彼女たちを、救う時だ。
RE.スタート
瞬きをすると、冷たい石の天井が近くにあった。
聞き覚えのある、あの慌てたような声を。
【生きている】エマの声を聞き、実感する。ここは、私たちが囚われた初日であると。
「(戻った......戻れたんだ)」
自らの意思で【死に戻り】の魔法を行使し、私は長く長く時間を飛び越え、彼女たちを残して、私はここに来た。救うために。
「エマ━━ぐ、うぅぅぅ....!」
誰よりも会いたかった彼女の名前を呼び、私はすぐにベッドから飛び降りようとした。しかし、直後に襲ってきた全身の激痛に、呻き声を上げ、立ち上がることすらままならない。
「え、な、何......?」
私のもがき苦しむ声に、エマがベッドの方を振り返る。そして、私がいることに気付いた様子だった。
「ヒロちゃん!?な、なんでここに!?」
頭が、全身が、そして心が痛い。
この時点での私は、何も問題がなかった。
死に戻る前の私は、魔女化が進んでいた。もう後戻りができないほどに。恐らくは、魂に刻まれるもので、体が例え無事であろうと......。
魔女化は止まらない。
顔面の皮膚がひび割れていく。爪が鋭利な枝のように伸びていく。めきめきと急激に体が変化していき、その猛烈な痛みに私は苦しみ、ただ喘いだ。私はその状態のまま、ベッドから転がり落ちた。
「ヒロちゃんっ、大丈夫ヒロちゃん!?」
「━━来ないで、くれっ!!」
私は、叫んだ。心の余裕は、ある。ただ、エマを傷つけたくはなかった。しかし、エマのびくりと肩を震わせ、足を止めた姿に、胸が痛む。
私は荒い息を吐き出しながら、よろよろと立ち上がる。するとエマがひっと息を呑んだ声が聞こえた。
「ヒロちゃ......ヒロちゃん、なの......?」
「(エマ......)」
言葉が、出てこなかった。
少しずつ体が馴染んできた。先程のは、成長痛にも似たものなのだろう。急激な体の変化が、負担を強いていた。痛みは薄れ、意識もはっきりしている。
しかし、私は、彼女に何を言えば良いのか分からない。言葉を出してしまえば、心の内全てを曝け出してしまいそうになっている。
「(私は化け物だ。きっともう、戻れない)」
エマの存在を振り切るように、視線を逸らした。理性は、だいぶ余裕が持っている。皮肉にも、ユキとの会話で精神的に余裕があるのか。そして、それでは説明のつかない、謎の心の暖かさも、私を支えていた。
━━私は、彼女たちを救う。そのために、ここまで戻ってきたのだから。残してきた彼女たちのためにも、必ず。
私は前を見据える。【魔女の本】に残してくれた手掛かり。大魔女の召喚に必要な【13人の魔女】を集める。
エマたちのトラウマを引きずり出し、無理やり魔女化させる。メルルがしてきた所業と同じ、それ以上に残酷な仕打ち。それでも私の心は決まっていた。救うのだと。不可能でも、なんでも良い。それが私の願いなのだから。
牢が開いた音がしたので、エマを見ないようにして歩きだした。エマの止めるような声を、聞かないままに。
【サバトの儀式】それのみを考えないように......いや、私のやろうとしていることに、喜んで協力する者がいるだろう。まずは、その人物に接触......いや、既に来ている。私は後ろを振り向いて、構えた。
衝撃が飛んでくる。魔女化し、強化された私の肉体でも響くその重撃。それを放った少女は、いつもの余裕の笑みではなく、どこか焦ったような、真剣な顔だった。
「(君も、そんな顔をするんだな)」
そう思いつつも、呆然とはしていられない。私は、その少女の名前を呼ぶ。さもなくば次の一撃が来る。
「言峰キレイ」
彼女は名を呼ばれ、目を丸くして驚いた。
私はやはり、この少女のことはどうにも好きにはなれない。だが、これ以上なく強力な味方だ。調子に乗れば横から刺されることを除けば、マーゴとのやりとりからして、私のやることには最適の人物だ。
「協力してほしいことがある」
キレイは、拳を収める。眉を顰め、困惑した様子で、私に対して問いかける。
「......君のような少女と知り合った記憶はないのだがね」
私は冷静に、キレイに告げた。
「詳しくは言わない。だが、君にとって良い物を見せることができる」
「それは?」
「━━少女たちの、苦痛や苦悩」
キレイは目を見開き、やがて目を閉じた。
「......私のことを、良く知っているらしい」
そう言ってキレイは歩きだした。私より先に、なんだったら誰よりも先に。通路には牢屋敷に囚われた少女たちが出てきており、誰もが先程のやりとりと、私の姿を見て表情を強張らせている。
ここの彼女たちにとって、私はただの化け物だ。それでも良かった。たどりつく前に、私の中に、そして残した皆との、大切な記憶があるから。
万年筆は、傷ひとつない状態で、ポケットの中にある。万年筆を握りつぶしたい気持ちを腕の痛みでどうにか抑え、再び歩きだした。
「(待っていろ、ユキ。今君に会いに行く。
━━君を断罪するために)」
━━━━━
ラウンジに入って少し待つと、少女たちは全員揃ったようだった。看守が出入口の扉を塞ぐように立つ。
私にとっては3度目、少女たちにとっては初めての体験。しかも、この場には化け物は2匹いる認識だろう。皆一様に戸惑い、恐怖に顔をひきつらせている。
私は目当ての少女を見つけたので、つかつかと早足で歩み寄っていく。私が動きを見せたので、誰かが小さく悲鳴を上げた。室内の皆が固唾を呑んで見守る中━━━私は氷上メルルの前に立った。
「え......?あ、あ、あの......?」
有無を言わさず、私はメルルの胸倉を掴み上げる。
苦しそうな声を漏らすが気にしない。
「氷上メルル、君に話がある」
「い、あ......?なんで、私の、名前、を......?」
彼女が困惑している最中、横から声を張り上げて、私とメルルを引き剥がす者がいた。......レイアだ。生きている。
「やめろ化け物め!彼女に手を出すな!皆私の後ろに下がれ!コイツは私が退治する!」
相変わらずの目立ちたがり屋。私を化け物呼ばわりし、忌まわしい存在としてレイピアを突きだし、捉えている彼女。胸が切なく締めつけられ、思わず涙が溢れだしそうになる感傷を強引に振り払う。
何もかもを無理にでも押し殺して、ことを急いで進める必要があった。私が正気でいられるうちに。まだ余裕はありそうだが、時間の問題だ。
レイアを無視して、メルルの方に向き直った。
「今すぐ魔女裁判の開廷を要求する!」
メルルは困惑するが、立て続けに発言する。
「私の魔法は【死に戻り】。全ての答えを知った上で、君たちの元へとやってきた。大魔女に会う方法も、もうわかっている。君にはこれだけ言えば伝わるだろう?」
メルルの瞳がハッと大きく見開かれた。私の発言と、大魔女に会えるというものから、信頼を得られたようだ。
「君がこれまでやって来たことは、今は目を瞑ってやる。協力しろ。そうすれば大魔女に会わせてやる」
「わ、わかりました......」
メルルは頷くが、他の少女はそうはいかない。
レイアは私に今も食ってかかるし、エマはそれを下手に庇い、シェリーが不思議そうに質問する。ココやハンナ、アリサが怯え、ミリアがナノカに対して驚いている。ナノカやマーゴは静観し、ノアは遊んでいて、アンアンは現実逃避をしている。本当に、皆変わらない。
事態が混迷を極めてきて、軽く息をつく。少女たちに向き直り、ポケットから取り出したスマホを掲げた。
「ポケットの中にあるスマホを確認しろ。【魔女図鑑】というアプリを開けば、お互いの名前は確認できる。まずは全員、互いの名前を知っておけ」
少女たちは警戒しながらも、自分のポケットの中からスマホを取り出し、互いの名前を確認していった。
そうしているうちに━━フクロウの羽音が聞こえて、ゴクチョーが現れた。
「あっ......人がいっぱい......。えっと、改めまして......この屋敷で管理を任されているかわいいフクロウ、ゴクチョーと申します......。定時とかもあるので......さっさと説明をしていきますね......」
その変わらぬ様子に、私は思わず苛立ちを隠せずにいた。声を荒げて、ゴクチョーに詰め寄る。
「説明は不要だ。今から私たちは魔女裁判を開廷する。貴様はさっさとその準備をしろ」
ゴクチョーは、私の言葉に困惑している。首を傾げて、視線がメルルの方へ向く。メルルは逡巡している様子だったがこくりと頷いた。
「きょ、許可します。魔女裁判を行います。準備をしてください、ゴクチョーさん」
それでも尚、戸惑った様子で
「まだ殺人事件も起きていないのに......?だれひとり死んでないのに、一体誰を裁くというのです?」
思わず、ゴクチョーを強く睨み上げ、声を張り上げる。
「多くの、とても多くの少女がこの牢屋敷で犠牲になってきたのだろう!死んでしまった、魔女になってしまった、多くの少女たちの。そして、新たな犠牲者である私たちのための、魔女裁判だ!」
「わ、わかりましたよ。そんなに怒らないでください。とりあえず命令ですから準備しますね、やれやれ......」
ゴクチョーが逃げるように飛び立っていき、私は胸を押さえて片膝をついた。息が荒くなる。まだ、平気なはずだ。
「ヒロちゃん......一体、どういうことなの......?」
エマが傍らに寄ってきて、手を差し伸ばしてきた。その手を無視して、よろよろと立ち上がる。
「......いいから裁判所へ行くぞ。話はそれからだ」
━━━━━
私たちはぞろぞろと、裁判所へ向かっていた。メルルは用事に出したのでここにおらず、裁判所までの道を知っているのは私しかいない。先頭へ行く。後ろからついてくる少女たちは、どこか呑気な雰囲気だった。当然だろう。まだ悲劇は起きておらず、彼女らは何ひとつ知らない。
エマだけは私のすぐ傍にいて、荒い息を吐き出す私を心配そうに見つめて、声をかけ続けていた。
......どうにも、感傷的になってしまう。私は頭を振り、無視してまた隣を歩くキレイにのみ聞こえるように話しかける。
「......キレイ。今から私は、自身を含めて魔女を13人集める必要がある。君には、それを手伝ってほしい」
「......なるほど、つまり後11人必要か。一人は魔女化をさせずに済むね。とても残念だ。全員が全員、何か闇を抱えていそうと言うのに」
「12人だ、簡単な算数を間違えてどうする。魔女化しなくて済む少女の数は合っていると言うのに」
頭を抱えてそれを訂正する。だが、確かにその通りだ。誰かは魔女化させずとも良くなる。
その席をエマやレイアに使いたい気持ちが、どうしてもあるが......贔屓は正しくない。できる者からしていくべきだ。
「おや、これは失礼。書類仕事でもこうした数の間違いは良くあってね。だが、少しは息抜きになったのではないかね?二階堂ヒロ」
確かに、少しは気が抜けた。礼は言わない。
やがて裁判所の前にたどりつき、私は足を止めた。
「ここが裁判所だ」
いつも施錠され、固く閉ざされていた巨大な両扉は開くことができた。
私たちは裁判所の中に入っていき、従順に各自の証言台へと立った。少しそのまま立っていると、鐘の音が裁判所内に大きく響いた。
それと同時に、どこからか一羽のフクロウが飛んできて、高所にある手すりに留まる。
面倒そうに、ゴクチョーが言った。
「一応決まりですから、鐘も鳴らしましたよ。まったく」
裁判所の扉は開いたままで、少し遅れて、最後に入ってきたのはメルルだった。それを確認し、出入口の両扉の前にいた看守が扉を閉める。
「あ、あの、ヒロさん、持ってきました......。これを......」
儀礼剣を片手で受け取る。
「ご苦労」
「なあなあ、なんでヒロっちそんなに偉そうなん?魔王かなにか?」
野次のようなココの声はスルーし、深く息を吸い込む。
私は剣を天高く掲げた。
「これより、魔女裁判を開廷する!」
最後の魔女裁判だ。どんな結果になろうとも、私は正しくあり続けることを心に誓った。
「私のセリフを取らないでほしいですね......。とりあえず、定時で帰るためにちゃっちゃと済ませてしまいましょ!」
こうして、私にとっては最後の、彼女たちにとっては最初で最後の魔女裁判が始まった。