愉悦少女ノ魔女裁判   作:保温と後光

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【タイガー劇場】
【緊急休業の看板】
「エマとメルルが泣いているので、お休みさせていただきます。ご了承くださいね、皆さん?」


では、告解の時だ

魔女を選ぶ投票は、全員一致でノアとなった。少女たちは誰もが辛さを滲ませ、断腸の思いでボタンを押しているように見えた。私も、同様に。

「......悪いことしちゃったのはわかってる。アンアンちゃんを殺しちゃって、本当にごめんなさい」

 

ノア本人が粛々と罪を受け止め、認めているのに、未だ信じられない。信じたくない。この場においてそう感じているのは、私だけじゃないはずだ。

「......ノアくん、どうして、どうしてアンアンくんを殺したんだ?」

レイアが静かに尋ねる。それに対しては、ノアはただ拗ねたように口を尖らせた。

 

アリサやハンナ、シェリーがそれぞれノアに対して声を上げる。黙ったままのノアに対して、説明を求める。それにノアが、口を開く。

「だって......」

不服そうな顔のまま、ノアは目を伏せる。

「アンアンちゃんが、のあの絵を見たから......」

 

少女たちの間に、困惑が生じる。

「ノアちゃんの絵って......そんなのもう、みんな見てるよね?」

「そ、そうだし!あてぃしなんて背景にしてんだぞ!?」

「......説明をして。城ヶ崎ノア」

 

「......あれね、本当はのあの絵じゃないの。みんなを騙しちゃってて、ごめんなさい。でもね、本当ののあの絵はへたくそだったから」

泣きそうな顔で、きっとこの場で口にする覚悟で。ノアは悪ぶっているわけでも、拗ねているわけでもなく。

「なかなか言えなかったんだあ......怖、くて」

 

そうしてノアは、【禁忌】を私たちの前にさらけだす。彼女の闇の色が、私たちの心を染めていく。

話終えたノアが、呟いた。

 

「のあが描く絵は、みんな魔法で変えられちゃうんだ。でも、たまに魔法がかからなくて、のあの描いた絵が残っちゃう時もあって......アンアンちゃんが見たのが、それ。見られたのがすごく辛くて、怖くて......アンアンちゃんを殺さなくちゃって思っちゃった」

 

私たちはただただ辛い気持ちで、佇むノアを見つめる。何を言えばいい、どう声をかけたらいい。どう思えばいい。

「(わからない、わからないんだ......)」

......その中で一人だけ、声をかけた。

「まだ、偽り続ける気かね?」

 

言峰キレイが、そう言った。

「(どういう、ことだ...?)」

キレイは、皆の混乱を無視して語り出す。

 

「君が夏目アンアンに自身の絵を見られたのが動機なのは確かだ。しかし、それが殺人を犯した理由ではない。君たち二人に気まずい雰囲気はなかった。つまり絵を酷評されたわけではない。むしろ、褒められたのではないかな。他でもないアンアン君に。それを良くも思っていたはずだ」

「それ、は.......」

 

ノアの言葉が、詰まった。

「待ちたまえ、では何故......!」

レイアの問いに、あまりに簡単に答えた。

「魔女化の進行による、殺人衝動だ」

全員の息を呑む音がした。私も、含めて。

 

「ある時を境に、城ヶ崎ノアの魔法はめきめきと上達した。スプレーアートだけだったのが、絵の具やペンキ、血糊。はたまた水。本人はそれを、魔法が上手くなったと皆に言っていたね。しかし、その実態は魔女化が進行したことによる、魔法の成長だ。魔法は、筋肉のように強くはならない」

 

私は、過去を思い返した。ノアがお絵描きが上手くなったと笑って皆が言っていたのを見て、ノアが魔女になる心配はないと、思っていた。

「夏目アンアンに絵を見られたのは、引き金に過ぎない。それまでに、城ヶ崎ノアは強いストレスに侵され続け、それを耐え忍んでいた。それがトラウマにより、火をつけただけに過ぎない」

 

ノアは、笑顔の裏でストレスを溜め続けていた。何故だ、何があった。

考えていると、言峰キレイと、目が合った。

「君がストレスを溜めていた原因、それは」

「やめて」

ノアが、そう口に出した。

 

「━━━いいの」

「......そうか」

どこか諦めたような目でそう言ったノアに対して、キレイはいつものような笑みで、目を閉じた。

ゴクチョーが痺れを切らしたように、処刑ボタンを押すように促してくる。正しさが見つからないまま、私たちはノアを裁かなければならない。

 

ゆっくりと上がる執行のボタンが、命の重さを表しているようだった。そのボタンは、マーゴの時よりも重く感じた。

「ありがとうございます。ではこれより、魔女の処刑を執行します〜!」

ゴクチョーの宣言と同時に、中央の仕掛けが作動する。台座が入れ替わり、姿を現したのは......まるでアクアリウムのような、水槽だった。

 

少女ひとり、易々と入れてしまいそうなサイズ。中には、8割ほど水が張られている。

━━━これから、ノアが処刑される。止められるものならば、今すぐにでも止めたい。ざわりと感情が波を立てる。ゴクチョーがそれを見越したのか、私たちに対して注意をする。

 

私は奥歯を強く噛み締める。このままでは、いけない気がしていた。看守に連れ去られていくノアが、ちらりと私の方を見た。何かを口にしかけて、それは声にならないまま結局閉ざしてしまう。

少し前にも、同じ挙動をしていたノアを見た。垂れ下がる鎖に、ノアは拘束されていた。鎖に繋がれたまま、ノアの体が徐々に水槽内に沈められていく。

 

まるで走馬灯のように、ノアと共に過ごした思い出の数々が蘇る。そこで、私は━━━ようやくわかった。

隣で、私に語りかける者がいる。

「二階堂ヒロ。では、告解の時だ」

そう言って、背中を押される。私はその勢いに任せて、駆ける。涙を流しながら、自身の罪に苛まれながらも。

 

「(何が、魔女化の心配はないだろう、だ......!!何よりも、私がノアを苦しめて来たんじゃないか......!!)」

「━━━ノア!!」

駆け寄り、ノアのいる処刑台へと辿り着く。決して届かない分厚いガラス越しに、ノアと見つめ合う。

 

「私は......私はっ」

食事も取らず、地下の檻房にこもりきりになっていたノアを、外へ連れ出したのも、その手を引き、見守っていたのも、私だ。

きっとノアは、待っていた。あの時から、私が傍に来るのを、きっと待っていた。私のことを待っていてくれた。

 

「私は君を見放したりしない!!」

喉が切れそうになる程叫び、ノアを真っすぐ見据える。

「友だちが悪いことをすれば叱る、間違っていることは嫌がられようと正す!鬱陶しくても煩わしくても、私はそういう人間だ!

それでも良ければ、仲直りしよう━━━!」

 

「ヒロちゃん......」

ガラス越しのくぐもった声が、聞こえる。

「私は......絶対に、君が嫌がっても見放さない......っ!!君を諦めたりしないから!!」

ノアの頬を、雫が伝う。何度も、頷いた。

 

「ありがとう、ヒロちゃん。のあね、ちゃんとね、ヒロちゃんと仲直り、したかったんだ......ごめんなさいって、言いたかったんだ......。

アンアンちゃんが、のあの絵を褒めてくれたのにっ......!嬉しかったのに、怖くて、我慢できなくて......!嫌なのに、止まらなくて......!!ごめんなさい、ごめんなさい!!本当にごめんなさぁい......っ!!」

 

ノアは私に心を寄せ、私のことをずっと、待っていたんだ。どうして、私は最後の最後になるまで気が付かなかったと胸が痛む。

その痛みと同時に感じるのは、繋がり。ようやく私は、ノアと心の距離を近く感じた。水が満ちていき、ノアが沈んでいく。

揺らめく光が、輪郭をぼやけさせながらも、ガラス越しにたしかな彼女の姿を映す。その一瞬一瞬が、永遠のように思えた。

 

「ヒロちゃんにも、見てほしかったな。のあの、本当の絵......褒めて、もらいたかったな」

「ノア......!」

思わずガラスを叩き割ろうと、拳を思わず振り上げていたのを、背後から、エマが私の手首を掴んで引き止めた。

 

わかっている。もう処刑を止めることは叶わない。唇を噛み、私はノアをまっすぐ見据える。

「(もう二度と、目を逸らさない。最後まで、見ていてやる)」

周囲の少女が、処刑を見て声を上げる。

 

水が勢いよく泡立ち、ノアの姿を少しずつ覆い隠していく。まるで、ノアの体が泡になって、溶け出しているように見えた。

最後に見たとき、ノアは私を真っすぐに見つめて微笑んでいた。ノアの唇は、ゆっくりと動いていた。

『━━━━』

 

「今更だ......!そんなこと、とっくにもうわかっている......!」

やがて泡立ちが収まると━━━

水槽の中に、ノアの姿はなかった。

想定外の出来事だったのか、ゴクチョーが困惑したような声を上げる。そうして、閉廷の宣言がされて、水槽が地下へと降りていく。

 

「(ノア......君はそこにいるのか?)」

水槽の中で揺れる水を、私はただ眺めていた。

 

━━━━━

 

裁判の後、私はひとりで地下の焼却炉室にいく前に、ナノカによって、呼び止められる。

「━━━来て」

呼び出されたのは、アンアンとノアの檻房。部屋の主が一気に消えてしまったその部屋で、ナノカは枕元やベッドの下、布団の中まで探して......見つけた。

 

「...二階堂ヒロ。見てあげて」

そう言って、ナノカは自身の部屋へと戻っていった。ナノカが手渡してきたのは、アンアンのスケッチブック。

ペラペラと、私は捲って、探す。

そして、最後のページに、大切そうに貼られていた。このことを、ナノカは知っていたのだろう。使えなくなる前の【幻視】によって。

 

「なるほど......たしかにへたくそだ」

くすりと微笑を浮かべながら、私はノアの絵を見下ろす。その紙の上に、ぱたり、ぱたりと雫が落ちた。

いくつも、いくつも、降り注ぐ雫が止まらない。

まるで雨が降ったかのように。




【本日の処スノート】
私のせいだ。私のせいで、ノアが、殺人を犯した。もっと早く、気がつけば良かった。楽しくやっているなら、魔女の心配はないと、遠ざけていた。
ノアはずっと、待っていたのに......。
(後悔の言葉が、延々と続く)
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