レイナ「――ちょっ、連! またかよッ!」
冥界へと続く隠し通路を移動中、静寂を切り裂いたのはレイナの絶叫だった。
原因はやはり、連にかけられた『不可抗力の接触(ラッキースケベ)の呪い)』。
何もない平坦な道で、連の靴紐が「物理法則を無視した角度」で絡まり、隣を歩いていた九羅真を巻き込んで派手に転倒したのだ。
九羅真「な、ななな……貴様ぁ! どこを掴んでいるのだ!」
連「わ、わざとじゃねぇ! 呪いの感触が急に強くなったんだよ!」
連の手は、転んだ拍子に九羅真のふかふかな尻尾……ではなく、その下の大切な衣の帯を完璧な指捌きで解いてしまっていた。
レグニード『ふふ、連。九尾の姫君をそこまで無防備にするとは、将来が恐ろしいわね』
連「レグニード、母さん面して笑ってないで助けろよ!」
レイナ「……助けるわけないだろ。自業自得だ。死ね」
レイナが禪院真希のような冷徹なゴミを見る目で連を見下ろす中、さらなる不運が重なる。
九羅真が恥ずかしさのあまり放った無意識の妖火が、運悪く壁の「封印」を焼き切ってしまったのだ。
?『グォォォォォ……!』
連「……嘘だろ。九羅真、お前今の炎で古の亡霊騎士(デュラハン)の檻を壊しやがったぞ」
九羅真「わ、我のせいではない! 全てはこの男の破廉恥な呪いのせいだ!」
不運(トラブル)が連鎖し、解けた帯を片手で押さえる九羅真と、怒りで木刀を抜くレイナ、そして平謝りする連の前に、巨大な首なし騎士が立ちはだかる。
レイナ「……仕方ねぇ。九羅真、その格好で戦えるか?」
九羅真「できるわけなかろう! 貴様が……貴様が背負って戦え!」
連「はぁ!? お前、意外と重いんだぞ!」
連は呪いのせいで九羅真をおんぶする羽目になり、密着した彼女の体温と柔らかな感触に「呪いの追撃」を予感しながら、煉獄の変幻壊槌を起動させた。
連「レイナ! 指示をくれ! このままじゃ色んな意味で俺が死ぬ!」
レイナ「……勝手に死ねと言いたいところだが、任務失敗は癪だ。連、そのまま肉壁になれ! 九羅真、連の肩越しに最大火力を叩き込め!」
連「いくぞ、九羅真! タイミングを合わせろ!」
連は九羅真をおんぶしたまま、亡霊騎士へと突っ込んだ。九羅真は背後から連の肩越しに狙いを定め、最大の妖力を込めた妖火を構える。
レイナ「馬鹿な……そんな体勢でまともに戦えるわけが……」
レイナが呆れる中、連は叫んだ。「呪い」による不可抗力な動きを、あえて攻撃の起点にしたのだ。
連「呪いで足が勝手に動く! なら、その動きを攻撃に変えてやる!」
連の足が再び勝手に動き出し、まるで踊るように予測不能なステップを踏む。亡霊騎士は首のない頭部を傾げ、そのトリッキーな動きに対応できない。
レイナ『連、そのまま回転しろ! 遠心力で九羅真の妖火の威力を上げろ!』
レグニードの助言が飛ぶ。連は言われるがままに高速回転し、遠心力で九羅真の体を外側へ弾き飛ばすように力を加える。
九羅真「狙いは定めましたわ! いけぇぇぇぇ!」
九羅真が叫び、放たれた妖火は回転による速度と威力を増し、亡霊騎士の心臓部へと正確に命中した。
亡霊騎士は断末魔の叫びを上げ、光の粒子となって消滅した。
一方その頃、冥界の宮殿。
イザナミ様は、大きな水晶玉に映る一部始終を、楽しげに眺めていた。連が九羅真をおんぶして回転する姿、九羅真の恥ずかしそうな表情、レイナの呆れた顔。
イザナミ「ふふふ、連は本当に退屈しない子ですね」
イザナミ様は艶やかな笑みを浮かべ、水晶玉に話しかけるようにして連に語りかける。
イザナミ「連、見事な連携だったわ。あの『呪い』を逆手に取るなんて、あなたの機転にはいつも驚かされます」
イザナミ様は扇で口元を隠しながら、からかうような視線を水晶玉の向こうの連に向けた。
イザナミ「でも……九羅真ちゃんを背負った感触は、いかがでしたか? 随分と密着していたようですが?」
その言葉は連には届かないが、イザナミ様は満足げに笑みを深める。
イザナミ「ふふ、次に会う時が、ますます楽しみになってきましたね」
イザナミ様は水晶玉から目を離し、連たちが帰還するのを心待ちにしていた。
半日後、騒がしい旅路を終えた三人が冥界の宮殿の重厚な扉を開くと、そこには極上の香香と、不敵なまでに美しい微笑を湛えたイザナミ様が待ち構えていた。
レイナ「ただいま戻りました、イザナミ様。……九重九羅真を連れて参りました」
レイナが代表して跪き、連と九羅真もそれに続く。しかし、主君であるはずのイザナミ様の視線は、九羅真でもレイナでもなく、真っ直ぐに連へと注がれていた。
イザナミ「おかえりなさい、連。……ふふ、お疲れのようね? 特に『肩』のあたりが」
開口一番、イザナミ様は艶然と微笑みながら、連のすぐ傍まで音もなく歩み寄った。
連「な、何のことだよ……」
イザナミ「とぼけなくて良いのですよ。水晶玉で見ていたわ。九尾の姫君を背負い、あんなに熱烈に密着して戦うなんて……。五年前の修行の時よりも、ずっと『男の子』らしい良い顔をしていたもの」
イザナミ様はそう言うと、連の頬を熱を帯びた指先で優しく撫で、そのまま耳元に顔を寄せた。
イザナミ「あのまま帯を解いて、何をしようとしていたのかしら? 私への挨拶より先に、若き姫君との『契り』を済ませようとした罪……どう償わせようかしらね?」
連「だ、だからあれは呪いのせいで……ッ!」
連が顔を林檎のように赤くして飛び退くと、横で聞いていた九羅真が再び沸騰したように顔を赤くする。
九羅真「な、な……貴様、イザナミ様! 変な言い方をするな! 我は断じてそのようなことは……!」
イザナミ「あら、九羅真ちゃん。連の背中は、そんなに居心地が悪かったかしら?」
九羅真「うっ、それは……その、悪くは……なかったが……」
九羅真がもごもごと口を濁すと、イザナミ様はさらに楽しげに扇を揺らした。
イザナミ「ふふふ、連。あなたに掛けられたその『呪い』、私はますます気に入ったわ。次は私の前で、どんな不埒な姿を見せてくれるのかしら? 楽しみにしておきましょう」
連「……一生、部屋から出たくねぇ……」
連が頭を抱える中、レイナだけが禪院真希のような冷ややかな視線で「バカの集まりか」と呟いていた。
レグニード『連、良かったわね。イザナミ様もあなたの「活躍」を認めてくださったようよ?』
脳内のレグニードまでが、母親のような慈愛に満ちた声で追い打ちをかけるのだった。