これより、原告が入廷する。
私の心は凪いでいた。掲げていた儀礼剣の切先を、裁判所中央に向ける。大魔女を召喚し、彼女を断罪する。そして、私たちを呪いから解放してもらう。そのために、彼女を呼び出す。
「(君はずっと私たちの近くにいた。来るだろう、ユキ......?)」
張り詰めた空気の中、数秒の刻が経過した。そしてココが、何か唖然として、口にした。
「......ちょっと待て。なんか......見られてる。......同じ場所にいて、わかった。あいつ......ヤべぇ」
地鳴りのように深く、鈍い音が微かにあたりに鳴り続けた。じわりと、裁判所の中央。処刑台に赤黒い液体がにじむ。
「むむ。あれ......血じゃありませんか?」
シェリーが虫眼鏡越しに遠くの液体を見つめた。裁判所の中央に大穴が空いたかのように、とめどなく赤黒い液体があふれ出す。
瞬間。血の柱が噴き上がった。やがて液体は、洪水のように裁判所を満たし始めた。少女達が戦慄する中、やがて血色の噴水は勢いを弱める。
中に、誰かいる。それは、誰の言葉か。
少しずつ弱まっていく血柱の隙間に、何かの【輪郭】が垣間見えた。てらてらとぬめり輝く、人ひとり分の大きさをした肉の塊だ。その姿に、ある少女が、感極まったように声を上げた。
「ああ......大魔女様。やっと......。
━━━やっと、お会いできました」
その瞬間、銃声が鳴り響く。ナノカだ。彼女の放ったその弾丸は、肉塊に迫り、空中で火花になって消える。
驚愕し、止める声が響く中......声が響く。
「これは、魔女たちが流した血。これからも蒔き続ける私たちの種子......魔女の因子です」
「なにか、しゃべってる?」
ノアが尋ねるとともに......肉塊がまとう血液が、おびただしい量の紅い蝶となり剥がれていく。
「あれが大魔女......ずいぶん、かわいらしいのね」
その姿は、銀髪で白い目の少女。白と黒の二色のドレスに、まるで花のような帽子を被る。
格好は違えど、その姿を見間違えることはない。私は、エマの顔を横目で見る。
「......ユキ......ちゃん」
再会できた......けれど信じたくない。そんな葛藤の表情を顔に浮かべつつ、エマは微かに旧友の名前を呼んでいた。
「私の復活はすなわち絶望......何を期待していたのですか?良い結末など、ありえません」
大魔女━━ユキが笑う。
「さあ、共犯者になりましょう」
━━━━━
ユキは、微笑んで佇む。周りの皆は、困惑している。
「こ、これが......大魔女......ですの......?」
「普通の女の子みたいだけど」
「......つーか、おめえらの姿......戻ってねぇか」
そう言われて私たちは自身の体を見る。魔女化で異形と化していたはずのそれが、戻っている。殺人衝動も、ない。
「なにっ......!そんな......!?いつの間に......!」
「なんでがっかりしてんだよ」
「ふむ、どうやら大魔女が出現した影響らしいね。髪色もすっかり元通りになってしまった。割と気に入っていたのだが」
「おめえはさっさと服を着直せ!!」
いそいそとキレイは服を着直した。その間にも少女たちが色々とユキそっちのけで話し始める。
「......にぎやかですね。あなたのお友だちは」
ユキがポツリとそういうと、エマが反応した。
「......どうして。どうしてキミなんだ......ユキちゃん!」
「知りたいですか?」
私は、声を出した。
「......聞かせてもらおうか。私たちには、知る権利がある」
「いいですよ。でも......」
瞬間、裁判所が揺れ始めた。
「なんだ......こりゃあ......!?」
「わたくしじゃありませんわー!?」
少女たちが慌てる中、冷静に言う者がいた。
「【浮遊】の魔法。どうやら魔女因子を吸収した際に、再取得したようだね。ここにいる全員の魔法が、使えるらしい」
「ええ。魔女の島は再び飛び立ちました。この屋敷もまた、過去のあるべき姿へと戻る」
裁判所の鐘の音が鳴る。歯車がギチギチと回る音がする。揺れは治っているが、動き続けているのは確からしい。
「そして今から世界を巡るんです。すべての人間に死を与える、福音を振りまく天の使いとして......」
「なっ......!」
ユキは、腕を広げる。興味なさげに、虚空を見ながら。
「お話......しましょうか。この世界から人間がいなくなるまでの、わずかな時間だけ......ですが」
こうして、ユキの語りが始まった。
━━━━【審問開始】━━━━
「人は罪を背負っています。よってこれより、刑を執行します。それは、全人類の処刑。
━━これは決定事項なんです」
それにココとアリサが、反応する。
「いきなり出てきたと思ったら.......何言ってんだよてめぇ......!」
「人類全滅させるって言ってる......!?そんなことできんの!?」
それには、すべての過去を見たナノカが答える。
「......残念だけれど、大魔女にはそれが可能よ。彼女にはそれを実行できる力がある......」
ユキは微笑んで、ナノカの方を見た。
「物わかりが良くて助かりますよ、ナノカ。大丈夫です。あなたのお姉さんも、ずっと一緒ですからね」
ナノカが歯噛みしたが、ユキは変わらず言った。
「すでに人類への“執行の猶予”は十分に与えました。もう......十分ですよね?人類の歴史は今日で終焉を迎えます。この世界を、自然に返しましょう」
それをさせるわけにはいかない。少しでも、時間を稼ぐ。そうしなければ、何も出来ない。
>裁判が行われていない。
私は声を張り上げ、言った。偶然か必然か......彼女と、言葉が重なった。その言葉は、強く響いた。
「「異議あり!!」
ユキは眉を顰めて、私と、ミリアを見る。ミリアは見られたことに若干の怯えを見せながらも、強く言った。
「そ、その刑の執行......もうちょっと待ってもらえないかな!」
「それは、どうしてですか?」
ユキの問いに、私が答える。
「......ユキ。君は今、人類に執行の猶予期間を与えたと言った......だがそもそも、その判決に正当性はあるのかな」
ユキは黙って、私の話を聞いている。
「し、執行猶予が与えられたってことは......判決が下されたってことだと思うんだけど......!その裁判、不当判決じゃないかな!?」
アリサが眉を顰めて反応する。
「......おめえら、何言ってんだ......?バケモンの親玉に、そんな理屈通じるわけねぇだろ......」
呆れが混ざっている。しかしミリアは続けた。
「そ、それでも!理屈は......通すべきだと思うよ!」
ミリアは言った。
【人に罪がある】と言う。人間全員が極刑に値するほどの罪。その判断に正当性があると主張しているなら
【自分の意見が正しい】と思っているはずだと。罰を与えるというなら、被告である人間にその理由を知らせて、反省を促す必要もあるのではと。
無茶苦茶な理屈だった。ユキも呆れているように見える。しかし、相手が圧倒的な力を持っている以上、暴力で対抗しても意味がないのもたしかだった。反撃は、対話に持ち込んでから。そう思い、私は目の前に立つユキを睨む。
「......裁判だ。━━魔女裁判の開廷を要求する!」
ユキは眉を顰めて、私の言葉を繰り返した。
「......魔女裁判?」
私は頷いて、言った。
「そうだ。人間が、処刑されるべき【魔女】であるかどうか......この島のルールに則って、それを決めるんだ......!」
ユキは、しばらく考える素振りを見せた。
「......いいですよ」
それは、気まぐれかどうか。しかし確かに彼女は、対話の席に立った。一歩、前進した。
「それであなたたちの気が済むのなら......少しだけ、お付き合いしましょうか?」
━━━━【審問開始】━━━━
ユキは語り始める。人間たちの起こした原罪について。それは、裁判とは名ばかりの、一方的な宣告。
この島から、原初の魔女たちを消し去るという蛮行を行った。その行為は身勝手かつ残忍で、情状酌量の余地すらない、万死をもっても償いきれるものではないと。
だからこそ、人類を被告とした裁判の判決を言い渡した。
「判決は━━死刑。直ちに刑を執行します。“反論”は、受け付けません」
そう、ユキは何を言っても聞かないだろう。たとえどんな言葉でも、そのままではユキに届かない。であれば、聞き入れさせる方法を使うしかない。
>【洗脳】
私は彼女と目配せをする。頷いて、前を見据えた。そのまま私たちは、共に声を張り上げた。
「「それは......【間違っている】!」」
アンアンは、続けて言った。
「【待て】!はたしてそれは......裁判と言っていいのか!?」
私は頷いて、更に続けた。
「アンアンの言う通りだ。私がこの島で経験した裁判では、みんなの話や主張を聞いて検討をしてきた......。だが今の話は、到底まだ議論がしつくされたとは言えない。
ならば君も、この牢屋敷の規則に則って、議論を続けるべきなんじゃないかな」
私の言葉に同調し、アンアンが続けた。
一方的に刑を言い渡すだけでは裁判とは呼べないと。だが先程、【裁判を始める】と言ったのは他でもないユキだった。
「ならば十分な議論をしてから結論を出すべきだろう!自分の言葉には......【責任を持て】!」
ユキは、少しばかり沈黙した。そして、口を開く。
「......わかりました。それぐらいであれば、いいですよ。ほんの短い間の、最後のひととき......お互いに無益な時間になるとは思いますけれど。それで良ければ、もう少しだけお話ししましょうか」
大魔女は、こちらの提案に乗ってくれた。アンアンの魔法が効いたのかどうか、それはわからないが。チャンスだった。か細い蜘蛛の糸を手繰りよせていこうとした矢先......大人しかった彼女が声を上げる。
「裁判であれば、私はこうさせてもらうとしよう。
━━━私は、原告の代理人となろう」
それは被告に対して罪を要求する立場にある者。それをキレイは、さも当然かのように、言った。
「......キレイ、一応言っておく。なんの目的だ?」
答えは知っていたが、思わず問わずにはいられなかった。キレイは案の定、こう告げた。
「君たちに説き伏せられてはいるが、私は私の生き方を貫くまでに過ぎない。なにしろ、これ以外の生き方を知らなくてね。
━━ 私は誰の味方でもない。私は死者の無念を果たすべく戦う。それがどんな存在であろうとも、私は味方する」
ユキも思わず、眉を顰めた。
「......本気で言っているんですか?罰はあなたも含みます。それでも、私の側に立つと?」
キレイは今までのように、笑って言った。前とは違う、心からの笑みで。
「無論、元より既に自死を決意した身。であれば死すら恐れることはない。死者が確かにそこにいて、そして正当性がある以上。私は戦おう。
それに、こうして生きて生きて、生き抜いた先に残った物こそが人生の価値であるのなら━━私は、この生き方を止めてはならない」
そう言ってキレイは、私を見た。
そうだ、それは私が考えた答えだ。キレイはただ、自身の生き方を続けているに過ぎない。例え人類が滅ぶとしても、それすら些事だと。
「よろしいかね?大魔女」
ユキは笑みを浮かべ、キレイに言った。
「いいでしょう、好きにしてください。最後のひととき......争い合いながら沈んでいくのも、ご自由に......お好きにどうぞ」
キレイはそれを聞いて、私たちに言った。
「これより戦うことになる。言葉を尽くし、証拠を提示し、証言を吟味したまえ。私は原告の代理人。すなわち控訴した側。
被告は人類すべて。求刑は絶滅。罪を背負い、それを咎められている。君たち全員が人類の代表として、弁護側に立つ。」
淡々と告げていくが、その表情は真剣に。
「では始めよう。何か反論があれば、口を挟むがいい。だが、それを大魔女が認めるかは未知数だがね」
そう言った後、キレイは付け足した。
「......そうだね、そして最後に。大魔女に対して【洗脳】が効いた理由、よく考えておくといい」
その意味を理解する間もなく、ユキは、淡々と私たちを見た。
「それでは原告代理人、言峰キレイ。
被告代理人の、魔法少女たち。」
そうして彼女は、告げた。
「━━審理を、開始しましょう」
鐘の音が鳴る。真の意味で、裁判が開始した。