自らの罪に身を焼かれる少女は、罰を求める。
空想の中生きていた少女は、現実の死に触れた。
「言、峰......」
アリサの声が、震えている。言峰キレイ、アリサと特に親しかった彼女が、今アリサのみを、表情を何も浮かべずに見据え、席から立ち上がって近づいてくる。
「.......あの時とは、状況がちげえんだよぉ!!」
目を瞑り、手を前に突き出して業火を放つ。それはキレイ一人を呑み込み焼き尽くさんと迫る。
「キレイ!!」
思わず叫んだ。しかしキレイはただ拳を構えて、風圧で打ち消した。しかし、無傷とは言えない。拳は焼け、服には所々引火している。気にした様子はなく、引火した部分を手のひらで握って消化した。
「......話を聞く気は━━」
「うるせえ.....!!」
今度はキレイはバックステップで躱す。2回連続で受けることは避けたらしい。キレイは目を閉じて、開いた。そうして告げた言葉は、アリサに対してではなかった。
「夏目アンアン。君の力を貸して欲しい、意思の疎通を取ることが難しくてね。......今の君なら、言葉の大切さはよく分かっているはずだ」
アンアンは、前を向いて頷いた。
「......わがはいはもう、後悔しない......!もう、恐れない......!ミリアも、ノアも、レイアも......もう死なせない......!だから......【人を殺すな】!アリサ!話を【聞け】ぇ!!」
「ぐっ......!」
アリサは顔を歪ませる。それと同時に炎の勢いも弱まる。キレイはただ、アリサに向けて歩み、止まる。
「......話し合おうか。紫藤アリサ」
「......言峰」
燃え盛る裁判所の中で、二人は対峙する。
「(アリサは、迷っている。キレイを前にして、その決意が揺らいでいる。今の彼女を止めるのは、キレイが適任だ)」
私はただ、見届ける。二人は話し始めた。
「......ウチらは魔女だ。呪われた子だ。誰かを殺すための力を持って、誰かを殺すことでしか生きていけねー存在なんだよ。ならそんなもんは、存在しちゃいけねーんだよ!!」
「君はそれに抗っていた」
キレイはただ静かに反論した。
「君は、誰かを傷付けるのが怖いと言っていた。だが君はそうはしなかった。君は魔女化した時も、それに抗っていただろう。その結果取った選択を、私は認めるわけにはいかないがね。
そんな君が何故、そう決断した。君がそれを決断したその理由を聞かせてほしい。アリサ」
ただ説得するわけでもない。止めるわけでもない。ただキレイは、紫藤アリサという一人の少女と対話していた。
「(炎の勢いが、弱まってきている......アンアンの魔法は、その言葉に納得しなければ効果を発揮しない。アリサは、キレイの話を聞いて、迷っている)」
「ぐっ......!うるせぇ......うるせぇうるせぇうるせぇ.....!!もうみんな死ぬしかねぇんだよ!!」
その叫びの本心は、なんなのか。
「ウチらは存在することが罪なんだ......お前だって、人に言えないことの1つや2つやってきたんだろ......!?」
既にアリサの目は、キレイのみを見ていた。自身の決意したことが揺らぎながらも、彼女はきっと止まらない。
「その通りだ紫藤アリサ。私も君の言った通り、人に言えないことなど無数にある」
アリサは、睨む。
「だったらここで死んでも「質問に答えろ。紫藤アリサ、君は何故そう選択した」......っ......!」
アリサは話した。
「......ここにいる全員が、ウチみたいな罪人だからだよ。今取り戻した記憶を見りゃわかるだろ!?そんなもん存在しちゃいけねーんだ......!!誰かを傷付ける怪物なんか!!だからウチの炎で全部、骨すら残さずに消しちまえば良い......!」
キレイは落ち着いた様子だった。変わらない。
「なるほど、君の選択は無理心中か。己が罪を後悔し、そしてこのままでは全員が罪を犯す。だからこそ君はその前に、自ら諸共、全てを焼き尽くすことを選択したか。それこそが、君の罪を償う唯一の手段だと」
アリサの瞳に動揺が走る。アリサが何かを言う前に、キレイは語り始めた。
「とある聖典にはこうある。人間は天使より優れた存在だと。何故か。それは悪を知りながらも、悪に走らぬ者がいるからだと。
生まれながら善しか知らぬ天使とは違う。
人間とは、悪を持ちながら善と生きられる存在故に、善しか知らぬ天使より優れたモノだと」
キレイは、目を閉じて、笑った。
「ーーーー然り。
吐き気を催すような悪人が、戯れに見せる善意がある。
多くの人間を救った聖人が、気紛れに犯す悪意がある。
この矛盾。両立する善意と悪意こそが、人を人たらしめるものだ。生きるという事が罪であり、生きているからこその罰がある。生あってこその善であり、生あってこその悪だ」
少女は語る。生きているからこそ罪があり、生きていること自体が罰になる。生あってこそ善悪が存在し、罪を償う方法は、死ではなく、生きることであると。
キレイは、ただ前を見据えた。その瞳には、ただ道に迷う一人の少女のみを写していた。
「君が求めているのは、罰の先にある赦しだ。だからこそ、死こそが最大の贖罪であると思い込み、あの時も逃げた」
「......ぁ......」
私から、キレイの表情は見えない。だが、アリサの瞳は、酷く揺れていた。
「━━私はおまえに、赦しを与えない」
冷たい声で、そう言った。
「......じゃあ、どうしろって言うんだよ......!!ウチのせいで、人が死んだんだ......!死んでも償えないなら、どうすれば良いんだよ!!」
アリサは、涙を流す。ぽろぽろと溢していくそれは粗暴な仮面を取り外した、少女だった。
キレイは冷たく言い放つ。
「ならば悔いるな。人間には過去を変える事はできん。我々に出来る事は、常に自身の行いを是とする事だけだ。
それでも罪を背負いたいのならば、これからの自身の行いに問うがいい。既に起きた惨事をどう捉えるかはおまえ次第だ」
それは突き放すようでいて、少女がどうすれば良いかの答えにもなっていた。少女は膝から崩れ落ち、やがて火の勢いも治っていく。
少女は泣きながら、言った。
「ごめんなさい......ごめん......なさい......!!」
その謝罪は、誰に対してか。自身が殺してしまった人に対してか、それとも......目の前の友に対してか。
「(危ないところだったが、なんとかなっ━━)」
瞬間、牢屋敷全体が揺れる。
「なにこれっ!?」
思わず叫んだ。
「.......今度はなんだっ!」
それにいつもの調子でゴクチョーが言った。
「いやーこれは大変ですねぇ......」
「全然大変そうじゃない前置きはいい!何があったか簡潔に教えろ!」
ゴクチョーに叫ぶ。
「それがこの島、浮いちゃってます。ザパーって海を離れて、空へ向かってふわふわと」
空へ、【浮く】
「......まさか!!」
振り返った先にはもう一人いた。自らの起こした罪を受けきれずにいる少女......遠野ハンナが。
「わたくしが......わたくしが......わたくしが......!そんなの嘘......嘘......!嘘よ......ねえ!
......嘘でしょう!!」
キレイが、冷静に言い放つ。
「今の遠野ハンナは、自身を見失っている。自身の理想と、現実との差が受け入れられるものではなく、狂うことで心を保っている。今は呼びかけ続けろ」
「......分かっている!!」
私はハンナに向き直る。足場がぐらつき、重力はぐちゃぐちゃ。今はそれしか方法はない。
「だめ......だめ......どうして、どうして私は殺してしまったの......?レイアさんを......エマさんを......!何の罪もない人たちなのに......!」
頭を抱えて、取り乱している。その姿は完全な魔女となっていた。私はハンナに対して呼びかける。
「ハンナ!仕方なかったんだ!!君は魔女化が進行していた!!それに、それは君がやったことじゃない!別の世界の君がしたことで、ここにいる君が悔やむ必要なんてない!!」
その呼びかけに反応するように、
「わたくしは......わたくしは......!それでも......!シェリーさんはそんなわたくしに付き合って、一緒に......!!」
シェリーを巻き込んでしまったという罪悪感に押しつぶされている。声をかけようとして、キレイが口を挟んだ。
「シェリー君の選択に、君が悲観する必要はない。君の願いに不器用ながら答えたのは、橘シェリーという人間の選択だ」
シェリーは頷き、呼びかける。
「複雑な気持ちですが、私のことはお気になさらず!全然気にしてないので!」
シェリーはそう言ってのけた。
「そんなこと......言われても......!」
ハンナの心は段々と開いている。最後に、彼女の心に最も響くように、呼びかけた。
「君なら乗り越えられる......。君は気高い【お嬢様】なんだろう!」
彼女の夢見た【空想】へ呼びかける。
ハンナは息を呑み、考える。しかし、きっと自身がその空想に相応しくないと、思ってしまっている彼女は叫ぶ。
「やっぱり無理です......!わたくしに......お嬢様の資格なんてないんですわ......!わたくしは.....ダメな子なんです!!」
ハンナは、自らの絶望を叫ぶ。
「わたくしが犯してしまった罪は身勝手で残忍なもの......!謝っても許されない、取り返しのつかないものですわ.....!
彼女たちは......別の世界のわたくしたちは、一生懸命生きようとしたはず......それを全てなかったことにするなんてできませんわ......!」
彼女の絶望は、置き去りにしてしまうこと。全てを無かったことにできない。見捨ててしまえば人間ではなくなってしまうと。
その絶望には、私は共感できてしまった。私が5人を残してここに来る前も、死に戻りによって全てがなくなるのではと考えた。
......私と同じようには、ハンナは救えない。キレイを頼ってもダメだろう。これは理屈じゃない、心で語る必要のあるものだ。
「わたくしは永遠に忘れてはいけない......彼女たちを見捨ててしまったら......わたくしは人間ではなくなってしまいますわ!!」
それに、私は叫んだ。
「違う!ハンナ!君は見捨てていない......!見捨てることと、滑り落ちる者の手を掴めなかったことは別物だ!」
ハンナは見捨てたわけじゃない。ただ、全てを背負い込もうとして、その重さに潰されようとしている。
私にできることは、その重荷を一緒に背負うことだ。
「君の手では救えなかった。でも君は見捨てたわけじゃない。君ではどうやっても救えなかった。手を伸ばしても届かなかっただけなんだ」
ハンナは嗚咽を漏らす。
「たしかに、すべてを他人や環境のせいにしてはいけない。だが、君がすべての責任を抱え込む必要もない!
......ハンナ!私の手を取ってくれ!今度は私を......私たちを、見捨てるな!」
掠れた声で、ハンナは言った。
「ヒロ、さんっ......あぁ......今度は、わたくし......
━━ちゃんと......握っていられるかしら......」
そう言って、ハンナは膝から崩れ落ち、激しい揺れも共に落ち着いて止まっていった。呑気に、ゴクチョーが呟く。
「......現在島の高度はゆっくりと低下中です。無事着水したら、地図を書き換えないといけませんねぇ」
「......何を呑気なことを」
物理的な壊滅は免れた。
「(残る魔女候補は、3人、必要なのは2人。残っているのはエマとキレイ、そして......)」
橘シェリー。彼女に目を向けた。キレイは、ある提案をしてきた。
「二階堂ヒロ。橘シェリーの魔女化は任せてもらおう。君は桜羽エマの魔女化を急げ。開花しようとしている。制御しなければ私たちは、全員が共倒れとなる」
「......わかった」
私とキレイは、手分けをして二人を魔女化させることにした。必要人数は残り、2人。
......妙な胸騒ぎがする。