イザナミ「ふふふ、そんなに照れなくていいのですよ、連」
イザナミ様は、連の反応を愛でるように眺めると、その美しい指先を優雅に宙で躍らせた。
イザナミ「その『呪い』、ナリアがかけたものとはいえ、少しばかり不安定だわ。……少しだけ、私が『調律』して差し上げましょう」
連「ちょっ、調律ってなんだよ! やめろ、嫌な予感しかしねぇ!」
連が身構えるより早く、イザナミ様の指先から放たれた紫色の魔力の糸が、連の胸元にある呪いの紋章へと吸い込まれていく。
イザナミ「黄泉の導き(フォーチュン・チューニング)」。……これで、お前の運命の『糸』は、より強く、より確実に、奇妙な『不運』を引き寄せるわ」
連「な……ッ!?」
その瞬間、連の全身を奇妙な悪寒……いや、極限まで研ぎ澄まされた「予感」が駆け抜けた。
レグニード『あらあら……連、お前の魔力の流れが「不運」という名の「幸運」へと強制的に書き換えられたわよ?』
脳内のレグニードが、どこかワクワクしたような母親のトーンで告げる。
連「な、何したんだよイザナミ様!」
イザナミ「ふふ、次に何かが起きた時、以前よりも『不可抗力』の精度が上がっているはずよ。……あら、早速かしら?」
イザナミ様が扇で口元を隠した瞬間、連の足元が、何もないはずの宮殿の平坦な床で「ツルッ」と滑った。
連「うわああああっ!?」
磁石に引かれるような勢いで、連の身体が吸い込まれた先は――。
冥界の女書記官「ええっ、連さん!? なぜいきなり書類の山に突っ込んでくるんですか!?」
九羅真「くっ、私の作ったピラミッドが崩壊しただと…!?」
冥界の書記官が整理していた膨大な書類の山と、九羅真が趣味で積み上げていた冥界石のピラミッドの間に、弾丸のような速さで連が突っ込む。
結果、連の頭は書類の山に、そして手足はピラミッドの崩れた石の中に、完璧な「精度」でダイブした。
イザナミ「ほら、見てごらんなさい。以前よりもずっと『芸術的』な構図だわ」
イザナミ様は、阿鼻叫喚の地獄絵図(連にとってはただの災難だが)を眺め、この世のものとは思えないほど艶やかに、楽しげに笑い声を上げた。
冥界の命運を左右する重要会議。各勢力の重鎮たちが居並ぶ中、イザナミ様の傍らに控えていた連に、ついに「強化された呪い」が牙を剥いた。
レイナ「――では、この境界線の件ですが……」
連「(……っ、やべぇ。足元が、熱い……!)」
連の予感が的中した。イザナミ様による「調律」の影響で、呪いの発動はもはや災害レベルだ。
何もない空間で連の足が「見えないバナナの皮」を踏んだかのように滑り、彼は弾丸のような速度で、上座に座るイザナミ様へと突っ込んだ。
連「うわああああっ!?」
イザナミ「あら、連?」
ドォォォォン!! という衝撃音と共に、連はイザナミ様の前に転倒。その勢いで彼女の椅子はひっくり返り、二人は絡み合うようにして床に転がった。さらに悪いことに、連は混乱の中でイザナミ様の着物に掴みかかってしまい、着物が乱れてしまったのだ。
九羅真「……な、ななな……ッ!!」
レイナ「連んんんんん! 貴様ぁ、神々の御前で何という破廉恥な真似をォ!」
九羅真の絶叫と、各勢力の重鎮たちの凍りついた視線。会議場は一瞬で未曽有のパニックに陥った。
その夜。連は逃げ場のないイザナミ様の寝室へと呼び出されていた。
連「……本当に、悪かったと思ってます」
正座して項垂れる連の前に、イザナミ様が寝台に腰掛けてクスクスと笑っていた。
イザナミ「ふふ、いいのですよ。おかげで会議は散会。退屈な話を聞かずに済みましたもの。……ですが、あの転び方。ふふ、見ていて面白かったわ」
イザナミ様はそう言うと、連の首元に腕を回し、耳元で甘く、しかし逃げられない圧を持って囁いた。
イザナミ「今夜はたっぷり時間があります。その『強化された呪い』とやら、一体どんなものなのか……夜通し、私に詳しく説明してもらいましょうか?」
連「ひ、いや、だからあれは不可抗力で……!」
イザナミ「あら、言い訳は聞きません。……ほら、こっちへいらっしゃい。私の『調律』がまだ甘かったのかしら? もう一度、隅々まで確認してあげましょう」
イザナミ様のからかいは夜が明けるまで続き、連は心身ともにボロボロ(しかしどこか満更でもない)状態で、朝を迎えることになるのだった。
レグニード『連、良かったわね。冥界の主にこれほど構ってもらえるなんて、レグニードお母さんは誇らしいわよ』
連「レグニードさん……黙っててくれ……!」
レイナ「……おい、連。ちょっと面(つら)貸せ」
翌朝、イザナミ様の寝室から魂が抜けたような顔で出てきた連を待ち構えていたのは、般若のような形相のレイナだった。彼女の手には、普段の木刀ではなく、抜き身の真剣に近い威圧感を放つ愛刀が握られている。
連「あ、レイナ……おはよう。いや、昨夜はイザナミ様に色々と『調律』というか、からかわれて……」
レイナ「黙れ。言い訳は地獄で聞く」
レイナが禪院真希さながらの鋭い踏み込みで、連の喉元に切っ先を突きつけた。眼鏡の奥の瞳は、嫉妬と怒りで完全に据わっている。
レイナ「重要会議をブチ壊した挙げ句、主君の寝室で朝までマンツーマンの指導(お遊び)だと? ……この私でさえ、イザナミ様とはまだ公務以外でそこまで長い時間過ごしたことはないっていうのに……!」
連「いや、俺だって好きでいたわけじゃねぇよ! あの呪いのせいで……」
レイナ「その『呪い』が羨ましいって言ってんだよ、このボケがッ!!」
レイナの怒声と共に、強烈な一撃が連を襲う。連は慌てて武器を具現化し、レイナの猛攻を防ぐことに手一杯だった。
連「おい九羅真! 助けてくれ!」
九羅真「……ふん、我は知らぬ。母様にあんな恥ずかしい思いをさせた上に、イザナミ様と夜通し……許せん。レイナ、もっとやれ!」
味方であるはずの九羅真までが、頬を膨らませてそっぽを向く始末だ。
連「九羅真まで……! クソッ、わかったよ、受けて立ってやる!」
連が覚悟を決めて武器を構え直したその時――背後の寝室から、イザナミ様が姿を現した。
イザナミ「あらあら、朝から賑やかね。レイナ、連をあまり苛めないであげて? 彼は昨夜、私の『相手』で少し疲れているのだから…」
その一言に、レイナの殺気がさらに高まる。
レイナ「――連ッ!! 歯ぁ食いしばれ、跡形もなく消してやる!!」
連「イザナミ様の嘘つきーーーッ!!」
宮殿内に、連の絶叫と激しい破壊音が響き渡る。
連の「受難」は、敵との戦いよりも身内との修羅場の方が遥かに過酷なものになりそうだった。