悪の柊七姉妹 〜この中に一人、悪魔がいる!〜   作:黒影時空

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第19話「私の名前は柊〇〇〇」

 その一方で……廃墟のような倉庫の奥、埃と錆の匂いが染みついたコンクリートの床に、柊ほむらは座らされていた。

手足は縄で軽く縛られているだけで、口には布も詰められていない。誘拐犯たちは妙に丁寧に済ませていた。

 車に乗せるときも「怪我させないように」と気遣いすら見せ、倉庫に着いてからも「すぐ終わるんだよな?」と自分達を気にせず繰り返していた。

 

 だが実のところ、誘拐グループはその「丁寧な結果」が不気味でならなかった。

 男たちは三人……いや、最初はもっと沢山だったはずだ。車から降りたときには確か10人くらいだったような……。記憶が曖昧になる。

 人数を数えるたびに、視界の端にいたはずの影が一人、また一人と消えていくような……。まるで最初からいなかったかのように。

 その結果倉庫の中は異様な静けさに包まれていた。外から聞こえるのは、ときおりトカゲが這う音と、カメムシが壁を這う羽音だけ……それが何回も自分たちの方にまとわりついてくる。

 そして、何よりも強烈な――腐った卵と古い汚水が混じったような、吐き気を催すほどの悪臭。

 男たちの顔が青ざめていく。

 

「なんだこの臭い……死体でもあんのか?」

 

「いや、違う……こいつからだ。あの捕まえたガキからだ、どういうことだ!?」

 

 ほむらは自分の身体を見下ろした。確かに、臭いの中心は自分だった。服の裾から、髪の毛から、皮膚の毛穴から、じわりと染み出るような腐臭。男たちは顔をしかめ、距離を取ろうとする。

 信じられない、見たところ風呂に入ってないようには感じられないし肌も服装も極めて清潔だ、それなのに風呂に入ってないどころか肥溜めに浸けたような匂いがだんだん鮮明に感じられる。

一人が、苛立ちを隠せずにほむらの腕を掴んだ。

 

「離れろよ、臭えんだよ……!」

 

 その瞬間だった。

 

「変身……」

 

 掴まれた男の手が、びくんと震えた。皮膚の下で何かが蠢く。血管が浮き上がり、指先から黒ずんだ模様が這い上がっていく。男の目が見開かれる。

 

「な、なんだこれ……身体が……熱い……!」

 

 変化は一瞬だった。

 

 男の体格が縮み、髪が伸び、制服のような服に変わっていく。顔立ちが柔らかくなり、目が大きく、声が裏返る。――そこに立っていたのは、見覚えのある少女の姿だが違う

 柊うてなにそっくりな、しかしどこか違う「偽物」。

 

「……あら、久しぶりに人型で使ったから上書きされちゃいました?」

 

 残りの男たちが悲鳴を上げる。

 

「お、お前……何した!?」

 

「こいつ、こいつが……!」

 

 だが遅かった、ほむらは静かに立ち上がった。縄はいつの間にか解けていた。

 彼女は掴まれた腕を振り払うこともせず、ただ微笑んだ。

 

「ごめんなさいね。お兄さんたち、悪い人たちじゃないみたいだったけど……私の人生、こんなところでめちゃくちゃにされたくないし、あの子たちに迷惑はかけられないの」

 

 倉庫の空気が重く淀む。

  腐臭がさらに強くなった……いや、男たちから発せられている、男たちの足元から、影のように何かが這い出し、彼らの身体に絡みつく。触れられた瞬間、次々と「変化」が始まり自分たちの身体が腐っていくような感覚に陥る

 一人は柊つばめに似た少女に。

 一人は柊どれみに似た少女に。

 最後の一人――すでに倉庫に残っていたのは、ほむらと、五人の「偽柊姉妹」だけだったが……その全部が全部膨れ上がり、弾けるように爆殺する。

 ――魔法少女達の変身の由来にもなった技術、変身術……魔法少女達とその妖精は技術を統合する上で大きく2つの制約を加えた。

 1つは魔力をエネルギー源にすることで一時的な変化に留めること、そしてもう一つは自己変身のみに留めること。

 魔法少女の魔力以前のあらゆる技術が歴史から抹消されたのはその全てが使い方次第で世界を滅ぼす。

 変身術を完璧に相手に使うことが出来れば……だが、魔力がまとわりついてからは変化を抑えきれず爆発する。

 誰も知らない、知られないようにしているが……柊ほむらにはそれが出来た。

 

「……」

 

 ゆっくりと、倉庫のシャッターが開かれる。

 外は夕暮れ。オレンジ色の光が差し込み、埃が舞う。

 そこに立っていたのは――

 

ーーー

海辺の別荘地は、陽射しを受けてもどこか冷えきっていた。波の音だけが響く人里離れたロッジの一室に、エノルミータの面々が集まっていた。

 テーブルには全員分のスマホとタブレットが並び、ほむらのGPSを示す赤い点が自動車並みの速度で海岸線沿いの道を移動している。

 うさぎが画面を叩き、かなのノートパソコンを眺めながら作戦会議が始まる。

 

「まだ移動中って感じ?目的地はまだ絞れねーいけど、このまま行けば古い倉庫街の方へ向かうルートじゃん、どうすんの?」

 

「うるさいですね……そこからなんとかする方法考えてんですから、情報担当はすっこんでてください……」

 

 レオパルトが腕を組み、舌打ちしながらうさぎと一緒に眺める。

 

「だったら簡単じゃね?ほむらだけ脱出させて、車ごとドカンでいいだろ……ロケランでも何でも作ってぶっ飛ばすぞ」

 

 しかしその発言は即座にかな――トゥエルブが手を挙げて遮る。

 

「こんな辺鄙な場所……ほむらをピンポイントでさらえる連中です、相当手馴れてるとしか思えません。裏に組織がある可能性が高いとみて……戦闘要員は限界まで残しておきたいんです、もちろん手はありますが……」

 

 かなが別のパソコンを開いて即席で作ったパワーポイントでエノルミータの幹部達に見せる。

 

「ということで……誘導しましょう。ポイントを事前に破壊しておき、自然ともっと……いい感じの場所以外に停める場所をなくすんです」

 

「だったらこの古い倉庫へ辿り着かせるように出来ないか?」

 

 画面に表示された地図に、ルベルブルーメの指が1つの建物を叩く、かながクリックすると倉庫内の情報が筒抜けだ。

 

「ここだ。豆電球1つしか点いてない薄暗い倉庫。アタシの魔法なら奴らに悟られずに侵入できる……後は身動きをとめるくらいなら余裕だ」

 

「了解……ではレオさんと私で徹底的に周囲を破壊しますか」

 

「かな姉ちゃんそんなの出来るの?」

 

「ま、クロノス・シンジケートで呑気してた頃から爆弾とかは作ってましたので……レオさんの造形魔法には火力は及びませんが無いよりマシでしょう」

 

 作戦は急速に固まっていく。

 突撃役はアンチマスコット――なぎさ。

 ほとんどマスクを被っただけの生身に近い姿だが、銃を持った人間相手なら十分に通用するスペックだ、鉄パイプ1本持たせるだけで指で数えられる人間くらいなら壊滅させられる、ただしほむらにも危害が及ぶ可能性があるのでルベルブルーメのアシストは欠かせないだろう。

 

 ロコムジカとネロアリスは陽動。

 エノルミータが派手に動いていることを周囲に悟られないよう、別の方向で騒ぎを起こす……それを聞いてキウィがにやりと笑う。

 

「派手に行くかー、こっちは雑用みたいなもんだし終わったらこりすん所に合流しとくわ」

 

 どれみが手を挙げた。

 

「なあ……姉貴がやってる電法ってやつさ、昔あたしもちょっと教えてもらってたが……田中さんがちょっと覚えてさっきやったんだろ?あたしも同じように一気にワープできないか?」

 

 ルベルブルーメが首を振る。

 

「無理だな、アタシもちょっと本を見てみたがアレは瞬間移動というよりは電力を利用した超光速移動……つばめさんの身体にできたあの痛々しい身体で分かる通りだが、人間の肉体には殺人的な加速……しかも動いている車に合わせようとすればタイミングが合わず切り傷どころか両足が千切れる危険性だってあるぞ、それだけワープはデリケートな力なんだよ」

 

「……そっか、姉貴もそんなこと承知の上でそれまでやってきたしな、あんま多用できないか」

 

 そのとき、かなのスマホが震えた……田中からのチャットだ、今手が離せないのでうさぎが代わりに応対する。

 どれみと覗き込んだうてなは画面を読み、わずかに眉を寄せた。

 

「田中っちから指示よだ……ほむらの救出には、マジアベーゼを向かわせろ、だってさ」

 

 うてながぱちくりと目を瞬かせる。

 

「え、私……まあ、それはいいけどどうしたの?」

 

「それがさあ……変身したままの姿で、って書いてあるわけ、いける?」

 

「変身した姿!?そ、それってつまりマジアベーゼとして……」

 

 部屋が一瞬静まり返った。

 マジアベーゼ……及び現代の変身は全て簡易的な認識阻害魔法がかかっている。

 たとえ家族であっても、それが柊うてなであると判別することは不可能だ。

 特にほむらには罪悪感や教育に悪いという姉としての気持ちからこれまで徹底的に隠してきた。

 エノルミータの存在自体、ほむらだけは知らない。

 なぎさが小首を傾げる中、かなが静かに息を吐いた。

 

「何か企んでるのかな?田中さんそういうところはあるけど」

 

「何か試したいことでもあるのでしょう……私としても、ちょっと違和感を感じてきたので……」

 

 彼女はスマホの別の画面を見せる。

 GPSの周囲に表示されていた、誘拐犯らしき複数の反応が――次々と消失している。

 

(これは……信じられないが、私も大昔に使ったことがあるから分かる、人間の認識を、まったく別のものに作り替える芸当。……変身術?なぜこんなところで」

 

 部屋に重い沈黙が落ちた。

 現代では封印された、統合前の技術。

 それを自由に扱える人間は、ごく限られている。

 もしこれがクロノス・シンジケートの報復だった場合――

 

 かなはゆっくりと顔を上げ、全員を見回した。

 

「作戦変更はありません……予定通り進行させます……でも……うてなはマジアベーゼの姿のままで……頃合いを見て突撃するように」

 

 うてながごくりと唾を飲む。

 

「……分かった」

 

 かなは最後に、静かに告げた。

 

「それでは各自、作戦に移ってください……」

 

 エノルミータの面々が、それぞれの位置へと散っていく。

 冬の海風が強くなった、遠くで、波が砕ける音が響く。

 誰も口にしなかったが、皆が感じていた。

 ――今夜、何かが終わる、あるいは……何かが始まる。

 

 そして作戦通り事は上手くいって、レオパルトが各地を破壊してロコムジカとネロアリスが悪目立ちすることでマジアベーゼの移動を突破、どれみがスタンガンパンチでスクラップになっていた車を押し出して少し素早く移動……そこから助走をつけてマジアベーゼが飛行するとカタパルトのようになぎさを掴んで射出。

 これで目的地までひとっ飛びというわけだが……。

 

 かなは田中が何を考えているのか薄々察していた、一人だけ駅で待機して再度合流を待つがその間にもチャットを残し続ける。

 

 『ほむらは化粧をよくしていなかったか?風呂に入った回数は?自室がないか?』

 

 ほむらの事を一通り調べようとしている……間違いない、田中は変身術のことを何らかの手段で聞いているし、ほむらがそれを使っていると思っている。

 

「やめてください……ほむらが誰に化けているというのですか?」

 

『お前も薄々察しているんだろう、不可解な違和感を残すのは何故か?末の妹に何もないと思ったか?』

 

「黙れ……姉さんの何かであったとしても……殺すぞ……」

 

『好きにすればいい、所詮我々とお前達は利用し合うだけの赤の他人……そもそも、変身術を使用しているお前がほむらに文句を言える立場なのか?』

 

「……」

 

 何にしても分かるものだ……この出来事で何か終わるような気がする。

 そして時を戻し、ほむらが変身術で全ての人間を爆殺した後に現れたのは……ヴェナリータだった。

 なんだかんだでヴェナリータと本格的に遭遇するのも初めてだが、ほむらはあまり動じていない。

 

「あなた……?助けに来てくださったのですか?」

 

「ボクがそんな風に見えるかい、うてなの感情でも揺さぶるつもりだったがこんなジョーカーを隠していたとは……」

 

「あなたがこんな真似を?なんで?」

 

「そうだなぁ、キミ達は邪魔しすぎたんだよ……うてなのね、こっちの事情で色々したかったんだけど彼女のなかで君たち家族の存在は大きすぎる……だが想定外なのは、人殺しに躊躇いのないやつがいたことだ」

 

「殺人鬼のような言い方は心外です、ここ最近は……変身術を使おうとしてもあんな風になってしまうのです」

 

「変身術は今や古臭い技術だ、魔力が各地に蔓延しているのに肉体を強引に作り替えるとあれば現在の認識阻害と合わせてバグが起きても変じゃない、今や君の力は殺人術だ」

 

「そう……だとして、私を死なせるつもりですか?姉さま達も?」

 

「姉さまねえ、いつまで姉妹ごっこを続けるつもりなんだい?言っておくがボクのような存在は、認識阻害を最初から無効化できるんだ」

 

「あら……ありのままの私を?といっても相当昔だし、変身術を使えば使った事実だけで元の体は忘れるものですが」

 

「まあそうだろうね、柊かなはちょっとした自己暗示……少々バックストーリーを盛るだけに済ませているから違和感も特別感じない、クロノス・シンジケート大幹部『トゥエルブ』というもう一つの姿を作り出したことに関してはボクらや魔法少女の変身にも近しく見える。」

 

 かなとほむらの違いは、かなは自分の経歴を持った詐称のような使い方で自身そのものは全く変えていない、学校にも行けず働くためのスキルが何一つなかった彼女がつばめを支援するためのやむなしな行動だが、それによってヴェナリータには面倒なライバルが生まれたのだからいい迷惑だ。

 対してほむらは……はるさめ達がやったように自分自身を完全に作り変えている、というよりは魔法以前の力で無理矢理整形しているといっていいのだろうか?骨格レベルで変質させても、ヴェナリータの目では誤魔化せない。

 

「ここまでの君を見せてもらったがまぁ〜なんておぞましいことか、ネロアリスと仲良くする姿とか特にきつかったよ」

 

「言うだけ言って満足です?私も姉さま達と同じで……この平和な姉妹生活を守るためならなんでもします、悪魔なんてものがそれを脅かすのなら……!」

 

 そしてここで、エノルミータ側も作戦を済ませて移動先に指定させていた倉庫に無事に到着。

 段取り通りならアンチマスコットが突撃してなぎ倒すつもりだったが様子がおかしいとルベルブルーメが止める。

 人の気配がしない。

 

「物音がしない……というか、車が置いてあるのに人が乗っていた感じがしないんだよ」

 

 変身術の認識阻害によって誘拐した人の存在は消失している……が、誘拐されたという事実は消えてないためにどこの何によって誘拐された?というパラドックスが生じる。

 どこの何に誘拐された?かなが怪しんでいたことをようやく頭に入れる。

 

「まさか田中さんがマジアベーゼの姿で行けっていったのそういうこと……?うてな、気をつけなよ」

 

「う、うん……危ないと思ったらなぎさ姉ちゃんに頼るから、じゃあ行ってくる」

 

 そしてシャッターが開かれて……ここにきて本格的に初めてマジアベーゼと柊ほむらが対峙する、やはりほむらは自身の姿を見て怯えているのだろうか?いや、怖い気持ちを押し殺して必死にこちらを見ている。

 末っ子がここまで勇気を見せている、姉として安心させなくてはならない。

 田中には悪いが、変身を解いて柊うてなとして接しようとした。

 ほむらが手を伸ばしてくる。

 

「ほむら……」

 

「おっと危ない」

 

 が、それをヴェナリータが耳を引っ張って手が離れる。

 

「ヴェナリータさん!?なんでここに……というかなんで止めたんですか!?」

 

「これは本当に君の身を案じた結果だよ、ボクが止めなかったらよくて虫けらになってたんじゃないかな」

 

「くっ……運がいい方です……けど、どんなものを差し向けてきても私は生きて帰るのです、確かエノルミータでしたか?完璧な変身術を使える私は柊家の至宝とも言える存在!」

 

「えっ……完璧な……変身術?何を言って」

 

「後2人……後ろにいるのもわかっています、悪の組織さん……わたしは魔法少女ではないけど、あの子たちが大好きな英雄であり、その幸せを身を持って受け入れるもの!捨てたその名前は……柊まどか!!」

 

「えっ……ええ?」

 

 その言葉を聞いてマジアベーゼ……いや、柊うてなは硬直する。

 記憶にひっかかる違和感……この名前を知っている気がする、そしてほむら……?いや、柊まどかは自分だと気付いていない、マジアベーゼのことをずっとほむらに隠し続けてエノルミータのことも共有されなかったことで、彼女だけが何も分かっていない状況が出来た。

 そのために秘密がさらけ出された……何かおかしいと思いたい。

 だが、田中から『変身術を使用した人間の腐臭』については聞いている……ほむらからは、とてつもない異臭を発している。

 

(……姉さん達に、誰にも言えない隠し事をしていたのは私だけじゃなかった?ほむらも?いや……そもそも、柊まどかって確か……)

 

「嘘……でしょ?」

 

 居ても立ってもいられないうてなの後ろ……これが真実なら、自分だけの問題じゃないからだ……そう、感情が抑えきれないのはアンチマスコット、柊なぎさも同じ。

 そしてなぎさは……ヴェナリータと同じ顔のマスクを被っているだけで認識阻害はない、見ればわかる……ほむらにも、まどかにも。

 

「えっ……」

 

「ほら、私だよ……そしてさ、こいつはずっと気を使って隠してたんだけど、マジアベーゼ……本名は柊うてな」

 

「え!?う、うてな……姉さま!?」

 

「今更姉さまとか言うなよ気色悪い!!」

 

「お、教えてなぎさ姉ちゃん……柊まどかって、誰だっけ……?」

 

「無理もないさ、まだ赤ん坊の頃だもんな……変身を解け、

 

 

 

 柊まどかは……私たちのママの名前だよ」

 

 

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