らす。

 

…一方その頃、武装国家ドワルゴンでは未曾有の大地震が鳴り響き、国民が恐怖に包まれる中、いち早く事態を察知したガゼル王によって非常事態宣言が敷かれていた。

 

そして肝心のORTといえば…一部の甲殻が弾け飛んでいるが、それも瞬きの内に再生を果たして不気味に佇んでいる。

 

「なら…こうするまでなのだ! 竜星拡散爆!竜星拡散爆!竜星拡散爆!もう一つオマケに竜星拡散爆ッ!」

 

力押しの上に更に力を重ねる強引な攻め手はあまりに乱暴過ぎたが、天使やレッサードラゴンらの無意味な波状攻撃とは異なり、僅かとはいえ無視出来ないダメージが蓄積されていく。

 

…この時のORTは知る由もないが、ミリムの魔法攻撃には星粒子という特殊な効果が付与されており吸収反射といった抵抗系の防御を突破する特性を持っていたのが原因である。

 

だが、それはそれとして…煩わしい。

追い詰められている訳では無いが、断続的に送られる痛みというノイズに意識が割かれるのが面倒だった。

 

ORTはミリムによる弾幕攻撃に晒されながらも、ゼラヌスの味を思い出しながら反芻する。あの食事で見せられたパフォーマンスを再現するために。

 

【ダークマター・プランクトン】

 

放たれたのは暗黒物質で構成された微生物群。ゼラヌスが死に際に放った暗黒増殖喰を模倣したもので、黒いモヤに見えるほど濃密な群れを構成しながらORTの周囲を飛び回り、襲い掛かる光線を片っ端から分解して喰らい尽くす。

 

その間にこの世界に対する理解を更に深め、ミリムを圧倒するようなスキルを獲得するつもりだったが…。

 

「まだまだ本気じゃないのだーッ!」

 

彼女にとっての逆鱗とも言うべき部分を触れられて魔素が漲っているようで、光線の威力が跳ね上がっていく。

当然、モヤを構成する微生物も対応するが本当に恐ろしいのはその効果範囲だった。

 

四方八方から迫る軌跡の一部は大きく迂回する事で戦場である山脈の岩肌を削り取り、大規模な崩落を起こしたのだ。

家屋一棟サイズの落石が次から次へと山の斜面を転がりながら速度を増し、ORTを押し潰そうとする。

 

単純な物理攻撃だが、質量が桁外れだったために微生物の分解が追い付かず、無防備状態での直撃を許してしまう。竜星拡散爆の威力も増し続け、回避も防御も許さない一方的な蹂躙へと発展していく。

 

「…! ッ…ゥ……!」

 

この世界に降り立ったORTが始めて漏らす苦悶の声。あらゆるダメージを受けても再生出来る筈だったが、この攻撃に関して言えば妙に痛みを感じているらしい。

 

だがそんな声を挙げたところで、ミリムの怒りは収まらない。

 

もし自分があの時、混沌竜を捕食されるのを阻止出来なかったとしたら…直感で感じ取った“あの子が喰われてしまう“かもしれないという恐怖。

そんな有り得たかもしれない未来が彼女をどこまでも不安にさせ、そこから逃れるように憤怒の感情を激らせてしまう。

 

これこそが憤怒之王(サタナエル)。

無意識に発動された究極能力は無限に等しい魔素を精製する事で、必ずや怨敵を打ち破らんとする大罪の力だ。

 

ただし、ここに至ってはミリム自身も世界を滅ぼしかねない存在であるため、暫くすれば事情を知る魔王ギィ・クリムゾンなどが参戦するのは明らかで、互いが全力でぶつかり合う時間は限られてくる。

 

…だからではないだろうが、自分の手で決着を付けたいミリムは瞬く間に落石を吹き飛ばしてORTへ接近。顎に目掛けて渾身のアッパーカットを入れると上空に向かって、かっ飛ばす。

 

そして僅かに残った理性が周辺に誰もいないのを確認してから、最大最強の大技を放つ。

 

「喰らえッ! 妖気竜星爆炎覇(ドラゴ・ノヴァ)ッッッッ!!!」

 

天に向かって伸びる光の塔。

そう表現するしか出来ない極大の光芒は星の大気を軽々と貫いて、遥か彼方の宇宙にまで到達する。

余波だけで周囲の山肌が高熱によってガラス状に変質し、極端な温度変化は天候の乱れを誘発して世界各地で暴風が吹き荒れた。

 

そして地下空間のドワルゴンは熱の逃げ場が無く、首都のセントラルはサウナ状態に陥っているのだが…それはまた別の話。

 

最後とばかりに全身全霊の一撃を見舞ったミリムの方は魔素こそ供給されているが肉体の疲労は回復できるものではなく、肩で息をしながら脱力している。

今の彼女に出来る事と言えば、今しがた消滅させた相手が居た方向を見上げるだけ。

 

雲を貫き、快晴になった青空はミリムの苛立っていた心に少しだけ爽快感を与えてくれるものだった。

 

 

 

 

 

 

ーーなんて、夢物語は起こらない。

 

「…………なんで、」

 

無傷で落下してくるORTを見てミリムは何が起こったのかまるで理解出来なかったが、その答えは非常にシンプルだった。

 

『一定値以上の損傷を確認。 究極能力【生命之王】による完全再生を実行しました。』

 

今のORTは自身の異様な再生力に加えて、捕食したゼラヌスの回復能力まで備えてしまい、例え全身が粉微塵に砕け散ろうと周囲の魔素を取り込んでスキルを発動させる事で、復活が可能という無法の極みのような存在に至っていたのだ。

 

これによりORTを滅ぼす手段の一つとして挙げられる、細胞の一片も残さず完全に消滅させるという手が事実上、使えなくなった事を意味する。

 

しかも話はそこで終わらない。

 

『警告。 ORTから違法な申請を確認しました。究極能力【生命之王】を改竄した新たな能力は認められません。』

『警告。 ORTから違法な申請を確認しました。究極能力【生命之王】を改竄した新たな能力は認められません。』

『警告。 ORTから違法な申請を確認しました。究極能力【生命之王】を改竄した新たな能力は認められません。』

 

ーーまだ、何かをしようと企んでいたのだ。

 

……そんな世界の裏側はともかくとして、先程の余波でミリムの周囲は溶けたガラス質のマグマが沼のように広がる中、ORTは躊躇無く海辺を歩くかのような気軽さで近づいて来る。

 

このままでは間違いなく殺される。

 

かつてない焦燥感という感情がミリムの中に渦巻き、そのせいで怒りの感情が抑制されて憤怒之王の効果が薄まっていく悪循環。己の最強技が全身全霊ではないとは言え、全くの無意味に終わった事を受け入れ難いと現実逃避しているのだ。

 

遂に目の前まで接近されると我慢の限界に達したのか、まるで幼子のように頭に手を被せて身を固くしてしまう。

 

が、それが逆に功を成したのだろう。

ミリムの感情に応じて急速に萎む魔素はORTにとって旨味が失われたと同義であり、先ほどまでに感じた食欲の猛りが霧散してしまったのだ。

 

「あっ…待て、待ってくれなのだ…!」

 

なので、当然の流れとして第一目標であったカオスドラゴンを捕食せんと、横を通り過ぎて行く。

 

「待て、待って! お願いなのだ、これ以上奪わないで欲しいのだ! 嫌だ嫌だ、嫌だ! あの子を消さないでぇぇ!!」

 

ミリムの願いは届かない。

今のORTにとって重要なのは食欲に従って旨い餌を貪る事のみ。

 

彼女の慟哭は、様子を伺いに現れた魔王に発見されるまで続くのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、一連の事件から100年ほどが経過した頃。

魔王達の宴にて、問題発言が持ち上がった。

 

「水晶渓谷を領土にしたい。……それは冗談で喋っているんだよな? クレイマン」

 

世界中に散る魔王達が一同に会して合議を募るワルプルギスの場において、一人の新参魔王が分不相応な世迷言を口にするや否や、魔王達の纏め役と言っても過言ではない立場のギィ・クリムゾンは、湧き出るような苛立ちを隠さずに牽制の言葉を投げ掛けた。

 

威嚇するだけで吹き荒れる濃密な魔素の奔流。

皆が座る円卓にヒビが走り、同席を許されている従者どころか覚醒に至っていない他の魔王すら怖気を感じて身を強ばらせる。特に真っ向から発言を否定されたクレイマンに至っては情けなく「ひっ!?」と一瞬だけだが悲鳴を上げて狼狽える。

 

「あ、あくまで! あくまで提案のお話ですよギィ。私としても安易に刺激しようとは思っていませんので!」

 

そんな必死の弁明が受け入れられたのか。それともその姿があまりに滑稽過ぎて興が削がれたのか。

最低限、表向きには怒りの感情を抑えたギィだったが、九死に一生を得た気分のクレイマンは全身から滝のような汗を流しながら己の発言を悔いていた。

 

その様子を眺めていた魔王フレイは完全にとばっちりを受けた腹いせに、対岸の火事を見物する気持ちで煽りを入れる。

 

「水晶渓谷の恐るべき主、蟲魔王への一切の手出しを禁ずる。そんな大昔から伝わる暗黙の了解を知らないのかしら? それとも死人の腐った脳では記憶も出来ない?」

「なっ…私を愚弄するつもりですか!」

「今の発言はそう受け取らざるを得ない…という意味よ、分からないの?」

 

互いの睨み合いで火花を散らす。

新参の魔王というのは総じてプライドが高い者が多く、些細なキッカケで一触即発の騒動に発展するのも珍しくない。

これ自体は長年の魔王達の宴でもよく見られた光景で、多少のイキり程度であれば特段周囲が戒めるような状況では無いのだが…今回ばかりは話が違う。

 

クレイマンの軽はずみな提案から分かるように、大蜘蛛に対する脅威が歳月を経る毎に薄れているのを実感したからだ。

 

水晶渓谷の主。蟲魔王。あの天魔大戦が中断に追い込まれるほどの甚大な被害を齎した元凶は、数百年ほどは恐怖の代名詞として広く知られていたのだが…長い歴史が風化して真実が忘れ去られるように、今では妄想の産物か話を盛った与太話だと侮られる場合が増えてきた。

 

しかも100年ほど前に大蜘蛛は水晶渓谷から何の前振りも無く姿を眩ませ、今では実在すら疑われる始末。

 

(事実を知らん若造は気楽なもんだな…)

 

それらに反して長い時を生きているギィは天魔大戦における当事者の一人であり、今でこそ大蜘蛛の代名詞となっている蟲魔王の先代…神の領域に手を掛ける実力者だったゼラヌスが規格外の戦いを繰り広げるも、手も足も出せず“捕食“されたのを良く知っている。その脅威を正しく理解している数少ない人物として、ギィは締め付け役を担っている。

 

…それは決して調停役の延長線にあるからでは無い。本心からそうしなければと己に律したからだ。

 

全ての始まりはおよそ1500年ほど前。

月より飛来し、瞬く間に都市一つを吹き飛ばした銀色の大蜘蛛は見た目の威容に反して魔素量が極端に少なく、異世界人のようなイレギュラー程度と思われたが、天使の攻撃に晒されると魔素が急速に膨れ上がった。

 

総攻撃を受けた際には一瞬で覚醒した魔王クラスまで跳ね上がり、何らかの手段で魔素を吸収しているなら戦力の逐次投入は愚策だとして、天使達の黒幕である皇帝ルドラは当時の蟲魔王ゼラヌスに援軍を頼む運びとなる。

 

その判断自体は間違っていなかっただろう。

ゼラヌスは戦いになるや否や、これ以上魔素を吸って強化されないよう魔法やスキルを一切使用せず、敢えて徒手空拳での接近戦を挑み、大蜘蛛を追い詰めてみせた。

 

横暴な考えで自らの得意な土俵で戦わず、相手の弱点を理解して的確に突く戦術を選ぶ手腕は、蟲魔族を率いる王として流石としか言えない。

 

…問題だったのは、やはり大蜘蛛が規格外過ぎた事に尽きる。

 

超速再生を超える時間の巻き戻し染みた復活と大幅な姿の変容。戦いの場にゼラヌスしか居なかった為、世界の声は誰も聞き取れなかったが、まず間違い無く進化を遂げたのだろう。

そうでなければ、真逆の蹂躙劇など起こるはずもない。

 

…ギィですら畏れの感情を背筋に感じるほどなのだから。

 

「いいか。奴が居ないから縄張りを増やしたいなんて甘い考えは捨てろ。雲隠れしてるだけでいつ現れるか分からねぇんだからな」

 

もし有り得るとしたら…同時期に発生したカナート大山脈での戦いを繰り広げたとされるミリム・ナーヴァぐらいだろうが、今の彼女はあれ以来、ずっと塞ぎ込んだままで魔王達の宴にも参加していない。

 

その理由については古の魔王達は薄々気が付いているが、あまりに繊細な部分であるために厳しく聴取をするような真似が出来ないでいる。ただ状況証拠として、カオスドラゴンの存在が消え去っているのみだ。

 

不機嫌さを隠さないギィだが、必要な忠告は終わったとばかりにボロボロになったテーブルに置かれたティーカップを手に取って、ゆっくりと口元を濡らす。

 

冷汗だらけのクレイマンはそこでようやく直接的な殺気からの解放に気が付き、浮いた腰をドサリと椅子に乗せ、今更ながら言い訳を並べ立てた。

 

「ハ…ハハ、ハッ…。重々、承知していますとも。ただ、その付近にある妖魔郷という地を手に入れましてね。彼らの安全確保のためにも橋頭堡程度の土地が欲しい…なぁ、なんて…」

 

そも水晶渓谷はクレイマンの領地である傀儡国ジスターヴとナスカ・ナムリウム・ウルメリア東方連合統一帝国の間に隣接する場所で、普段から国境線のような扱いをされているせいで人通りがまったく無い。普通ならば不可侵の土地としてそのまま捨て置けば良いのだが…。

 

(最近のクレイマンが妙に積極的というのは本当らしいな…)

 

前回の魔王達の宴を思い返すに、クレイマンという男は不遜にもラミリスを粗雑に扱ったり、己に対しても舐めた態度を取るなど身の程知らずらしい増長ぶりだったが…今回では口振りはともかく、やたらと周囲を気遣っているようにも感じられる。

 

そう考えれば水晶渓谷の件も、本当に一部だけを切り取って妖魔郷という土地の安全を確保したいだけだった可能性もある。

そうならば少々熱くなり過ぎたかもしれないと少しだけ反省の念を抱くギィ。

 

しかしそれでも…一番の新参魔王に釘を刺すのは忘れない。

 

「お前も下手な行動は起こすなよ……オルト」

 

そう呼ばれたのは十“一“大魔王の中でも目立つ銀髪と黒いスーツにファー付きのコートを肩に掛けた太陽王オルト・アリストテレスである。

 

彼は宴が始まってからずっと我関せずの姿勢を一向に崩さず、あらかじめ用意されていた紅茶とスイーツを夢中になって貪っている。

今も名を呼ばれたと言うのに間食を摘む手を一切止めておらず、厚顔無恥にも更なるおかわりまで要求する始末。

魔王は自分勝手な性格が多いが、ここまで周囲に無頓着な振る舞いを出来るのはかなり珍しい。

 

ただクレイマンと違って冷ややかな目で見られないのは、オルトが圧倒的に強いからだ。

 

やがて用意されたストックを食べ尽くしまい、やる事を無くしたオルトは周囲の視線が集まっているのにやっと気が付き、流石に居心地が悪くなったのか咳払いを一つしてから調子を整え、口を開く。

 

「……ミザリー」

「こちらのチーズケーキをご所望ですね?」

 

空気を読んでも気にしないのがオルトという魔王だった。すかさず己の従者から用意されたホールサイズのケーキにフォークを刺すと、無言のまま咀嚼を再開する。

 

「おいそこの元メイド。新しい主人だからって甘やかすな」

「いいえ、これは仕え甲斐があると言うものですよギィ様。…レイン、口直し用の紅茶をお願いね」

「この空気で私も巻き込むとか、嘘でしょう?」

 

ギィ、ミザリー、レインがコントのようなやり取りをしているのは元々同じ陣営…正確には魔王ギィに仕える二人のメイド悪魔という関係性があったからなのだが、現在はとある理由から袂を別ち、メイドの立場のままオルトに仕えている。

 

「はぁ…とにかくだ。水晶渓谷に関しては現状維持を徹底してくれ」

 

この話はここまでだとばかりに深い溜息を吐いたギィは、今度は自分の番だと言葉を続けた。

 

「それとついでの話で悪いんだが、オービックの方で異界の裂け目が出現しそうでな。誰かに対処をして貰いたいんだが」

「そ、それは…」

 

何故か息を呑むクレイマンを他所に、その視線はオルトを見据えている。

 

不意に発生する異界の裂け目からは危険な侵略種が出現する場合が多く、それなり以上の力量を持つ者でなければ足止めすら出来ないほどの脅威となる。下手をすれば国一つが滅んでもおかしくないほどに。

だからこそ、世界の調停役を兼ねているギィは積極的に穴を塞ぐよう呼び掛けているのだが、今回のオービックはオルトの支配国家である放牧国マアキュリーと距離が近く、任せられるなら任せたいと思っている。

 

再び集まる魔王達の視線。何人かはまた無視を決め込むと予想したが、意外な事にチーズケーキを食べる手をピタリと止めると、目付きを鋭くしながら口を開いた。

 

「…いいだろう」

「ほぅ…! やってくれるか」

「…義務だからな」

「ご主人様。キメ顔のところ申し訳ありませんが、口元がチーズでベッタベタです」

 

本人は言葉少なに格好付けているようだが、メイドに甲斐甲斐しく口を拭われている姿は異様にアンバランスで、端から観客気分だったラミリスは爆笑し、他の魔王達は仕方ないように溜息を吐いている。

 

その中心にいるのは太陽王オルト・アリストテレス。

 

質量を持った炎を操る吸血鬼族で、最も新しく魔王に就任した男だ。

 

普段は魔大陸中央北に聳えるカナート大山脈の地下大空洞に造られた“武装国家ドワルゴン“の国主としてドワーフ達を従え、いざ戦いとなれば神話級の全身鎧【白銀甲殻】を纏い、“まるで人型の昆虫“のような姿で敵を圧倒する。

 

ただし三つほど欠点があり、一つはあまり喋らず、自分の配下とすらコミュニケーション不足が目立ち、トラブルが絶えない事。

二つ目は食欲赴くままに、常に口を動かす食いしん坊なところ。悪く言えば際限の無い暴食家であり、ドワルゴンが輸入している食糧の半分は彼のために割り当てられているほど。

 

そして三つ目。他の何よりも警戒すべき彼の正体。

その真実を知る者はまだ、この場には居ない…。

 

 

 




蟲人形態は、顔の造形が無いシャドームーン。(初代)
人間形態の服装は、ジャガーマンの第三再臨。
のイメージを浮かべて下さい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。