レイナ「――来るわよ! 散りなさいッ!」
八坂が扇を振り抜くと、極大の妖力波が黄金の奔流となって押し寄せる。
レイナ「九羅真、障壁だ! 連、火力を一点に集中させろ!」
レイナの的確な指示が飛ぶ。九羅真が幾重にも妖力の結界を張り、その隙間から連が『煉獄の変幻壊槌』を最大出力で振り抜いた。
連「させるかよっ! オラァッ!!」
前世の修羅場で培った「呼吸の隙」を見極める勘。連は八坂の攻撃の継ぎ目を見逃さず、極焔の推進力で一気に懐へ肉薄した。狙うは得物である扇の要。
だが、連が勝利を確信し、剣を叩き込もうとしたその瞬間――
「呪い」が空気を読まずに最悪の牙を剥いた。
連「な……っ!? 今度は足が攣(つ)っ――!?」
不自然なまでに完璧なタイミングで、連の足が小石に乗り、身体が猛スピードのまま「前のめり」に倒れ込む。
レイナ「えっ? ちょっと、連!?」
九羅真「なっ、貴様またかっ!?」
レイナと九羅真の絶叫。
連の身体は、攻撃を防ごうと身構えていた八坂の懐へ、まるで磁石に吸い寄せられるように、かつてない勢いで突っ込んだ。
八坂「あら? ……あらららっ!?」
流石の八坂も、殺気ではなく「ドジっ子」のような無防備な突進には対応が遅れた。
連の頭が八坂の柔らかな腹部にダイブし、その勢いで彼女の扇を弾き飛ばす。そこまでは良かったが、呪いの補正は止まらない。
連の身体は、攻撃を防ごうと身構えていた八坂の懐へ、まるで磁石に吸い寄せられるように、かつてない勢いで突っ込んだ。
連は倒れ込んだ衝撃で、八坂の着物の裾を豪快に引っ張ってしまった。
八坂「ひゃ、ふぁ……っ!? な、何を……っ!!」
里の総大将ともあろう八坂が、聞いたこともないような可愛らしい声を上げ、顔を真っ赤にして硬直する。
連「……あ、終わった」
レイナが天を仰ぎ、眼鏡を外して目を覆った。
九羅真「連んんんんん! 貴様ぁ! 私の母様にまで何をぉぉぉ!!」
九羅真の怒りの妖火が里を焼き尽くさんばかりに膨れ上がる。
レグニード『……ふふ。連、これはこれで「器」の証明になったのかしらね?』
脳内のレグニードだけが、どこか楽しげにクスクスと笑っていた。
里を焼き尽くさんばかりの九羅真の怒りの妖火が渦巻く中、連は八坂の着物の裾を握りしめたまま硬直していた。
だが、八坂は怒鳴ることも、ましてや吹き飛ばすこともしなかった。驚きはしたが、すぐにいつもの穏やかで妖艶な笑みを浮かべる。
八坂「こら、連さん。無体はいけませんね」
八坂は優しく、まるで迷子を諭すように連の頭を撫でた。その声には一切の怒りはなく、どこか余裕すら感じられた。
八坂「そんなに甘えたいならまた次の機会に。今は皆が見ていますからね?」
八坂は妖艶な微笑みを崩さず、静かに連の手を離させた。連は顔を真っ赤にして飛び退く。
連「な、ち、違っ……!」
レイナと九羅真は、その母性溢れる対応に呆然としていた。
八坂「ふふ、まあ良いでしょう。三人とも、見事でした」
八坂は崩れた着物を直し、優雅に扇子を広げた。
八坂「お互いの欠点を補い合い、利点を活かす。特に、あなたの咄嗟の判断力と勝負勘は目を見張るものがありましたよ、連」
八坂は連を見つめ、にこやかに微笑んだ。
八坂「――合格、です。九羅真のこと、どうかよろしくお願いしますね」
八坂はそう告げると、まだ顔を真っ赤にして固まっている連に、すぅっと音もなく歩み寄った。里の総大将としての重圧は消え、代わりに漂ってきたのは、熟れた果実のような、抗いがたい芳醇な香り。
八坂「それにしても……ふふ。連さんは、意外と積極的なのですね?」
八坂は細い指先で連の顎をクイと持ち上げると、至近距離でその瞳を覗き込んだ。
連「ひ、いや、だから今のは呪いで……!」
八坂「あら、そうなのですか? ですが、私の裾をあんなに力強く握りしめて……。本当は、何か伝えたいことがあったのではないかしら?」
八坂はわざとらしく小首を傾げると、連の耳元に口を寄せ、吐息が掛かるほどの距離で囁いた。
八坂「もし、その……『呪い』ではなく、あなたの意思だと言うのなら。次に里へ来た時は、ゆっくりとお話しを聞かせてくださいね?」
連「…………っ!!」
連は予想外の言葉に驚き、顔がさらに赤くなる。
連「は、八坂様!? 調子に乗らせないでください!」
九羅真「母様! その男をそれ以上甘やかさないで! 変な気になりますわ!」
九羅真が真っ赤になって割り込み、レイナが溜息をつきながら連を強引に引き剥がす。
レイナ「おい。いつまで突っ立ってんだ。行くぞ」
連「い、いや、俺は別に……!」
連は逃げるように里の出口へ向かって歩き出すが、背後からは八坂の「ふふふ、可愛い子」という楽しそうな笑い声がいつまでも追いかけてくるのだった。
レグニード『連、良かったわね。もう一人、あなたを気にかけてくれる人が増えそうで、私は嬉しいわ』
連「レグニードまでからかうなよ!!」
レイナ、連、九羅真。
個性豊かすぎる三人の、冥界への帰路は騒がしいものとなった。