全てを抱えられなくなった少女。電脳の世界に、彼女の生存圏はない。
恐怖に引き攣った顔で、アリサが言った。
「.......な、なんなんだよ.......!お前は.......!他の奴らを次々化け物にしやがって.......!」
「.......これは必要なことなんだ。私たちが助かるために」
「そんなん、信じろって方が無理があるだろ.......!」
私の話を、アリサは一蹴した。その言い分はもっともだ。慎重であればあるほど、私の発言には乗りづらい。
「(やはり.......そもそも説得なんて無理だったのか?手足をもいで、苦痛を与えた方が手っ取り早......落ち着け。思考が殺人衝動に侵食されている。魔女化が進行しているか......)」
私の心内の葛藤を見透かしたのか、キレイがこちらに向いた。いつもの調子で話し出す。
「全てを救うことを競う必要はない、二階堂ヒロ。その使命は君を縛る鎖となっている。もう少し、肩の力を抜いてはどうかね。君は君の信念を貫いているに過ぎないのだから」
「......なんのつもりだ」
思わず、キレイを睨む。
「今、私は今まで生きてきた人生の中で最も愉しいと感じている。それを邪魔されたくないからね。
......それに、道に迷う者を導くのは私の勤めだ。君の願いは叶う。その【正しさ】を胸に抱き、君の信じる道へ進むがいい」
それは、激励だった。改めて私のルーツを見つめると共に、目の前の少女の侮れなさも再確認した。
「.......私は君たちを救いにきた。それは使命ではない、それが私の進む【正しい】道だ!」
殺人衝動が僅かに。私は気負い過ぎていたのだろう、私が救わなければならないというプレッシャーが、ストレスとなり魔女化の進行を起こしていたのだろう。だが、それは使命感ではないことを思い出した。私が禁忌を乗り越えたのは、ただ皆に会いたかった。それを改めて、認識した。
「(.......礼は言わない)」
私は、改めてアリサに向き直る
「なんだよ急に......!気味が悪いんだよ......!」
一触即発の空気の中、割り込む者がいた。
「ま、待ってよアリサちゃん.......!」
「ああ!?」
それは、ミリアだった。アリサに怯えながらも、しっかりと答えた。
「い、いや、その.......。おじさんも確信があるわけじゃないけど.......。ヒロちゃんの言ってることも、まるっきり嘘ってことじゃないんじゃないかなって.......」
アリサは苛立った様子で
「おめえもバケモンの肩持つってのかよ!」
ミリアは慌てた様子で否定する。
「そ、そんなことは言ってないよ!.......けど.......いがみ合うのは.......良くないと思うんだ.......」
これは、チャンスだった。一人でも多く、議論の場に引きずり込むために、ミリアの良心を利用する。
「.......なら、君はどちらにつくのかな」
「えっ?」
予想外の問いだったのか気の抜けた声が出た。
「私を信じるのか......それとも、信じないのか!」
「え、ええー!?ど、どっちの味方とか.......そういうことじゃないと思うんだけどな......!」
その曖昧な言葉に苛立ちを募らせ
「なら、おめえはバケモンの方につくってのか?」
アリサがそう尋ねた。
「そ、そういう話じゃなくて......おじさんは、みんなの味方でいたいんだ」
その話に、私は疑問を覚えた。
「その志は、立派だ」
ミリアは、褒められるとは思っていなかったのか唖然とした表情を浮かべる。
「私の知っているミリアも、疑われた者を庇ったり、誰かの助けになったり、人に寄り添っていた。私も庇われた中にいたよ」
「そ、そうなんだ」
ミリアは困惑している。そこで私は、最も疑問に思った問いを投げることにした。
「けれど、どうして君はそんな聖人めいた振る舞いをするのかな。私たちは出会ったばかりで、信じられるかどうかもわからない相手なのに」
その問いに対してミリアは、考えながらも答える。
「ヒロちゃんの経験した世界で、おじさんがどんなことを考えていたのかわからないけれど......きっと、【先生】のことを見習ったんだと思う」
「【先生】?」
思わず聞き返す。
「うん......おじさんが昔、困ってたときがあってお世話になった人なんだ。おじさんもその先生みたくなりたくて、真似してるだけだよ」
そう言ってミリアは頬を掻いた。
ふと、口を挟む者がいた。
「ふむ、みんなの味方、と言ったね。君のスタンスはなんだね、佐伯ミリア。教えてもらおうか」
キレイの問いにミリアは答えた。
「おじさんのスタンス......。おじさんはね、みんなが話し合って決めたことに従うよ。それがどんなことでも」
しっかりとそう答えた。
「なるほど、意志は硬いらしい。では話を変えようか、随分と先生のことを慕っているらしいね。先程君が先生について話している時は、随分と嬉しそうに語っていたよ」
ミリアは驚いた様子だった。自覚がなかったようで。
「そ、そうかなっ!?で、でもおじさんは......うん。そうだね、先生は、おじさんのことを助けてくれたからかも。親身になって話を聞いて、優しくてさ」
そう語る彼女に一言、キレイは言った。
「ではなぜ、君は選択を人に委ねる?」
ミリアは唖然とした。キレイのパスに、私はつなげた。
「その通りだ、ミリア。君の言う先生は立派な人らしい。君はその人に助けられた。そしてそれが何よりも嬉しいとも思っている。では、その先生は、なんで君を助けたのかな」
ミリアは言葉に詰まる。
「そ、それは......」
私は、突きつけることにした。
「きっとその先生は、君の未来のために助けてくれたのではないかな。だが君は、未来を他者に委ねている。君を助けた先生が守りたかったのは、そんな君じゃない筈だ」
ミリアは、涙を流して言った。
「......そ、そんなの......わかんないよ!!おじさんは、おじさんは......!キレイちゃんにヒロちゃん......それに【先生】みたく......強くないんだ!!」
ミリアの目は、すでに私を見ていない。
「法律をちょっと勉強したのも、自分のことおじさんって呼ぶのも、全部【先生】を真似してるだけ......!元々の【私】には何もない......!いつも周りに合わせてへらへら笑ってやり過ごしているだけで......!そんなこと言われたって、わかんないよ!!」
派閥、敵味方を作り、陰険陰惨陰湿。ミリアの言葉からそんな単語が漏れ出ていた。それにキレイは、私に対して語った。
「佐伯ミリアは、人間関係で傷を負っている。そして年齢から考え、派閥、敵味方。そして大人の助けが必要な状況を考えてみれば......さあ、後は突きつければ良い。現実を」
私は、それを聞いて考える。それは、アリサの拾ったあの新聞記事に書いてあった内容だった。
「ミリア。私は以前、ある記事を読んだことがある。消息不明になった少女たちを、両親が探していると言う内容だ」
ミリアは息を呑んだ。
「君がいなくなったことは、ニュースとして広がるだろう。ここにいればいるほど、君の顔は世間に広がる。テレビや新聞などのメディアから、人々の手に持つインターネットへ。その広がりは、止まることはない。行方不明の限り、ずっと」
ミリアは、苦しんでいる。
「やだ......、やだ、やだ......!どうして......!!おじさんのことなんて......放っておいてよ!!こんな人間、探す価値なんてないんだから!!」
ミリアの顔が、深くひび割れ、黒ずんだ。片方の耳が、完全に黒く変色し、そこにかけられているピアスも黒く溶けている。
「もう......やだよ......」
私は、ミリアに声をかけようとした。
「みんな、消えちゃえばいいんだ......!」
魔女化による殺意。私は慌ててメルルに呼びかけるも、遅かった。
「全部、ぜんぶ━━なくなっちゃえー!!」
その叫びから、私の脳裏に過ぎるは......
私の体験していない━━【存在しない記憶】。
私が死んだ世界、私の死後の記憶だった。
「......そ、そんな......。ボクが......殺した......?人を......たくさん......!それに、ボクはメルルちゃんの手を、取って......それから......」
エマの体験した二つの記憶。メルルの手を取り、キレイに殺された記憶。そして世界を滅ぼした記憶。
「私が......レイアさんと......エマさんを......?そんな......そんなのって......」
私の体験した、ハンナの事件。
「う......嘘だ......わがはいがミリアを.......殺すはずが......いや......レイアに、ノア......うぅ......!!」
アンアンは涙を流した。ミリアをエマと思い込み殺した記憶と、レイアとノアの事件の記憶を。
「お、落ち着くんだ......みんな......!こ、こんなのは......まやかし、げんか、く............ヒロ、くん」
レイアが、私の方を向いている。まやかし、幻覚。その言おうとした言葉を、私の存在を改めて認識し、自身から否定した。
みんなが別の世界の記憶を持っている。それは、その実態は。私はミリアの方に目を向ける。
彼女はあの叫びから、何も動かず呆然としている。彼女の魔法は【入れ替わり】魔法を知らないが、精神の共有に近いのだとすれば。
様々なものが【入れ替わり】共有されたと言うことになる。魔女化によって強化、暴走されたその魔法により、世界や魂、時間や経験までもが共有されたのだろうかと、考えていても仕方ない。
「......メルル!ミリアを!」
次暴走すれば何が起こるかわからない。私はメルルに治療の指示を出した。
「......はっ!はい!わ、わかりました!!」
幸せな夢から目覚めたように、メルルはミリアに近づいていく。しかしその足は明らかに浮き足立っている。
「(みんなの魔女化は、進んでいる。むしろ精神的ショックから、やりやすくなったとも言える。......だが)」
私は、キレイの方を向く。彼女は先程の楽しそうな様子とは打って変わって、ひどく落ち着いてつまらなそうに、そして、自身を嘲笑うかのような笑みを浮かべた。
「(......あの時の、鋭い痛み。キレイは、介錯したのか......その後、彼女たちは脱出した。......その後はわからないが)」
そう考えていると、辺りが激しく燃え盛る。その出火元は、明らかだった。
「これは......!」
「━━おい」
苛立った様子で、アリサが言った。
「アリサ......なんのつもりだ」
「それはこっちのセリフだ。てめえらは......ひとり残らず、ここで死ね。ウチも地獄まで付き合ってやる。それなら文句ねーだろ」
「......大アリだ」
私がそういうと、アリサは嗤う。
「なら......ウチを殺して止めてみな!」
「━━━面白いことを言う」
その言葉に、反応するものがいた。
アリサは、思わず表情を崩す。
「君が己を殺せと言うのかね。私に殺させてくれずに、一人自殺した君が」
面白いと言いつつも、その表情は無。その暗い瞳はただ一人、アリサを見据えていた。