サンダーブレスターが光の中に消えてから、一ヶ月。
世界は、劇的な変貌を遂げました。
1. 「救世主」への祭り上げ
ロンドンの瓦礫の中で力尽きていたカイは、イギリス空軍によって丁重に保護され、日本へと「凱旋」帰国を果たしました。
彼が怪獣を蹂躙した凄惨な光景は、いつの間にかメディアによって「絶望的な状況で人類を救った唯一の奇跡」へと書き換えられていました。
かつては「危険兵器」と呼んだ大人たちが、今ではカイを「人類の守護者」と呼び、莫大な支援金と名誉を与えました。入院中の家族は、国内最高峰の特別個室へと移され、国を挙げた手厚い医療支援を受けています。
特撮ファンの間でも、カイは伝説となりました。
「おもちゃで本物になれることを証明した少年」
カイの使っていたCSMオーブリングと同じモデルは、中古市場で数百万、数千万という異常な高値で取引されるようになり、世界中の人々が「第2のオーブ」になろうと、玩具に願いを込める狂気的なブームまで起きていました。
2. 空虚な日常
当のカイは、声の出ない喉を治療しながら、高級ホテルのような一室で静かに過ごしていました。
家族は一命を取り留め、弟も笑うようになりました。
すべては平和に戻ったはず。
オーブリングもあの時、粉々に砕け散ったはず。
しかし、カイの心には、底の見えない穴が開いていました。
あの時、怪獣の肉を握りつぶした感触。ベリアルの笑い声。そして、自分が怒りのままに咆哮を上げた瞬間の、あの恐ろしいほどの高揚感。
「(……もう、あの力はいらない)」
彼はそう自分に言い聞かせ、鏡の中の自分を見つめました。しかし、鏡に映る自分の瞳の奥が、時折、赤く濁っているような気がしてなりませんでした。
3. 抗えない再会
一ヶ月が経ったある日の夜。
カイの宿泊する部屋のドアの下から、一つの荷物が差し込まれました。
差出人は不明。政府の厳重な警備を潜り抜けて届けられたその箱を、カイは震える手で開けました。
中に入っていたのは、新品同様の、いや、以前のものよりもさらに鈍い銀色を放つ、「CSMオーブリング」でした。
「……っ!?」
カイは息を呑み、それを窓から投げ捨てようとしました。しかし、手がリングに触れた瞬間。
『……逃げられると思ったか?』
あの、低く這うようなベリアルの声が、脳内に直接響きました。
『お前は一度、闇を味わった。家族を守るために、世界を蹂躙する悦びを知った。その怒りがある限り、俺はお前だ。お前は、俺だ』
4. 鳴り響くサイレン
その時、一ヶ月の沈黙を破るかのように、街に再び怪獣出現を告げる警報が鳴り響きました。
ホテルの窓の外、東京湾から巨大な影が立ち上がります。
テレビからは、人々が叫ぶ声が聞こえてきます。
「オーブは!? 救世主様はどこだ!」
「早く、早くあの姿になって助けてくれ!!」
人々が求めるのは、平和を愛するオーブではありません。
怪獣を圧倒的な暴力で殺してくれる、あの「黒い巨人」の再臨です。
カイの手の中で、オーブリングが勝手に発光を始めました。
まるでカイが怒るのを、誰かを憎むのを、じっと待っているかのように。
「……ああ、ああぁ……ッ!!」
カイは絶望に顔を歪ませながら、オーブリングを強く握りしめました。
世界が彼を英雄と呼ぶ限り。彼の中に、家族を傷つけられたあの日の怒りが眠っている限り。
オーブリングは、何度でも彼の元へ帰ってくる。
カイは、その「呪い」をその身に受けるように、再び窓の外の地獄へと目を向けました。