新しきヘラクレス   作:アーっr

7 / 7
修行パートは面白くないとね


魔女神の教え

 

 

 魔術。

 古代ギリシャにおける魔術とは「怪しげなもの」全般を指し、医学薬学なども魔術としばしば混同されていた。

 

 魔女と呼ばれる者たちは、即ち異端だった。

 

 異国の者。歳をとっているのに未婚の者。異常な言動をする者。社会が定めた行いから逸脱する者。

 

 そして───女でありながら、男たちの知らない知識を持つ者。

 そのような、社会と周縁化している者を、人は魔女と呼んだ。

 

 侮蔑と、畏怖を持って。

 

 

 

 

 

 

 人里離れた山間部。

 三つの道が一つに集まるその先に、古びた神殿があった。

 

 周囲には草木が生い茂り、木々の影が神殿を覆っている。陽の光さえ、ここまでは届きにくい。

 

 静謐が古びた石造りの神殿を包んでいた。

 風が外の木々を揺らしても、神殿の中には届かない。

 

 

 

 己の重厚な足音だけが世界に響いていた。

 

 風の音、鳥の声、獣の気配。山にあったものが此処にはない。

 

 暗闇が支配する石畳の上を歩けば、目の前に灯りが見える。

 それは松明であり、闇夜の月光のような道標でもあった。

 

 その向こうに、一人の女がいる。

 若くも、年老いても見える、長い髪の女だった。

 

 「私(あたし)に何か用かい、王様(こぞう)」

 

 「御身は───」

 

 夜を削ったような美しい黒髪は、風が吹いていないというのにたなびいていた。

 満月のような黄金の瞳が私を貫いた。

 

 低く落ち着いた、雪のような声が耳の奥を揺らしても、直ぐには答えを返せない。

 今まで体験したことのない思いに、私は掻き乱されていた。

 

 しまった。

 

 さりとて何かを言わざるを得ないので、一先ず名乗りを挙げることにした。

 

 「私は───」

 

 「知ってるよ。だからぁ、天に名高きヘラクレス様(・)が、どうして妾(あたし)に会いに来たって聞いてんだい」

 

 考えが纏まらない。彼女の問いに答えを返せない。

 

 怪しげな薬の匂いを微かに感じて失敗を悟ったのは遅かった。

 

 「智慧───学びを、得たいと思って」

 

 「学び(μάθηση)、学び(mendh)と来たか!」

 「魔女(あたし)の前で心を向ける(mendh)ことがどんな意味か、わからないアンタじゃないだろうォ?」

 

 大地に接して天を泳いで血に塗れて誰かを殴って闇の中に居て。

 私はくるくる回る幻に囚われてしまった。

 

 「見ることは光が目に入ること。聴くことは音が耳に入ること。嗅ぐことは匂いが鼻に入ること」

 「魔女神(あたし)を相手に不用心にも程があるぞ、小童」

 

 落ちて、堕ちて、そのまま───

 

 「ヌゥン!!」

 

 「‥‥‥ハぁ。これだから《鋼》は‥‥‥」

 

 とりあえず全身に力を入れて幻を弾いた。

 幻術の元となる光、音、匂いをねじ伏せれば意識を取り戻せるのである。

 

 「そんで?何故にアタシに教えを乞うワケ?」

 「私(あたし)、インテリぶった男って嫌いなのよね。『魔術を使える賢い自分』が欲しいなら他を当りな」

 

 さて、今回重要なのは魔術ではない。

 もっと身近で、致命的な問題を解決するためである。

 

 「私の母上‥‥姉上?妻?は博識で、知的な女性なのです」

 「しかし私は田舎の村の出‥‥彼女の知識についていけておりません」

 

 「あーハイハイ。惚れた女と一緒の話題が欲しくて来たタイプね」

 「一応言っておくけど、無敵の女王(あたし)の力は高くつくよ」

 

 

 

 

 

 

 偉大なる女神ヘカテーによる学び(しごき)は苛烈を極めた。

 

 「おいヘラクレスゥ!今から冥界に叩き落とすけどお使いくらい出来るよな!」

 

 「はい師匠(せんせい)。犬を引っ張ってくるくらいは出来ます」

 

 「ステュクスの川くらい泳げるよなぁ!」

 

 「はい師匠(せんせい)。やったことはありませんがやってみせます」

 

 「この本に書いてある冥界の薬草(モーリュ)を栽培出来るよな!」

 

 「はい師匠(せんせい)。村で土いじりをしていたので植物の扱いは心得ています」

 

 「今から私が全力で追うけど逃げ切れるよな!」

 

 「はい師匠(せんせい)。自分光より早く走れます」

 

 「妾(あたし)が追いついたらお前の手脚をバラバラにして魔法を掛け、しかるのち壺に入れて蘇生を妨害するけどいいわよね?」

 

 「はい師匠(せんせい)。追い付かれそうになったら殴ってでも逃げ切ります」

 

 「であれば冥界に赴き、その全てを並行して行います」

 

 「ウッス!」

 

 学び‥‥?ホントに学びかなこれ。

 一見おかしな光景だが、人ならざる神々における学びは人と違って当然ではある。

 

 メティスの息子であり、いずれ全能に至る者であるヘラクレスには万道への才覚が備わっている。

 そこに『あらゆる分野での成功を約束する』とまで言われたヘカテーの教授が合わされば、当然メキメキと成長していった。

 

 特に農業の面で、その能力は発揮された。

 

 

 

 ある日ヘカテーが神殿の植物園を見に行くと、以前には存在しなかったはずの植物が、整然と並んでいた。

 

 一株、二株────ではない。

 広大な畑のように、1mを超えるのではないかというほどのものが見渡す限り生えていた。

 

 「‥‥‥オマエさ。誰に教わったのコレ」

 

 「もちろん師匠(せんせい)の教えのおかげです」

 

 「な訳ないだろうが!こんなん教えてねえって!」

 

 「村で農業もやっていたので」

 

 「にしてもおかしいだろうが!なんでプロメーテイオン*1が増殖してんの!?」

 

 「しかし‥‥師匠(せんせい)が私にそう命じたのですから。言葉には責任を持ってください」

 

 「言ったけど!やり過ぎだろバカ弟子!」

 

 このようにして、ヘラクレスの意外な才能はヘカテーによって発掘されたのである。

 

 

 

 二柱はとても相性が良く、竹馬の友、義理の姉弟、魂の半身とも言える程仲が良かった。

 

 「師匠(せんせい)。私を魔術で眠らせ勝手に刺青を入れようとするのはおやめください」

 

 「いいだろ別に。偉大な女神(あたし)の手で齎される恩恵なんだから有り難く受け取りな」

 

 「ならせめて起きている時にしてください」

 

 「おや、急に物分かりが良くなったじゃないか」

 「もしかして私(あたし)の事好きになった?好きって言え」

 

 「隙(すき)だらけですよ、師匠(せんせい)」

 

 「クソガキ!」

 

 誰がなんと言おうと仲が良い。殺し合っていないのだから仲が良いのだ。

 

 

 

 「‥‥‥」

 

 これを面白く思わなかったのはアテナである。

 

 ヘラクレスの側には助言の女神でもあるメティスの要素を持つ彼女が居たのだ。

 当然、今まではヘラクレスが持たぬ知識に直面したらば彼女が助けをして来た。

 

 にも関わらず、ぽっと出の女神───ヘカテーの方が地母神の源流に近いがヘラクレスとの関わりとして───にその座を奪われたのだ。

 

 

 

 

 

 

 「‥‥‥」

 

 ヘラクレス。《鋼》。我が息子。弟。夫。

 無防備に寝ているその状態ですら、私では傷付けることが難しい。

 

 「‥‥かぷ」

 

 手を噛む。ゴツゴツしていて堅い。顎に力を入れても、少しの痕が残るのみである。

 青い目の刺青を入れた胸に爪を突き立てても意味がない。彼は傷付かない。

 

 無論権能を用いて本気で害そうと思えば話は変わる。その場合、即座に起きて反撃出来るだろうが。

 

 何故、この男は私の前で睡眠を取れるのか。

 このような無防備な姿を晒しているのは、何故なのか?

 

 侮りから来るものなのか、それとも信頼故の事なのか。

 

 「‥‥‥わからない」

 

 知恵の女神がこのザマだ。目の前の生命のことなど分かっていない。

 

 

 

 

 

 部屋の外に出る。闇の中でこそ私は冴える。

 

 「悩んでるネェ。恋の病かい?」

 

 薬草を煎じながらけひひ、と常人ならば震えるような笑いをする老婆。

 

 

 女神ヘカテー。『遠くまで力の及ぶ女(ヘカテー)』。

 月、魔術、豊穣、浄め・贖罪、出産、冥府、狩猟、境界・十字路など、その象徴は多岐に渡る。

 

 

 古代ギリシャにおける女は支配される者。奪われる者だった。

 

 しかし魔女ヘカテーはそのような社会常識から逸脱し、逆転を起こし、女でありながら支配者になった神である。

 

 

 元はアナトリア半島‥‥現在のトルコ周辺で生まれたとされる女神であり、原初、どのような名で信奉されていたかは残っていないにも関わらず絶大な版図を持っている。

 地母神の源流に最も近しい女神であり、後に多くの女神たちと混同・同一視されたが故に。

 

 広大な権能から、三面の女神とも、あらゆる分野での成功を約束する女神とも言われる。

 

 「嗚呼、憐れなメティス。昔の男に捨てられたのをまぁ〜だ気にしてるんだね」

 

 魔術とは神に通ずる業であり、それを極めたヘカテーは全能とまで称される。

 その力からゼウスからも特別視され、天上・地上・冥府の通行を自由に行うことを許可されている。

 

 過去を暴くことも、心を覗くこともヘカテーならば可能だろう。

 

 「‥‥‥私が?」

 

 「ゼウスの時は無理矢理だったが、それでも捨てられたことは心にキただろう?」

 「そしてアンタの心はヘラクレスに惹かれてる。ゼウスに捨てられた時のように、それ以上に、アレに捨てられるのを怖がってる。アタシにゃ解るさ」

 

 「そのような侮辱、如何に御身であろうと───」

 

 

『侮辱だと?』
 
『面白いことを言うわね』
 
『言い当てられて怒るのは図星だからか?』
 

 

 息を呑む。

 目の前にいるのは正しく三面六臂の女神。

 

 もしもゼウスが王座を奪っていなければ神々の女王になっていたかもしれない、正当なる王位継承者。

 

 「まァ、アンタの想いも可笑しくない。アタシも同じ冥界の女として、アレに肩入れしちまってるからね」

 「敵対者に悉く降り掛かる死(・・・・・・・・・・・・)!」

 「英雄というカタチの、一つの死の在り方。それがヘラクレスさね」

 

 「‥‥‥‥」

 

 死の女(アテナ)は答えない。

 

 ヘラクレスは最早あらゆる試練を打ち砕く神性である。

 神としての新生。ステュクスの川の加護。蒼眼の刺青の防御。

 

 まさに全盛期の、神々の王ゼウスを思わせる力である。

 

 そして、それが己だけによって成されたものではないことが、どうにも面白くなかった。

 

 「痕を残さないかい?」

 

 声を落として、囁くように、老婆は言う。

 

 「‥‥‥何ですって?」

 

 「刺青だよ。アタシがやったように、あの男にカタチで遺すのさ」

 

 アテナの黄金の瞳が揺れる。

 唆されていることを自覚してなお、《蛇》の誘いを拒めない。

 

 

 

 

 寝室。ヘラクレスは未だ眠ったまま。

 

 「‥‥‥起こさないのですか」

 

 彼が眠ってる内に刺青を入れるなと怒っていた事は記憶に新しい。

 あまり彼を刺激するようなことはしたく無いのだが。

 

 「起こすと絶対文句言うし。ホントにイヤだったら起きて殴りに来るでしょ」

 

 「起きたら結局殴りに来るのでは?」

 

 「だから気付かれない内にやるんじゃん。バレなきゃ良いんだよ」

 

 今更ながら後悔して来た。こんなことをして本当にいいのだろうか。

 朝起きて、気付いた時。見捨てられはしないだろうか。

 

 「そら、さっさとやるよ」

 

 罪悪感と不安感を抱いている私を他所に、ヘカテーは好き勝手していた。

 

 「折角プロメーテイオンがこんなにあるんだもん。使わなきゃ損だよねー♡」

 

 プロメーテイオンから作った魔法薬を真夜中にヘカテーに供儀した後、身体や武器・盾に塗りつけると、1日の間だけ刃や火から身を護り、無双の力を得ることが出来る。

 

 ヘカテー本神とも成れば、刺青として魔法薬を使うことでその効果を永遠にすることも出来るのだ。

 

 「どのような形に?」

 

 「そりゃ終わり(Ω)よ。敵対者が最後(Ω)に見るからね」

 

 右腕からヘカテーが。左腕からアテナが刺青を入れ始め、肩を通り、首元で合流した。

 

 終端(Ω)は完成した。本人の許可も無く。

 

 「‥‥‥見捨てない、で」

 

 肌に触れる。熱が伝わる。

 

 助言とは共に(σύν)熟慮(βουλή)すること。

 このように軽率ではなく、一人で考えることでもない。

 

 知恵の女神として、私は、この愚かさを保有してもいいのだろうか?

 

 

 「冥界の女のよしみで助言(アドヴァイス)するけどね」

 「生命を理解してない奴に死を支配する権利はないよ」

 

 

 二人きりに戻る。夜はまだ明けない。

 

 「ヘラクレス‥‥‥」

 

 何故彼は私を優しく抱き締めるのか。

 何故こんなに暖かいのか。

 

 「‥‥おやすみ」

 

 分からないまま、目を閉じた。

 

 

*1:
カウカソスの山頂に縛られたプロメーテウスが不死身の大鷲に肝臓を食われた際に、大地に飛び散ったイーコールから生まれたもの




ヘカテー
 かつて神々の王だったクロノスから直々に『万物を支配する王笏』を与えられている。
 王笏は王権の象徴。それを与えられるということは、王座の継承にも等しい。

 ゼウスが王座を奪い取っていなければ、彼女が正当な神々の女王として君臨しただろう。

 気まぐれに与え、気まぐれに奪う。

アテナ
 捨てられたくない。置いて行かれたくない。焦りが思考に霧をかけた。
 ちょっと誘導されてたけどいつか爆発するものが早まっただけ。

 生命がわからない。

ヘラクレス
 アテナの話についていくために勉強を始めた。
 相変わらず無茶振りされてるけど逆に振り回し返している。

 実は農業が得意。もしまつろわぬヘラクレスと農業勝負していれば圧勝だった。

 自分の肌に落書きされて眠り続ける程鈍感ではない。
 分かりきったことだが、アテナを愛している。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

問題児? いいえ、神殺しです。(作者:怜哉)(原作:問題児たちが異世界から来るそうですよ?)

──────魔王とは、揃いも揃ってカスである。▼彼は『覇者』である。▼天上の神々を殺戮し、奪い取った至高の力で同胞までもを滅ぼすが故に。▼彼は『王者』である。▼弱く脆い人類を愛し、庇護し、その外敵の悉くを打ち砕くが故に。▼彼は『魔王』である。▼己の愛する者を甘く優しく飼い殺し、衰退させるが故に。▼人類は、彼に抗う術を持たない。▼元は同じ『ヒト』でありながらも…


総合評価:3375/評価:8.84/連載:20話/更新日時:2026年10月02日(金) 20:07 小説情報

残酷な世界に生まれたけれど、幸せです(作者:虫ケラ盆暗ノロマの腑抜け……役立たず!!)(原作:鋼殻のレギオス)

▼人類がギリギリ生き残ってしまっている残酷な世界で、残酷な目に遭わされた主人公がシアワセに生きていく話。▼・古典童話の『幸福な王子』をほんのり意識しています。▼・ヒロインはフェリ。いわゆるハッピーエンドになるかは未定です。▼・R-15タグとアンチ・ヘイトタグは念のため。▼・念のためにクロスオーバータグも付けました。クロス要素は鬼滅の刃(語録とか)、永遠のアセ…


総合評価:2063/評価:8.67/連載:6話/更新日時:2026年09月27日(日) 13:15 小説情報

剣豪の英雄譚(作者:二天一流)(原作:落第騎士の英雄譚)

▼──褒められたい、認められたい、憧れられたい…!▼──敵も味方も誰も彼もが放っておいてくれない存在になりたい…!▼──逃げも隠れもできない存在になりたいッ!▼承認欲求の鬼のようなそんな男がいずれ最強へと至る物語。


総合評価:2558/評価:8.28/連載:3話/更新日時:2026年08月05日(水) 16:49 小説情報

ダンまち世界のサムライ先生(作者:色々残念)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

4度の生まれ変わりを経験したサミダレ・時雨が、ダンまち世界で学区の教師として生きていく話


総合評価:792/評価:7.56/連載:19話/更新日時:2026年08月26日(水) 22:56 小説情報

100億人に一人の才能(作者:キモいよ)(原作:HUNTER×HUNTER)

ゴンとキルアは1000万人に一人の才能。すごいという表現。▼だけど100億人に一人だったらもっとすごいよね。


総合評価:1021/評価:7.47/連載:10話/更新日時:2026年10月07日(水) 08:13 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>