だから古代ギリシャの価値観のままではいけなかったんですね(1敗)
【トルコ近辺を中心として発生したまつろわぬ神同士の戦闘に関する報告書】
数分前トルコ近辺で発生した巨大竜巻及びユーラシア大陸全土に影響を及ぼした大噴火について、複数のまつろわぬ神によるものだと判明した。
かねてよりその存在が確認されていたまつろわぬゼウス、そしてそれに呼応して顕現したと思われるまつろわぬテュポーンの戦闘の余波がこの大災害の原因だと推測される。
まつろわぬテュポーン及びゼウスの戦闘は未だ継続しており、甚大な被害が発生する可能性が高い。
これ以上の被害を抑えるため、イタリアの
尚、災害発生数分後の現在、財産的損失は途方もない被害が計上されているが、人的被害は民間人・魔術師に共通して全く出ていない。
引き続き状況を監視し、追って続報を伝える。
【トルコ近辺で発生した複数のまつろわぬ神同士の戦闘についての被害報告書】
この度発生したまつろわぬ神同士での戦闘について、完全に終結したものとして判断を下す。
まつろわぬゼウス、テュポーンは相打ちになったと思われ、これ以上被害が拡大することはないと考えられる。
・被害報告
神話において星を半壊させたと言われるこの二柱の争いはカスピ海と地中海の繋がりを深め、アララト山を始めとした山々を崩し、アジア全域に薄い火山灰の雨を降らせた。
まつろわぬテュポーン討伐による影響か、火山灰は消滅し、これによって被害が予想を下回る可能性が高い。
また、数千人規模の負傷者が出たものの死者は確認されていない。
【トルコ及びアジア全域の復興完了についての報告書】
災害発生より数日しか経っていないにも関わらず、まつろわぬゼウス、テュポーンの戦闘によって発生した大災害の復興が完了した。
テュポーン討伐により消滅した火山灰については既に報告した通りである。
しかし戦いによって崩れたはずのアララト山、水没しカスピ海と地中海を繋げた都市などが全て元通りに復興している。
調査を重ね、まつろわぬゼウス、テュポーンのほかに二柱の神が確認された。
かねてよりこの大災害は死傷者の異常な少なさなどの疑問点があり、他のまつろわぬ神の関与が疑われていた。
新たに確認されたのはまつろわぬヘラクレス、そしてまつろわぬアテナである。
この二柱はまつろわぬテュポーンとの戦いに手を貸したと思われ、人的被害の少なさはこの二柱の守護によるものと考えられる。
また、戦闘終了後に確認された超常的な復興現象についても、この二柱が何らかの形で関与しているものと推測される。
特にヘラクレスについては、河川の流路を変更したとされる神話上の逸話が確認されている。
この逸話を「自然環境そのものを変化させる権能」として解釈するならば、今回確認された地形および自然環境の復元も、その権能の応用によるものと考えられる。
都市守護の女神であるアテナ、半神であり人間を救済する英雄としての側面が強いヘラクレスの二柱は人類に対して積極的に敵対していない。
しかし、両者ともまつろわぬ神であることに変わりはない。
不用意な接触、挑発、権能の調査、召喚等はさらなる災害を引き起こす可能性がある。
神の怒りを買うことは避けるべきである。ある程度の監視に留め、接触を禁止する。
【日本で発生したまつろわぬヘラクレス逮捕未遂についての報告書】
かつての大災害で確認されたまつろわぬヘラクレスが日本観光中、おそらくその背格好の異常さから現地警察に職務質問を受けた。
その際パスポートその他の身分証明書を所持しておらず、本人の言動から不法入国者及び薬物使用の嫌疑で警察署へ同行された。
正史編纂委員会の調査によれば、まつろわぬヘラクレスは神威などを抑えていたものの魔術や権能で身を隠さず、女装の様相を呈していた。
警察の取り調べの中では、この服は成人の儀の途中であり、予約したホテルから外出した所、職務質問を受けたらしい。
勾留から数分後、まつろわぬアテナが警察に現れ、警察官の記憶や記録の一部を修正しどこかへ消えた。
しかし全てを消去したわけではなく、警察内部に記録されていた取り調べの痕跡は残されていた。
これにより、ヘラクレスが本当にまつろわぬ神なのかについて疑惑が生まれた。
詳細は【カンピオーネ誕生の疑惑についての報告書】に記す。
【カンピオーネ誕生の疑惑についての報告書】
まつろわぬヘラクレスは日本警察の取り調べに対し協力的であり、質問に全て答えた。
出身地はギリシャのとある村であり、名をヘラクレス・パパドプロスということ。かの大英雄ヘラクレスからその名と盾を受け継いだこと。
トルコに渡り復興支援を行ったこと、そこから東に向かって観光及び復興支援をしていたことを明かし、正当な手段で入国しなかったことについて謝罪した。
その後の調査で、出身地として語った村が実在すること、そこにヘラクレス・パパドプロスという青年が居たことが判明した。
その村の住民によると、とある夜途轍もなく激しい嵐が村を襲い、それが去った日にヘラクレス・パパドプロスという青年が村を出たという。
霊視による調査の結果、ヘラクレス・パパドプロスが生まれ育った村において、過去に確かにまつろわぬヘラクレスが顕現していたことが確認された。
顕現時期は、村に記録されていた異常な暴風雨の発生時期と一致する。
ヘラクレスは天空神ゼウスの息子として知られる英雄であり、その神話的性質から、顕現に伴って大規模な嵐が発生したものと推測される。
そして村を襲った暴風雨は、村の青年ヘラクレス・パパドプロスが村を去った頃に収束している。
以上の事実から、当時村に存在していたまつろわぬヘラクレスは、ヘラクレス・パパドプロス本人ではなく、彼と遭遇した別個の存在であったと考えるのが妥当である。
これらを総合すると、現在確認されているヘラクレス・パパドプロスは、まつろわぬ神として顕現したヘラクレスを討ち、その権能あるいは神格の一部を獲得したカンピオーネである可能性が極めて高い。
ところが、本人への取り調べにおいて、奇妙な証言が得られた。
家族構成について尋ねた際、ヘラクレス・パパドプロスは自身の父親については大神ゼウスであると答えた。
人間としてはおかしな証言ではあるが、ここまでは神話上のヘラクレスと一致する。
しかし母親について尋ねたところ、彼は女神メティスの一人息子であると答えた。
警察は違法薬物の使用、虚言を疑ったが、これは考慮すべきことである。
彼と行動を共にする女神アテナは母メティスと同一視される。現在女神アテナと同盟、もしくはそれに準ずる関係と目されるヘラクレスのこの発言は無視できない。
まつろわぬ神とは、神話に従わない存在である。しかしまつろわぬ神といえ、神話に縛られることは少なくない。
その性質や弱点などが大きく変わることはないのである。
まつろわぬゼウスとテュポーンの戦いは相打ちになったが、これは少しおかしい。
神話ではゼウスが一度負け、しかしリベンジすることでテュポーンに勝利している。
決着が付くならば、どちらかの勝利である方が自然なのだ。
女神メティスは神話においてゼウスに無理矢理手籠にされ、子を成したとなれば飲み込まれた過去を持つ。
その経歴から、ゼウスに憎しみを持っていても不思議ではない。
親を超える子の予言を弱点とするゼウスに対し、ゼウスの子であるヘラクレスを自らの息子とすることで予言を成立させ、メティスが間接的に復讐を果たした可能性がある。
しかしヘラクレスがカンピオーネであった場合、生まれは人間である。
神を殺し権能を奪ったとしても、神そのものになり変わるわけではない。
予言を成立させたとすれば、ヘラクレスはゼウスの息子であるはずである。
《蛇》と縁のあるメティスの血によって生まれ直し、英雄的存在へ再誕したとしても、ゼウスの血を引いていなければ予言は満たせない。
一方、もし現在のヘラクレスがまつろわぬ神であるならば、予言を成立させることは出来る。
しかし本人は取り調べにおいて、村で過ごした日々について極めて具体的に説明している。
村の地理、住民との交流、幼少期からの生活など、その内容には実際に村で生活していた者でなければ説明が困難と思われるものも含まれていた。
少なくとも、本人が村で過ごしたという記憶そのものについては、単純な偽装とは考えにくい。
女装を成人の儀と言ったことも混乱を呼んだ。
確かに古代ギリシャには『一人前の男となるために今の自分から遠い立場で経験を積む』ことがあり、女装や裁縫などを行う例は確かにある。
しかし彼が神話上のヘラクレスとして成人前の姿で顕現したのであれば、今回確認された「復興」の権能との整合性に問題が生じる。
復興に用いられたと推測される、自然や河川の流れを変える権能は、ヘラクレスが成人した英雄として積み重ねた神話的逸話に由来する可能性が高い。
成人前のヘラクレスが顕現したのであれば、なぜその権能を既に有していたのか。
逆に、成人したヘラクレスが顕現していたのであれば、なぜ彼は成人の儀を行っていたのか。
現時点では説明がつかない。
【結論】
以上の調査結果から、まつろわぬヘラクレスについて、現時点では以下の仮説が最も整合性が高いと判断する。
ヘラクレス・パパドプロスは、元来はギリシャの村に暮らしていた人間であった。
その後、村に顕現したまつろわぬヘラクレスと遭遇し、これを討伐。
その際にヘラクレスの名と盾を受け継ぎ、神の権能を獲得したことで、カンピオーネとなったものと推測される。
しかし、現在のヘラクレスは単なるカンピオーネではない。
何らかの過程を経て、神話上の半神の英雄ヘラクレスとして生まれ直した可能性がある。
名とは魔術的に重要な要素であり、名を借りることで力を得ることも、名を呪うことで失わせることも出来る。
この真名の継承によって、彼を大神ゼウスの息子として成立させたものと推測される。
また、これによって「ゼウスを超える子」というメティスに関する予言も成立する。
ヘラクレスの権能を奪っただけの人間ではなく、神話的な意味においてゼウスの息子となったためである。
その後、女神アテナ及び同一視されるメティスに接触し、何らかの形でメティスの息子として再誕させたものと思われる。
これはメティスがかつてゼウスによって呑み込まれたという神話を反転させ、メティスがヘラクレスを一度飲み込み産み直すことで、ゼウスが恐れた予言を自らの手で実現させる行為であった可能性がある。
現在確認されている二柱が単に神話から逸脱しているのではなく、神話そのものを再構成している可能性も否定できない。
まつろわぬ神は、縁のある場所に降臨し、降臨時点での人の世の伝承によってその性質や権能を大きく変える。
もしも二柱が新たな神話を築き上げ、今存在する神話の数々を塗り替えることがあれば、今後降臨するまつろわぬ神に影響が出るかもしれない。
この懸念がもし現実のものとなれば、如何なる魔王よりも危険な存在となり得る。
ただし、現時点ではこれらがヘラクレス自身の意思によるものなのか、メティスあるいはアテナによる意図的な神話の再構築なのか、それともまつろわぬ神の神話的性質によって自動的に生じた現象なのかは判明していない。
少なくとも、現在のヘラクレスは只人ではなく、従来の神話の英雄ヘラクレスでもない。
今後、彼らが神話における既存の因果関係をどこまで再現し、あるいは改変するのかについて、最大限の警戒をもって観察する必要がある。
現状、両者に対する敵対行動は危険な状態になったと判断されるまで禁止する。
調査は継続する。
アテナ/メデューサ/メティス
古今東西、《鋼》は《蛇》から生まれる。《蛇》は大地の化身であり、《鋼》は大地から生まれるからだ。
天叢雲の剣は八岐大蛇から生まれ、竜の血を浴びた英雄は力を得た。
それを逆手に取り、《鋼》を呑む《蛇》としてヘラクレスの神威を抑え、周囲に被害が出ないようにしている。
盾にして鞘にして砥石。
まつろわぬヘラクレス
ギリシャのとある村に顕現し、現地住民と殴り合いの末盾と名を渡した。
勝者が求めたのはそれだけだった。
まつろわぬテュポーン
仇敵の気配を察知し顕現。大地から引き剥がされた挙句ゼウスの雷霆によって絶命した。
神話の通り、ゼウスに負けた。
まつろわぬゼウス
不完全ながらも顕現し、神話の通り全知全能になろうとした。
予言は成立したものの、負けたわけではない。勝者は居ないのだから。
ヘラクレス
まつろわぬヘラクレスには勝ったが、盾と名だけを求めた。
テュポーンにトドメを刺したのはゼウスであり、ゼウスが消えたのはテュポーン戦で消耗したからである。