禪院らしい呪術師   作:円字L 美異津

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第3話

 初任務から半年。日常はあの時から、多少の変化を見せた。

 

 躯倶留隊や直毘人との鍛錬が無くなった代わりに、だいたい週に一度、二級から準一級相当の任務が割り当てられるようになった。頻度が物足りないのは、呪霊の発生が活発化する夏を過ぎ、回せる任務が少ないからだとは送迎係の十和子の言だ。それでも全体から見れば上澄の相手を回されているのだから、まあ、納得してやっている。

 

 半年前、直毘人は言っていた。「経験を積んで柔軟性を獲得しろ」と。「それが当主になるための最短距離だ」とかなんとか。しばらく任務にあたるうちにその発言の意図もわかってきた。

 

 多種多様な呪霊との戦闘経験は、俺に幾らかの新しい成長を与えてくれる。

 

 それは純粋な戦闘能力の強化という意味ではない。単なる力比べに関して言えば、一級だろうと俺に分があるし、近づきさえすれば二、三発ぶち込むだけで祓えてしまう。だが、相手は人間の負の感情が具現した異形。奴らは場合によっては人質もとるし、無数の群れを引きつれることもある。珍しいが、幻惑系の術式や、不完全な生得領域の展開によって俺を近づかせないやつもいる。

 

 俺の勝ちパターンに嵌らない奴らとの命のやり取りは、思考に柔軟性を与え、戦闘において工夫を生む。足りないものも見えてくる。それは、術式がない故に真正面からの戦闘を鍛錬する躯倶留隊では得られなかった経験だ。

 

 あと、ぶち殺しても誰も文句を言わない相手、というのも悪くない。人間相手の鍛錬だと、殺さないように手加減するのが怠かったし、何より自分の最大出力を試せないことが俺の成長を阻害していた。自分の本気の出力がどの程度か、どこまでできて、どこからができないのか。自分の限界を自覚しなければ、「先を目指す」ための道は生じない。

 

 で、この半年で強烈に実感したのは、やはり、手札の少なさだ。結局今の俺にできることは、莫大な呪力量と出力で相手を上から叩きのめす、ということだけ。前々から考えてはいたが、新たな戦闘手段の開発が急務になった。

 

 呪具、結界術、式神術。落花の情をはじめとする御三家秘伝の技法。まあ、それらをちまちま極めるというのも一つの手ではある。

 

 だが、外付けで付け焼き刃の手札に満足する俺ではない。俺だからできること、唯一性を持つことができなければ、呪力が多かろうが、出力が高かろうが、俺に存在価値はない。

 

 そして具体的に、何をするかと言えば。

 

「なあ、十和子」

「なんでしょうか、佳弥斗様」

 

 二級相当の任務をこなし、帰宅途中の車内で、俺は送迎係兼護衛の女、禪院十和子に問いかけた。

 

「お前の頭、俺に弄らせてくんない?」

「は?」

 

 十和子はハンドルを握りながら、バックミラーに困惑、というより理解が及ばない、といった表情を映していた。

 

 そう、俺が次のステージに至るためにやろうとしているのは、他者を対象にした術式の行使。

 

「俺の術式、知ってるだろ」

「...はい、自分の記憶を正確に引き出す、憶念術式ですよね」

 

 動揺しつつも、十和子は思い出すようにぽつぽつと口を開く。西陽が窓から差し込み、その真面目くさった表情がはっきりと見える。郊外を走る車の外は静かで、エンジン音と微かな暖房の稼働音だけが耳朶を打っていた。

 

「この術式と向き合い始めて長いが、そろそろ先を試したくなった」

「...それが、他者への術式行使、ですか。拡張術式が使えれば、幅が広がるのは確かですが、挑戦するにはいきなりハードルが高いような...」

「そうか?別にこれができたからって満足する類のものじゃない。次のステージに上がるための下地づくりみたいなものだ」

 

 そう、俺の憶念術式の新たな使い方というのは、対象を自分以外に広げる拡張術式。上手くいけば、他者の記憶を自在に覗き、情報を得、技術を習得できる。また、戦闘中の相手に行使できれば、そいつの使う術式や技術の手の内を丸裸にできる。呪詛師を捕らえた際の尋問も楽になるだろう。

 

 純粋に戦闘向きの応用とは言えないが、まずは俺自身のオリジナルとして、第一段階となる。使えるに越したことはない。

 

 だが俺の答えに満足していないのか、十和子は不安そうな表情を晴らさない。

 

「なにか言いたいことでも?」

 

 ビクリ、と肩を震わせ、十和子はバックミラー越しに俺と目を合わせた。

 

「いえ、その。なぜ私なのかと思いまして。他の女中や、躯倶留隊の下の者ではダメなのでしょうか」

 

 十和子は、不安を押し隠した表情を浮かべて聞いてくる。俺が「頭を弄る」などと表現したから、当然と言えば当然か。

 

「誰でもよかったが、俺の側仕えの女中すら首を縦に振らない」

「佳弥斗様なら、カスどもの同意なんて必要ない、とでも言うかと思いましたが」

「実際どうでもいいが、もし万が一頭弄って殺したら、家の人間が猿みたいに騒ぐだろ。一筆書かせれば文句は言われない」

 

 そこがネックだった。俺の術式は、他者を対象に訓練するにはあまりにリスクが高すぎる。科学はもちろん、呪術においてもブラックボックスとされる脳を対象とした術式。それも、他の相伝に比べ記録の溜まっていない憶念術式だ。いくつかの文献をあたったが、憶念術式を他者へ行使した術師は、少なくとも禪院にはいない。その意味で、今俺がやろうとしていることは明らかに博打だった。

 

「佳弥斗様の寵愛を与えると提案してみればいかがでしょう。立場の低い者であれば喜んで同意するのでは」

「死んだら元も子もない。それに、仮に俺の術式が上手く働いたとして、見られたくない記憶があるんじゃねえの。自分のクソするときのケツの拭き方とか、女の抱き方とか」

 

 そこまで言われて、十和子は、ああ、と納得の声を漏らす。自分にも心当たりがあるのだろう。

 

「誰しも人に見られて恥ずかしい癖や記憶というものはありますしね。ただ...」

「ただ、なんだよ」

 

 十和子は意味ありげに言葉を切って、少し逡巡してみせた。言うべきか言わざるべきか、といった様子。俺が先を促すと、十和子は控えめに口を開いた。

 

「いえ。彼らが佳弥斗様の提案を拒否している理由はそれだけではないだろう、という気がしまして」

「へえ?」

 

 十和子の訳知り風の物言いに、興味を惹かれた。

 

「おそらくですが、彼らは禪院家や、佳弥斗様への不満、憎悪、あるいはささやかな計略などを、隠しているのではないかと」

「ピンとこないな」

「さして珍しいことではありません。誰しもあることだと思いますし。佳弥斗様は、他者に対してそのような感情を抱かれないのですか」

「別にムカついたら壊すし、殺したくなったら殺す」

「...ああ、納得しました」

 

 言いながら十和子は一つ溜息をついた。

 

「実際、弱者であればあるほど、内心の黒炎は大きく燃えるもの。仮に佳弥斗様からの寵愛を受けられると聞いたとしても、自分の心のうちを知られれば佳弥斗様の逆鱗に触れ、寵愛どころではなくなってしまう、と、そう考えたとしても納得できます」

「なるほど。さすがだな十和子。雑魚の心理をよく理解してる」

「...それ、褒められてる気がしないんですが」

 

 十和子は苦虫を噛み潰したような顔をした。実際、こいつも禪院じゃ雑魚寄りだし、灯の末席で下働きをさせられてる不遇な立場に甘んじている。

 

「で、さっきの話だけど、十和子。お前はどうなの」

「...そう、ですね」

 

 十和子は俺の知る限り初めて、運転中に天を仰いだ。それはほんの一瞬のことだったが、それでも、任務に忠実なこの女が、多少なり運転から意識を逸らすことなど、今までなかった。

 

「もし、その提案を受けた場合、正式に佳弥斗様の庇護下に入ることができる、ということですか」

「死ぬほどどうでもいい質問だな。お前もその寵愛とかってものが大事なのか」

「...この家で生き続けるためには、大事なことです。それなりに」

 

 十和子は微かに悔しげに目を伏せた。

 

「そうか、わかった。なら側に置く。庇護だの寵愛だの、手間のかかる真似はごめんだが、周りに俺の所有物だと見せれば手出しはされないだろ。いずれ当主になれば、より影響力は増すしな」

 

 まあそれも、俺の術式で生きていればだが。そう一言付け加える。

 

「...死ぬ可能性も、あるということですよね」

「ああ。仮に死ななかったとしても、廃人になるか、後遺症が残るか。運次第ってとこか」

 

 俺の言葉を聞いて、十和子はさらに深く逡巡しているように見えた。大きく息を吐き、額に手を置いて自分の前髪をなぞった。

 

 相手を死なす可能性を、俺は冷静に分析した。恐らく三、四割程度だろう。すでに動物を相手に実験は済ませており、断片的な思念を抽出することには成功している。成功率は十割に落ち着いたが、練習過程で何匹も殺している。

 

 人間で同じ結果が得られるかは不明だ。畜生共には明敏な表象能力がなく、概念理解も乏しいため、記憶と呼べるほど上等な代物は奴らにはほとんどない。より繊細で複雑な脳構造を持つ人を相手に、畜生で培った経験がどこまで役に立つか、俺は知らない。

 

「...少し、考える時間をください」

 

 十秒ほど沈黙が続いた後、十和子は一言、そう呟いた。

 

 俺はただ、こいつが受けないとしたら、停滞が長くなるな、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、二十分ほどして車は禪院家の門前に着けられた。十和子は憂いを帯びた、センチな瞳で俺を見据えた後、一礼してから走り去っていった。

 

 なんというか、面倒だ。非術師のゴミの一匹でも捕まえてきて術式を試せれば楽なのだが、禪院家の後ろ盾があれど、呪術総監部がいい顔はしないだろう。やりすぎて呪詛師扱いを受けることになれば、今以上に面倒なことになる。

 

 自分の思うように行かない現実に、苛立ちが募る。実力や才能でどうこうなる問題ではないから、なおさら。

 

 俺は不快感を解消するために鍛錬場に足を向けた。汗を流せば、内心の靄を多少は晴らせるだろうと思った。

 

 鍛錬場に着くと、見知った顔が視界に入ってきた。ゲロみたいに不快な存在を不意に見てしまったことによる、嫌悪感が喉奥から込み上げてくる。

 

 禪院家カス筆頭、禪院直哉だ。

 

 夕暮れ時とはいえいまだ蒸し暑い鍛錬場に佇んで、夕陽に体をさらし、何か熱心にやっているようだ。

 

 「おら、なんとか言ったらどうなん、真希ちゃん」

 

 煽るような声が耳に届く。ふと見ると、直哉の足元にはガキが二人、倒れ伏している。たしか、どこかで見た顔だ。名前は思い出せないが、従姉妹の落ちこぼれだったか。直哉はボロボロになって倒れた体を踏みつけて、ニヤついていた。

 

 俺はそれを見て、さっきまでの苛立ちに、さらに燃料が焚べられた気がした。

 

「何してんの、お前」

 

 俺は直哉の方に歩み寄りながら、話しかけた。

 

「あれ、佳弥斗くんやん。今日も鍛錬?ご苦労なことやね」

 

 直哉は足元の薄汚いガキから目を離して、俺に笑いかけてきた。だがその笑みは相変わらず、他者への嘲りが含まれていた。ただでさえ苛ついているのに、こいつの顔を真正面から見ると、殴り殺したくなってくる。

 

「俺が聞いてるんだけど。何してんのお前、って」

 

 再び問うと、直哉は笑みを消して眉を顰めた。

 

「はあ、なんやご機嫌斜めやん。見てわからん?暇つぶしや」

 

 あっけらかんと、直哉は答える。

 

「暇つぶし?」

 

 ちらと、足元に踏みつけられた子供の顔を見る。泥に塗れ、顔を歪ませて泣きべそをかいている。呼吸も荒い。見るからに惨めで、構う価値のなさそうな女だ。その隣に倒れているもう一人は、少しでも片割れを庇おうと、直哉の足元に這いずって近づこうとしていた。こちらも、見るに堪えない。

 

 俺の視線に勘違いでもしたのか、直哉は見当違いの言葉を口にする。

 

「もしかして、同情でもしとるん。みっともないでそういうの。最近パパに期待されとんやから、しゃんとしいや」

 

 心底軽蔑する、というように、直哉は首を振った。

 

「馬鹿か。そんなカスのこと、死ぬほどどうでもいいよ」

 

 俺は直哉の足元に倒れ伏した女を顎で示しながら言った。

 

 片割れのもう一方からの視線が鋭くなったのを感じたが、無視した。

 

「ふーん?じゃあ何に突っかかってくるん。お兄ちゃんに教えてみ」

「お前を兄貴と思ったことない」

「あらら、傷つくわ」

 

 直哉はへらへらと、心にもないことを口にする。

 

「お前が「暇つぶし」とか舐めたことやってんのが、どういうつもりかって聞いてんだよ」

 

 俺の言葉には、全身に立ち昇る苛立ちがこもっていた。だが、直哉は何を言われたのかわからないらしく、首を傾げている。

 

「言ってる意味がわからんねんけど」

「わかんないか。ならいいよ、お前はそこで一生、人形遊びしてろ」

 

 奴のやっていることは、まさしく人形遊びだった。禪院家でも上澄の力を持ちながら、呪術の才能のないカスと、猿以下の呪力しか持たないゴミを相手にいつまでも時間を使っている。

 

「ハッ、人形遊びやって。なあ真依ちゃん、君人形なんやて。笑えるやん」

「笑えない」

 

 真依という女に代わり、俺が答えてやる。

 

「クソ親父が言ってた。当主になるつもりなら最短距離を最速で走り抜けろって。俺はそうしてるが、お前は視界に入れる価値もないカスを相手に眠たいことやってる。寄り道する余裕があると思ってるなら、すぐ追い抜くぞ」

 

 ようやく、直哉は俺の怒りが持つ意味を理解したらしい。曲がりなりにも俺より先を走っている人間が、そんなカスに時間を割いているのが気に食わなかった。そしてなにより俺自身が、直哉から本気で走り競う相手として認識されていないという事実に、俺は苛立っていた。

 

「アホやろ、君の術式で、俺差し置いて当主になるって?勘違いしとるんちゃう?扇のおっさんとかよりはマシかもやけど、ポテンシャル低いでキミ」

「呪力量も呪力出力も俺が上。お前のことは、狙わなくてもいずれ追い抜く」

「めでたい展望やね。誰に教えられてん?そんな叶わない夢追いかけさせられて、心底同情するわ」

「誰に言われたわけでもない。俺はただこの世界で、誰も俺に逆らわないくらい強くなりたいだけだ」

「退屈やね。偉くなって何がしたいん」

「他者なんてどうでもいい。お前も、禪院家も、呪術界も、本当は興味ないしな。そういう括りから外されるほど、超越した、唯一無二の存在になるって意味。いずれ必ず」

 

 俺はただ直哉に、自分が思っていることをまっすぐ口にした。

 

 思えば、こいつ相手にここまで長く喋ったのは、意外にはじめてだったかもしれない。何の気まぐれが俺の口を動かしたのか、俺はべらべらと本音を喋った。

 

 鍛錬場は夕闇に包まれ始め、涼風が肌を撫で上げていた。直哉は、それまでの減らず口を閉じて、なぜか少しの間、黙りこくった。

 

「なんやそれ、できるわけないやろ、君ごときに」

「どうだろうな。できないかどうか、今ここで試してみるか」

 

 直哉と俺の視線がかち合う。一年前の俺なら、直哉は歯牙にもかけなかっただろう。しかし、呪力操作の精度を向上させ、対人格闘の技術を習得し、準一級までの任務をこなすようになった今の俺には、張り合うだけの格がある。

 

 またしばらくの沈黙。俺は、構えこそ取らなかったが、いつ向こうが術式を使って飛びかかってきても迎撃できるよう、精神を集中させていた。

 

 だが、直哉は一向に動かなかった。

 

 そして、一つ息を吐くと、俺から視線を外し、女から足を退けた。

 

「じゃあせいぜい叶わん夢見とけや」

 

 吐き捨てるように言って、直哉は俺に背を向けた。

 

「なんだ、やらないのか」

「ええわ、今日は勘弁しといたる」

「人形ぐらい片して帰れよ」

「勝手に玩具箱(おもちゃばこ)に戻る人形やねん」

 

 それだけ言うと、直哉はいやにおとなしく、苛立つでも、声を荒らげるでもなく、去っていった。

 

 妙な態度だった。

 

 ヘドロが服を着て歩いているような男が、俺に言うだけ言わせて、何もやり返すことなしに、黙って去っていくなんて。

 

 残されたのは直哉の玩具こと、才能なしの従姉妹二人。鍛錬場には、俺たちの他に人はいなかった。浅い呼吸が、風の音に混じって耳に届く。姉妹は半死半生の身体を横たえて、ただ生を繋ぐので精一杯、といったふうになけなしの体力で酸素を吸いこんでいた。

 

 三度、この場を沈黙が支配した。

 

 落ちこぼれ姉妹を見るともなしに見ているうちに、ふと、俺は思いつきが頭をかすめた。別にうまくいこうがいかなかろうが、どっちでもいい思い付き。だが先ほどまで直哉に頭を踏みつけられていた女のみじめさは、俺の思い付きを実行するには、うってつけのように感じられた。

 

 俺は姉妹の方に歩み寄り、片方の女の傍で屈みこんだ。そして顔を近づけ、土まみれの面と、死にかけて灰色になった瞳を観察する。

 そして、やはり適任のように感じられることを確かめると、思い付きを口にした。

 

「なあお前、俺と取引しないか」




なんだかんだ、直哉が大好きです。
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