ORTの自我は本来、非常に希薄だった。
それは生命体として未熟という意味合いではなく、むしろ自己の生存及び闘争に不必要な感情を抑制する事で、反応速度などのスペック上昇を促す完璧な生態だと言える。
無論、高度な自己判断が必要となる状況に陥った場合、それらの感情及び思考形態を再起動させて最適な行動が可能となるのだが…圧倒的な性能を誇るORTの前では全てが些事。何事もスペックのゴリ押しで解決してしまうため、普段は機械的な動きのみで事足りていた。
……しかし、だからこそだろう。
今回の騒動における発端は、紛れもないORT自身のミスによって起こってしまう。
始まりの地となるのは、太陽系銀河の外縁軌道を回り続ける彗星群ことオールトの雲。
そこはORTの生まれ故郷であると同時に支配圏としている星々が公転軌道で巡り続けており、普段は侵略者に備えて深い眠りについているのだが…ある時、SOS信号が寄せられている事に気が付いて目を覚ました。
感じ取ったのは宛先不明の救難信号。
こうして銀河の果てまで届くという事は同格かそれ以上の存在。つまり惑星レベルの精神を持つ個体から発信されたと見るべきだろう。
究極の単独種、アルテミット・ワンに分類されるORTにとって同族意識や自己犠牲精神は無いが、同格に対しての協力は己にも理がある行動として優先的に対応する必要がある。
ただ、肝心の信号は非常にか細く消えてしまいそうで…下手をすればすぐさま見失ってしまうほど弱々しい。一刻も早く救難に向かわなければ息絶えてしまいそうに。
…充分な知性を持つ者ならば、ここで疑いの目を向けるべきだった。
少なくとも発信元の詳細な座標とSOSそのものが欺瞞である可能性など、考慮すべき点はいくらでもあったのだ。
しかし先の通り、ORTの基本行動は機械的なもので違和感を持つという判断そのものが備わっていない。
入力に対する条件付けが少ない上、出力すら限られていた故の弊害だと言えるだろう。
ORTは故郷であるオールトの雲から飛び立つために姿を変えていく。大蜘蛛形態はあくまで戦闘用であり、星間航行を実行する場合はアダムスキー型UFOに酷似した形状となる。
ただし、航行方法は謎の力で浮いたり重力変換といったSFめいたものではなく、光年単位の距離を跨ぐ銀糸を進行方向の星に貼り付け、自身を引っ張るという宇宙規模のワイヤーアクションを駆使する事で加速する、ある意味で単純な移動方法で落胆する者もいるかもしれない。
ただし、その速度は光速に匹敵するほどの恐るべき勢いであり、少しでも力加減を間違えてしまえば光速の領域に到達し、時間跳躍によって過去の時代に辿り着くなど異次元領域の話に入るので詳しい話は割愛するが、宇宙規模において速度とは
そして最初に辿り着いたのが…月。
到着を急ぐあまり、勢い余って進行方向にあった月に直撃してしまい、星の核を傷付けるほどの衝突事故を起こしてしまったのだ。
このままでは最悪、重力崩壊を起こして自壊してしまうと予測したORTは衛星とはいえ星を破壊した事に罪悪感…ではなく星を代表する存在として捨て置けず、己の領域とする水晶体を仮想侵食させる事でパッチワークのように無理やり繋ぎ止めていく。
その過程で、救援のきっかけとなったSOSが目と鼻の先ともいうべき距離まで近づいているにも関わらず、いまだ微弱すぎる事に気が付く。すぐにでも向かいたいところだが、月の再生がまだ完了していない以上、ここから離れる訳にもいかない。
そこで仕方なく実行されたのは、星の再生に必要なリソース源として本体の大部分を月に待機させ、先行調査用に自立稼働ユニットを惑星に向かって派遣するプラン。
今度はなるべく星を傷付けないよう公転銀糸…糸による亜光速移動は控え、単純加速によるマスドライバー方式にするのも忘れずにだ。
こうして分割されたORTの一部は天魔大戦真っ只中の戦場に墜落していった。
細心の注意を払って落下したお陰で半径30km圏内しか吹き飛ばさなかったのはきっと褒めるべき点なのだろう。
しかしこれが結果的に2回目のミスに繋がった。
「ア…ッ、ハハッ…お、お前…かよ…」
ORTが降臨し、焦土と化したクレーターの中心部。黒煙が噴き上がって周囲から見えない内側では、何らかのスキルを使って即死だけは免れた一人の男性が、瀕死の状態で何事かを呟いている。
普段ならば気にする必要も無い路傍の屑。視線を向けられる事すら烏滸がましいのに…
「ゴホッ…ゴホッ! あぁ…まさかORTとか…別作品、じゃん…」
おそらく生誕以降、始めて困惑という感情に苛まれているORTは理解する由もないが…彼こそが召喚者と呼べる存在である。
ーー男性はいわゆる異世界転移を果たした人物で、転スラや型月作品といったサブカルチャーを嗜むオタク趣味の持ち主だった。
彼はどこをどう切り取っても普通の人間でしかないが、前世では怠け者でしか無かった半生を反省して、勤勉に動く事を何よりも大切にして心掛けてきた。
個人としてのスペックは大した事は無かったが、偏っていたとはいえ知識が豊富でニッチな話題にも事欠かない彼は異世界の人達に快く受け入れられていた。
このままうまく立ち回れば、大好きな原作キャラ達と穏やかに触れ合い、先の展開を予知しながら頼りにされたかもしれないと夢に見て。
しかし、よりにもよって転移時に授かったチート能力が悪因を呼び寄せてしまうとは、彼も創世神ですらも考えが及ばなかっただろう。
その際たるものが、ユニークスキル【
本来の用途は効果範囲で飛び交う思念や念話をジャックして悪影響を与えたり、相乗りする事で心を読むなど精神操作系のスキルなのだが、今回はそれが暴走する形となった。
原因は言うまでもなく天魔大戦。
長い年月を経て本来の目的を失いつつある天使との大規模戦闘に巻き込まれてしまったのが発端だ。
原作知識を持つ彼としては関わり合いになる事自体を避けるべきイベントだったが、500年周期というのは歴史で見れば単純な年数でも、その時代に生きる人間としては時代そのものが変わるほどの歳月である。
この世界でも一般人でしか無かった彼は前回の天魔大戦に関する資料を閲覧する機会が無く、まさか自分が生きる時代とかち合うとは思わなかった。
空を埋め尽くす天使の軍勢に対して抗う術は無い。
【交信者】は基本的に少数に向けた対人用のスキルであり、使いようによっては効果範囲を広げる程度の強化は可能だが、それも圧倒的多数の天使の前では強みになるとは言い難く、逃げるにしても今からでは遅すぎる。
だが一抹の望みを託して、防御系アイテムや装備でこれでもかと身を守り、時間を稼ぐ準備を整えていく。【交信者】の効果範囲をひたすら広げて何処かに居るかもしれない助けを呼ぶ事に賭けたのだ。
この世界には気紛れのように人助けをしてくれる原作キャラがいるのを知っている彼だからこその策と言える。
「頼む、頼む頼む頼む頼む……ッ!」
正しく必死のSOS。
ただ助けて欲しいという願いだけを込めて、助けてくれる誰かに届けと切に願った。
それは現在地から街全体へ。街から周囲の森林地帯へ。森林地帯を抜けて、その奥にある
そして裂け目の先に繋がるのはたった一つの世界に限られるものではない。蟲魔族や幻獣が住まう世界はもちろん、時と場合によっては誰も観測した事が無い未知の世界が待ち受けている可能性が充分にあり、それが今回は災いした。
幸か不幸か、男性が発したSOS信号は上手い具合に裂け目を通り抜け、別世界に生息するORTに向かって発信されてしまったのだ。何せ強さだけなら彼が望んだ条件を充分に満たしていた。
だが、結果的には…ORTは隕石のような勢いで地表へと落下して巻き込まれた男性は瀕死の状態。一応、念のための準備が役に立って、意味も分からず事故死という最悪な結果にはならなかったが、用意していた回復用のポーションも爆風で全て吹き飛んでしまい、結局のところ死を待つだけなのは変わらなかった。
「あぁ、クソ…でも、まだだ! まだ諦めてたまるか…ッ!」
それでも、
原作のメインキャラには関わられなかったけれど、これでも長命種の人達とはそれなりの付き合いがあったし、主人公のリムルにドッキリみたいな何かを残すのも面白いかなと考えていた試みだってあったのだ。それをこんなイレギュラー過ぎる展開で終わせてたまるか!
最後の力を振り絞って意識と身体を奮い立たせる。例え何の意味が無いとしても、自暴自棄になってくたばるよりは…よっぽどマシだと思うから。
そんな思いを抱く彼はフラフラとした足取りだが、両の足を地面に付けて立ち上がり…そしてアッサリと水晶へと変換された。
どんなに高尚な思いを抱いていたとしても、餌の良し悪しには影響しないとばかりに。
だがORTにとって、誤作動を起こした原因であるコレをそのまま捕食するのは躊躇われた。今回のケースを鑑みて、二度と間違いを起こさないよう学習の必要があると判断しているのだ。
なるべく丁寧に水晶を砕いて栄養ではなく情報体として捕食するが、生物としてのスケールが違いすぎて解析には相当な時間が掛かる事が予測される。しかし表層の記憶を浚った時点でORTの思考形態にノイズが走る。
繰り返すがORTの思考は単純ではなく、簡潔に纏められているだけだ。
いくら情報にアドバンテージがあろうとも無尽蔵に加算し続ければ、例えアルテミット・ワンでもいつか処理落ちを起こして行動に遅延が生じてしまうからこそ、シンプルな行動論理で普段は稼働している。
…そこに漫画やアニメ、ラノベにそれらの二次創作といった別の世界観が満載された情報が垂れ流しにされたら、どうなるだろうか?
先の通り、基本のORTは機能を絞り過ぎて物を疑うという判断が著しく苦手だ。
どこかの世界線では、心臓を取り戻す際に異物が混入していても気にしないくらいには鈍感なのだ。
人間であれば妄想や創作の類と切って捨てれる娯楽のそれらは、カルチャーという文化があってこその判断。それを理解していないORTにとってオタク系の情報は劇薬に等しい。
髪の毛が金色や赤や青になって戦闘力がインフレする戦士。
同じ名前を冠した巨大ロボットが軽々しくビームを放つ。
変身しては強くなり先人の力を使ったりするバイク乗り達。
スライムから進化して天地開闢レベルの技を連発する危険個体。
などなど。
どれもが本当だとすれば、今までのスペック任せの力押しでは必ず勝てるとは言い切れず、対策を練ろうにも情報が多岐に渡り過ぎている。しかもそれぞれが断片的なものばかりで、精査するだけでもどれだけの時間が消費されるのか検討がつかない。
勿論、全てを捨て去る選択肢もあったが…こうして思考を巡らせている内に、不遜にも接触を仕掛けてくる存在がデータと一致しているので信憑性が出てしまった。
個体名:ゼラヌス
詳細は不明だが、現状の末端ユニットを99%破壊出来る戦闘能力から算出するに、本物である可能性が高い。
つまり…とても濃厚な味がしそうだ。
そこで事実の検証という名目で個体名ゼラヌスを捕食する。多少もがいているが、そんなものは誤差に収まる程度のもの。ジワジワと侵食して嚥下する。
すると、とても素晴らしい満足感が芽生えた。
銀河の果てで星を渡り巣を張って僅かなエネルギーで生き永らえていた時とは異なる、美味しいという実感。
生まれて初めてと言っても良い、麻薬のような多幸感がORTの中でスパークを起こす。
これにより地上に落下した端末ユニットはファーストコンタクトの人間の情報は真実であると一時的に仮定。同時に確実性が99.9999999%を超えるまで本情報は当端末ユニットのみが保持し、本体へのアップデートは差し控える。
また今後は実験的に食欲という新しい行動指針を元に、他方向からのデータ収集を行う。
…それが、この世界に降り立ったORTが下した判断だった。
これらの作業が完成した時。
やはりこれらの情報は虚偽だとして原種に立ち戻るのか。
それとも真に足る情報として亜種へと変化するのか。
最終的な答えを出すべき本体のORTは月の玉座に君臨しながら、その時を今か今かと待ち侘びている…。
『警告。 ORTから違法な申請を確認しました。究極能力【生命之王】を改竄した新たな能力は認められません。』
『警告。 ORTから違法な申請を確認しました。究極能力【生命之王】を改竄した新たな能力は認められません。』
『申請を受諾しました。究極能力【生命之王】とユニークスキル【■■■】を統合して新たな能力を解放します』
『成功しました。究極能力【
究極能力【
とある生命体の権能をこの世界でも万全に発揮出来るようにするスキル。
翻訳ソフトや検索ツールといった扱いのために生み出され、これ単体では何の役にも立たない筈だが…?