ディストピア世界にTS転生したので、尻軽商人として生きていくドM   作:聖成 家康

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一話 お札は価値が無くなればティッシュ代わりに使えるよ

 

「ウチの商品を見ていくかな。安心しなよ。これを買ったからってキミたちは誰かにつけられるわけでも、住処を燃やされるわけでもないさ」

 

 廃れた世界《アウトランド》。緑豊かな世界がかつては広がっていたとされるそこでは、今や時空の歪みの先から現れた機械兵器や、凶暴化したモンスターによる脅威が蔓延する。

 そんな世界で、そんな文言とともに武器を売りつける人間がいた。

 

 旧ギルド前哨基地跡。大昔、ゴブリンやオークといったモンスターから付近の町を護るために作られた。地面に埋め込まれる形で形成される簡易的な防衛施設である。

 今やその影も形もなく、外の世界に生きる者たちの生活の場となっていた。

 

「あんたが例の商人か……はぁ」

 

 居住区の責任者である男は、やつれた顔をさらに沈めながら大きなため息をついた。

 見たところ、基地内部にはボロボロのマットレスが並べられ、そこに四、五人が寝泊まりしているようだ。皆揃ってやつれており、身なりも酷い。

 

 対して、その商人の女は不気味だった。

 煉獄色の長い髪に、艶やかな白い肌、質感の良い黒のロングコートといった《アウトランド》で生きているにしてはやけに整った身なり。

 

 彼ーー違う、彼女の名前はアルモンド・アサルト。

 前世の記憶を持つ、愉快な商人である。

 

「ほう……その反応、私は相当な有名人というわけですね」

「アルモンド・アサルト、悪い意味で有名だ。あんた、要塞都市の人間だろう? こんな奴らにモノを売って金儲けとは趣味が悪すぎやしないか。俺達はもうしばらく食えてない。水だけの生活だ。それもいつまで続くか」

 

 男は横たわる仲間たちを横目に彼女を追い返そうとする。仲間たちの傍らには、薄汚れたマグカップが散乱している。水の供給源は不明だが、この様子だと限界は近いと見て取れるし、食料の気配は一切なかった。

 

 彼らが過ごす《アウトランド》が外の世界と言われるのは、主にドーム状のバリアにより護られた要塞都市の影響だ。《アウトランド》で頻発する時空異常災害《エンプティア》の脅威に怯えながら過ごす彼らと違い、要塞都市では秩序が保たれ、多くの者が恵まれた生活を送っている。

 

「私は別に金は取っていない。君たちが要塞都市の通貨など持ち合わせていると思っていないし」

「……? 意味がわからない」

 

 商人にあるまじき発言に首を傾げる男の前で、彼女はとある物体を見せつけた。

 それは、この世界でも有数の煌めきを放つ銀色の金属。棒状の形をしていた。

 

「これはかつてギルドや工房の間で大量生産されていた魔力精製金属 ミスリルだ。私はこれを「グリップ」と呼んでいる。どういうわけか、精製直後のミスリルは棒状らしい……まぁ、そこは関係なくてだね」

 

 くるりとミスリルを一回転させながら、彼女はそれを手のひらの中に納めた。

 

「私は()()()()()()()()()()。無論、この《アウトランド》での話だが」

「……馬鹿げた話だな。仮に俺がそれを受け入れたとする。お前が他の誰にも相手にされなかったら、それはただの棒切れだぞ?」

 

 男は彼女を嘲笑う。彼の意見はもっとも。通貨は、その社会に属する者達にとって価値があるものでなければ意味がない。実際、外の世界でかつて流通していたゴールドは今や何の価値もない金に過ぎない。

 

 アルモンドはにや、と笑う。その発言を予期していたかのようだ。

 

「考えてもみなよ。こいつはリヴァイヴ財団に何の興味も示されてはいないし、天文学的な数ではあるが有限、かつこれを作れる魔法使いはもう絶滅したゆえ偽造もされない……要塞都市の「イートゥ」よりかはよっぽど良いと、前に訪れた集落の人たちは口を揃えて言っていた」

 

 半ば聞く気の無かった男だったが、彼女の最後の言葉を聞いて目を丸くする。

 

「……他では流通してるのか?」

「あぁ。噂になっているそうだから、結構な数の人にこの話をしたかな」

「……」

 

 男は血相を変えて、覚束ない足取りである部屋に向かった。不思議に思い、アルモンドは彼の後を追う。

 

 異様な匂いが充満する部屋。見た目からして倉庫だろうか。にしては、空き缶や鉄の箱、玩具や工具といった要らぬものまで収集しているような気がする。

 

 その中に、棒状の鉄が大量に積み上げられた一画が存在した。それは全て、彼女が「グリップ」と呼ぶ物だ。加工直後のミスリルを、彼らは大量に保管していたのだ。いや、彼らに保管していたという認識はおそらくない。ミスリルは生半可な処分が通用しない。いくら邪魔でも保管しておくくらいしかできなかったのだろう。

 

「こ、これだけ、これだけある……! 」

 

 男は山の中からいくつかすくい上げて、縋るように彼女の前で跪いた。

 アルモンドは彼の掌から零れ落ちた物を拾い上げ、不敵な笑みを綻ばせながら、同じように膝をついた。

 

「良質なグリップだ。これだけあれば、しばらく食べるものには困らないだろう」

「ほ、本当なんだな……!? あんたを、あんたを信じていいんだな!?」

「少なくとも、私との取引ではな」

 

 男は涙を浮かべながら、彼女との取引に入る。

 彼が購入したのは数日分の食料と新鮮な水。そのいずれも、決して要塞都市から持ってきたものではない。この《アウトランド》で手に入る植物と水だ。

 

 購入してからすぐ、男によって分配されて、皆一心不乱に食いついていた。飢餓直前の人間というのは判断力が衰えやすい。あっという間に平らげてしまわないか不安になるほどだ。

 

「ありがとう……! あんたのおかげで飢え死にせずにすんだ」

「礼はいらない。代わりに私の細やかな願いを聞いてもらいたい」

 

 アルモンドは彼らの元を去る直前、置土産と言わんばかりに一つの提案を残す。

 

「商売仲間が欲しくてね。検討してもらえると助かる」

 

 

 ◇

 

 

 

 アルモンド・アサルトは転生者である。

 前世では、何かと幸が薄い男であり色々な不運に見舞われることが多かった記憶がある。

 前世は男、今では女。見事に性転換を果たしているわけだが、成長するにつれてすっかり男としての振る舞いは消えていった。

 前世の物で残っているものといえば記憶とーー。

 

 

「あぁ! そうそう! この感覚……! 私は今、この崩壊世界であらゆる陣営に愛想を振りまいている……! いつ、どの陣営を裏切ってしまうかわからないこの緊迫感……たまらない……! このスリル……!」

 

 超キモイドMな感性くらいである。

 しかも、殴る蹴る、縛る炙るといった物理的なものにはあまり興奮せず、こういうスリルや緊迫感が興奮に変換される欠陥品としか思えない感性だ。

 

 

 前哨基地を出て、整備されていないボロボロの道を歩きながら、アルモンドは自分の身に降りかかる(かもしれない)悲劇を妄想して、現状の自分に大満足していた。

 

 《アウトランド》特有の黄土色の芝生と、それを目立たせない荒れ果てた土壌。

 この景色は、主に《エンプティア》によって向こう側からやってきた機械兵器たちが原因だ。奴らの機体から排出される物質は大気を汚染し、生物たちを変貌させた。少なくとも五十年以上は経過している。人間以外の生物は早くもその物質に適応してしまった。今では大気汚染は改善された地域もあるが、それは単にどこかに流れただけであり、酷い地域は専用の装備が必要になる。

 

「この崩壊世界側という大きな陣営を維持するには、新たな文明の構築が不可欠……まだ通貨という概念を作ったばかりだ。先は長い」

 

 ブツブツ独り言を言う彼女に、黒い影が忍び寄る。

 

 岩陰から飛び出たのは、一体のモンスター。

 足元の岩と何ら変わりない鋼色の皮。強靭な四肢。おぞましい牙と可愛らしい耳を持つ頭部は、あろうことか二つ存在している。

 

 アルモンドを奴の凶牙が貫こうとした瞬間の出来事だった。

 

 鈍い発砲音。空気を粉々に砕くかのような鼓膜に響く音が、ゆっくりと鳴り響いた。

 モンスターの頭部は、二つともいいようにえぐり取られたような穴が出来上がっており、肉片と血液が鮮やかな色彩に乏しい世界に彩りをもたらしていた。

 

 モンスターの亡骸が転がる。

 

 奴に一瞥すらしないアルモンドの手には、一丁の銃が握られていた。

 黒光りする銃身と煙を昇らせる二対の大きな銃口を携えたショットガン。《ツヴァイファング》と呼ばれる彼女の愛用武器かつ立派な商品である。

 

「あまり長居はできないな。怪我をしてしまう」

 

 ドMにあるまじき発言を残し、彼女は今日の仕事を終えて、要塞都市に帰ることに決めた。

 

 

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