ギリシャ神話の二次創作は世界に溢れているがこの伏線回収は見たことがない
テュポーン或いはテュポン。
ヒッタイト神話の巨人ウルリクムミと近似する神或いは怪物の巨人であり、多数の怪物を産んだ父でもある。
その語源はおそらく『靄』『煙』などを元とし、派生した先では『旋風』『台風』となっている。
ギリシャ最大の地母神ガイアと奈落の神タルタロスの間に生まれた未子にして、ゼウスら神々へのカウンター的存在。
言わずと知れた、ギリシャ最強の《蛇》である。
二つの嵐がぶつかった。
天には雷雲が満ちており、頭が天に摩する程の巨体が雷雲を裂いて歩く。
宇宙を焼く雷が怪物に直撃した。あらゆるものを速やかに消し去る一撃を受け、しかし怪物は死んでいない。
夜だというのにゼウスが太陽を取り出した。
エジプト神話において大気の神、そしてラーと同一視されたが故に神々の王の座についた太陽神アメンの権能である。
アメンは神々の王という立場から、ギリシャではゼウス、ローマではユピテルと同一視された神。
これぞ神々の王ゼウスの権能。
人類史最大の版図を持つ征服神にして最源流の《鋼》であるゼウスは、派生系すらも己として塗り潰す。
全能の神ゼウスは、己に通ずるあらゆる《鋼》を扱うのだ。
怪物が起こした津波を神が蒸発させ、巨大な水蒸気塊となり、暴風に引き裂かれる。
大地には
最早天地の間に生命が入り込む余地は無い。
如何なる神、怪物、英雄であっても、瞬く間に消え去るのみだろう。
「知恵」「助言」「戦争」の女神であるアテナ、メデューサ、メティスの成す三相一体の女神は最高の軍師でもある。
人類を超越したその頭脳は、ゼウスの敗北を予知している。
テュポーンとは、神話ではメティスを呑み全知全能となったゼウスが戦い、それでも一度負け、弱体化させなければ封印出来なかった怪物。
全知全能ではないゼウスと、弱体化していないテュポーンでは勝負は見えている。
このままならばテュポーンによって世界は滅びる。
アテナとしては、これでもいい。かつて
《鋼》も人間も気に入らない。嫌いなものが破滅する仄暗い悦びを感じながら、女神はその男を見た。
「───生きているか。《鋼》‥‥竜殺しらしく随分と頑丈なことだ」
神々が殺せぬ巨人にトドメを刺すための兵器。自分も沼地の《蛇》を殺す手伝いをしてやったか。
過剰なまでに筋肉を搭載する《
《鋼》を野蛮と嫌うアテナとしても、知恵を駆使して戦うこともあるヘラクレスはそこまで嫌いではなかった。
その出自。ゼウスの
もしアテナが双子であり、弟が居れば。このように生きたのだろうか。
「終いだ人間。世界は滅びる。この手でゼウスを殺すことは出来なかったが‥‥しかしお前の偉業に褒美をやろう」
「とはいえ、くれてやれる物は大して無い。何を望む?」
ほんの少しの慈悲と、自分を慰める代わりの行為として、褒美を与えるつもりだった。
少なくともアテナはそのつもりで、とっくに全てを諦めていた。
「め‥‥女神メティス‥‥」
「貴女の息子として、
「─────は」
智慧の女神
この男は、戦うつもりなのだ。世界を滅ぼすあの戦いに割って入り、ゼウスもテュポーンも相手にして、人界を
死の女神アテナは考える。
このまま放置して、テュポーンがゼウスを殺す様子を楽しむか?
それとも、この男を弟として──つまり
この《鋼》が、戦いの後自分を傷付けない保証がどこにある。敵を増やすだけではないのか。
‥‥ゼウスのように、私を捨てるのではないのか。
「───いいだろう。《蛇》の血を拝領せよ、新しきヘラクレス」
テュポーンの口から火が溢れる。
巨大な火山を横倒しにして噴火させればこうなるだろうという威力だった。
ゼウスは当然避ける。戦いの余波で世界が壊れようとも、勝利の方が肝要なのだ。
しかし、その口に飛び込む男がいた。
怪物から放たれる火をその身で受け止め、後ろにある人の世を護らんとした英雄がいた。
「────オオオオォォッ!」
周囲の岩石や火山灰をはじめとして、様々なものが吹き飛ばされ、灼熱の噴出物となる。
もしも上空に向けて放たれていれば、たちまち重力の檻を振り切り、星の外にまで飛び出しただろう。
テュポーンの火が途切れる。
長大な火炎の奔流が消え、焼け焦げた大地と、蒸気に覆われた海が姿を現す。
一部の噴出物は遠くまで飛んだものの、熱の殆どは男が受け止め、人界は守られた。
しかし、そこに男の姿は無い。爆発は男すらも吹き飛ばしたのだ。
流星の如き灼熱の噴出物は東向きに大陸を超え、太平洋にまで届いた。
殆どは燃え尽きたが、その中で最も勢いのある噴出物は更に
それは雷のように夜を裂き、逆行する太陽のように空にその身を刻み、世界を一周してテュポーンにまで帰って来た。
戦いは佳境に入っていた。
無数の蛇が蠢き、巨大な腕が振るわれ、炎が空と大地を焼いた。
「─────」
不意に、
かつて己を封印したゼウスすら無視して、単なる直感に任せて振り返った。
「─────」
続いて雷鳴のような轟音が鳴り響く。どうやらこの怪物を殴り付けた男は、音を超えた速さで飛んで来たらしい。
そして、男は名乗りを上げた。
「───我が名はヘラクレス」
「大神ゼウスが一子にして、女神メティスの一人息子!」
すなわち。
「ゼウスを超える、新たなる《鋼》である」
メティスの子はゼウスよりも聡明で剛毅であり、もし男児であったらゼウスの地位を脅かすであろう
「‥‥‥‥」
かつての予言の成就を、神々の王
折れた骨が蠢く。潰れた肉が盛り上がる。
ギリシャ最強の《蛇》であるテュポーンは当然不死の怪物である。
頭蓋を砕いた一撃は確かな損傷を与えたが、命には届かない。
「───
神々の王と
今ここでテュポーンを討伐しなければ、今度こそ『勝利の果実』を食べるなどして復讐しに来る。
ヘラクレスが与えた傷に雷を浴びせ続けることで、治癒を妨げた。
「《鋼》と力を合わせるなど業腹だが、我が弟の頼みとあっては仕方ない」
「『
そして冥府、闇、死の女神であるアテナが傷付いたテュポーンを死に引き摺り込む。
「─────!」
傷付いたテュポーンから流れ落ちた血や肉片が怪物達に変わっていく。
怪物の父テュポーンはその身で怪物の軍勢を成す事ができるのだ。
「────フン!」
しかし有象無象の塵にすぎない。
魔犬は踏み潰され、鯨は引き裂かれ、蛇は轢き殺された。
「これは‥‥‥」
殴っても蹴っても、テュポーンは死なない。
片腕を胴体から引き裂いた辺りでヘラクレスは不死の絡繰に気付いた。
引き裂き、大地に落ちたその腕が大地に呑み込まれ、テュポーンの腕が治ろうとしたのである。
「テュポーン。大地母神ガイアの末子たるその身は、兄弟であるギガンテスと同様に大地を味方に付けている」
「ギリシャ神話によく見られる、“親が子を不死にする”逸話───」
アキレウスは母である女神に踵以外不死の加護を受けた。
ヘラクレスはゼウスの計略で女神ヘラの母乳を飲み、不死に近づいた。
親が子に加護や武器を渡す展開は名のある英雄に有りがちなストーリーである。
「即ち、ギガンテスにも見られる『大地との接触』による不死!」
神話においてゼウスに負けたテュポーンは火山の下敷きになって封印されている。
つまり、大地の支えがある限りテュポーンは不死のままである。
で、あるならば。
「───ならば!簡単であるッ!」
テュポーンが持つ蛇のような数本の脚は、大地に根ざす山脈のようであった。
蛇の鱗に覆われた巨躯は大地へ深々と根差し、その根は地中深くまで食い込んでいる。
しかし、言ってしまえば、
怪力無双の大英雄ヘラクレスにかかれば、テュポーンですら持ち上げる対象になり得るのだ。
「ヌオオオオオォォォォッッ!!!」
「─────!」
こうして天を支えた大英雄によって、大地に支えられていた怪物から大地が奪われた。
不死性を失い、破壊された頭部や片腕などは治らない。
それでも怪物の父は暴れる。
少しでも大地に近づこうと、もう片方の腕を大地に触れさせようとして───
「───
───それよりも早く、天罰が怪物を貫いた。
《鋼》が《蛇》を討伐した。
テュポーンの残骸は、もう大地へ戻ることもない。
残ったのは、新旧二柱の《鋼》。
「‥‥
「何よりも強く、賢く、偉大な、神々の王‥‥‥」
「───これは勝利では無い」
古き《鋼》の、新たな戦いを始めるような言葉を遮り、新しき《鋼》は言葉を繋ぐ。
「真に“超える者”であるならば、不意打ちをすべきでは無い」
「真に王座を競うならば、互いに万全の状態であるべきだ」
「───これは勝利では無い」
新しき《鋼》の言葉を慰めと受け取ったのか、古き《鋼》は反論する。
「愚かな‥‥例え暗殺であったとしても、王に敗北は許されない」
「即座に報復するならともかく、完全な敗北とは無能の象徴であり、無能に王は相応しくない」
「王位の正当性を語るならば、不正に王座を奪い取った者に正当性は薄いはずだ」
「少なくとも、こんな結末で神々の王を名乗るほど傲慢でも愚かでもない」
戦士としての論。王としての論。
どちらが正しいという話ではない。どちらも結論を譲らない我の強さを持っている以上、議論に意味は無い。
度重なる戦いの消耗からか、古き《鋼》は消滅する一方である。
時間によって、この神は居なくなる。
だから最後に、呪いを残そうとした。
「予言をくれてやろう。神々の王ゼウスの名において、我が息子ヘラクレスに予言してやる」
「ゼウスを超える息子は、今ここに生まれた」
「───そして、この男から生まれた者は、それが男子であっても女子であっても、必ず父を超えるだろう」
父を超える子の予言。ヘラクレスが、ゼウスが、クロノスがそうであったように、ヘラクレスの子にも因果は巡ることになった。
「‥‥‥ふざけるな。ゼウス、貴様っ!」
それを聞いたアテナは熱り立つ。
予言とは運命。神ですら抗えない絶対的なもの。
その予言を恐れたクロノスは自らの子供達を生まれてすぐ飲み込み、ゼウスは生まれる前に母親ごと飲み込んだ。
予言によって親子は敵対し、誰かが犠牲となるのだ。今までの神話がそれを証明している。
「───ゼウスよ、感謝します」
「‥‥‥なんだと?」
「我が子が壮健に生まれ、聡明に育ち、親を超える立派な姿を見せてくれることこそ私の望み」
「我が願いが叶う
「‥‥‥そうか」
そうして、古き《鋼》は消えた。
アテナ/メデューサ/メティス
予言一つで自分を裏切った夫が嫌いだった。
やっと生まれた一人息子にまで呪いが巡ることに怒った。
ヘラクレスの答えを聞いて大興奮。ゼウスのバーカ!これが神々の王の器ってモンじゃい!
ゼウス
自分と同一視された神の権能を無条件で使える。本家と勝負すれば流石に劣るが、全能性こそゼウスの恐ろしさである。
神話の枠組みとして、おそらくゼウスは初めから『神々の王』であり、それこそがアイデンティティだったと思われる。
予言を恐れるのを女々しいと思うかもしれないが、皆さんも全財産を失ってホームレスにはなりたくないだろう。
テュポーン
原典ではゼウスとの戦いで星を半壊させた怪物。
不死性については完全にこじつけ。
ギリシャの神々は理屈や条件抜きで不死(もしかしたらネクタルを飲まなければ不死ではないのかもしれないが)なので、不死性に欠点を付けた本作ですら弱体化しているかも。
まつろわぬテュポーンだし、不死殺しなんていう矛盾はありふれてるし、許してほしい。
ヘラクレス
ヘラクレスはゼウスの血を引く息子。
《蛇》でもあるメティスの血を浴びることでメティスの息子として再誕。
バグみたいな挙動で予言を満たし、ゼウスを超える者となった。
幼くして両親を失っているので家族を求めている。