「キレイ......!!」
咄嗟に駆け寄ろうとして、気付く。倒れ伏したキレイの前には。エマが立っていた。焦点の合わないぼんやりとした瞳で、キレイを無感情に見下ろしていた。
「君が......キレイを殺したのか?」
問いかけると、エマが正気に戻った素振りで私を振り返る。
「......違うよ、そんなわけない━━━」
「では何故、君が焼却炉に落ちたと言ったキレイがここで死んでいるんだ!」
その言葉に、エマは口を噤む。
「だ、だってキレイちゃんの靴があって、ダストシュートの蓋が外れていたから......!!ボクも、知らないよ......!」
その反論を、私は鼻で笑う。
「どうだか、君が証拠を隠している時に私と遭遇したんじゃないか?そこで咄嗟に私にそう言って遠ざけようとした!」
エマの瞳が揺れる。泣きだすかと思ったが━━━
......エマは私を暗い瞳で睨んだ。
「......ねえ、ヒロちゃん。ボクをシャワールームに呼び出したのは罠?ボクを陥れるために、ヒロちゃんが仕組んだんじゃないの.....?」
見えない気配が背中をなぞるような不気味な感覚があって、私はびくりと震えた。
「(エマの本性はやはり━━━)」
私を睨みつけ、エマが言った。
「犯人はヒロちゃんの方なんじゃないの?ボクが何か言う前に走っていったよね。疑われないようにするためじゃないの?」
そこに、通りがかった者がいた。
「あっ、エマさんヒロさん!ここにいましたか!さっき私とんでもないものを見てしまい━━━」
「ぜえ、ぜえ、なんでわたくしまで......」
「お嬢はともかくあてぃしもなんで連れてくのさ...」
シェリー、ハンナ、ココが中庭に入ってきた。二人をシェリーが強引に引っ張ってきたらしい。
そして目の前に広がる光景に、即座に気付いた。
「これは......」
「いやあああああっ!?」
目の当たりにしたキレイの死体にハンナは絶叫を上げ、思わずといった風にシェリーにしがみついた。
「━━━は?」
ココは、信じられないといった顔をしながら、一歩、また一歩と、キレイの死体に近づいていく。
「おまえ、なんで......死んでるの......?銃弾だって斬れるだろ...?なれはて相手でも戦えるんだろ...!?嘘でしょ......?嘘って、言えよ、言ってよ...!!」
酷く取り乱したように、目の閉じたキレイの元に座り込み叫ぶ。
「(━━━目の閉じた......!?)」
先程まで、目が見開いていたはずだ。それが今は閉じている。その変化の理由が何かと見ているうちに、私たちは、信じられない光景を目の当たりにする。
言峰キレイの額に空いた穴が、塞がっていった。その度に額に集い舞う血の蝶の数が減ってゆき、傷一つない額が顕になる。
そうして、ゆっくりと起き上がり、いつもの笑みを浮かべた。
「おはよう、諸君。お集まりのようだが━━━」
その言葉が紡がれる前に、ココが抱き付いた。
「生きてんのかよぉ...!!心配なんか、させてさぁっ......!!ややこしいことなんかすんなよぉっ......!!」
安堵の涙を流して、ココが縋る。
「き、キレイちゃん!?だ、大丈夫なの......!?」
エマの瞳が暗い光から驚きに変わる。
「ああ、体調に変化はない。だが、気絶していたのかは知らないが、気がついた時には別の場所、だ」
「(先程の、光景は......)」
ヒロは思考する。まるで死んでいたのが生き返ったかのように傷が再生して、元通りに...そこで、キレイの魔法を思い出す。
「そこまで、強力なのか。君の魔法は」
【奇跡】キレイの魔法であり、【神の子】の偉業に近しいことを引き起こすことができるというもの。それが先程の現象とすれば、納得いく。
「......」
キレイはそれには何も言わずに、微笑んで見せた。
その騒ぎに、他の少女が次々と集まってくる。
「何があったんだい、この騒ぎは」
レイアがそう聞くと、泣きじゃくりながらココが言った。
「レイア、キレイっちを医務室に運んでぇ...!!頭を撃たれて死んでて、それで生き返ってぇっ......!!」
要領を得ない説明だが、大変なことだけは伝わったようだ。
「分かった、キレイくん。立てるかい?」
「体調に問題はないが、お言葉に甘えよう」
そう言ってレイアに肩を貸され、ココも付き添って医務室に運ばれていった。...ナノカが、何故か酷く青ざめた顔をしていた。
その後には、自由時間が終わり、各自の牢獄に戻っていった。
━━━━━
エマと私のいる牢の空気は最悪だった。
互いに言葉を交わさない中、気まずい空気が流れる。先程まで互いを疑い合っていたからだろう。私の殺意はすっかりと薄れてしまった。
「(なんだ...?)」
ふと通知が二人一緒に鳴った。私はスマホを見ると、そこにはキレイからのメールだった。内容は以下の通り。
「18:30。医務室前に来るように」
ただ簡潔にそう書かれていた。
「(何を、目的としている......?)」
そう思いながらも、ひとまずは従うことにした。
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今日の夕食は、ミリアが作った。医務室にいたキレイにも届けられている。レイアとココによると、健康そのものとのことだった。
私は約束通り、医務室の前へと向かう......エマも、そこには立っていた。
「......ヒロちゃん」
私は、何も答えずに入ろうとしたが、先客がいた。
━━━黒部ナノカだ。
「......どうして、言わなかったの」
ナノカは、ベッドに横になるキレイの前に立ち、そう聞いた。前までの刺々しい雰囲気は存在していなかった。
「私が、事故でシャワールームのダストシュートから落ちたあなたの、脳天を撃ち抜いた犯人だってこと......どうして、言わなかったの」
私とエマは、二人とも息を呑んだ。あの事件の犯人は、ナノカだったことをこの場で知ったからだ。
二人は、語る。あの時、何があったかを
━━━━━
「言峰キレイ。その薬を渡して」
ナノカは、キレイをシャワールームに呼び出した。ココから受け取っていた【トレデキム】を回収するために。
「残念だが、君に渡すわけにはいかない。沢渡ココとの約束だ。守らねばならないものだからな」
キレイは、渡すそぶりは見せなかった。
「渡しなさい。恋人すら殺したあなたに、それを持たせたままではいられないの」
詰め寄るものの、キレイは余裕を崩さない。
「本当に、それだけかね?」
キレイは語る。
「君は、ある時を境により私を睨むようになったね。あれは確か......洗礼詠唱について話した時だったか。前々から、私は疑問に思っていたのだが、君はあまりにも、この牢屋敷について......異様に詳しい。まるで、最初からシステムを知っていたかのようにね」
ナノカは、固まる。目の前の存在に、全てを見透かされているような感覚を覚えてしまった。これ以上、語らせてはならないと思っても、言えない。キレイは更に語り出す。
「盗み聞きする気はなかったが、親しく、何度も触れ合った者であれば、未来が見えることもあると言ったね。であれば、それも納得だ」
言峰キレイは、一つの情報で十を推測できる。人の心の傷を、容赦なく抉る頭の回転の速さがある。止めようにも、言葉が出ない。
「君は、おそらく前の囚人である者と親しかったのだろう。であれば、私の洗礼詠唱を警戒する理由も、考えられる。......あの看守だね、君のしたs━━━」
思わず、ナノカは突き飛ばしてしまった。ガコンっという大きな音と一緒に、ダストシュートの蓋が外れる。キレイはそこに落ちていった。靴が離れ、シャワールームへ落ちる。
ナノカはそのまま焼却炉へと向かい......ふと、こう思ってしまった。
━━━今なら、殺せる。〇〇〇〇〇〇を、守れる。
その引き金は、軽かった。その後に、普通であればもう、取り返しのつかないことを、知ってしまった。
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(医務室)
「どうして......どうして、あなたは何も言わないの。あんなに酷いことを、言った私に、怒りもせず......それでいて、私はあなたを殺したというのに......!」
ナノカは、大粒の涙を流す。そして、キレイを疑っていた、あの疑惑の、真相を語る。
「あなたは、殺人犯なんかじゃなかった。あの事件は、あなたの恋人が目の前で......自殺、した後だった」
黒部ナノカは、【幻視】で言峰キレイの過去を視た。敬虔たる聖職者の家系に生まれながら、自身の【悪】に苦悩し続けた、15年の人生を。
死病を患い、余命僅かな男性との2年間。その男性は、キレイの内面の歪みを理解しながらも愛し、キレイもそれに応えようとした。
「だが、ダメだった。私を理解し寄り添える者などこれ以上いないと言うのにも関わらず、私は、男を愛することはできなかった」
それは、キレイからの断言だった。
━━━すまない、私はおまえを愛せなかった
━━━いいや、君は私を愛しているよ
━━━ほら、君は泣いているだろう?
ナノカは、脳裏にあの風景が焼きつかれている。互いに、思い合っていた。目の前でキレイは泣いていた。それを、自分は━━━
「......ごめんなさい、ごめんなさい......!!」
もう泣きながら謝るしか、できなかった。黒部ナノカの心は、今までキレイに対して吐いた言葉が、どれほど理解してなかったか、その罪の意識が、蝕んでいた。
キレイは、水を紫の液体に変え、飲んだ。
「君が謝る必要もない。私は、己が悪を受け入れた」
キレイが、あるものを投げ渡す。
━━━魔女を殺す薬。
「君であれば、悪用はしないだろう」
ナノカは思わず、泣き止むが...再び涙が滲む。
「......受け取れ、ないわ。私は、もう魔女だもの......これを使って、今度はまた誰かを━━━」
「いいや、君は人間だ。黒部ナノカ」
ナノカの発言に、キレイは断言する。
「人の形を保っているのであれば、君はまだ人であり、殺せる。私がそう断言しよう。これでも魔女と人間の見極めには慣れている」
黒部ナノカは、俯いた。
「君は、大切な者を守ろうとして、それを害する脅威を排除しようとした。それは人間的には正しいことだ。気に病む必要はない」
「━━━でも!!」
納得がいかない。思わず叫んだが、言葉が出ない。
「安心したまえ。もし君が誰かをまた殺そうとした時には。━━━私が殺す。一度私を殺したのであれば、文句は言えないだろう?」
それは、契約だった。ナノカを信じて魔女を殺す薬を渡す。もしそれで、他の人を害そうとすれば、殺してでも、キレイが止めるという。
......それに、納得したのかナノカが頷く。
「......それで、文句はないわ。任せて、もう私は......誰も殺さない」
その目は決意を宿し、涙で滲みながらもまっすぐだった。
「ああ。それともう一つ、頼み事があるのだが」
「何?私にできることなら、なんでもするわ」
キレイを疑う心がすでになくなったナノカがそう言ったそれに対してキレイは。
「ああ、君にもぜひアンアン君脚本の劇に参加してほしい。アンアン君が『クールでキザでニヒルなアーチャーの役を誰にするか』で悩んでいてね。ぜひ君が合うと思うのだが」
「......考えても良いかしら」
「先程なんでもすると言っただろう?」
言い返せないまま、ナノカはふらつく。
「...急に、めまいが」
「恐らくだが、幻視のせいだろう。何を見た?」
「......牢屋敷とみんなの過去全部」
キレイはため息をつく。
「頭の使いすぎだ。君も医務室で寝ていなさい」
「でも.....」
「でもではない。しばらくは君の【魔法】も使えないかもしれないね」
問答無用でキレイは、ナノカのことを隣のベッドで寝かしつける。疲れていたのか、うつらうつらとし始める。
「...言峰キレイ。最後に、良いかしら」
眠気を我慢しながら、ナノカが語りかける。
「......あなた、髪を染めていたのね?」
「━━━ああ、染めているよ」
それだけを聞いて、ナノカは意識を手放した。
そうして、キレイは入り口を見やる。
「入るといい、二人とも」
━━━━━
(ヒロ視点)
私とエマは、医務室に入る。
「キレイちゃん。その、ナノカちゃんは?」
「問題はない。疲労が溜まっているだけだ」
「そっか、良かったぁ.......キレイちゃんも大丈夫なんだよね?......それで、どうしてボクとヒロちゃんを呼んだの?」
それは、私も気になる所だった。
「君たちが互いに疑い合っていたからね。真実を見せるのが一番手っ取り早いと思った」
「......聞こえていたのか」
驚いた。あの死んでいた状態からも聞いていたらしい。
そうして話していると、また後ろから扉が開く。
「...っ看守!?」
それは看守だった。看守は、私たちには目もくれずに眠っているナノカの方へ向かっていく。エマと私が思わず向かおうとしたが、それをキレイが止めた。
「キレイちゃん!?なんで......!?」
驚くエマをよそに、私は、そしてエマは信じられない光景を目の当たりにする。
看守が、ナノカの頭に異形の手を伸ばす。そのまま、優しく撫でて、布団を深く被せていった。
そんなナノカは、それに嫌がる様子もなく
「...おねえちゃん...待っててね......おねえちゃんを、酷い目に合わせた奴......みーんな、私が、やっつけるん......だから」
寝言で、そう言いながら、幸せそうに笑っていた。
「......もしかして、看守って」
エマが、気がついたように呟く。私も同じように、その可能性に思い至った。そしてその答えが、キレイによって語られる。
「ああ。私を殺してまで、黒部ナノカが守りたかった存在が、そこの看守だ」
看守は、そのまま去っていった。
「......姉、だったのか」
思わず、呟いてしまう。それでいて、行動や言動に納得もいった。
......ふと、エマを見ると、元気がないように見える。私も、かなり戸惑っている。その様子は、キレイの恋人が、自殺だったことを話した時から、ずっとだった。
「エマ君。君はもう帰った方がいい。私が言うのもなんだが、今日はゆっくり休んだ方がいいだろう」
エマは、ゆっくりと頷く。
「......うん。キレイちゃんも、おやすみなさい」
エマは、頭を押さえながらも、ゆっくりと去っていく。
場には、寝ているナノカを除けば、私とキレイの二人のみになっている。キレイが、私に対して語りかける。
「さて、私は君に聞きたいことがあってね。残ってもらった」
私の心中は、穏やかではなかった。先程知ったキレイの過去が、どうにも頭を過ぎる。
恋人が自殺したキレイと、友人が自殺した私。
自身の悪を受け入れたキレイと、正しさを求めた私。
相反しているが、似通っていると思ってしまった。
それが何よりも、腹立たしい。
しかし、キレイは気にせず語りかける。
「二階堂ヒロ。君が桜羽エマを嫌っている理由を聞かせて欲しい」
その目はまっすぐこちらを見て、聞いてきた。
「......君に対して、話す理由がない」
その答えも想定済みというように、語り出す。
「では、私が一方的に話そう」
キレイは、私とエマの人間観察の結果を話す。
エマと私には、温度差があるらしい。私のエマの嫌いようと、エマの私への懐きようは、見ていて不思議に思うらしい。
「二階堂ヒロ。君は桜羽エマに向けて憎しみや怒りといった感情が良く浮かんでいるね。それに値する何かがあったのだろう」
まただ、キレイは、人の内面をすぐに掘り当てる。私の隠している内面すら、無駄というように暴いていく。
「一方、桜羽エマにそういったものに値するものは見えない。まるで、訳あって離れてすれ違った旧友に再会した、というようなものだった」
言い得て、妙だった。
「......だから、私はエマが嫌いだ。あのことすら、気にせずに笑い、いつものように楽しそうにするその顔が......!」
思わず、怒りのあまり口に出してしまう。
「桜羽エマは、精神の病を患っている可能性がある」
━━━その怒りが、一瞬にして冷めた。
「......は?」
思わず、声にならない声を上げた。エマが、病気?
「あくまでシスターとして、正式な医者ではない私の戯言だと聞くといい。君にとってエマ君を怨むに値する出来事を、桜羽エマが気にせずに話しかけるようには見えない。桜羽エマの人間性は中立・善。ルールに柔軟に対応し、他人の為に行動ができるような存在だ。そんなことがあれば君とは距離を取ると考えるよ」
だが、と言いたかった。けれど、言葉が出ない。
「君にとって怨むに値する桜羽エマへのその記憶は、桜羽エマにとって、耐え難いものだった可能性がある」
━━━ユキの、自殺。それが、私だけではなく、エマにとっても辛く、苦しく、耐えられないものであったら......?
キレイは嗤い、私に言った。
「あくまで、可能性の話だ。記憶を、桜羽エマが閉ざしているというのは推測に過ぎず、事実は分からない。だが、その可能性は高い」
あくまで推測といっても、私はそれが事実のようにしか、思えなくなってきていた。
「......君はいつか選択する日が来る。言っただろう?君はその目を逸らし続けるものに、目を向けることになるだろうと。
......この牢屋敷においては、いつまでその猶予があるかな」
私は、何も言えず、医務室を去っていった。言峰キレイが言った言葉が、耳から、どうしても離れなかった。
【本日の処スノート】
あの事件の真相、そして言峰キレイの過去、看守の正体......そして、エマの疑惑。
考えることが、多い。だが...私は、どうすれば、良い。
......何が、正しい......?