愉悦少女ノ魔女裁判   作:保温と後光

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命を賭けろ

私は、万年筆を止めた。

それ以上を書くことができなかったから。

 

「(ハンナはレイアに、初めて会った時から憎しみを芽生えさせていた。今日の朝へ戻ったところで、その長く育んだ憎しみを断ち切れない。

今日エマやレイアを助けることは可能だろう。しかしどう足掻いてもレイアはいずれ殺される。ならば私は......レイアと共に、あの計画を再開するのか?)」

 

ハンナの処刑━━正義の執行に、胸がスッとするはずだった。しかし見届けたそれは、私の気持ちを晴れやかにするものではなかった。正しくない、とすら思った。

 

力をこめすぎて、万年筆が折れてしまった。

「......くっ!こんなもの......!私が大切だと思っていたものは、全て間違いだった!」

立っていられずその場に手と膝をつき、床を拳で殴る。

「私は、私は、私は━━」

 

『━━正しくない』

 

それは私が吐いた言葉ではなかった。どこかからくすくす、嘲笑と共に聞こえてきた。

『━━あなたは正しくない。そんなこと、もうとっくにわかっていたでしょう?』

「ユキ......?いるの、か......?」

 

聞き覚えのある儚い声に、私は呆然と立ち上がる。

「どこだ!?どこにいる!?」

室内を見回しても、彼女の姿はどこにもなかった。

 

『ああ、あと、残念ながらあなたはやり直せませんよ。何故ならあなたは、自殺が禁忌でしょう。自殺しようとすれば、今度こそ禁忌に踏み込んで、あなたは魔女になる。

理性を失ってなれはてと化したあなたは、死に戻った先で、全員を殺すだけなんです。そしてなれはてになったことで、魔法を失い、二度と死に戻れなくなる。

残念ですね。かわいそうですね。本当にあなたは、かわいそうですね』

 

「やめろ━━!!」

私の頭の中に響く囁きは、万年筆から聞こえてくる気がした。私は、狂乱しながら何度も万年筆を踏み潰し、粉々にした。

『ひどいことしないでください』

だが、万年筆を破壊しつくしても、ユキの囁きは聞こえ続けていた。

 

『あなたの私に対する想いが詰まっていて、【魂】の魔法の依代に使いやすかったのに。でも、依代を失っても......』

【ヒロ】

【私は、ずっと、あなたのそばにいられます】

 

私は耳を塞ぐ。目を閉じる。うずくまる。

それでも、彼女の囁きは私に侵食し続ける。

【......ねぇヒロ。エマは殺されてしまいました】

【とてもがっかりしています。またいちから代わりを探さないといけません】

【あなたは協力してくれますよね。だって私たちは友だちですから】

 

私はユキに、叫ぶ。

「友だち......?ふざけるな!ユキ━━お前が全ての元凶だったんだ!私はずっと、大切な友人だと思っていたのに!私はずっと、正しくなかったんだ!間違え続けていたんだ!!」

 

エマとユキと私。

3人で過ごした中学時代の記憶が、私にとって何よりも大切だと思っていた宝物が、全て音を立てて崩れていく。

 

━━━━━

 

ユキに疎まれ続けようとも、私は彼女を守り続けた。

エマとユキが仲良くなったのを見て、良かったと思った反面、私はエマに対する嫉妬を抱いた。

 

昔から抱いていたエマへの気持ちが更に膨れ上がった。その視線に、何よりも先に気がついたのがエマだった。

『━━ヒロちゃんも一緒に遊ぼうよ』

差し伸べられたその手を、私は自然に取っていた。そこからは、3人の秘密の場所で過ごす時間が増えた。

 

じゃれ合い、ゲームして、おしゃべり、ケンカ、お菓子を食べたり。かけがえのない宝物のような時間。

私の短期留学が決まったことで、3人の関係に変化が起こった。私はエマにユキのことを託した。

うわべで笑顔を浮かべながら、平気なフリをしながら、エマへの嫉妬は、燻り続けていった。

 

その小さな闇は━━

帰国し、ユキの自殺を知ったことで爆発的に膨れ上がった。

 

━━━━━

 

私は全てを失った。私に正義などなかった。私は無力だった。何一つ救えなかった。

友も、愛する者も、何もかも。

━━どれだけ泣き続けたかもわからない。

いつの間にか、ユキの気配は消えていた。

私のことなど、正直どうでもいいのだろう。

 

頬は乾き、涙の後だけが皮膚に冷たくはりついている。喉からはかすれた息しか漏れず、目は光を映す力すら失っていた。

虚しさは深く、静寂と感情の残骸のみが、私の胸の奥に残っていく。ふと、鉄格子の向こうに、ぼんやりと足が映る。生き残りの少女たちだろう。

 

鈍い挙動で、私は顔を上げる。中を覗いていたのは、アリサとミリアとココだった。泣き叫ぶ私の声を聞き、しばらくそっとしておいてくれたのだろう。鉄格子越し、どこか気まずそうに、心配そうに私を見つめている。

 

「......ヒロっち〜?大丈夫そ?......うん。ダメそう」

ココは変わらぬ様子だった。

「......二階堂、おめえにさ、見せたいもんがある」

「私に?今更何を......」

 

アリサの言葉に、ミリアが続く。

「辛いなら無理はしないで良いんだよ。でも、おじさんたちも少しでもヒロちゃんの助けになりたくて......。これがヒロちゃんの助けになるかは、正直わからない。でも......もう泣かないで」

 

私はよろよろ立ち上がり、部屋を出る。それ以上何も考えられず、彼女たちの後に続いた。アリサとミリアに連れられてやってきたのは図書室だった。

どうしてここに連れてこられたのか、何もわからない。考える気力もなく、ただ私はぼんやりと虚ろな瞳で、読書スペースの椅子に腰かけた。

 

......そこにはすでにナノカがいて、本と、一枚の皿を持っていた。私の前に、皿が置かれる。それは、クッキーだった。

 

「......まずは、食べてちょうだい」

「......これ、は?」

「......前に、約束したでしょう。お菓子を作ってあげるって。今更になってしまったけれど......いらなかったら、それでいいわ」

「......いいや、頂こう」

 

一枚を、震えた手で取り、口に運び、咀嚼する。クッキーのサクッと軽い食感。口に広がる素朴で甘い風味が、今空っぽになった私の胸に広がっていく。少し辛かった息も、しやすくなった。

「......ありがとう」

一枚、一枚と手を伸ばしていき、1人で、全て食べてしまった。少しは、元気になった気がする。

 

そうして、落ち着くと、本が目の前に置かれた。

その本は、牢屋敷に囚われて間もなく、シェリーたちが私に見せてきた、魔女について書かれた本━━。

あの日に見せられて以来、すっかり忘れていた。内容も殆ど把握していない。

 

本を開く。ぱらぱらとページを捲っていくうちに、私の目はみるみる見開かれていった。

そこに書かれていたのは、この牢屋敷に囚われた少女たちの文字だった。不思議な文字を解読しようと書き込みし、解読されていった、たくさんの......本当にたくさんの痕跡だった。

 

アリサ曰く、それはエマの発案だったらしい。順番に、みんなで時間をかけて書き込んでいった。

私にはなかなか、回せなかったらしい。

......本の上に、涙の雫が、ぱたりぱたりと落ちていった。マーゴの部屋で、エマが懐に隠したのはこの本だろう。

 

確かにここにいた彼女たちの証を、指先でなぞる。

「ほとんど、解読できている」

ずっと一人で足掻いていたと思ったのに、皆は、こんなにも懸命に戦っていた。

「......もう行かないと」

 

私は本をそっと胸に抱き、立ち上がった。

そして、歩きだす。

本の中で最初に見つけたのは、マーゴが書き残した言葉だった。大魔女を召喚する方法、この本で、恐らく最も重要な部分。13人の魔女と儀礼の剣があれば召喚ができるというもの。

 

一緒に魔女と戦おうという言葉は、真実だった。

 

端に、本当に小さく小さく、誰にも見つからないようにと書き残したメルルの言葉があることにも気付いた。

━━大魔女様に会いたいと。

 

文字の解読を試みている書き込みと、3人のぼやきのような走り書きに頬が緩んだ。

自身の魔法が強くなったらどうなるのか。

自身の魔法が異次元に繋がるのだし、みんなが強力な魔法を使えるようになるのではという考察。

魔法が強くなれば、こんな目に合わせた者を、全員倒してやるという言葉。

 

当然のように、ノアの書いた落書きと、それに添えるようにアンアンの見慣れた文字もある。

ノアが最後に伝えられた、抱えていたメッセージに、胸が切なく締め付けられた。

......アンアンは、2文しか書いていない。面倒になったのだろうか。

 

クッキーで少しは楽になった心に、ひとりひとりの存在が刻まれ、あたたかさが宿っていく。

時を刻みながら、私は一歩一歩、前に進む。

ナノカとキレイは、膨大な量の書き込みをしていた。

キレイは乱れのない文章で、無駄なことは一切書いていない。彼女らしくもあった。

 

そして、ナノカの書いていた文章の中に、気になる文章。【死に戻り】私の魔法について書かれていた。

魔法が強くなれば、遡れる時間が増えると。

 

......レイアの書き込みも、近くにあった。

その魔法を使うべきではないと。死ねない体になって、二度と魔法は使えなくなると。

......レイアは、知っていた。知っていたからこそ、私の計画に賛同したのだろう。私を、魔女にしないために。

 

シェリーとハンナは、じゃれあうように書き込んでいた。

魔女を13人とは、13人が魔女化していないといけないのではないかという推理。そこから、メッセージで喧嘩している。

まだ失われた実感が伴わない。今にも彼女たちのはしゃぐ声が、聞こえてくるようだった。

 

最後に、エマの書いた言葉を見つけた。

━━絶対、みんなそろってここを出ようね

枯れ果てたと思っていた涙が、熱く頬を伝い、流れていく。私は、本当のエマを見つけた。ようやく正しさを見つけた。

 

「(叶うならばもう一度、君たちに会いたい。ただ、それだけだったんだ)」

そうして1階に降りると、見なかった1人がそこにいた。

「少々、よろしいかね。君の部屋で、話したい」

その手には、ロープが握られていた。そして手渡された。キレイは、いつもそうだ。そうやって、行動を見透かしてくる。

 

私はキレイを無視して、首吊り輪を用意した。人の目の前で用意するそれは、酷く滑稽に思えたが、それで良かった。

「君が何かを話さなくてもいい。ただ、君に対して伝えておくことだけ、話しておこう」

 

キレイは、目の前で自殺の準備をする私の目の前で、一方的に語り始めた。

「君は、既に一度死んでいる。それは沢渡ココからの話で聞いたよ。本来であれば君は看守によって殺されていた。......【死に戻り】の所有者は君だろう?だからこそ、沢渡ココの見たものとは違うものばかりになっている」

 

キレイは続けた。

「......死に戻りは、恐らく時空を巻き戻る能力ではない。いや、それも正しくはあるかも知れないが、本質は異なる。

何故なら、君が死んだ後の事象を沢渡ココが観測できていたからだ。一方的とは言ったが、それは確かに存在したという事実に他ならない」

 

「......何が言いたい」

長々と話すキレイに、私は思わず告げた。

「......では、簡潔に言おう。沢渡ココの魔法の本質が【並行世界の観測】であるとするならば、君の魔法の本質は時間超越ではなく、死をトリガーにした【並行世界の移動】である可能性が高い。

だからこそ、君が死んだ所で私たちは変わらない。ここにいる私たちが救われることは、ない」

 

思わず、それに歯噛みした。しかし、キレイは続ける。

「しかし、そこの世界の私たちを、救うことはできるだろう。そこにいる私たちは君のことを知らないだろうが、ここにいたという事実や、時間が消えるわけではない。私たちは、ここに存在し続ける」

 

それは、僅かに迷っていた私の心を押す為にあった言葉だった。演劇で、私の演じた主人公は、何もかもをやり直す力を、拒んだ。

起きたことを戻してはならないと。そうなったら、涙も、痛みも、記憶も、冷たさも。

それらを抱えていったものが、無くなってしまうと。

 

......私のやることは、やり直しではない。

彼女たちと過ごした記憶は、消えはしない。事実も消えない。それだけで、心が更に軽くなっていった。

「......キレイ。どうして最期に、そんなことを?」

ふと、気になったことを聞いた。

 

「迷える者を導くのが、私の勤めだ」

当然だろう?というようにそう言って、キレイは立ち上がった。私の背中の方へと回り、最後に、こう言った。

「━━命を賭けろ。あるいは、その望みに届くやもしれん」

 

その言葉に、私は踏み出した。

チャンスは一度きり、それでいい。

「(どうか━━もう一度、会わせてください)」

祈るように、縄の前で頭を垂れる。そして、私は顔を上げた。心の禁忌を踏み越え、命を賭けて、私は必ず会いに行く。

 

━━君たちを救いに。

......縄の軋む音と、僅かな苦しみ。そして、鋭い痛みと共に、私は意識を落とした。

 

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