明けの明星はゲヘナにいる   作:シャケナベイベー

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第二頁 その少女、未来の最強につき

 遡ること約二年前。

 

 トリニティ自治区の擁する桐藤家の広大な屋敷の廊下を、トリニティ総合学園中等部に通う桐藤ナギサは礼節を以て──しかしそれを加味して出せる最高速度で──廊下を疾走していた。目的地はただ一つ、敬愛する兄の部屋である。

 

 そして兄の部屋の前にやってきたナギサはノックもせず扉を開け放ち中へ踏み入った。

 

 

「どういうことですかお兄様!!」

 

「……ビックリしたぁ……なんだ、騒がしいなナギサ」

 

 

 飛び込んできた妹に肩を跳ねさせながらナギサの兄、ユウキはジト目を向ける。

 

 ナギサそんな兄の表情には目もくれず、ズンズンと目の前まで歩いていくと手に持っていた紙を突き出した。

 

 

「これです!! お兄様の入学届……ゲヘナとはどういうことですか!?」

 

「そのまんまの意味だよ」

 

「何故トリニティではないのです!? ミカさんもお兄様とトリニティで過ごされることを楽しみにしていて……勿論、私だって……!」

 

 

 ナギサの目に涙の膜が張る。申し訳ないことをしたな、なんて考えながらナギサの頭に手を置いた。

 

 

「別に今生の別れってわけじゃないんだ。会える日だって作れるよ」

 

「トリニティだったら毎日……!」

 

 

 それでも納得いかないのか尚も言い募ろうとする妹をやや乱暴に撫で回す。ナギサは「お兄様、髪型が……!」と口では抗議しつつも満更ではないようで口元がニヤけている。

 

 もうここら辺で良いだろうとパッと手を離すと、「……ぁ……」とか細い呟きが妹の口から溢れた。

 

 

「一緒に居てやれなくてごめんな」

 

「っ……ずるい、ですよ……」

 

 

 そう言われては、桐藤ナギサは引き下がるしかなくなってしまった。これで兄とトリニティ総合学園で過ごすという目論見も立ち消えてしまった。幼馴染に何か言われるんだろうなと考えながら、ナギサは兄に一礼して部屋を出ていく。

 

 そして今現在に至るまで、ユウキがトリニティ自治区やナギサに顔を見せることは、一切無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ピピピピッ、という電子音が鳴り響き、寝ていたユウキは目を開いて時計のタイマーを止める。

 

 

「ん、くっ……ふわぁ〜……」

 

 

 硬いベッドから身体を起こし、バキバキポキポキと骨を鳴らして身体をほぐすとノソノソとした足取りで洗面所に向かい、顔を洗って歯を磨く。

 

 

「眠っ……」

 

 

 時刻は朝の六時五十分。日は昇っているとは言え外の喧騒は疎らだ。カーテンを開き、窓から差し込む陽光に目を細めながらベランダに出る。

 

 ここはゲヘナ自治区の中でも比較的閑静な住宅街で、ユウキはそこの安アパートの一部屋に住んでいた。

 

 仮にも名家の人間が安アパートに住んでいるとなれば爺やとかは卒倒するだろうなぁ、なんてことを考えながらもベランダで風を浴びながら遠くの爆発音に耳を澄ませる。

 

今日もゲヘナは通常運転。その分仕事が沢山。

 

 

「……パンでも焼くか」

 

 

 室内に戻り、トースターにパンをセットして冷蔵庫を開ける。入っていたのは卵のパックと牛乳、そして昨日の夕飯の残りであるカレーを詰めたタッパーくらいだ。

 

 これは今日の帰りにスーパーに寄るのは確定だ。卵をパックから一つ取り出して殻にヒビを入れてコンロの火をつけたフライパンの上で割る。

 

 そして出来上がった目玉焼きを丁度良いタイミングで焼き上がったトーストの上に乗せ、冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐ。

 

 

「いただきます」

 

 

 モソモソと目玉焼きパンを貪りながらテレビを付ける。

 

 朝のニュース番組のようで、いつものようにクロノス情報局があれこれと特集を流している。

 

 

『続いてのニュースです。連邦生徒会はこの度、ゲヘナ・トリニティ間での不可侵条約を執り行う予定であると発表しました。この件に関しまして連邦生徒会長は──』

 

「いや無理だろ。トリニティ側はともかく雷帝が同意するなんて考えられないしなぁ……」

 

 

 そして雷帝が断ったのならトリニティ側はそんな態度に憤慨して交渉決裂となるだろう。なんだって連邦生徒会はこんな馬鹿な案を可決するのか。もっと他に解決するべき案件があると思うんだけどな。

 

 とその時、ピンポーンとインターホンの音がした。はーい、と返事をして来客対応をしようと扉に向かおうとして──

 

 

『キキキキッ!! この『羽沼マコト』様が来てやったぞユウキ! さぁ、ドアを開けるがいい!!』

 

「…………あーなんか急に体調悪くなったなぁ〜」

 

 

 聞こえてきた声に急激に対応する気が失せてしまった。

 

 なんだって朝からあの間抜け面を拝まなければならないのかと世界を呪いたい気分だ。

 

 

『どうしたユウキ! 居るのは分かっているぞ。だって声が聞こえたからな! このマコト様の機嫌が良い内にさっさと開け『はぁ……何してるの羽沼』……げえっ!? 貴様は鬼方カヨコ!!』

 

 

 ドンガラガッシャーン、と派手に何かが倒れたような音がして思わず額に手を当ててため息を吐いた。どうやらあのバカアホマコトの発言的にカヨコがやってきたらしい。

 

 しばらくしてドアが開き、そこからカヨコに首根っこを掴まれたマコトが引き摺られてきた。

 

 

「外に放置してくりゃ良かったのに」

 

「それだと余計に騒ぎになる」

 

「それもそうか」

 

 

 実に正しい意見だ……と、そこで俺はようやく引き摺られているマコトに視線を向けた。

 

 

「で? こんな朝っぱらから何の用だよマコト。来るのは良いけど騒ぐなって言ったよな? ご近所迷惑だってさ」

 

「ええい! それなら貴様が早く出れば良かっただけだろう!!」

 

「だってもう第一声から煩いんだもん。朝早くからお前の対応をする俺の身にもなれよ、これから学校だぞ? 出来るだけ体力は残しときたいんだよ」

 

 

 いつの間にかカヨコの手を離れ、椅子に我が物顔でふんぞり返っているこのバカ女(羽沼マコト)に、額に青筋が浮かぶも何とか抑えて理由を聞く。それ次第では今回の件は注意だけに留めるつもりだった。

 

 

「キキキキッ!! いやなに、今日もまたお前を我が『雷帝反逆軍』のリーダーに据えようと──」

 

「カヨコ、やれ」

 

 

 カヨコの愛銃『デモンズロア』が火を吹き、音をサプレッサーにより最小限に発射された銃弾は正確にマコトの眉間を捉え、彼女を床に打ち付ける事に成功した。

 

 

「痛いだろう! 何をする!!」

 

「その話はとっくに俺が断って終わっただろうが。そりゃ雷帝の政治は将来ゲヘナに禍根しか残さないから排斥したいとは思うが……」

 

「私、撃ち損じゃない?」

 

「手間かけさせて悪かったカヨコ。今度新しくオープンした猫カフェに連れてってやるからな」

 

「それなら良いかな」

 

 

 俺の提案を聞いたカヨコは上機嫌な顔で部屋の奥へ引っ込んでいく。それを唖然とした顔で見送っていたマコトは、訳が分からないと言わんばかりの顔を俺に向けた。

 

 

「なぁ、アイツは今日何をしに来たんだ?」

 

「単に暇だったから寄ったんだろ。アイツの家からゲヘナ学園までの通り道だし、今までそういうことも何回かあったし」

 

 

 そもそも俺がゲヘナに来たばかりの頃、このアパートを紹介してくれたのもカヨコだった。それまではゲヘナの寮生活だったのだが、無法地帯なだけあってとてもではないが生活できるような場所ではなかった。

 

 そんなときに見かねたカヨコが物件探しを手伝ってくれたのだ。感謝してもしきれない。

 

『ふらっと居なくなりそうだから』と言うことで合鍵まで要求されたが、それで恩返しになるならと喜んでスペアを渡した。

 

 

「それで? 雷帝失脚を狙ってる奴筆頭の羽沼マコトさんは本当に俺を勧誘するためだけにここに来たって?」

 

「ふっ……そうだ、と言ったら?」

 

「世界一……いや、宇宙一の馬鹿の称号をやる」

 

「宇宙一の天才という称号なら喜んで受け取ってやらんこともないがな」

 

「黙れよお前」

 

 

 なんだろう、本当にコイツの相手をするのは精神が疲れる。これから学校なのにもう家でゆっくりしたい……今は家だったわ。

 

 そんな俺の心情を置き去りに「ではなユウキ! また後で会おうではないか! キキキッ!!」と足取り軽やかに去っていった。傍迷惑過ぎるだろ……と、奥の部屋からいくつか弾丸の詰まった箱の予備を抱えてカヨコが戻ってきた。

 

 

「羽沼、もう帰ったの?」

 

「どうせ学校で顔を合わせるさ……アイツも万魔殿だし」

 

「大変だね」

 

「代わってくれないか?」

 

「私騒がしいところ嫌いだから嫌かな」

 

 

 どうやら天に御わす神は俺にまだまだ試練を与えるつもりらしい。前世の俺はきっと大罪人だったに違いない。

 

 

「そう言えば昨日言ってた『空崎ヒナに会いたい』って話、通ったみたいだよ」

 

「マジで?」

 

「うん。放課後、情報部に来るようにって」

 

 

 カヨコから齎された吉報に顔が緩む。雷帝に匹敵、もしくは上回る神秘を持つとされる一年生……ぜひ一度会ってみたいと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、えっと……空崎ヒナ。ゲヘナ学園一年生、情報部所属……です?」

 

 

 眼前に立つ毛量の凄い白い髪と切れ長のアメジストの瞳を持つ小柄な少女が俺を見据えている。巨大な悪魔の翼と角、そして身に纏う神秘の量は確かに雷帝に匹敵している。今もなお肌を焼くのだから。

 

 なるほど。こりゃカヨコが太鼓判を押す訳だと納得した。彼女の観察眼は相当なものがある。ならば今の強さを知っておくことで今後雷帝に対する切り札としても使えるかもしれないのは事実だ。

 

 

「初めまして。俺は二年生の桐藤ユウキ。万魔殿所属で臨時で懲戒委員会の仕事も受け持たされてる」

 

「それは……お疲れ様です」

 

「ああ、それと敬語もいらないよ。堅苦しくされるの好きじゃないから」

 

「そっちがそう言うならそうさせてもらうわ……それと、桐藤という姓は、もしかして」

 

 

 あー。やっぱり気付くか。ゲヘナにいる生徒の殆どはトリニティ側の詳しい事情なんて知ったこっちゃないだろうが、上層部はそうもいかない。経歴その他諸々を徹底的に頭に叩き込むのだ……特に、情報部はその傾向が著しい。

 

 

「君の考えてる通りだ。ちょっと訳ありでゲヘナに来たんだ。出来れば詮索しないでくれると助かるな」

 

「分かったわ」

 

 

 なんて物分かりの良い後輩だろう。これが一般的なゲヘナ生だったら『黙っていてやる代わりに……な?』とかで脅してくることもあり得るというのに。

 

 

「それで、私と会いたいと聞いたのだけど……」

 

「おっとそうだった。空崎、不躾なお願いだって言うのは重々承知なんだが、俺と一回戦ってくれないか?」

 

 

 空崎の目が訝しげに細まる。俺の意図を測りかねているのだろう。俺はヘイローが無いので耐久力はキヴォトス人と比べれば遥かに落ちるし、外の世界の人達ほどでは無いが銃弾が脅威になり得る。

 

 俺のことを知っているのならそこのところも知っているはず。だからこそ彼女は困惑しているのだろう。

 

 

「別に銃弾に晒されたからと言って死ぬわけじゃない。いや、確かに危険ではあるけどそれ以上に俺は君の持つ力が知りたいんだ」

 

「……カヨコ先輩」

 

「付き合ってやって。こうなったユウキは頑固だから」

 

 

 助けを求めるようにカヨコに視線を向けた空崎だったが、当のカヨコがため息交じりに首を横に振ったことで仕方なさそうに机に立て掛けていた愛銃を手に取る。

 

 

「MG42か。随分改造したな」

 

「私にはこれが馴染むから」

 

 

 カヨコを連れて三人、人気の無い銃撃戦をやっても問題ないような広場にやってくる。そして俺と空崎は互いに距離を取り、カヨコの合図を待つ。

 

 空崎が自身の銃に弾を込めるのを見て俺も愛銃であるMAC11の『明けの明星(ルシフェリス)』を構える。

 

 

「……双銃?」

 

「ああ。フルオートだが、隙を潰すのには良いかと思って」

 

 

 それならもっと別の取り回しの良い銃があるだろと思われなくもないが仕方ない。男のロマンなのだ、許してほしい。と、雑談もそこそこに配置に付く。お互いに相手を鋭く見据える。

 

 ブワッ、と空崎の身体から莫大な神秘のオーラが立ち昇り全身の産毛が逆立つ。そしてカヨコが掲げていた手を下ろし、開始を告げようと口を開く。

 

 それが嫌にスローに思えた。

 

 

「よーい──」

 

 

 ドクンドクンと心臓の音が耳に響く。汗が一筋、頬を伝う。キーンと耳鳴りを起こしていたそれが消え、静寂がやってくる。

 

 そして、

 

 

「始め!」

 

 

 開戦の火蓋が切って落とされた。




空崎ヒナ

ご存知最強格の一人。この頃はゲヘナ学園に入学したての初々しい一年生。なお、強さは原作時より劣るものの誤差程度な模様。
ユウキのことは情報部に入ってから調べて知っているため『トリニティに行くはずだったのにわざわざ関係が劣悪なゲヘナに来た風変わりな人』という認識。



次回はヒナVSユウキ
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