時刻は正午過ぎ、珍しく柊家は全員揃ってわざわざデパートまで来ていた。
突然田中から海に誘われたものだが、つばめからほむらまでそういうところに行った経験もなく特に水着といったものは競泳水着しか持ち合わせていないのでこの日のうちに全員分買っておこうといえ、かといって近くの店で知り合いに会う可能性も避けておきたかった。
そんなこともあり電車まで使ってデパートで全員分の水着を買うことにしたのだ。
「それにしても総帥……なんだって急に海とか言い出したんでしょうね、ヒマなんでしょうか……」
「慰安旅行とかしてくれる人じゃないことは聞いてますからね……絶対良からぬこと考えてますよ」
「考えすぎだお前ら、悪の組織でも福利厚生がしっかりしてたりするんだろ……」
「そういえば私、昨日田中さんから総帥夫人にならないかって誘われたんですよ〜へへへ」
「それだよ!!姉ちゃんたらしこむ気じゃん怪しいって!」
「まあなんでもいいじゃん面白えなら、つば姉みたいな年の人拾ってくれるだけでもありがたいでしょ」
姉妹だけでも7人揃えばかなりの騒がしさ、余計なものを間違えて買わないように水着だけ見に行ってどれみが他の面々を引っ張っていく、特にうさぎにファッションの所に行かせたらそれだけで無駄に半日過ごすことになりそうだからだ。
とはいえど個性豊かで性格も映画の好みもバラバラな柊七姉妹、水着を選ぶだけでも面倒なことになるのは想像に難くない……!
デパートの水着売り場はそういう時期ということもあってか意外と人が多かった。
派手なビキニやワンピースタイプがずらりと並び、試着室の前には列ができている。
柊姉妹7人が揃って押し寄せたせいで周囲の客がチラチラと視線を送ってくるのも無理はない、彼女達は元々見た目からして個性の塊なこともあるのだから。
「うわー、どれにしようかなー! やっぱ派手な方が映えるよね!」
最初にテンションを爆上げしたのは当然うさぎだった。彼女は棚から次々とビキニを手に取り、自分の胸元に当てては鏡を覗き込む。
情けない皿型とよくネタにされて卑下しているが若さゆえの張りと小麦色の肌が相まって意外と悪くないようだが本人はそれに満足していないらしい。
「うさぎ姉ちゃん、それじゃあ紐が切れそうだって。もうちょっと生地のあるやつにしなよ、こういうの着たりとか」
なぎさが呆れたように言う。
彼女自身は「鶏ガラ」と自嘲気味に呼ぶ平らな胸を隠すように、スポーティなラッシュガード付きのものを手にしていた。普段は戦隊ごっこに熱中するなぎさだが、さすがに水着となると「自分を魅せる」方向に走りたくなるらしい、元々恋愛面でも気にする年頃だ。
黒ベースに赤のラインが入った、ちょっと悪役っぽいデザインを気に入っているようだ。
その横で、柊かなは無難な黒のビキニを手に取りながら、鏡の前で何度も胸元を調整していた。Fカップはあるだろうかというボリュームだが疲弊と堕落に満ちた生活によってクーパー靭帯が悲鳴を上げているせいで、すでに重力に負け気味だ。どんなにサポート力の高いものを選んでも、ゆさゆさと揺れて収まりが悪い。
「はあ……これもダメですね……カップが浅すぎます……もうちょっと収まりのいいものはないんですか?」
かなはため息をつきながら別の棚に移動する。
隣ではどれみが同じくDカップの長乳を揺らしながら、似たような悩みを共有していた。
「ほんとでかいと面倒なだけだよな。服着るのだって一苦労だし手入れも大変だし、デザイン重視したいのに、支障ばっか出るんだよな……」
どれみは普段は裏方気取りだが、今日は珍しくかなと意見が一致している。
二人して「機能性より見た目優先」の棚を物色しつつ、ゆさゆさと試着用の水着を胸に当てては首を振る……その様子を、少し離れたところでなぎさとうさぎが睨んでいた。
「ああいうやつを嫌味っていうんだろうなぁ……ぶっ殺してえなあ……」
「板の気持ちなんかわかんねーんだよあの手の一部分が盛り上がった突然変異はなあ」
なぎさが低い声で呟き、うさぎも普段のバズリ趣味を忘れたかのように闇のオーラを漂わせながら同意する。
二人とも「貧乳同盟」のような顔で、姉たちの胸元を憎憎しげに眺めていた。
「胸の大きさとか……そこまで大事なことでもないと私は思うけど、姉妹だからって成長速度が違うのは当然じゃないですか?」
そこにのんびりと割り込んできたのはうてなだ、彼女はごく普通のスクール水着タイプを手に平和主義を装っている。
「発展途上は黙ってろバカうてな!! 言っとくがお前は充分あっち側だからな!!」
「もうあーしらは成長の余地がねーんだよ離れ乳六女!!」
「姉さん達の当たりが強い!!」
なぎさとうさぎが同時にキレた。うてなは慌てて後ずさる。
確かにうてなは「発展途上」と言われるように年齢の割には十分すぎるボリュームがある。
姉妹の中でもバランスが良く、どんな水着でも似合ってしまうタイプだ……それがまた貧乳組の神経を逆撫でしているらしい。
そんな騒ぎのなかで、一人姿が見えないことに、ようやく皆が気づいた。
「あれっつばめ姉さんは?」
「つばめ姉ちゃんどこ行ったよ、田中の言い出しっぺが居なくちゃ話になんないのに」
試着室の近くを探すと、カーテンの隙間から妙に艶めかしいシルエットが見えた。
「姉貴……その手のやつは水着じゃないだろ、ウェットスーツとかいうんだよ」
現れたのはレオタード式の全身タイツのような競泳水着を着た柊つばめだった。
28歳という年齢を気にしてか、肌の露出を極力抑えたデザイン。だが傷だらけの身体を覆うその姿は、逆に妙な色気を放っている。
「しかしですねぇ、歳というのもありますし……あんな身体で肌を見せるというのは、ちょっとねえ……」
つばめは照れ臭そうに笑いながら、腕の古傷を隠すように袖を引っ張るがその瞬間、うさぎの目が輝いた。
「かな姉、こんなところにマイクロビキニあったぞ」
棚の奥から、ほとんど紐と小さな布切れで構成された、極端に露出度の高い水着を取り出すなぎさとうさぎ貧乳同盟。
「いいですね、ちょっとこちらへ」
「ひえっ!? ダメです私にそんなものは!! やめっ……」
つばめは抵抗したが、かなとどれみを筆頭に姉妹全員で取り囲まれ試着室に強引に押し込まれてしまった。
カーテンの向こうから「やめてください〜」「無理ですってば〜」という悲鳴が漏れる。
うてなは慌てて末っ子のほむらを遠ざける。ほむらはぽわぽわと周囲を見回しながら、姉たちの騒ぎに首を傾げている。
「ほむらこっち行こうか!!あっちに可愛いワンピース水着あるよ! 姉さん達はちょっと大人会議中だから!」
「はい姉さま」
うてなはほむらの手を引いて、売り場の反対側へ連れて行く。ほむらに変な影響を与えてはいけない。
清楚な末っ子だけは、こんな猥雑な光景から守らねばならない……というよりは、最近は刺激が強すぎる。
普段マジアベーゼという破廉恥な格好してるくせに何言ってんだと周りからは思われるかもしれない。
試着室のカーテンが開くと、そこには真っ赤な顔でマイクロビキニ姿のつばめが立っていた。ほとんど隠す機能がないその姿に、姉妹全員が一瞬固まる。
「うわ……つば姉、冗談のつもりだったけど思いのほか似合ってるじゃん……」
「や、やめてください! こんなの恥ずかしくて着られませんって!」
結局、その日買った水着は――試着したもの全部だった。マイクロビキニも、レオタードタイプも、スポーティなものも、派手なビキニも、スクール水着も。理由は単純だ。
「どうせロードエノルメ総帥が金出すんですよ……だったら全部買っとけって感じです、どうせ金いっぱい貯め込んでますよ」
かなの一言で決まった、人の金でやる買い物ほど頭が楽になるものはない。
レジに向かう姉妹たちのカゴには、山のような水着が積み上がっていた。
海に行く理由が「慰安旅行」なのか「総帥の策略」なのか誰も深く考えていない。
ただ、珍しく全員揃っての外出にどこか楽しげな空気が漂っていた。
――そして、慰安旅行当日。
「うーーーーみだーーーー!!」
買ったばかりの海に真っ先に飛び込むうさぎ……しかし、全員が入ってるわけではなく砂浜で田中……及びロードエノルメに詰め寄られるエノルミータ加入組4人。
「おい……この領収書はなんだ?なんでお前ら家族の水着代全部私が立て替えなければならないんだ?」
「だ……だってお金出してくれるって言うから……」
「普通一人だけとかそういうものだろう!!何を姉妹全員買ってるんだお前ら!!残りの妹共も疑問に思わなかったのか!?」
「なんか金出してくれるならラッキーぐらいに思ってたんよあたし」
「右に同じく」
「学校用の水着以外に持ってなかったんですよ……海とかプールに行くことはありませんでしたし」
「えっ……お前ら毎年夏とか行かないのか?」
コンペ組むレベルで映画には熱中してるのに海に行ったことがないという極端なインドア系姉妹、インフルエンサーがいるのに水着の一つも持ってないとおかしいだろと当然のようにツッコミを入れるが、仕事用の水着はいらないからとすぐに売っぱらうし海に行ってまでやりたいことなんてなかったので特に気にしてなかったという。
柊家、どうにも普通の家系と違うのは分かっていたがこういう変なところで引っかかるような違和感がある。
慰安旅行でつばめを夫人にすると共に、この家族を懐柔する、そして電法の技術を独占し魔法少女にも止められない規模で世界征服を実現する!
……だがこれでいいのか?今のやり方が本当に自分の為になるのか?
(何を考えているんだ私は、過程や流れなんてどうでもいい……世界征服さえ出来ればそれでいいではないか、こいつらもどうせ本気じゃない、必要なくなったら捨てればいい!)
慰安旅行……それはあくまでエノルミータのもの、なので田中と姉妹だけでなくキウィやこりすもいる、それに加えて……。
「んん……?なんだあいつ、どっかで見覚えがあるような」
どれみは茶髪の女性を見て神妙な顔になる、エノルミータ所属ということは幹部格だがこんな奴が同僚にいただろうかと首を傾げ、かなに耳打ちして聞いてもらうがその正体に驚く。
「はぁー!?アレがロコムジカ!?全然分かんなかったぞ!?」
「まあ貴方となぎさには……認識阻害魔法がっつりかかってますかね……変身してるわけではないので見るだけじゃ全然分からなくて当然です……」
トゥエルブはクロノス・シンジケートの力にエノルミータのマジックアイテムを合成して同一の認識阻害魔法の認識化に立っているので変身後の姿も判別出来るようになっているが、覆面をしているだけのアンチマスコットと現状ただの裏方であるどれみにはそんなものはない。
ロードエノルメとしてはただの戦力程度でしかなく、ヴェナリータも特に姉妹達を好んでいないこともあり、認識阻害突破はほぼあり得ないものと見ていいだろう、現に今でもヴェナリータは浅瀬で足をつけて眺めるうてなにしか絡まない。
「はっきり言っておくと君は今厄介なことになっている、交友関係は姉妹とだけ……ロードエノルメは明らかに君の身内を利用して、魔法とは異なる怪しい力にまで手を出した」
「私のせい……といいたいんですか?」
「私情を挟む形になるが僕は何割かが君の責任だと思っているね」
「そんな事を言われましても……私はヴェナリータさんの期待にどう応えられるかもわかりませんし……マジアベーゼとしてどうしろと?」
「コレは君がそれについて向き合っていく為の旅行でもあるわけだ」
「向き合う……」
思えば色々なことがあって、姉妹達もエノルミータに入ってきたり、一応知り合いも増えていったが自分のなかで何かを成し遂げた達成感のようなものは、ない。
エノルミータで何かしなくてはならない、悪の組織の幹部とはいえ自分に素質があるとして選んでくれたのだから応えられるようにしたい。
……だがその一方で信じられない、ヴェナリータもロードエノルメも。
「もう一つ質問いいですか?貴方、私の姉さんやほむらを邪魔に思っています?もし何かするようであれば」
「いいね、ますます期待したくなる……彼女達に危害を加えるような真似をすればうてなもその気になってくれるんだったら遠慮なくそうするかも……まぁ結局は君次第だけどね?」
というわけで即座に信用できない慰安旅行になりリラックスできないが、自分自身に向き合うことにした。
マジアベーゼとして、柊うてなとして求められていることは何かさっぱり分からない、ヴェナリータは自分が『悪魔』を導く鍵になると思っている。
そんなものがいなければ、ずっと姉妹仲良く過ごせたのに……。
そんなうてなの思いとは裏腹に、つばめを懐柔して今すぐにでも電法の技術を我が物にしようと物理的に手を伸ばしていた。
「ところで目的の物は持ってきたか?」
「ええもちろん、田中さんが見たがっていた電法の古文書と……それとこんなに」
つばめはしばらく埃を被って掃除した痕跡のある古く薄汚れた本を浮き輪に重ねて田中に差し出す、後はこれを解読して実験すれば柊つばめに価値はない、しかしその気にさせるためとはいえ総帥夫人にしてしまった。
……今になって自分はとんでもないことを言ってしまったのではないか?と嫌な想像が駆け巡る、総帥夫人……すなわち婚約者、すなわち家族……すなわち……。
つばめの背中をクリームで塗りながら脳内にあふれ出した……存在しない記憶を……回想する前にかき消した。
「あああああーーッ!!?ちょっと待て!?私は肝心なことをわすれてないか!?」
「うげえっちょ、ちょっと痛いですよ田中さん……どうしたんですか」
「夫人になる場合お前は私と結婚するんだよな……それはつまり家族ということ……つまりつまり!?私に出来るんだな!?6人の厄介な妹が!?」
「厄介とは失礼ですねぇ……住めば都とまでは言いませんが、過ごしてみれば案外楽しいですよ、全然部屋は足りてますし」
「足りるだと!?8人ぐらしでもか!?どんな家だどんな家系だ!!胡散臭すぎて過ごすのが怖いわ!!」
かなりボロクソに妹達の事を貶しているが一般論的には田中のほうが正論である。
得体が知れないどころか一人悪魔が混ざっているかもしれない家に絡まれてしまう、なぜ自分があんな事を言ってしまったのか分からない、その場のテンションにしても限度というものがある。
……何か、おかしくないか?ヴェナリータが不審に思う気持ちがなんとなく理解できてくる。
「ははは……何故だろうな、実にお前らに都合のいい流ればかり来ている気がしないか?」
「そうですかねぇ、日頃の行いと呼ばれるものでしょうか?あるいは今でも神様に恵まれているのか?」
「神様?悪魔とかいう伝承があるだけに驚きはしないが……神なんているのか」
柊家に存在する『悪魔』、今初めて名前を聞いた『神様』なるまるで対になるかのように存在している未知の概念。
これまた都合の良い流れのように感じてしまうが、まだまだ柊つばめには利用価値がありそうだ。
「神様とはなんだ?」
「我々柊姉妹の元、簡単に言えば親ですよ」
「例の失踪したという親が?」
知ってしまえば呆気ないものだったが、両親の話はそういえばよく知らない。
いつの間にやら失踪して信じられないペースで姉妹を産んで遂にはまだ若いつばめを残した。
神と呼ぶにはあまりにも無責任すぎる。
「自分達を少しでも育てたから神なのか?」
「いえ、うてな達を巡り合わせたからこそ神なんですよ……私たちの宝物」
「……聞くだけ無駄だったか」
今は神様だとか悪魔だとか、奴らの事情に首を突っ込むよりは都合の良いところで捨ててしまえばいい。
しばらく姉妹達を楽しませた後、田中とヴェナリータは崖際で話をする。
「ヴェナリータ、どうせただの慰安旅行ではないんだろう」
「ただの慰安旅行じゃないならなんだと思う?」
遠く離れた辺境、ギリギリ海外でもない、そしてシスタギガントはいない。
ヴェナリータの真の目的は簡単だ、柊姉妹を事故に見せかけて誰かしら始末すること以外にない。
「7人もいるんだ、1人くらい欠けたところでエノルミータや世界には何の支障もきたさない」
「電法やそれらについてはどうする?」
「好きにすればいい、僕は魔法以前の古臭い技術をわざわざ使おうとは考えないが君が個人でやる分には文句も言わないさ」
「ならばいい……で?お前は誰を狙う?」
「当然……奴の妹、柊ほむら。」
うてなが自己を解放しないようにしているのは、ほむらに見られたくない、そのままでいてほしいと悪影響を与えたくない過保護な思いと強烈なほどの迷い。
その大元さえ絶ってしまえばうてなの人生は大きく変わる……はずだ。
そんなことは別に好きにすればいいと、田中は目を凝らして電法の極意を眺める、魔法の元になっただけはあり大雑把にだが魔法とよく似ている。
物体の転送方法……空間内に静電気の力を増幅させて小規模のプラズマを発生し特定の範囲に現在地を貼り付けさせる。
簡潔に言えば、パソコンの切り取りと貼り付けを現実で行っているようなものだ。
「なるほど……電法、実に面白い!」
そんな姿を眺めながら、ヴェナリータは考える。
もしもこのまま電法に目覚めるようであれば、ロードエノルメの魔力を消してしまおうと……。