転生したらORTだった件   作:装甲大義相州吾郎入道正宗

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第三話 英雄喰らい

 

その後、何の容赦も無く混沌竜を貪り食ったORTは、久しぶりの食事にこの上ない充足感を感じる一方、体内が暴れて落ち着かない妙な気分に陥っていた。

 

原因は間違い無く、先ほどの捕食行動によるものだ。

 

混沌竜はORTの舌に適う濃厚な魔素量を蓄えていたのに加えて、この世界で最強とされる竜種から抽出された強力な因子と【能力封殺】なる抑制系の能力を有していた事で味の吟味…すなわち解析行動が複雑化してしまった。

スペックの大部分がリソースとして消費され、ミリムとの戦いで既に不調だった水晶体形成の能力が更に悪化。消化し切るまでの間とは言え弱体化は免れず、しかもその間は無尽蔵に近い食欲が抑制される結果に繋がり、この世界にとって千載一遇のチャンスが訪れたと言っても良いだろう。

 

ただ、そのおかげというべきか。さっきまで垂れ流しだった妖気が大幅に抑制されてしまい、強者達がORTを発見する可能性が極端に下がったのは不幸としか言いようがない。今の状態では直接声を掛ける程度の距離まで近づかなければ、その異様さに誰も気が付かないほどだ。

 

だがそんな事情をORTが気にする訳もなく、腹に若干の不快感を感じる程度の感想だけを抱いてその場を後にする。

ミリムとの戦闘でそれなり以上に崩壊した竜の巣だが、初撃で大きく吹き飛ばされて主戦場から離れていたお陰で形だけは整っている。これならば人型の身体を慣らすためにも足を使ってゆっくりと下山出来るはず。…そんな姿を怯えた視線が捉える。

 

その主は勿論、山を登る際に余計なちょっかいを掛けてきたドラゴン達のもので、自分達の祖先とも言うべき混沌竜の消滅と共にその力がORTに宿った経緯を本能的に理解して、ここからどう行動するか悩んでいる真っ最中だった。

 

イリーガルな手段とはいえ、祖先の継承者となった相手を新たな王に祭り上げて恭順するべきか、それともあんな化け物は知らぬ存ぜぬを貫いて関わり合いになるのを避けるべきか。

 

特に長の役目を担ってきた野生のドラゴンロードはそれらの意見を纏めて最終的な判断を下す立場にあり、仮にこの機を逃してしまえば非礼に当たるのではと冷汗を垂らす。

 

緊張の一瞬。

龍族全ての命運が掛かった決断として、ORTに示されたのは…。

 

「………どうぞ、お通り下さい」

 

服従だった。

登頂時と全く同じ言葉だが、その心内にあるのは尊敬と敬服の念のみ。そしてORTの前に広がるのは山脈の麓まで延々と続く…ドラゴンの大行列だ。

進行方向に合わせて左右に分かれ、全員が首を垂れた姿勢で並ぶ服従の意思表示でもある。

レッサードラゴンの一匹に至るまで抵抗の意思は無く、末端に至るまで配下の礼を取った動きは見事としか言いようが無かったが…。

 

正直なところ主従という関係そのものを理解していないORTにとっては無意味な面が多く、何となく薄味の餌が食べやすく配膳された程度の認識しかない。

 

しかし腹が満たされているのに加えて、まだ消化し終えていない竜の因子が少なからず彼らへ対して仲間意識を芽生えさせたらしく、摘み食い感覚でドラゴン達が虐殺され、血の一筆書きが描かれるという最悪過ぎる事態は避けられる事となった。

 

こうして世間の大部分が知らぬ間にドラゴン達の主となったORTは、後にも先にも無い盛大な見送りを経てカナート大山脈を後にする。

 

しかし、問題はここからだった。

下山を終えたところで本格的に行動目標が無くなってしまったのだ。

以前ならば何も考えずに休眠状態へ移行すれば良かったが…今までの捕食を通したやり取りを経て、行動方針に大きな変化が訪れていた。

 

特にこの世界に着陸した際、誰もが驚いて動きを止めていたあの数秒間。黒煙のヴェールに隠れながらO()R()T()()()()()()()()()とファーストコンタクトを果たした事で、能動的とは言え思考を巡らせる変異のキッカケになったのは間違いない。

 

それは本来、活動理由が無ければ数千年単位でも眠りを選ぶようなONとOFFしかない単純にして完璧な生態から、食欲による満腹や飢餓といった状態の多様性で行動の幅を算出し、若干とはいえ自我を持つ亜種へと変異する予兆とも言えた。

 

ならばどうすべきか。

ORTは捕食に関して味の良し悪しも重要だが、ファーストコンタクトの人間がこうも行動プロセスに影響を与えたという事は、似たような個体…つまり人間を重点的に解析すれば新たな知見が得られる可能性が高いと考えた。

 

食欲を満たすのでは無く、領域を拡大する訳でも無く、性能を高めるために次なる獲物を求めるORT。

 

今度は人間が多い場所を目指そうと感覚器官の一部を活性化させて付近の気配を探ると…タイミングよく頭上にいくつもの影が落ちた。

見上げてみれば、ペガサスに跨った騎士達が旋回しながら様子を伺い、一定の距離を保ちつつ隊列を組んでいるのが見える。

 

ブンブンといつかの羽虫のように群がられて不快に感じるが、サンプルとして使用するなら無闇に消し飛ばすのは短気が過ぎるというもの。

元より蜘蛛の狩猟は巣を張り糸を巡らせ、確実に仕留めるのが真髄だ。気取られないようスキルの発動を準備していると…何者かを筆頭に次々と降下を開始してORTの正面に立った。

 

「このような地に一人きりとは、少々不用心だな…流浪の騎士殿?」

 

その人物は褐色の肌と屈強な肉体を持つドワーフ族の王、ガゼル・ドワルゴ。側付きの騎士達がそれとなく腰の剣に手を掛けて臨戦態勢を取る中で、威風堂々と立つ姿は英雄王と称えられるに相応しい出立ちだ。

 

そして今のORTは人型形態を維持している為、見た目だけなら確かに全身鎧を纏う騎士であり、ガゼルの掛けた言葉は妥当で違和感は無い。

 

しかし、ここは彼が治める地より危険地帯として有名な竜の巣に近い荒野のど真ん中であり、騎士の姿でありながら“帯剣もせずに“ふらついているなど、あからさまに不自然である。

 

特に先ほどまで続いていた天変地異レベルの異変を調査するため、ペガサスナイツまで率いて前線に出ているガゼルからすればORTが完全に無関係だとは到底思えなかった故の接触だった。

 

「………」

「貴様ッ! ガゼル王の御前で無礼だぞ!」

 

側近の一人が礼を失しているORTに対して怒りを露わにするが、その態度が改善される予兆は感じられない。加えて一切の覗き穴が無い面妖な仮面の下でどんな表情を浮かべているのかすら分からず、側近は苛立ちの感情を更に昂らせる。

 

「…いい加減にッ!」

「おい、止めよ……ッ!?」

 

 

 

 

 

ぞぶり…

 

 

激昂した勢いで不用意に近づいて行くところに、すかさずガゼルから制止の声が掛かるが…間に合わない。

ガゼルすら初動を感知出来ない速度で突き出されたORTの右手が側近の腹を貫通し、生暖かい血を滴らせている。

 

「お、おのれ…この卑怯者めぇ!」

「騎士の風上にもおけん!」

 

警戒はしていたが、騎士の見た目に騙されてまんまと不意打ちを受けたペガサスナイツ達は、次々に武器を構えてORTを取り囲む。

ガゼルもまた部下の命が唐突に失われた事に動揺しつつも目の前の相手に注意を払い、油断の感情を捨て去る。

 

それらに対してORTは少しだけ残念な思いを抱いていた。実のところ、側近の腹を貫いたのは事故だったからだ。

 

サンプルデータを欲していたところに首尾良く現れた人間達。いつものように水晶化して情報だけを抜き取ろうとしたが、身体機能の不全は未だ継続中で普段通りの活動が出来ない。それならば直接接触してしまえば良いと手を差し伸ばしたに過ぎない。

 

だがORTにとって触れる程度の優しい力加減でも、格下と呼ぶのも烏滸がましいペガサスナイツ相手では肉も骨も容易く貫通してしまう威力だったというだけ。

しかも素材自体の“味が薄い“せいか、期待するほどの情報が得られず仕舞い。残念な気持ちで腕を振るい、そこら辺に棄てておく。

 

だがそれは逆に、もっと濃い味がする生物に接触すれば、貴重な情報が得られるという証左でもある。

 

ーー瞳が無いORTの視線が、明確にガゼルを捉えた。

 

「グッ…!」

 

それだけで物理的に心臓が締め付けられる感覚を覚え、反射的に【英雄覇気】を発動して抗うも冷汗が止まらない。恐怖の“予感“だけでこうも震えるなど剣鬼との修行でも感じなかった。

しかも周囲に展開していた部下達は余波を浴びただけで次々と昏倒し、膝を折っている。このまま攻撃されてしまえば全滅は免れない…。 

 

(こ、これはスキルではない…? 生物としての格が違うとでも言うのか…!?)

 

そう考えたガゼルだが、それでも辛うじて動く体で大剣を引き抜き、一呼吸だけ脱力を挟むと強靭な踏み込みからの袈裟斬りを仕掛ける。

 

相手の左肩に直撃するが、当然のように無傷。

そして返ってきた反動は硬質のようで柔らかい、矛盾だらけの手応えだった。

 

「面妖な鎧を拵えたものだ…! 平時であれば是非、我が国の職人に見せたかったぞッ!」

 

ORTの甲殻を勘違いしながらもガゼルの剣戟が勢いを増す。スキルに依らない純粋な技術によって磨かれた剣技は、今までの力押しだったゼラヌスや星粒子を扱うミリムからの損傷とは異なる系統のダメージとして蓄積され、更に情報がアップデートされていく。

 

「ぬぅ…!?」

 

そうとは知らずに攻撃を繰り返すガゼルだが、彼とて無闇矢鱈に剣を振り回している訳では無い。

エクストラスキル【思考読破】によってORTの思考を読んで隙を伺おうと時間を稼いでいるのだ。…ただ状況はまるで好転しない。

スキルそのものは正常に作用しているにも拘わらず、得られた情報があまりにも意味不明すぎて理解が及ばないのだ。

 

無論、それはORTが純粋な宇宙生物で一般的な生命体とは異なる思考系体をしているからなのだが、この世界の出身者が知る由も無い。このままでは自身の得意とする戦術に持ち込めないと悟ったガゼルは、戦いの中でORTの目的がどういうわけか手加減をしながら情報収集に徹しているのを看破し、油断している内に不意を打つ事にした。

 

「すまぬが…頼むッ!」

 

ガゼルが声を掛けた相手は乗馬のペガサスだった。

震える脚に鞭を打ち、主のため無謀な突撃を敢行。ほんの僅かでも体勢と注意が逸れるのを狙っての決死行だ。

そこに【英雄覇気】をこれでもかと上乗せし、コンマ1秒以下の隙へ捩じ込むようにガゼルの必殺技が炸裂する。

 

「ーー朧・地天豪雷」

 

正眼の構えから、地を這うような角度で斬り上げを放ち、続く二刀目で雷光めいた勢いの唐竹割りが繰り出された。

これもまたスキルとは別系統の、いわゆる技術(アーツ)に分類されるものだ。

 

それはとてもとても……学びがいがある代物だった。

 

 

 

 

ーーこの日を境に、英雄王と呼ばれたガゼル・ドワルゴと精鋭のペガサスナイツ数十騎が行方不明となり、典型的なトップダウン型だった武装国家ドワルゴンはあっという間に統制を失い、潤沢だった国力を低下させていく。

このままでは隣国からの侵略を許してしまうとして、ベスターという人物が欠けた戦力の要として魔装兵計画を苛烈に推進したが、人員の不和や技術的問題を解決出来ず、結果的に国土の一部がファルムス王国に奪われてしまう結果を招き、衰退への歯止めが利かなくなるのは皮肉な話だった。

 

そして10年も経過しない内に国家どころか国民の大半であるドワーフ族の存続すら危ぶまれる段階に入ると…首脳陣達は苦渋の判断と分かりながら、新参にして直轄の領地を持っていなかった魔王オルト・アリストテレスの庇護下に入る事を決断。ドワルゴンは国名だけを残して長い歴史に幕を下ろす。

 

幸いな事に普段のオルトは大量の食糧を求める以外は圧政を敷く事もなく、それどころか()()()()()()()()()()()()()()()()()で民からの人気も高く、また彼から供出された門外不出の動力源《暁光炉心》は凍結されていた魔装兵計画を再び甦らせるのに充分な素材として注目されているらしい。

 

表向きは幸先の良い再スタートを切った新生ドワルゴン。

きっと、どこかのスライムが訪問しても快く迎えてくれる事は間違いないだろう。

 

ーー少なくとも、表向きは。

 

 

 

 

 

 

 

魔王達の宴 解散直後。

 

「や、やぁオルト…君。ご機嫌は如何かな」

 

戒める部分は締め、託す部分は任せ、クレイマンの株を下げた程度の成果で終わりを迎えた宴の席。

最後まで残っているのは、未だに食事を摂り続けるオルトと、その世話をするメイドの片割れであるレイン。そして妙にビクビクした態度で話し掛けてきたクレイマンと護衛である魔人のミュウランだけである。

 

…ちなみにミザリーの方は、一足先に居城があるドワルゴンの首都セントラルにて食事の準備を進めている。

 

「…クレイマン様。申し訳ありませんが主は食べるのに夢中で、話しかけても半分以上は聞いていませんよ」

「そうなのか…では、レイン。少々無粋な質問をさせて貰うがいいかね?」

「なんですかセクハラですか」

「違うわ! 君とオルト君の馴れ初め…いや、主従に至った経緯を知りたくてね」

 

これは決してミーハーな意味合いから来る質問では無く、とある事情を抱えるクレイマンにとって非常に重要な意味合いを持つ。

 

「はぁ…。そのような事をわざわざお聞きになるとは……」

「ぐっ、やはりデリカシーが無かったか…すまな」

「そうあれは私がギィの使いで異界への裂け目を調査していた時の話です…」

(普通に語り出しただと!?)

 

 

 

…その日のレインはあからさまに不機嫌だった。

当時の主人であるギィ・クリムゾンからの指示とはいえ、基本的に自分の好きな事だけをして過ごしたい彼女に使い走りの任が与えられたからだ。

 

しかも命じられた仕事は異界へと続く裂け目の調査。

普段から繋がりやすい悪魔界や精霊界とは異なり、別次元にある異界は危険な侵略生物が数多く生息しているため、適切に対応しなければ手痛い被害を受けるのは分かっているが…単独で任されると仕事をサボれないのが機嫌を悪くする原因になっている。

 

しかも今から彼女が向かうのは、曰く付きである水晶渓谷にほど近い森林地帯。万が一にも適当に任せて死人が出れば目覚めが悪いどころの話では無い。

 

そんな文句を口にしつつ目的地に辿り着いたレインは、鬱蒼と茂る木々に隠れて文字通り空中に浮かぶ裂け目を発見すると…大きなため息を吐く。

 

「こんな所に帝国の兵士が居るなんて…どういうつもりかしら」

 

そこに居たのは東の帝国が誇る軍隊の兵士達で少数ながら最新鋭の銃器で武装し、あからさまに戦闘を前提として展開している様子だった。

何かしらの作戦中なのは理解出来るが、異界への裂け目を前にして準備を整えている意味が分からない。這い出てきた侵略生物を倒した所で帝国には何の旨味も無いからだ。

 

そうなると特別な事情を抱えているのは間違いないだろう。

下手に顔を出して裂け目の調査をしようものなら、いらぬトラブルに発展して余計な仕事が増えるのが見え透いていると考えたレインは、少しの間だけ余計な手間を掛けさせて…と怒りを覚えたが、逆に考えれば仕事が遅れる絶好の理由が出来たので、これ幸いとサボる時間に充てる事にした。

 

まずは近くの街にでも出向いて避暑用のアイテムを購入し…と考えていたところで、発砲音が鳴り響く。

驚いて視線を動かすとそこに居たのは異界の裂け目から現れた侵略生物……とは関係無いであろう、一人の騎士だった。

銀色の立派な甲冑に身を包んでいるが、まるで子供が粘土を捏ねて作ったような兜を被っているせいで顔つきがよく分からず、チグハグで不気味な雰囲気を放っている。

 

しかし、上等な大剣を背負って()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()、野盗の類いが見た目だけを偽っているようには見えない。

 

ただ、兵士が銃を向けて警告の声を浴びせてもまるで反応を見せないまま、ゆっくりと兵士達に近づいていく様は不審者そのものだ。

 

そんな姿に驚き怯える兵士達に喝を入れたのは、今回の派兵に関して指揮権を持つ若き将校カンザスであった。輩のような大声で喝を入れ、乱れた隊列を整えて迎撃の準備を整える。その鮮やかさは若輩ながら上に立つ者としての才覚を感じさせた。

 

…実のところ、彼らは異界の裂け目から現れる侵略生物を捕獲し、カンザスが所有するユニークスキル【略奪者】によって戦力化するという目的があったのだが、その過程で不用意に水晶渓谷へ足を踏み入れて瀕死になった魔物を何体かを既に取り込んでおり、充分な戦力強化が出来たと自負していた。

 

そこへ命知らずにも現れた一人の銀騎士。

力に酔うカンザスや取り巻き達は加虐心を満たす絶好のオモチャが現れたと思ったに違いない。

 

ーーそれが蜘蛛の張った巣罠とは気付かずに。

 

「ハッハッハッ! 軍隊相手に礼儀を弁えねぇお前が悪いんだからな!」

 

見るからにパワーファイターである取り巻きの一人が突進し、大ぶりのラリアットで銀騎士を吹き飛ばす。くの字を描いて空を飛び、大木に叩き付けられると、そこへ情け容赦なく銃撃の一斉掃射が突き刺さった。

 

「どんなに上等な鎧を着込んでもなぁ、俺らの前では無力なんだよ!」

 

硬質な金属を大量に消費して鎧を造るより、貫通力に優れる弾丸として運用した方が何倍もコストが良く、連射すれば確実にダメージが蓄積されるとして現在の帝国では兵士の主武装として銃器を取り扱っている。その成果が存分に発揮されていると言っても過言では無い。

 

「おうおうおうッ、綺麗な鎧がもうボロボロだな。見た目だけの不良品を掴まされたんじゃ世話ねぇな。ギャハハッ!」

 

銀騎士はフラリと立ち上がるが、全身は弾痕だらけでラリアットの直撃を貰った部分に至っては無残にも大きく凹んでいる。顔だけは何とか守ったようだが、元から死に掛けた顔つきだったのでどれだけ追い詰めているか表情からは分からない。

それでもこれで死なないという事は、もっともっと痛ぶり甲斐があるとカンザスは思い込む。

 

「世間知らずには身の程を知って貰うとするか…出ろ!」

 

【略奪者】の力によってカンザスの忠実な僕になったのは猿狼鬼…だったもの。全身が黒い影で覆われたような姿をしており、光る瞳からは理性のカケラも見当たらない。完全に闇の魔獣として生まれ変わった存在だ。本来なら捕獲するにも多くの犠牲が必要な強力な魔物だが、先の通り水晶渓谷の毒で弱っていたところに遭遇したのが幸いだった。

 

「出たぜ、カンザスさんのユニークスキル!」

「ひゅー♩ 手加減して下さいよー。ショーは長く楽しまないと!」

 

取り巻きに加えて周囲の兵士からも嘲笑が入り混じる。

片やフラフラと佇むだけの銀騎士。結果など誰がどう見ても判り切っているので、全員が見物客の気分で観戦を決め込む。

 

それでも銀騎士にも意地があるのか、大剣を正眼の構えで持つと腰を落として重い一撃に備えた。

 

「やれ」

 

カンザスの一言で猿狼鬼が駆け出す。

左右に素早くステップを刻んで的を絞らせないのは、理性によらない狩猟本能が色濃く反映されているからだろう。

最後に大きく跳躍すると鉤爪を振り被って真っ二つにせんと迫る。

 

対して銀騎士は不動。

正確にはギリギリまで接近されるのを待って、大剣を握る力を一息で解放して振り下ろす。

 

「……オぼロ・地テン豪ラい」

 

はっきり言おう。

 

それは錬磨の果てに会得出来る、アーツでは無かった。

見様見真似と呼ぶのすら烏滸がましい、動きだけをなぞったお遊戯のような代物。もし同門の師匠がこの光景を見れば、激昂して襲い掛かってくるには充分なほど()()が施されている。

 

「………はぁ?」

 

ただ、膂力が異常だった。

振り上げられた剣は猿狼鬼を切り裂けずにそのまま()()()()()、それを気にせず力任せに叩き落とす事で地面に激突させたのだ。

剣の軌道こそ朧・地天豪雷そっくりだったが、そこにあったはずの術理は何処にもない。武術を学ぶ者に対する冒涜とも言える。

 

「カ、カンザスさん!?」

「慌てんじゃねえ、まだ回復してなかった奴を召喚しちまっただけだ。次は…次こそは…!」

 

ただし、そんなものは銀騎士にもカンザス達にも関係無かった。

単純に強いというだけで、力には意味があるからだ。

 

予想外の展開に動揺しながら、次に召喚したのは複数の魔獣達。

古今東西、強者に抗う手段として最も用いられるのが集団戦闘だからだ。

だからまだ大丈夫。兵士達に喝を入れて銃撃で援護。派手さは無くともジワジワと削り取ってしまえば…。

 

自分はまだこんなところで死なない。腐った連中を全員叩き落として、俺こそが正しいと証明してやるんだ。

そんな気概がまだ残っているカンザスは執念が篭った瞳で銀騎士をこれでもかと睨み付け……見てしまう。

 

「お、おま……貴方、様は…ッ!?」

 

造形の悪い兜が崩れ落ち、ついに露わになった男性の顔に見覚えがあるらしく、周囲が驚くほどに動揺している。

 

銀騎士の方も正体が看破されたのを理解したらしく、上手く扱えなかった業物の大剣を放り投げると…傷だらけの身体を補填するように青い炎が迸る。

それは揺らめく火でありながら質量を伴う不可思議な現象であり、煌々と燃える姿はさながら地上で輝く太陽のよう。

 

…実際には炎のように見えるエネルギー体が収束形成された触手に近く、まるで蛸足を思わせるうねりを見せながら魔獣を掴み取り、光熱で焼き焦がしていった。

 

そこからはもう、地獄絵図だ。

日和見を決め込んでいた兵士達にも青い炎が殺到し、次から次へと外側からしっかり火を通したローストにされ、威勢良く啖呵を切った取り巻きに至っては一人だけ逃げる背中を貫かれて百舌鳥の早贄状態。

 

カンザスだけが後先考えずに魔獣を放出して盾代わりにしているので、どうにか五体満足でいられているが誰がどう見ても時間の問題でしか無く、目減りするストックが終わりへのカウントダウンに直結している。

 

「くそっ、くそっ、くそっ! どうしてこうなったぁぁ!」

 

終了まで、あとほんの少し。

そこで彼は……望外の幸運に恵まれた。

 

「あれまぁ…調査どころの話じゃなかったですね」

 

最初に気が付いたのはここまでの状況を興味深く眺めていたレイン。

非常に気になる事があったので注意を払っていたが、そもそもの目的であった、異界への裂け目がこのタイミングで本格的に動き出してしまったのだ。

 

そこから出現する侵略生物はその強さもさる事ながら、1番の問題となるのは圧倒的な物量に尽きる。下手をすれば何日にも渡って現れ続ける人海戦術の極みのような攻勢は、個人の魔素量云々よりも純粋な体力と手数を効率的に管理しなければ持久戦にすら持ち込めない。

 

だからこそ事前調査で規模の当たりを付けて、適当な魔王に任せてしまおうと思ったのだが、これで完全に出遅れた形になってしまった。

 

「これは怒られますかね? いやでも、先にあの方がいるなら上手く対処してくれますよね」

 

どうやら銀騎士に対して無責任にも期待をしている様子のレイン。

その視線の先には銀騎士が佇み、我先にと現れる蟲魔族と向き合っている。何の戦略も感慨も無く目の前の敵を屠るだけの巨大蟻が、その名の通り牙を剥いて襲い掛かる。

 

「ひぇッ! う、うわァァァァァァァ!!」

 

更なる地獄によって完全に戦意を挫かれたカンザスは炎を纏う銀騎士の注意が自分から逸れたのを察すると、恥も外聞も無く最後の魔獣に跨がって一目散に逃げ出した。最後の最後まで逃走用の手段を残していた彼の粘り勝ちとも言える。

 

反してその場に残った銀騎士と蟻達は即座に戦闘を始めると思いきや、奇妙な空白が訪れたのちに堰を切ったように蟻が群がっていく。

ただ、その殆どは既に展開されている青炎に焼かれていくばかりで何の障害にもなっていない。隔絶した力の差が広がっているだけだ。

 

やがて銀騎士は発生源である裂け目まで歩み寄ると、両手を突き出す。

 

「何をするつもりですかねアレ…まさか力技で閉じるつもりとかじゃ…?」

 

裂け目とは揺らぎであり、捉えどころが無い不定形の穴である。魔法の力でサイズそのものを小さくしなければ閉じる事は叶わず、無理やり縮めようとしても形を変えるだけで力押しでは決して通じない。…通じないはずなのだが。

 

「嘘でしょ…」

 

収束されていく青炎は燃え上がりながら翡翠のような深みがある緑へと色を変え、銀騎士の両手に宿る。そして何故か裂け目の淵を掴んで体勢を整えたと思いきや、そのまま内側へと押し込んでいく。

本来ならば何の意味もない行動。だが、今回ばかりは話が違うらしくまるでカーテンを閉めるような気軽さで裂け目は小さくなり、運悪く顔を出していた蟻達はギロチンのように首を落としては命を落とす異常事態。

 

そしてさほど時間を置かず、裂け目を閉じてしまったのは驚くしかない。

銀騎士は事が済んだとばかりに炎を収めると、あれほど銃で撃ち抜かれた全身の傷が綺麗さっぱりと修復されており、元の輝きを取り戻していた。

 

もはやそこには無謀な抵抗をした帝国軍の亡骸が転がるばかりで、レインが済ますべき用事も果たしてしまった。

いつもの彼女であれば両手を挙げて楽を喜ぶ場面。しかし、面倒くさがりの彼女であっても魔王に直接仕えるメイドの身なのは紛れも無い事実。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

再び何処かへ歩き去ろうとする銀騎士の前にフワリと降り立ち、可憐な所作で挨拶をする。

 

「このような場所でお会いするとは奇遇で御座いますね」

 

「ロイ・ヴァレンタイン様。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…えっ、話が長い上になんで()()()()()()()()が出てくるのだ? しかもまだまだ語りそうではないか)

 

まさかの登場人物に驚くクレイマンだったが、かなり重要な情報が出てきた為、話を聞かざるを得なかった。

オルト・アリストテレスが魔王入りの推薦を行ったのはそのロイ・ヴァレンタインその人で、同じ吸血鬼族として話の中に出てきても違和感は無い。

しかし、調子に乗っているレインは気が付いていないようだが…ロイに炎を自在に操るスキルは無かった筈で、むしろそれは太陽王の異名を持つオルトが得意とする分野だったはず。

彼らが師弟関係、もしくは一般には知られていない吸血鬼族に共通する能力だったならば納得出来るかもしれないが、妙な違和感が募る。

 

そもそもオルト・アリストテレスは野良の吸血鬼から魔王種へと至ったという話だが、彼らは貴族階級を設けるほど純血の血筋を大切にしており、何の後ろ盾もない彼が超克者と呼ばれる頂きに登れるものなのだろうか? しかも100年もしない前は名前すら聞かなかった若い吸血鬼でありながら、気に入られるまでが異様に早い。

 

自分は…いや我々はオルトに対して、何か致命的な勘違いを起こしているのではないか。

 

クレイマンは少しだけ思考を悩ませた。

 

「………」

 

その瞬間。

今までずっと食事を続けていたオルトの動きがピタリと止まり、とあるエクストラスキルが発動したのは……彼だけの秘密である。

 

 

 




プルプル。
ぼくは わるい いきもの じゃ ないよ 。


この亜種がFGOに召喚されると必ずプリテンダーになります。
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