「ぃ、あぅ……………」
痛い。頭が痛い。あの時の記憶が蘇ってきて割れるように痛い。背中が痛い。噴水に叩きつけられて変になった背骨が痛い。柄を持つ指が痛い。防御の時に柄ごと蹴られて明後日の方向に曲がってる指が痛い。肩が痛い。折れた刃物の一部が肩に突き刺さって痛い。
ああ、痛い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
意識が、飛びそう。
いっそこのまま意識を飛ばした方が楽になるんだろう。死ぬ可能性もあるけど本音はどうでもいい。もう、喪うものなんて何もない。私が死んだって誰も悲しまないし私も悲しくない。
やっと楽になれる。辛くなくなる。
なのに……………
「橘さん……………ッ!!」
「バカ行くな耳郎!お前まで……!」
「いやっ、放して!ツルギっ!!」
「ダメっ!行っちゃダメよ緑谷ちゃん!」
そんな顔しないでください八百万さん。貴女が剣を作ってくれたからここまでやれたんです、もう十分与えてもらいましたよ?上鳴君もありがとう。泣かなくていいですよ、私が死んだって私が死ぬだけですから。耳郎さんもいいですよ。あなたみたいな優しい人私は知りません。心配してもらう価値なんて私にありませんから。緑谷さんだって来たら死にますよ?私なんかに命賭けないでくださいよ。
ホントさ、耳郎さんも緑谷さんも来ないでくださいよ。そんなバカみたいに必死に走らないでください、泣かなくていいですから。私が一人死ぬだけじゃないですか。
もう、本当にやめてください。
そんな悲しそうな顔、痛々しい表情をやめてください。
──────そんなの見たら死んでも死にきれないじゃないですか。
「ふっ、くぅ……………!」
全身が軋む音を聞きながら立つ。
八百万さんが『創造』してくださった剣はもうとっくに折れているが剣ではある。もうほとんど役に立たなくなった右手でそれを握れば私の個性が働く。全身の激痛を個性で誤魔化してまだ無事の左腕を支えにして立つと
「……どう、しました?僭越ながら、痛みには……慣れておりまして。私はまだ…死んで、いませんよ?」
その瞬間、周りに一瞬の静寂が訪れた。
私が絶え絶えの言葉を紡いで、血を流しながら立ったことに驚いているのであろうクラスメイト。殺したと思っていた子供がまだ生きていたことを本能で感じ取った黒い怪物。私を殺そうと近づいてきていた手だらけ
全員の注目が私に集まる。
「………みなさんは、私の友人です。初めての友人、なんです。」
あの日、燃え盛る家で私は全てを失くした。元々失くすようなものはほとんど無かったけれどそれでも大切な宝物は少なからずあった。守りたかった、何よりも捨てがたかったものを全部、全部目の前で奪われた。
あの日、あと少し早く“個性”を使うことができていたら。一秒でも早く剣を握っていれば。私が恐怖で泣き叫ぶことなく戦うことができていたら。
兄さんは殺されなかったんじゃないだろうか。
「……こんな私を、友人だと。…………耳郎さんは言ってくれたのです」
そんな後悔が私の胸を切り刻み続けていた。
毎日の様に殴られて蹴られて、飢える日々。痛くて、苦しくて、辛くて、死んでしまいたくて。それでも死ぬわけにはいかなくて。生きたくなくて、毎晩声を殺して泣いた。朝起きたら隣にいた子が死んでいたこともたくさんある。
あまりにちっぽけでくだらない理由。大した意思も覚悟もない私を耳郎さんは、みなさんは友人と認めてくださった。責められたって、軽蔑されたって文句も言えない私を当たり前のように認めてくださった。
まだ言う勇気はないけれど、
みなさんならきっと私を蔑むことなんてない。
そんなかけがえのない友人なのだ。
だから、だから……………!
「みなさんを、私の友人を殺そうと言うのなら!まず私を殺しなさい!この矮小な命を賭けて、友を守る盾となろうではありませんか!」
もう、あんな後悔したくない。
目の前で失いたくない。
大切だから。もう、みんな
「脳無!そのガキ嬲り殺せ!今すぐだ!」
幸運なことに私の安い挑発に
「っ、来なさい………!」
声にならない雄叫びをあげながらもの凄い速度で私へと猛進する化け物。“個性”の出力はさっきまでの五分の一もない。あの速度のまま、私の身体より太い腕から放たれる殴打を受けたら今度こそ死ぬかもしれない。
数年振りの死の恐怖から声が震えて足がすくむ。
でも、それで良い。私の命程度でみなさんを助けることができるのなら御の字だ。他の誰かのために自分の為すべきことをする、それがヒーローだって教わったから。
今までろくな人生じゃなかった。大切な人を殺されて、誰かも知らない一緒にいた子供を殺されて、自分だって何度も何度も殺されかけた。胸を張って幸せだと言える日なんて結局最期まで来なかった。
───だから、これで良いんだ。
「逃げてツルギ!ツルギっっ!!!」
最期の最後で大切なものを守れた気がする。初めての友人、その盾になることができたのなら、まだマシな人生だったって思える。久しぶりに心から笑える。
そんな気がした。
× × ×
《耳郎響香side》
「………
初めてのヒーロー基礎学、および戦闘訓練。そのくじ引きでウチとペアになった彼女は、ウチが名前を聞くと小さな声でそう言った。
ヒーローというよりは和装のサムライに近いコスチュームに加えて腰にかけた一本の木刀。腰のあたりまでスラリと伸びた朱い髪。そして轟と共にクラスの一二を争う顔面偏差値。
(ヤバい、全然釣り合ってないじゃん………!)
彼女には悪いが開始早々自分のくじ運を後悔した。ぶっちゃけウチは自分に自信がある方ではない、むしろない方だ。身体も子供っぽいし全体的に女子っぽくないことを気にしてる。
それに比べてなんだこの子は?顔が良すぎるしコスチュームも死ぬほど似合ってて大人びてる。入学したときから喋る姿を見たことない絶対的クールキャラ。
そして
(ダメだ、なんか全てにおいてこの子に大差で負けてる気がする……)
見た目も身体も負けてる。流石天下の雄英高校。
集まる生徒も超一流というわけだ。
「……………あの?」
「ああ、ごめん!ウチは耳郎響香。よろしく」
「……よろしく、お願いします」
困惑するようにこちらを見つめるツルギに焦って返事をすると辿々しくそう返してくる。
ツルギはとても不思議な雰囲気を纏っていた。ぱっと見だといかにもエリートコースのヒーロー科生徒だけど触れるとすぐに消えてしまいそうな感じがする。
本音を言うとやりにくいペアだった。
「……えっと、ウチの個性は『イヤホンジャック』。この耳たぶから小さい音も聞き取れて一応音波で攻撃もできる。探知系の“個性”だと思ってくれると助かる」
「………私は、『剣聖』です。剣や刀みたいな武器を握ると身体能力が上がります。あと─────」
「その状況の戦闘面においての
………何そのチート個性?
静寂が気まずくて私の個性の説明をすると返ってきたのはプロ顔負けの強個性。名前もめちゃくちゃカッコよくて強そうだし、内容も本当なら最強クラスだろう。
「そ、そう。なら直接戦闘は任せていい?ウチが索敵してそれをツルギが倒す。そっちの方が合理的じゃない?」
「………分かり、ました」
「じゃ、行こうか」
そんなザックリした作戦で良いものかと内心思いながらも中々に喋ろうとしないツルギを相手に一方的に喋るのもどうかと思い、ウチは演習会場へ歩き出した。
「じゃあ入るよ、ウチが索敵してるからついてきて」
「……は、はい」
ウチらはヒーローサイド。常闇、蛙吹が守る核兵器を回収する側だ。探知は得意だから回収するのは問題ない。障壁は常闇と蛙水のペアをどう突破するか。
昨日の身体測定を見た感じ蛙吹ならまだしもあの黒い影のようなものを扱う常闇とウチとでは分が悪い。だからそこはツルギに任せることになるのだが大丈夫だろうか?
「……音聞いた感じ三階から足音する。多分そこでどっちかが核守ってる。そこ目指すでいい?」
「………はい」
あくまで訓練用の木刀を片手にウチの後ろに張り付いているツルギ。まるで親鳥と雛鳥だ。私の指示に従うだけで一言も喋らなければ刀で構えをとることもない。ただ歩くだけ。
そんな人形みたいな様子が胸を駆り立てる。
(不安だな……これ本当に大丈夫─────)
無駄な思考だった。故に判断が遅れた。
「ッ!どっちか来てる!準備し───」
「遅い!」
失敗した。音を聞くことだけに固執しすぎていた。足音でウチにバレるなら歩かなければ良い、ウチたちが寄ってくるのを待てば良い。そんな単純な話だ。
常闇が角待ちしていたのだ。ウチらが攻めるサイドだから動かないといけないのは当然こちら側。なら階段の近くで待っているだけでチェックメイトだ。
(くそっ、やられる…………っ!)
ウチが音波を出すよりも先に常闇の影の攻撃が来る。不意打ちを受けて体勢が整っていない分防御はお粗末。自分の油断とツルギへの不信頼が招いたどうしようもない詰みだった。
結局足を引っ張ってしまったと心の中で自嘲した。後でツルギには謝ろう、そんな風に半分諦めながらウチは痛みに備えて目を瞑ろうとして───
「………やらせません」
木刀で攻撃を弾いたツルギに腰を抜かした。
× × ×
《常闇踏影side》
「………やらせません」
(何と言うスピード………!)
やれた自信はあった。耳郎の優れた聴覚を逆手にとった蛙吹考案の必殺の奇襲。
それを橘は完璧に防いで見せた。
耳郎を庇いつつ奇襲に反応した反射神経、そこに木刀を合わせる動体視力、そして
俺はそこでようやく理解した。昨日から轟や爆豪、八百万が派手さに呑まれていただけであり、相手はもしかするとこの日本最高峰のヒーロー育成機関のクラスのトップに居座る存在であるやもしれんことを。
「今度は……こちらから、行かせてもらいます」
小さな声で、されど確かな覇気のこもった声で橘をそう言いながら構えをとった。
腰を低く落とし、木刀を腰の近くに携える。
俗に言う“居合”の構えだ。
橘の“個性”は未知数だが相当な手練れであることは違いない。攻撃の際に伸ばした
「……………は?」
ただただ戦慄した。何かが爆発したような音が響いたと思うとツルギが先ほどまでいた場所から消えて尻餅をつく耳郎だけが残っていた。では当のツルギはどこか?
簡単だ、俺の目の前だ。
ツルギは疾風の如き速さで移動して
あの爆発のような音は彼女の踏み込みの際の衝撃。よく見るとコンクリにヒビが入っている、それほどの恐るべき脚力。それに加えてあの速度で振り切ることなく俺の首のすぐ近くで木刀を寸止めする微細な調整。
本能で感じ取った。こいつは、
「くっ……………!」
咄嗟に後ろに跳び距離を取る。幸いダメージはない。ツルギなりの警告か、はたまた煽りか分かりはしないがこいつは俺を相手に手加減をしたのだ。
「寸止めとは、舐められたものだな………!」
確かにタイマンならツルギの圧勝だった。だが、そこまで舐められてタダでやられてなるものか。一度蛙吹の元まで戻って二対二の盤面に変える。そこから耳郎を先にやればまだ勝機はある。
ここは一旦引く。
距離のある耳郎は問題ないがここまで接近を許してしまったツルギが厄介だ。彼女の動きに細心の注意を払いつつ撤退を───
「………………橘?」
俺はその時ようやく気づいた。橘の様子がおかしいことに。俺の動きにも、言葉にも何も反応していない。身じろぎひとつしないのだ。
ふと見えたその顔は真っ青で瞳が揺れていた。
まるで何かに怯えているように。
「ちょっ!?ツルギ!ねえ!?」
事態に気づいた耳郎がこちらへ来ようと立ったのとほとんど同時に橘はその場に崩れ落ちた。その姿はまるで糸の切れた操り人形のようで、本当に死んだようだった。
「ツルギ!大丈夫!?常闇なんかしたの!?」
「俺は何もしてない、橘が急に倒れて……!耳郎、こいつこんな酷い顔色だったか………!?」
「いや、さっきまでは何ともなかった。少なくともあんたの攻撃からウチを庇う余裕はあったはず」
「ケロッ、何があったの二人とも?」
授業中であることも忘れて全員がこの場に集まった。俺たちが目指すのはヒーローだ、蛙吹も耳郎も倒れたクラスメイトを置いて訓練などできないだろう。
「橘!しっかりしろ、橘っ!!」
俺の呼びかけに返事はない。滝のように脂汗を流す橘を抱えながら俺たちはオールマイトの元へ戻り、今日の演習が終了した。
十秒足らずの出来事。
完璧な形の奇襲を防いだ剣術と腕力、あの一瞬で俺を仕留められる距離にまで詰めた脚力、そして倒れたと思ったら涙目で苦しそうに息をする橘の横顔。
言いようのない、不気味な衝撃が残り続けていた。
× × ×
《耳郎響香side》
「あっツルギ!体調大丈夫?」
「っ、耳郎さん………」
クラスで反省会をしているとボロボロの緑谷と共にツルギ教室に帰ってきた。助けてもらったことやあんなに酷い顔色だったこともあり、話をしたかった。
だから教室に帰ってきた彼女にすぐに話しかけた。
「申し訳ありませんでした………!」
「ちょっ!?」
そしたら目を合わせた瞬間土下座された。
うん、何で?
「私が
「た、橘さん!?急にどうしたの!?」
「良いってそこまでしなくても!ウチ別に気にしてないから土下座なんかしなくても別に………!」
「で、ですが……………!」
あまりに綺麗すぎて手慣れていると錯覚するほど綺麗な土下座に隣にいた緑谷も引いてるしウチも若干引いてる。とはいえこのままだと絵面がヤバすぎるので二人で止める。
緑谷と騒ぎを聞きつけた梅雨ちゃんと常闇と共に三十秒くらい説得するとようやく土下座をやめてくれた。
「すみません。先ほどから本当にご迷惑を………私の中ではこういう時は土下座だとばかりに……」
「何回も言うけど別に気にしないで良いわよ、ツルギちゃんの急な土下座はびっくりしたけど」
梅雨ちゃんが慰められながらツルギは半泣きになって申し訳なさそうにしていた。それを見ていると何だかツルギの印象が変わってくる。
昨日初めて見た時の第一印象はクールな美少女キャラだったけど今の彼女の様子はドジっ子ポンコツキャラだ。個性は凄いけど中身はしっかり女子高生なんだなと少し安心した。
あんな風に思ってたことが申し訳ないが、今度こそちゃんとお話をしよう。そう思った。
× × ×
「あの時はありがとねツルギ。あんたが居なかったらウチ常闇にやられてたよ」
「そんなことは……ただ個性で」
「それでもだよ、ありがとう」
「……………はい」
反省会を終えて帰宅の準備をしているツルギを捕まえて感謝を伝えると彼女は恥ずかしそうに頷いた。
「じゃ帰るね、また明日!」
お礼は伝えることができた。
ツルギの様子からしてただの謙遜ではなく何らかの理由で自分に自信がないのだろうけどウチの感謝が少しでも伝わってそれがツルギの自信に繋がってくれたらいい。
ウチも明日の準備がある、もう帰ろう。
「………一つ、質問をしていいでしょうか」
「え、良いけど何?」
踵を返して帰ろうとするウチをツルギは呼び止めてきた。彼女が自分から話してるのは初めてだったので無視するわけにもいかなかったし、その質問に何故か強く惹かれた。
足を止めて彼女の顔を見る。
その顔は今日の訓練で倒れた時みたいに少し生気が抜けていて、白い肌がまた青くなっていた。
「なん、で……何で耳郎さんは………いや、何でみなさんは私にここまで良くしてくれるのですか?」
ツルギの抱えている闇を突きつけられた気がした。
分からない、心底理解できないとでも言うようにツルギはウチに尋ねてきた。ガタガタと震えながら、得体の知れない恐怖に怯えながらウチを見つめていた。
「え……………」
何なのだろう、その質問は。
ツルギがウチに怯えているわけではないしウチに敵意があることでもないことは何となく分かる。なのにツルギは私ではない何かを酷く怖がっていて、震えながらそんな質問をしたのだ。
「……私には、バカな私には分かりません。………私にそんなことして、何か利益が……みなさんに、あるのですか?何のために、みなさんは私に親身になってくれているのですか?」
「そ、それは………えっと……」
考えろ、考えろ、考えろ。
多分これ相当ツルギは思い悩んでいる問いかけだ。ちゃんとした答えを出さないと取り返しにつかないことになるかもしれない。そんな気がする。
でも、そんな
哲学かと思えるほど難しい問い。答えが出ない。
「………本当にすみません、また迷惑でしたよね。…………今の質問は忘れてください。」
ツルギのその姿にウチは息を呑んだ。
また眉を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべてツルギは頭を下げる。その作り笑いだと一目で分かる笑みが、ハリボテの虚飾が痛々しくて見ていられなかった。
今にも泣きそうなその顔が、ツギハギになって壊れたものを無理矢理繋ぎ止めたその表情が。
そしてウチの身体は
「
「じ、耳郎さん………?」
勝手に身体が走り出していて、教室から出ようとしていたツルギの震える手を乱暴に握っていた。自分でも驚くくらいの大声で叫んでしまっていた。
ツルギが涙目で困惑しているというのに、気にせずウチの口は好き勝手に捲し立てていく。
「アンタは!ツルギはあの時ウチを助けてくれたでしょ!?だからツルギとちゃんと関わって、アンタのこと知りたいって思ったの!みんなだってツルギのことまだ何も知らないから、知ろうとしてるの!」
「利益!?何のため!?知るかよそんなこと!親身になるなんて当然じゃん、仲良くなろうとするのなんて当たり前に決まってるじゃん!」
「ツルギは!
舌が勝手に動いてた。
腕が勝手にツルギを抱きしめていた。
自分だけで何か大きな闇を背負おうとしてるその態度が、何もかもを諦めてしまっているような表情が無性にイラついて。まだ十代で華の女子高生のツルギをここまで追い詰めた何かが許せなくて。
何よりそんなツルギが可哀想でしかなくて。
───ただただツルギを助けてあげたかった。
「あ、あの……苦しい、です……」
「っ!ごめんごめん!急にごめん……っ!!」
優しく、割れ物を扱うような手つきでウチの背中を軽く叩くツルギ。その声と背中が受けた小さな衝撃によってウチは冷静さを取り戻し、ようやく自分のしていることを冷静に見ることができた。
(な、何やってんのよウチは〜〜!!!)
客観的に見てとんでもなく恥ずかしいことをしていた。
急にヒスみたいに大きな声を出して、手をとったと思えば抱きついて、おまけに勝手な友達宣言。仮にウチがされたらした相手にドン引きしてるに違いない。
少なくともツルギは求めていたものはそんなんじゃなかった。もっとなんかこう……複雑で倫理的な───
「耳郎さん」
あまりの羞恥心に俯くことしかできなくなった私にかけられる声。もちろんツルギだ。何と言われるかとビクビクしながら恐る恐る顔を上げる。
するとそこには顔をぐちゃぐちゃに歪まして、しとどに涙を流すツルギがいた。でもそこにはさっきまでの不安や怯えの色はなく、大きな目を更に大きく見開いた驚きの表情が浮かんでいた。
「───今の、お言葉。本当ですか?」
「え、ウチなんか言ったっけ………」
恥ずかしさで自分の発言を覚えていない。
どうしよう、何かとても失礼なことを言ってしまったのだろうか。確かツルギのことをもっと知りたいと言って、ウチらが何かメリットを求めてツルギと関わってるとでも言いたげな発言を怒って抱きしめた。そしてその後は───
「と、友達………?」
「………はい」
「ホントだよ、そんな嘘つく必要あるの?」
「っ〜〜〜〜〜!!!」
「な、泣くなよ!何でこんなんで……!」
私がそう言うと、声も身体も震わせてツルギはまた泣き出してしまう。嗚咽すら漏らし始めて、いよいよ収拾がつかなくなりそうになりながらもハンカチで涙を拭ってあげた。
すみません、と何度も繰り返しながら泣き続けるツルギ。そこには昨日までのクールなポーカーフェイスはどこにもなくて、ただの泣いてる女の子だった。
「さっきも言ったけどみんなもきっと同じだと思う。もうウチらクラスメイトなんだから友達でしょ?」
「………そうなん、でしょうか」
「そうに決まってるよ、少なくともウチの中ではもうツルギはとっくに友達の一人だし」
「……………はい」
ウチだって相当恥ずかしく思いながらもそれ以上に恥ずかしそうにしてるツルギを見ながらポツポツと喋る。ツルギの頬は泣き腫らした瞳以上に真っ赤になっている。
「さ、もうウチは帰るね。ごめんね長々喋って」
「いえ…私は、大丈夫です……」
結局、最後まで説教してるみたいな形になってしまったけど。思ってることをちゃんと伝えられているかは分からないけれど。言いたいことはちゃんと言えた。
明日からはツルギともちゃんと話すようにしよう。
今日の様子からして自分から話しかけるのが苦手なだけで喋ること自体は嫌いじゃないはず。芦戸や葉隠みたいにウチよりもコミュ力の高い子と話せたらツルギにとってもっと良いだろう。
そんなことをぼんやり考えながら廊下に出ようとする。
「じゃ、また明日ね」
「………………」
「ツルギ?」
挨拶の返事もせず押し黙るツルギ。
黙って、俯いて。そして─────
「……ありがとう、ございます。耳郎さん」
今日何度もしていたように、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして。でも、とても嬉しそうに
そこに作り笑いの影は全くなくて、本心からの笑みだと分かるぐらいの明るさがそこにはあった。
「…………う、うん」
「……また明日、です。耳郎さん」
「ん、バイバイツルギ」
バグってショートした頭を必死に動かしてどうにか声を絞り出すとツルギはまた笑顔で頷いた。それに逃げそうになりながら必死に堪え、改めて挨拶をして教室を出た。
(は、破壊力ヤバぁ…………!)
まあ見事なカウンターを食らった。顔を真っ赤にしているツルギを心のどこかでいじらしくと思っていたらあんな美少女の儚げな笑顔をぶちかまされた。普段が無表情な分、威力が段違いすぎて一撃ノックアウトされてしまった。
熱くて沸騰しそうなほど赤くなった顔を見られたくなくて、逃げるような早歩きで廊下を歩く。
『ありがとう、ございます。耳郎さん』
ツルギの笑みが頭の中を反芻する。
昨日からずっと喋らずに一人でいて、今日はずっと暗い顔ばかりしていたツルギの初めての笑顔。クラス一の美少女がウチだけに見せてくれた、たおやかな涙ながらの笑顔。
心臓の鼓動がおさまらない。
(………まあ、悪い気はしない…かも)
何だ、ちゃんと笑えるじゃん。人形みたいな表情だけじゃなくてちゃんと人らしい笑顔もできるじゃん。
恥ずかしさもあるけれど、それ以上に安心感と嬉しさが心を満たしていた。ちゃんとツルギも一人の人間なんだ、高嶺の花なんかじゃなくて同じクラスの女子高生なんだって。
明日は二人だけじゃなくてクラスのみんなとも話そう。自分のこともツルギのこともちゃんと話をして、知ってもらう。今日自分がツルギに言ったみたいに。
そんな風に思いながら私は早足で学校を出た。
そして数日後、ツルギは
意識不明の重体となる大怪我を負った。
× × ×
橘剣《たちばなつるぎ》
・個性“剣聖”
剣や刀などの刃物を握ると身体能力が大きく上昇する。持っている武器の精巧さや刃の鋭さ、硬さといった武器の性能に比例して身体能力の上昇量も大きくなる。また戦闘時において、斬りたいと考えた相手やものを確実に斬るための最良の動きが分かるようになる力もある。
・雄英高校に在籍する高校一年生の女子生徒。朱色の髪はよく整えられており、背中を覆い隠すように腰のあたりまで伸びていている。コスチュームは兄の生きている頃の姿をモチーフにしている。現在は高校の近くのアパートで一人暮らしをしている。
・個性が発現した頃から約一年の間虐待を受けた過去があり、十年前に両親と兄を殺されている。そこから約五年間、個性研究に関する人体実験を受けていた。
耳郎響香《じろうきょうか》
・ツルギの初めての友達。ヒーローとして優秀であるのに謝ってばかりのツルギに自覚をしていない苛立ちを感じていた。何かとツルギと話していた結果、少し仲良くなった。