「うぅ...!うぅぅ......」
「(ただ無言でメルルを撫でている)」
「...マーゴちゃん、ヒロちゃん...」
「ヒロちゃんはあそこで公正公平な裁判って言っちゃったのがアウトねー。それをやるっていう大義名分を得ちゃったものあの麻婆」
「押忍!目の前でその暇はないことをあの麻婆とあそこのエマちゃんは知ってたからねー...」
(ヒロ視点)
マーゴの靴裏と、私の背にあった靴跡の痕跡が一致するか確かめる前に、マーゴが全てを自白をした。
「......証拠は、消したと思ったけれど。こんなものが残っていたなんてね......考えるべきだったわ。」
迂闊だったといった様子で、マーゴは言う。
私の推理とキレイの補足推理は殆ど合っていた。だからこそ、何よりも度し難かった。
「(言峰、キレイ......!最初からアレを握っていて、確証を得る為に私を利用したか......!)」
顔を見ると、キレイは怖いほどの笑みを浮かべている。
「(......恐らくは、キレイは愉しんでいる。この状況を、そして突き放し奈落に落とすその様子を......油断ならず、本当に度し難い)」
議論を振り返れば、言峰キレイは一つ一つ丁寧に議論を誘導していた。マーゴと私、どちらがより場を扇動できるかの戦いだと思っていたが、それも全てキレイの掌の上だったと考えると腹立たしい。
全員の目は、とても信じられないといった風にマーゴを見ている。その間、沈黙が重く...それを破ったのはマーゴだった。マーゴは語り始める。
「...私らしくないわね。どうしてか、熱くなってしまったのよ。あんなに気持ちが昂ることってあまり無いのよ?殺さないと気が済まなかったの。酷い話よね......本当にごめんなさい」
その言葉に反応したのが、エマだった。
「━━━っなんで?メルルちゃんはマーゴちゃんを助けてくれたじゃないか!大怪我を負ったマーゴちゃんを必死に看護して、ずっと気にかけて、あんなにも尽くしてくれて......」
その言葉にも、マーゴは変わらない返答をする。
「ええ......メルルちゃんはね。とても、とても優しくしてくれたわ。高熱が出て魘された時も、ずっと傍に寄り添って手を握ってくれたり、頭を撫でてくれたり......ぽろぽろと泣きながら、死なないでくださいって、たくさんの愛と、慈しみを与えてくれたの」
それは、美しい思い出を語る少女のようだった。
「私、感動してしまったわ。まだ知り合って間もないのに、こんなに献身的に尽くしてくれるなんて......」
マーゴは、瞳に滲ませた涙を、そっと拭う。その動作に、私は違和感しか感じられなかった。
「彼女は真心に満ちていて、確かな愛を感じたわ。私たちは、愛し合っていたのよ」
ミリアが、困惑した様子で呟く。
「愛し合っていたって......じゃあなんで殺したのか、余計わからないよ......」
「変態の趣味嗜好なんじゃね?ほらあるじゃん。好きだから殺すってやつ......」
ミリアとココの発言に、マーゴは顔を恍惚とさせこう返す。
「ふふ、そういうこと。私はね、愛していたから殺したのよ。あなたたちもきっといずれ分かると思うの。愛に応える方法は、究極的に死なのよ」
私は、そう語るマーゴに嫌悪感しか抱かなかった。
何か言おうと前に出た時に、キレイと目が合った。まただ、心の奥底を見透かしているような、あの黒い目......。
私が何か言う前に、キレイが話す。
「......宝生マーゴ」
「あら?あなたも何か言いたいの?キレイちゃん。受け入れられないかしら?あなたみたいな敬虔なるシスター様には」
マーゴの問いに首を横に振り、こう尋ねた。
「問おう、宝生マーゴ。君は氷上メルルを殺した時、何を思った?」
マーゴは返す。
「そうね......とっても嬉しかったわ。あの私を見ている驚いた顔も、清らかな服も、美しい声も、美しい銀白の髪も、飛び散る血も。全部全部、私のものになったんだって...!」
そう恍惚と話す声に耳を塞ぐものもいた。しかし、後のその一言は、通るようにこの場に響いた。
「━━━そうか。私が目の前で恋人を亡くした時とは、君は随分と異なる感情を抱いているものだ」
場が、凍りつく。私も、耳を塞いでいたエマも...マーゴも、固まって、キレイのことを見ていた。
「━━━え?」
マーゴは、声を絞り出してもそうとしか言えなかった。
「......君は、この後に及んで自らの気持ちを【偽証】しているらしい。見事なものではあるが、死にゆく時に気がついても遅いだろう。その本当の気持ちと向き合う時間が必要だと思うがね」
愉しそうに、それでいて隠せないほど冷たい声だった。
「━━━ その傷を切開する。さあ、懺悔の時だ」
キレイは、マーゴの傷を抉りはじめた。
「...そもそもの話、君は何故氷上メルルを何度も刺し貫いた?殺す為にわざわざ【魔女を殺す薬】を入手したと言うのに」
慌てながらも冷静にマーゴが返す。
「メルルちゃんは、魔女だった。それに、治癒の魔法を持っていたから、死ななかった可能性が高いもの」
「それは犯行当時の君の認識からは異なる。氷上メルルは治癒の魔法を使えたが、君の傷を治すのにはかなりかかったのではないかね?それに、氷上メルルが魔女だと判明したのは、彼女が死んでからだ」
マーゴの反論を、潰す。
「喉をわざわざ刺し貫いた理由も聞きたいね」
「部屋の近くには、レイアちゃん達がいたわ。バレるわけにはいかないもの、だから喉を狙ったわ」
キレイはふむ、と言った。
「まあ、心臓を貫かれては難しかったとは思うが、その件はひとまず、置いておくことにしよう」
また、キレイが語る。
「......先程、言っていたね。『殺さないと気が済まなかった』......そう思ったきっかけを、どういった時に思った?」
それは、先程とは異なった様子の質問だった。だが、私含めてその異様な光景に、口を挟める者はいなかった。
「...昨日ね、言ってくれたのよ。『もう、傷も大分良くなりましたね......ここまでよく頑張りました。マーゴさん......本当に、良かったです......!』
こんな風に、涙混じりにそんなことを言うものだから、昂ってしまったのよ。何故かね...」
...最後にキレイは、発言を纏める。
「......君は、最後の氷上メルルのその発言に対して、殺さないと気が済まなくなった。彼女が魔女だと知らないにも関わらず、何度も刺し貫いた。彼女の発する声を奪うために、喉もね」
...そう言われて、私は一つの可能性に思い至る。
その思い至った可能性を、キレイは語った。
「......何日も、メルル君は君に対して甲斐甲斐しく看病を行った。朝も、昼も、夜寝る時まで。......嫌になったのではないかね?メルル君のことが」
「━━━違う!!」
マーゴは思わず叫んだ。
「私は、メルルちゃんを嫌いになんてなってない...!愛していたからこそ殺したのよ!!私の愛を否定しないで!これが私の愛なのよ!!」
その叫びにも、キレイは返した。
「......君の知る愛と一般的な愛は、どうやら異なる物らしい。しかし君は生まれながらの破綻した存在ではない。であれば、答えは一つだ」
そうしてキレイは、宝生マーゴの【禁忌】を、いとも容易く抉り出してしまった。
「君のその愛は、誰に与えられた物かな?」
マーゴは、思わず目を見開き、たたらを踏む。
「━━━ああ、そう...なのね......私......」
全員が息を呑んだ。マーゴの身体は黒い痣とも言えぬ何かによって侵蝕され、手袋をしている手は悪魔のように鋭さを得た。
「......眩しかったのね、私。メルルちゃんのことが」
そう言って、涙を流す。それは、年相応の少女のように綺麗で、どうしようもないことに今更気がついた、純粋なものだった。
「(これが、魔女化)」
他の少女達も皆が、マーゴを見る。身体が異形と化しており、それが魔女になることだと、全員が思い知らされる。
しかし、キレイは変わらずに、こう言った。
「価値観の違い。君の知る愛は、メルル君の与えたそれとは大きく異なったのだろう。それを、君はきっと受け止めきれなかった」
マーゴは、ゆっくりと立ち上がる。
「......酷いのね、キレイちゃん。私すらも気が付かなかったそれを、暴いてしまうなんて......耐えられないくらいに、苦しいのに、でも、心が、軽いわ」
異形と化しているのにも関わらず、晴れやかな表情でそう語るマーゴに、私はマーゴの素顔を見た気がした。他の少女も、目を逸せない。
しかし、そこに水を差す者がいた。ゴクチョーだ。
「処刑が始まる前に、魔女になってしまうとは。珍しいこともあるものです。ですが、魔女となってしまっては、【なれはて】となるのも時間の問題ですし。それでは皆様、お手元のスマホにボタンが表示されていると思いますので、ささっとぐぐーっと押してくださいな」
私は、手元のスマホを見る。処刑、と書かれたボタンだ。とことん、私たちを追い詰めるためのボタン。...キレイ以外の全員が躊躇った。今の、目の前にいる宝生マーゴを、この手で処刑しなければならない。前のように、飄々とした様子であれば、私も押せた。だが......!
「(正しく、ない......!)」
罪を反省した目の前の少女を、【魔女】へと変わった者を私は、悪と認識することができなかった。......そこに、声をかける少女がいた。
「みんな、押して頂戴。私を、助けると思って。......心は軽いけど、苦しいのよ、今。みんなを、殺したくて、しょうがない」
━━━殺人衝動。私も覚えがあるそれを、目の前の少女は、必死になって抑えている。
全員が、そして私も、それに従って押した。7秒間......その時間が、永遠に感じるくらいにはとても長く感じた。
「はい!ではこれより、魔女の処刑を実行します〜」
ゴクチョーの宣言と共に、真ん中の台座が沈んでいく。それと入れ替わりに現れたのは、手鏡を模したターゲットボード。
少女たちそれぞれ感想を漏らす。
「あら、これが処刑台?悪趣味全開でとってもいいわぁ♡ゾクゾクしちゃう♡」
処刑台へと連行され、両手両足を縛られて、処刑台の中心へと磔にされる。そんな中でもいつも通りなのは、彼女なりの優しさか。
処刑が実行される。足を、手を、腕を。その度に、苦痛と苦悶の表情と声をマーゴは漏らす。しかし、信じられない事態が起こっていた。回復だ。魔女となったマーゴは死なない。傷付いたその身体は血を流しながらもその傷を修復する。何度彼女に矢が突き刺さろうとも、治り、死ぬことはない。その苦しみは、見ている少女たちにも伝わった。
━━━やがて、マーゴは獣のように呻き苦しみ......完全なる、異形の姿に【なれはて】た。
...そこに、キレイが前に出る。
「(何を、する気だ......!?)」
キレイはただ、マーゴの【なれはて】しか見ていない。
「......語ることはもうない。だが、何人も、主の元へと行く権利はあるはずだ」
手を前にかざすと、キレイは淡い光と共に言葉を告げる。
それは、言葉としては残酷で、しかしどこか強く、相手を思うような慈悲を感じられる。言葉を告げていく度に、【なれはて】の形が崩れてゆく。咆哮は勢いを失い、力無く、ただ、唄われる歌を聴いていた。
拘束された腕は粒子となり、怪物と化した姿は元の形を取り戻していく。
「━━━━許しはここに。受肉した私が誓う」
少女の処刑は永劫のものではなく、彼女の言葉により、終わりが訪れる。
「━━━━
その一言に、自身に向けられし愛を受け止めきれず成れ果て、この地に縫い止められたなれはては、消えた。
最後には涙を流して、そこにはまるで何もなかったように...まるで、魔法のように消えていた。
「━━━掃除の手間が省けたと、喜ぶべきでしょうか」
そうぽつりと呟くゴクチョーがいたが、あのあまりにも凄惨な処刑と、あのキレイの謎の魔法に、誰もが言葉を失っていた。
...ふと、エマの方を見ると......笑っていた。あの光景を見て。
「(エマ......君はやはり)」
沈黙を、ゴクチョーが破る。
「無事に事件が解決してよかったですね。また事件が起きたら、こうしてまた【魔女裁判】を開きます。それまでは、今まで通り、囚人として慎ましく過ごしてください。
それでは、これにて閉廷とします。やれやれ、お疲れ様でした」
......こうして、私たちの初めての魔女裁判は、終わった。
【本日の処スノート】
宝生マーゴが、処刑された。魔女としてではなく、人として死んだらしい。しかし、あのキレイの魔法はなんだったのか。
...キレイがもし、ああしなければ、私はマーゴに対して、怒りのあまり、何をぶつけただろうか。
......裁判中のキレイと、普段過ごしているキレイ、そして、先程のキレイの差が、あまりにもある。言峰キレイは、何者なのか。
裁判後、マーゴの部屋を調べたものの痕跡は何一つなかった。エマと共にいたが、その時流した涙が、あまりにも信じられない。友人の言葉が、あまりにも脳裏に響く。エマは懐に、何かを隠した。もはや、答えは既に私の中にあった。
━━━私が裁くべき悪......【魔女】は、エマだ。