日常パートは基本的に、ヒロちゃん視点で進みます。
私たちは規則に従い、それぞれの部屋へと戻って行った。
エマが不安そうな声を上げるが、私は無視して自身の作業に取り掛かった。魔女図鑑を開く、先程は流し読みだったので、じっくりと読んで規則を確かめて行った。
「(私たちはストレスによって魔女化が進む...それ以上の詳細な情報はなしか)」
「ヒロちゃん、落ち着いているよね。凄いなぁ」
エマがそんな呑気なことを話してくる。
「━━━そんなことはない。後、話しかけないで欲しい」
人の気持ちも知らないで、怒りを必死に押さえつける。
「......ごめん」
エマを見ないようにして、状況整理を続ける。今の私にとって逆境なのは、エマと同室というこの環境だ。
何か対策が必要かもしれないとしながら、私はポケットに入ったもう一つのもの...万年筆を取り出す。
「(なぜ、これがここに)」
【彼女】にプレゼントしていた筈の万年筆。
分からなかったが、有り難くもあった。毎日の思考整理用の日記が作れることに安堵した。
ひとまず、日記を書き始める。頭がスーッと冷えていく。万年筆の音が、私の波立つ心を和らげてくれる。
「それって、ヒロちゃんが前に持ってた...」
「━━━話しかけないで欲しい」
思わず、強い声で返してしまった。
らしくない、と思いつつも思い当たる点があった。
言峰キレイだ。あの言葉がずっと、私の心に巣食っている。まるで私の心の中を見透かしているようなあの言葉が。
「(...私にとっては、逆境も逆境だ)」
エマだけではなく、キレイも私にとってはストレスの原因の一つとなっていた。
機械的に、日記を走らせる。このストレスを和らげる方法は、何かないだろうか...。
━━━━━
何事もなく食堂に辿り着く。私は全員が揃っているのか点呼をしつつ、指差し確認を行なった。
エマとココが何やらこちらを見てヒソヒソ話をしているが、私は気にせず点呼を進めていく。
「━━━これで最後か?城ヶ崎ノアがいないが」
その言葉にはエマが答えた。
「あ、城ヶ崎ノアちゃんならご飯要らないって」
「......そうか」
来ないのならば仕方ない。私は全員を見渡した。あまり良いものとは言えない食事が揃っている。皆初めて利用する食堂には困惑しているらしい。
「見た目は良くないが、毒味もしておいた。変なものは混じっていない。安心して食べて欲しい。席は決まっていないようだから、好きに座って欲しい」
自然と合う合わないがあって、自然とそれらしいグループに分かれていた。しかし、一つ明らかに異質なグループがあった。
「(言峰キレイに紫藤アリサに、沢渡ココ...?)」
明らかに人間的にも性格的にも噛み合いが悪そうなグループだが、雰囲気は悪くない。
「あ、ヤンキーにキレイっち。ここ座って良い?」
ココがそう二人に話しかける。
「私は別に構わないが...アリサ君はどうする?」
「好きにしろよ......不味い」
キレイがアリサに確認を取った後、ココが座ってアリサの発言に同意する。
「分かる。ここの料理見た目からして不味そうで味も悪いしさ〜...キレイっち、そのリンゴ分けてよリンゴ」
「それくらい構わないよ。アリサ君も、食べるかい?」
「...悪い、貰う」
するとキレイは一つのリンゴを手に持つと、袖から二つのリンゴをさらに取り出して分配した。
「お、ありがとねー。そう言えばキレイっち、この後時間ある?頼まれて欲しいことあってさ」
「ああ、それくらい構わないよ」
ココの発言にも素直に応じた。するとアリサからあるツッコミが入った。
「...おい言峰。テメェリンゴ幾つ取ってんだよ」
「一つだが?」
「嘘つけ、袖から2個取ってんだろ。後あっちのチビにも分けてただろ」
「嘘はついていないのだがね」
...楽しそうな雰囲気だが、看過できないことがある。
「(資源の独占に嘘、やはり言峰キレイは【悪】だ)」
いずれ正してやる必要があるかも知れない。
ふとそう考えていると、レイアがこちらに来てトレーを置いた。
「隣、いいかい?」
微笑みながらそう言う彼女にはこう返した。
「別に構わない。君は話が通じそうだ」
恐らくは、リーダーの縄張り争い。レイアと同じ属性の私を警戒してのことだろう。経験はあった。
それに加えて、意外な人物もこちらに来た。
「私もここで食べさせてもらう。良い?」
「ああ、どうぞ」
暗い瞳でこちらのことを見つめてくる。食事に手をつける様子もなかった。恐らくは、私を怪しんでいるのだろう。
視線には反応せず、黙々と食べ進める。
そんな中、レイアが青ざめて言った。
「ずいぶんな味だな、これは......キミ、よく平気な顔で食べられるね」
恐らくは良いところで育ってきたのだろう。急激に食事のランクが下がったので辛そうだ。
「どんなに酷い味でも、顔に出すのは失礼だ」
「ああ、そうだよね。すまない」
私の言葉にレイアは謝罪をする。思う所はあったのだろう。
「ところでヒロくん。キミはこの牢屋敷についてどう思う?」
この牢屋敷について詳しいと思っているのだろう。レイアがそんなことを聞いてきた。私は一番言うべきことを言った。
「看守は君が思っているよりずっと危険だ。逆らわない方がいい。もっとこの牢屋敷や魔女のことを知っていく方を優先することだ。後、私は食事中の私語を慎むようにしている。話しかけないで欲しい」
それだけ言って、会話を切った。
レイアが驚いた顔をした後に黙る。盛り上がりに欠けるテーブルで食事をする。ふと、辺りが騒がしい。
エマ達のグループだ。
ハンナが立ち上がり、叫ぶと...浮いた、10cmくらい。【魔法】という存在の説得力が増す。遠野ハンナは【浮遊】だろう。
すると続けてシェリーが披露して、エマのリンゴを片手で軽く握り潰した。約60kg〜80kg以上の握力が必要だが、軽々と握りつぶした。シェリーは自身で【怪力】と言った。
エマは涙目を浮かべていたが、キレイが近づいてシェリーに注意した後に、エマにリンゴをまた渡したことで丸く収まっていた。
その後は、シェリーが言った。
「みなさんの魔法も、ぜひ見せてください〜!」
その呼びかけには誰も反応せず、沈黙していた。
「私は魔法を使えない。魔女ではないから」
「あっそうですか〜...」
その言葉にシェリーがしょんぼりとしてすごすごと席に戻った所で、私は立ち上がった。
「ごちそうさま」
私はビュッフェコーナーからトレイを取り、お皿に食事を盛り付けていく。
「ヒロくん、食べ終えたのではなかったのかな?」
「城ヶ崎ノアの分だ」
レイアが聞いてきたので端的に答える。すると納得したような声を出して、思いもしないことを言った。
「優しいんだね」
優しい?私が?その言葉を鼻で笑う。私は正しくありたいだけだ。城ヶ崎ノアは食事を取るべき。それだけのことだ。
━━━━━
私はトレイを持って、城ヶ崎ノアの部屋の前に来ていた。すると、異常な光景が浮かぶ。
赤 赤 赤
部屋全体が真っ赤に染まっている。
スプレーの刺激臭がすごい、私は思わず厳しく言い放った。
「君、これは何のつもりだ!」
ノアは不思議そうな顔で振り返った。
「ん?そんなに慌てて、どうしたのかな?」
「何故部屋を赤く染めた!」
正しくない、息が詰まりそうになりながらもそう言った。正さなければならない。
「ノアの書きたい絵になってくれなかったから、消さなきゃって...そうしたら、全部こうなっちゃった」
照れ臭そうに言うノアに対し、グラグラと視界が揺れていくのを感じる。ここまで正しくないのは正すべきだ。
「消すんだ!今すぐに!君に取ってはお絵描きだろうと何だろうと!通路まで臭いが充満しているのは迷惑行為でしかない!!」
「......そうなんだ、気付かなかった」
しょんぼりした様子のノアを見て、ため息が出る。
「消すのは手伝うから」
「ううん。そういうのいらないんだ」
すると、辺りの赤が一気に集まってゆき、ノアのスプレー缶の中に戻って行った。まるで逆再生のように。
私は驚きつつも、考える。この子の魔法は、液体を操るものなのか、と。スプレーの臭いはまだ残るが、時期に戻るだろう。部屋は元に戻っていた。
「ほら、きれいになったよ〜♪これでいいかな?」
「...まあ、これならいいだろう」
自慢げにいう少女にそう言った。
「...ここでお絵描きは禁止だ。明日、一緒に君の絵を描く場所を探しに行こう。後、食事も取りに来るように」
━━━放っておけない。
「ここで描いちゃ「ダメだ」...けちー」
油断も隙もない。このままでは皆に迷惑をかけるだろう。私が正していかねばならない。
その後私はご飯を渡して、明日の約束を取り付けた。
少しずつ、正さなければ。
そう思いながらも、自身の部屋へ戻る直前...声をかけられた。
「おや、ヒロ君」
「...どうしたんだ言峰キレイ」
言峰キレイだ。先程のやり取りを全て見ていたのだろう。
「何、ココ君と少々待ち合わせをしていてね。ふと気になったのでそちらを覗いたに過ぎない」
「そうか、放っておいて欲しい」
「無論そのつもりだ。ただ、君のそれは人間的にも正しい行いだ。ぜひ続けて行くといい」
「...言われなくとも」
そう言って互いに分かれてゆく。キレイは何故か焼却炉に、私は部屋へと戻る。
そうして、この牢屋敷での一日は終わりを告げた。
【本日の処スノート】
自然とグループが形成されつつある。主に3グループに分かれており、それぞれの中心人物にエマとキレイ。他はそれぞれが自由に集まっているが、ミリアが世話をかなり焼いている。
それら3人の持つ魔法は分からないが、言峰キレイは資源を独占したばかりか1つしか取っていないと嘘を重ねる【悪】である。
しかし沢渡ココや紫藤アリサなどを手懐ける手腕、それに事態を手早く処理する手際の良さは評価したい。
問題は城ヶ崎ノアだ。正しくないが、正しがいがある。次の自由時間には、絵を描く場所を探す必要があるだろう。