5年ほどのブランクです。
題材としては、怪人を料理するライダー、ということで食関連のモチーフ……なのですが。
今回1話1話、随時書き上げたものを継ぎ足していく形で投稿いたします。
なので今回ライダー出ません。
ごめんなさい。
「はら、へった……」
8月の溶けるような日光に焼かれ、黒焦げ死体のようになった男が唸る。
初めは、黒いビニールシートが道端にくちゃくちゃにされて捨てられていると思った。コンクリートの住宅道路が、真っ白に飛びそうな程に照りつける陽光、そして、蒸されるような暑さだ。
そのゴミが、倒れた男なのだとはっきりと見止めて、ひなたは大慌てで男に駆け寄っていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「はら、へった……」
肌を射す日光を遮るために差していた日傘の影が、男にも掛かるように傾けると、彼はひなたの存在を感じ取ったのか、首を少し上げて一言呻いた。不審者じゃないか。ひなたはふと頭に去来した考えが、喉から出かかるのをぐっとこらえた。
道路と個人の敷地を遮るコンクリート屏へ、上半身を預けて力なく足を放る男に、立ち上がる気力は感じない。顔はウェーブがかった前髪により、目から上をはっきりと見ることはできず、ツヤツヤの黒いレザージャケット、ジーンズが顔以外をしっかりと守っていた。守ると言っても、太陽からの熱視線は逃れられなさそうだが。
日中の平日に加えて、住宅街で、腹をすかせて倒れている男は、まあ事情があるんだろうな。で済ませるにはあまりにも奇っ怪な出で立ちだ。真っ黒な不審者、まるでアニメの怪しい組織の面影を仄かに感じて、ひなたのちょっとした好奇心をくすぐる。
「こんなものでどうですか?」
ひなたは顎下に切り揃えた髪を耳に掛け、少し考える素振りをして、可愛らしい手提げカバンを探り、友人との勉強会の途中で食べようと思っていたコンビニおにぎりを2個、彼の前に掲げてみせた。片方はおかかで、もう片方は鮭だ。
食べ物の気配を察したのか男はスンと鼻を鳴らす。新鮮な肉を求めるゾンビのように伸ばされた手はおにぎりを2個掴もうとして、ひなたがひょいとおにぎりを持つ手を上げたことで、男の指が虚しく空を掴んだ。
「あぁ……」
おもちゃを取り上げられた子供の姿が重なるほどの、情けない声だった。少し可愛いな、と思うと同時に、申し訳なさもある。決しておにぎりを上げたくなかったわけではなく、2つも取られるとは思ってなかったのだ。
自分も食べるんで。と一言付け加えてもう一度おにぎりを掲げた。
「どっちか選んでください」
すると、またゆらゆらと手がおにぎりに伸ばされ、おかかを掴みとった。
「あぅ……」
まるで、先ほどの再現かのように情けない声を上げたのはひなたのほうだった。ちなみに好きなおにぎりはおかかだ。
ちょっと鮭の方を取りやすいように、気持ち、前に出していたのに、思惑を見透かされたようにおかかは男の元へと言ってしまった。た、楽しみにしてたのに……。ささやかな復讐をされた気分だ。当の本人は辿々しい手つきでおにぎりの包装を外し始めている。
プラスチックの包装を外し、綺麗な三角形に沿って包まる海苔を剥がして一度おにぎりを分解すると、ご飯と海苔を隔てる包みを慎重に抜き取ってから、もう一度海苔で包み直した。
昨今珍しくもない、手巻きタイプのおにぎりの開封工程をまじまじと見つめてしまえば、その視線に気づかないものは少なくないだろう。
「あの」
おにぎりが、口に運ばれる手前で止まり、男の薄い唇が言葉を紡ぐように動いたのを見て、ひなたは、自分がおにぎりを凝視していたことに気づいた。
慌てて目を上げると、男のウェーブした前髪越しにこちらを伺う、大きくて鋭い目と視線がぶつかる。顔の全貌は相変わらずわからないが、前髪と同じようにゆるくうねるパーマを掛けた黒髪が象る、鼻梁のはっきり通った精悍な顔立ちが、こちらを見ていて、顔が少し熱くなるのを感じる。
雰囲気イケメンと称されるような見た目だけれど、ひなたにはグッとくる容姿だった。
「え……っと、なん、でしょうか?」
露骨なほど、動揺が口に出る。もしかしたら、顔が赤くなってるのを見られているかもしれない。
じっ、と凝視してくるイケメンの顔の圧が強い。二の句が出るまで5秒とも経ってないはずなのに、間が持たない。
ひなたは柄にもなく、指で毛先を弄んでいると。
「いや、もう大丈夫なんで。……急いでたんでしょ? お姉さん」
男が背中を預けていたコンクリート屏を支えに、よろよろと立ち上がった。
顔を覗きこむために下げていた視線が、みるみると上がっていき、その威圧感に圧される。8月の陽光を物ともしない男は、その顔に逆光の影を落とし、ひなたを見下ろした。
「いやいやいや、こんな真夏日に倒れてたんですから、大丈夫とかないですよ」
「そう……暑い……暑いもんなんスかね。今日」
「は」
あなた正気ですか。
言い出したくなるのを堪える。
手でひさしを作り、空を見上げる男の表情は確かに涼しげで、首筋に汗の一雫も見当たらない。
「あーそれと、これほんとに貰っちゃっていいスか。好きそうだったのに」
まだ手を付けてない、おかかを顔の前で示される。ぎくり、とした。おかかが好きなのを悟られていたのか。
「あ、はい」
ひなたが頷くと、男は口に運んだおにぎりに大口を開けて、おかかおにぎりの半分を口の中に消した。
真っ二つにされた三角形は、ひなたのハートを半分に引き裂いたようにも見えて、苦々しく顔を歪める。
気にしていないかのように男は続けた。
「ところで……」
スン、と男が鼻を鳴らす。
さりげない仕草だったが、おにぎりを選ぶときにも同じようなことをしていたのを思い出す。
あれは、秘密を嗅ぎ分けるための行動だったのだろうか? ひなたは、胸の内を見透かされているかのような気持ちになりながら、ごくりと唾を飲み込む。
「お姉さん。なんか拾ったもの、あったりしまスよね?」
「へ?」
急におかしなことを聞かれたもので、啞然とした。
なぜ、急に拾ったものの話をされたのか。意味がわからなかったからだ。ひなたの背中に緊張の汗が走る。
危ない人なのかもしれない。
「拾ったって……なにを、ですか?」
努めて表情には出さないよう、自然とした表情を心がける。
「うん? そうだな〜。これくらいの、いきものっていうか」
男が手で大きさを表現する。その大きさは5cmほど。いきもの、と酷く曖昧で怪しい。
男の容姿に、少しときめいてしまったのは不覚だったが、やはり彼は不審者だったのだろう。
「これを……」
「何も知らないです。失礼します」
ひなたは男の話を遮って、足早にその場から遠ざかった。
遠く見える背を見つめる男の顔には、冷たい無表情が張り付く。
微かに目を
下唇をひと舐めして、男は彼女が消えていった方向へ足先を向けた。
ひなた
インドア系で、あまり家から出ないにも関わらず、外行きの私服にはショートパンツ一択。
おかかおにぎりが好き。
男
名前不明。ゴミと間違われて落ちていた。
匂いを嗅ぐ仕草がクセ。