第一頁 雷帝排除計画……計画?
学園都市キヴォトスに存在するマンモス校の一つ、ゲヘナ学園。
『自由と混沌』を掲げ、一時間に一回は爆発音が響くようなテーマパークもびっくりの騒がしさで包まれている無法中の無法地帯。
そんな学園を統治する『
「『ティーパーティ』はこれでしばらく膠着状態に陥る。良くやりました」
玉座のような椅子に腰掛け、報告書を一瞥して満足そうに頷く『万魔殿』の制服を着こなしている少女の鋭い眼差しが俺──桐藤ユウキに向けられる。
彼女こそ、このゲヘナに君臨するトップである『雷帝』その人。
腰まで伸びた金髪に鋭い青い目と白い肌。そして王冠のように頭部に生える二対の黒い角と威厳を示すかのような巨大な悪魔の翼。
これだけなら憧れの的にもなるのかもしれないが、こと『雷帝』に至ってはそれがあって無いようなものだ。
なにせこの女、暇さえあれば陰謀術数を巡らせ、えっちらおっちらトンデモ兵器開発に勤しむ
「連邦生徒会も手をこまねいている事でしょうし、しばらくは好きにできるんじゃないですかね」
「おや。それはゲヘナが無法地帯に戻ると言うことですが?」
「そこは風紀委員会が正すんじゃ? 彼女たちのお陰でゲヘナはまだマシになっているんですから」
「それは私の統治が手緩いと?」
スッと雷帝の目が細まる。選択肢をミスったことに歯噛みし、急いで弁明しようとした矢先に伸びてきた白い指が俺の顎を軽く持ち上げた。
「あまり滅多なことを言うものではありません。ついうっかり貴方を撃ち抜いてしまいかねないのですから」
「……気を付けます」
放たれる『圧』に腰が引けそうになるのを何とか堪えつつ、首を縦に振る。
それに満足したのか姿勢を元に戻した彼女はいつの間に用意したのか書類の束をドサリと机の上に置いた。俺は胡乱な目を雷帝に向ける。
「……やれと?」
「その通り。いくつか人員を使っても構いませんよ」
「俺、午後は別の仕事があるって言いませんでした?」
「並行してこなせば良いでしょう?」
辞めたいなあ、この仕事。
遠い目になりながら、拒否権などあるはずもなく、俺は書類の束を渋々持ち上げるしかなかった。
◆
「……キ。ユ…キ……ユウキ!」
「んあ?」
誰も来ない資料室で一人黙々と書類を片付けていた俺に誰かが声をかける。顔を上げれば目に入ってきたのは何故か呆れた顔をした親友だった。
「カヨコ? 何しに……あー、昼飯か」
「そうだよ。ここで食べようと思って来てみたらアンタが死んだような顔で書類を捌いているからビビった」
そんなことを言いながら、カヨコは手に持っていた弁当箱を机に置いて手頃な椅子を引っ張って俺の対面に座る。
カヨコは弁当の蓋を開けながら、俺の書類に目を通し始めた。
「『他学校との共同兵器開発における年間金額算出書』、『ゲヘナ風紀委員会の年間予算案』……これ、全部議長が?」
「そうだよ……お陰でおちおち飯も食えない」
その時、ぐぅ〜……と腹の虫が鳴る。腹減ったなぁ、とカヨコの色とりどりの弁当に目を向ければまるで壁を作るかのように腕で覆われてしまった。
「食わないって」
「いや、物欲しそうな目してたじゃん……そんなにお腹空いたなら何か買ってくれば良いのに」
「む……」
まさに正論。仕方ないなと立ち上がり、学園内の購買に向かうことにした。
「これだから無法地帯は……」
購買で買ったパンやらの昼飯を腕に抱えながら肩を落とす。購買に行くまでに爆発が三回、買っている途中で銃撃戦一回、購買を出てしばらくした所で不良に絡まれること数回……流石ゲヘナ。期待を裏切らない。
そんなことがありつつも何とか資料室の前まで戻ってきたので扉を開けて中に入る。
「疲れた〜……さ〜て早速昼飯のじか、ん……」
「あ、お帰り」
カヨコが手をヒラヒラと振っている。それは良い。問題なのは、部屋を出る前にあれだけ積まれていた書類がだいぶ減っていることだ。誰がやったのかは明白だけど。
「書類片付けてくれてたのか?」
「大変そうだったし」
「天使かな?」
「悪魔だよ」
軽口を挟みつつ椅子に座って買ってきたおにぎりを一口食べる。カヨコに一言お礼を言ってから再び書類に手を付ける。
「いや、マジでありがとな。流石情報部のスーパーエリート」
「そういうアンタもね、万魔殿のエースさん」
「あの雷帝、辞めたいって言ってるのに辞めさせてくれないんだけど」
「手元に置いておきたいんでしょ。ユウキの家柄が家柄だしね」
カヨコの言葉に顔を顰める。
『桐藤家』はいわゆる名門の家系で、ゲヘナとは長年対立関係にある『トリニティ総合学園』のフィリウス分派を主とする、いわばゲヘナとは相容れないようなところなのだ。
そんな家の息子である俺が何故ゲヘナにいるのかというのは長くなりそうなので割愛する。
「要は対トリニティに使えるかもってことだろ……ほんとクソ」
「でも何だかんだ従ってるよね」
「言うこと聞かなかったらボコボコにされるじゃん」
知力だけでなく武力も圧倒的なのが雷帝だ。ナーフしろよ。素手でコンクリートの壁を破壊できるのはどうかと思う。
「あの独裁政治止めさせたいなぁ……」
「そう思ってる人たちも少なくはないだろうけど、大多数は雷帝支持派じゃない?」
「そこが崩せないから辞めさせられないんだよ……」
そこさえ、雷帝支持派の勢いを失くす、或いは弱めることさえ出来れば後は雷帝本人を叩くだけで事が済む。
ただそこを崩せても待っているのは知力、武力共にトップクラスの雷帝による圧倒的な殺戮劇だと予想する。そうして首謀者たちは雷帝直々に『処分』されて人生のゴールを齢十代にして決めることになるのだ。
「はぁ〜……せめて
そんな奴はいないだろうとおにぎりの最後の一口を飲み込んだ時、カヨコの声が俺の耳に届く。対面に目を持っていけば、そこにあるのは変わらず、人々から
「カヨコさんや、今なんと?」
「だから、いるって。雷帝に匹敵するくらいの神秘を持ってる生徒」
「…………いや、いやいやいやいや!! お前、雷帝だぞ? 発明家にして政治家。鉄拳政治、陰謀術数何でもござれの怪物だぞ?」
「そりゃ、私も最初は信じられなかったけど、実際に目にして確信したよ。あの子は間違いなく雷帝に匹敵──どころか上回る事さえあるかもしれないってね」
「マ、マジか……」
いつになく真剣な目でそう言い放った親友を疑うほど、俺は愚かじゃない。だからこそ、彼女の言う生徒に会ってみたいと強く思った。
「で、誰なんだ? 口ぶりからして情報部の子か?」
「そう。つい先日入部してきてね……まあ、雷帝直々の指示だったみたいだけど」
「この際『雷帝が目をかけてるんだろうなあ』とかそんな考えは脇に置いとこう……で、その子の名前は?」
俺に転換期があったとしたらそう──
「ああ、その子の名前はね──」
こんな何でもない、取り留めもない日常に舞い込んだ奇跡のようなこの瞬間だったのかもしれない。
「
◆
夜も深まった時間帯。人気の無いオフィスビルの一室で黒スーツに身を包んだ異形としか言えないような顔をした男がスクリーンに映る少年の姿を見て愉快げに肩を揺らしていた。
「クックック……トリニティ自治区を探しても見つからないわけです。まさかゲヘナにいたとは。いやいや、流石の私でも読めませんでした」
そう言いながらも黒服の男は愉快げに声を出している。余程興味を惹かれているのか、画面に映る男子生徒に釘付けだった。
「
黒服の男はもう一度、男子生徒──ユウキに視線を向けるとスクリーンを消し窓から見える景色に目を向けた。
「楽しみにしていますよ、明星のルシファー……貴方が起こす奇蹟を」
桐藤ユウキ
キヴォトスでは珍しい男子生徒。二年生。トリニティ総合学園にて強い影響力を持つ『桐藤家』の長男で一つ下の妹がいる。
諸事情あってトリニティではなくゲヘナにやってきた変わり者。
ややツンツンした黒髪と妹と比べて鋭い琥珀色の目をしたいわゆる美形にカテゴライズされる顔立ちだが本人に自覚はあまりない。
万魔殿所属。雷帝お気に入りだが本人は不本意。鬼方カヨコとは入学当初からの親友。
身長175cm、誕生日は七月七日。ヘイローは無し。