夏目アンアンが、犯人だった。
彼女の自白により、動機も全て明らかとなった。
少女達は非難や軽蔑の目などを向けていたが......アンアンの変化により、言葉に出されることはなかった。
白い髪は驚くほどに伸び、少女の片目を覆い隠す。
耳の方から山羊や羊のような角が伸びた。
肩は黒く染まり、目には光がなかった。
そう、真実を得た彼女は、その罪に耐えることができず......【魔女】となってしまった。
「これが......魔女化」
エマは、思わず呟いた。
その言葉にも、アンアンは既に反応しなかった。
「キレイ、教えてくれないか」
そう言ったのはアンアンだった。魔法が強化されているのか、ただ横で聞いているだけなのにそれに従いたくなってしまう。
「何かね」
キレイは変わらず、死んだ目で少女の話を待つ。
「わがはいは、どうすれば良かった。満たされたくて、また失うのが怖くて、わがはいは、大切な友を殺してしまった。どうすれば、良かったのだ......」
少女は道に迷い、後戻りができなくなっていた。
だからこそ、彼女は正解を求めている。
どうすれば、こうならなかったのかを。
難しい問いだと、エマは考える。
納得の行く答えを出すのは、不可能に近いと。
その問いに、キレイは答えた。
「君は自身の魔法により、深く口を閉ざしたのだろう。だからだよ、言葉とは、人と人の間に繋がりをもたらす道具。自身の力が人に影響を及ぼすことを恐れ、その繋がりを絶った。
桜羽エマはここから夏目アンアンがここに残る選択を取りたがることを知らず、佐伯ミリアはその殺意を直前で知り、それを庇った。言葉による繋がりを恐れた君に、その選択は掴めなかった。ただそれだけのことだ。エマ君が皆を集めた時にそれを言えば、違った結末かも知れないがね」
それを聞いたエマは、深い衝撃に落とされた。
「(ボクは、アンアンちゃんのことを何も知らなかった)」
こんな酷い環境から、みんなを助ける。そんな自らの持つ傲慢さを思い知った。ミリアもその計画には手伝ってくれたが、内心ではここを出たくない気持ちもあると言っていた。
「(もっと、話し合っていれば)」
エマの心は、深い後悔に苛まれる。
そんなエマの肩を叩く少女がいた。
「エマちゃん。抱え込むのは立派だと思うけれど、あなたのせいじゃないのよ。......いいえ、誰のせいでもないのよ。こればっかりは」
「......ありがとう、マーゴちゃん」
励ましてくれた彼女に、エマはこう言った。
ふと、アンアンの方に目を向けた。
「......そうか」
彼女はただそれだけを言って、深く俯いてしまった。
そんな空気を切り裂くような声が響く。
「あ、話終わりました?業務時間外なので申し訳ないんですが巻きで行きますね。処刑のボタンを、グーっとお願いします」
また、自らの手で隣人を処刑台へと送る。
ボタンの長い長い時間は、命の重さを未だ主張する。
皆がボタンを押し終わり、ゴクチョーが処刑の合図を行った。
中央の台が降下し、レイアを処刑したものとは違う、別の処刑台が開かれる。
それは、絢爛豪華な人形劇の舞台。
その舞台に、夏目アンアンは立たされる。
垂れ下がった糸が、素早く彼女に巻きついた。
その様子は、まるで......
「あらまあ、皮肉ね。人を操るあなたが、操り人形にされてしまうなんて」
マーゴがそう述べる。
アンアンは何も言わなかった。
他の少女も、口を開かなかった。
その内心を知り、口に出すこともできなかった。
「......ノアやレイア、ミリアといる時間が好きだった。ノアはわがはいに、プレゼントをくれた、レイアは常に、わがはいを楽しませてくれた、ミリアは、わがはいに寄り添ってくれた」
舞台に上がった彼女が、ぽつりぽつりと呟いた。
「キレイの言う通りだ。わがはいは、言葉に出すべきだった。ノアにありがとうと言っていれば、レイアは大義名分を得なかった。ミリアに、残ってほしいというべきだった。わがはいは、いつも気がつくのが遅い」
糸は少女の体を動かし、同じく吊るされている鋭利なナイフを手に取らせる。
「......ごめんなさい」
そうしてアンアンは、そのナイフを自らの首に押し当て......自らの喉元を切り裂いた。
紅い紅い、蝶が舞う。
ノアから貰ったお守りが、少女の体から溢れ出す。
しかし、彼女は魔女だった。
幾ら時間が経とうとも、その血は止まらない、その絶叫は終わらない。
例え【なれはて】ても、永遠に。
「おい、もう十分苦しんだだろ!止めろよ!」
アリサがそう叫ぶ。しかして処刑は終わらない。
彼女が死ぬまで、つまり、永遠に。
ある少女は目を覆い、
ある少女は耳を塞ぎ、
ある少女は見ることをやめた。
「(アンアン、ちゃん)」
エマは、深い悲しみの中、彼女の最後を見届けんと涙を浮かべながら、その凄惨たる姿をじっと見ていた。
キレイは、誰よりも目の前に立つ。
「キレイ、ちゃん?」
彼女は、レイアの時と同じように、
目の前の処刑台の上の少女に声をかける。
「君は、歌が好きだったね。
では、別れの時だ。君のために歌うとしよう」
キレイは、手を目の前の少女へと翳す。
何を、という前に、キレイより言葉が告げられる。
「私が殺す、私が生かす 私が傷つけ私が癒す。
我が手を逃れうる者は一人もいない。
我が目の届かぬ者は一人もいない」
キレイは、誰よりも前に立ち、それを唄う。単に目の前の少女だったものを救う為に。
「打ち砕かれよ。
敗れたもの、老いた者を私が招く。
私に委ね、私に学び、私に従え」
それは、彼女自身の持つ魔法とは別に、教会が作り上げた人造魔法。代行者とも呼ばれる、世に蔓延る【なれはて】を討伐することを目的とした集団のみが扱える魔法。
「休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」
主の教えに基づき、この地に縛られし不死の怪物となった者を強制的に主の元へと送り届ける魔法。その名を【洗礼詠唱】
魂を喰らい潰す魔女因子を切除し、不死性を失わせる。
「装うなかれ。
許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を」
異形たる姿を持つ怪物が、形を失う。
その絶叫は勢いを失い、力無く、
ただ、唄われる歌を聴いていた。
「休息は私の手に。
貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。
永遠の命は、死の中でこそ与えられる」
怪物と【なれはて】たアンアンの姿は、今やその形を失っていた。
拘束された腕は粒子となり、怪物と化した姿は元の形を取り戻していく。
「━━━━許しはここに。受肉した私が誓う」
少女の処刑は永劫のものではなく、
彼女の言葉により、終わりが訪れる。
「━━━━
その一言に込められた、大いなる慈悲を以て、
深い悲しみにより成れ果て、
この地に縫い止められた少女の魂を昇華した。
最後に少女は涙を流し、その雫が落ちた時......そこにいたものは影も形も無くなっていた。
誰も居なくなった舞台は幕を閉じ、舞台は降りる。
「━━━掃除の手間が省けたと、喜ぶべきでしょうね。やれやれ、やっと終わりました。それでは、これより閉廷とします!」
ゴクチョーの宣言より、魔女裁判は終わった。
皆、疲れ果てたのか、しばらく動こうとはしなかった。
脳裏に焼きつくのは、彼女の最期の涙だった。
【魔女図鑑:人物】
[ことみね きれい]
囚人番号671番。 誕生日:12月28日
15歳
【魔法】
【奇跡】
一つのリンゴを全員に行き渡るように渡す。
水をぶどうジュースに変えるなど
神の子と近しいことができる。
それだけではなく、実現可能な範囲ならどんな願いも叶えられる。
【洗礼詠唱】
言峰キレイが会得している人造魔法
この地に縫い止められし魂を、使用者の慈悲により強制的に主の元へと送り届ける魔法。
あくまで【なれはて】限定であり、魔女には効果がない。
敬虔なるシスター、目が死んでいる。
今回のキレイは、もはや手遅れと考えていた。
その為に、代行者としての力を振るい、
許しを与え、夏目アンアンを人として終わらせた。