言うのを忘れていましたが、作品全体の文量としては、60分〜90分の特撮映画の尺をイメージしてます。
ちょっと長いパイロット版。ミシュラのビギンズを描くような目的です。
ということでまだ仮面ライダーは出ません。
ごめんなさい。
事の始まりは、太陽が地球の予熱を始めた7月の頃だった。
大学の夏季休暇の入りたて、まだ太陽がカンカン照りの本気を見せる前に、ひなたは親友に誘われて海水浴に臨んでいた。
とは言っても、ひなたはパラソルの下に二人分のビーチチェアを広げて寝そべり、薄手のパーカー、つば広のハット、サングラスで完全武装して、インドア系に見られる生白いふとももだけを日光と遊ばせていた。
目を焼く白い砂浜と、目を癒やすライトブルーの地平線を交互に見やり、ビーチバレーをしている男女の集団や、サーフボードを乗りこなす人の輪郭を捉えて、波のさざめきに耳を傾ける。これだけで、ひなたの海水浴は充実していた。
「ひなた! ちょっと来てよ! すごいもの見つけた!」
そこに水を差すものが一人。いや、海水を手の平に掬って掛けて、文字通り、水を差してきた溌剌とした女性が一人。
ひなたと同い年の親友、みつきだった。
彼女に引っ張りだされなければ、この休暇は課題を程々に消化しつつ、家でYoutubeのショート動画を垂れ流し、惰眠を貪る毎日を過ごそうとしていたところだった。
SNSを使わずに直接、家に乗り込んできたみつきが、部屋に上がり込むや否や、殺人現場でも見たかのような悲鳴を上げたのが記憶に新しい。それぐらい、ひなたの自堕落な姿はもはや生きる屍そのものだったようだ。
外に無理やり連れだされ、水着まで新調させられれば、ゾンビだって日に焼かれたくなって動き出すらしい。
結果ひなたは、ひなたの思う焼かれ方を選んだのだった。
なのに。
ひなたはサングラスを額へ跳ね上げ、分かりやすく刻んだ眉間の谷と、冷ややかな半目をみつきに覗かせた。
こっちは不服だぞ、という顔を見せつける。
「すごいもの? またくらげが漂流してるのを見かけたとかじゃないよね?」
「私が危険物掘り出し女みたいに言わないでよ。魚なの。危なくないから!」
「えー?」
嫌そうに頬を引きつらせて見せる。
度々みつきが言う「すごいもの」には、危険を多少孕んだものが多い。そこに垂れ下がる貧乏クジの糸を、互いに引き当ててきた仲だ。
まだ「遊ぼうよ!」ぐらいの提案だったら、このビーチチェアに張り付いた身体をよっこらせと引き剥がし、孫を構う老婆さながらに、親友の手を取るのもやぶさかではないが。みつきが口にする、すごいもの? 気が進まない。
それを察してか、彼女も強情にこちらを連れだそうと肩をいからせる。
「大きさも、ホンットこのくらいだから……!」
みつきが手でそのサイズを表す。全長5cm程? かなり小さいが、毒を持った魚という線も大いにある。
「色は?」
「色はすっごく綺麗!」
「いや毒じゃん。鮮やかな身体で誘っておいて毒で反撃するやつじゃん。やだよ」
「ちょっ……! そうかもしれないけど! そうじゃなくて〜!」
バタバタと足踏みをして、肩まで伸びる烏羽色の長髪をはためかせる親友に、フッとニヒルな笑みを浮かべる。意地悪をしているわけではないが、親友だもの、同性だもの。これくらいの、ちゃちゃは当然許されている。
みつきはわざとらしく腰に手を当て、「ふん!」とそっぽを向いた。
「疑うならいいよ。私にも考えがあるから」
「と、言いますと?」
ひなたは余裕たっぷりに聞き返した。
減らず口なら負けない、と唇を舌で湿らせ口端を不敵に吊り上げる。
と、そっぽを向いていたみつきがこちらに向くのと同時に、グイッとその距離が近くなる。
「あっ! 力技は反則だって!」
彼女に腕を捕まれ、抗えない力で引き起こされる。みつきはひなたと違ってアウトドア派で、大学のテニスサークルに入っている。運動をそれほどしない自分との力の差は歴然、この場では膂力の大きさが正義だ。
有無を言わさず、日光の下に引っ張られたひなたが連れて行かれたのは、人気のない岩場だった。
そこは波の押し引きが激しい場所だ。
ゴツゴツとした岩が好き勝手に首を伸ばした足場の悪い場所で、そこにさざ波が当たるたび、白く砕けて、飛沫が弾ける。そうして、岩の隙間に波の一部が入り込み、足首ほどの深さの小さな水場を所々に残す。
その一つの中に、それがいた。
体長はみつきの示した通り5cmほどの小さな魚で、寒い夜空にもたれかかった、極彩色の
思わず息をするのも忘れて見入っていたようで、それに気づいて口から漏れた空気の音が、その場に静かに響いた。
「ね? すごいでしょ?」
確かにすごい。ひなたは言葉を発せず、首を少し引くことで答えた。それを感じて、みつきの次の言葉が続く。
「これさ、飼ってみない?」
思わず、みつきを見やる。
いつもどおりの横顔が少し微笑んでいるだけで、何も感じ取れなかった。
「飼う」。それだけが言いたかったのか、彼女の真意を測りかねる。なにか言いたげなひなたの顔を見て、ニッと歯を見せて笑った。
「ああ、大丈夫。飼うって言っても、ウチの水槽ね」
岩場とビーチの境目に点在する岩は、その大きさこそ、ひなたたちの胸にすら届かないほどの高さで、遠くに海水浴客がちらほら見える。しかし、しゃがみこめば、そこは容易に自分達しか存在しない世界になる。
この恐ろしくも、艶やかな魚を連れて行ってしまっても、咎める者は誰もいない。
それが、その生き物との出会いだった。
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「それで? そのまま不審者から逃げてきたんだ」
「うん。もうチョー怖くて、きっとアレのことだよ」
ひなたが顎でしゃくる先に、あの海で会った魚が泳ぐ水槽がある。
賃貸のアパートで一人暮らしをしているみつきの部屋は、玄関からダイニングキッチンが縦長に連なっていて、ダイニングから洋室に枝分かれする間取りだ。今はダイニングのローテーブルにテキストを広げ、勉強会と称して、ひなたを外に出す口実作りになっている。
水槽で優雅に踊るのは、鯛にも似た体格までに成長した魚。相変わらず、出会った時と同じ我が物顔を覗かせるばかりで、周囲を歯牙にもかけていない。
「なにそれコワ〜。付けられたりしてないよね?」
「あ」
「もうー、家まで来たらどうすんの」
咎めるみつきの表情は、微笑を称えるばかりで柔らかい。
変わった男と会ったのもそうだが、この半月ほどで変わったのはみつきも一緒だった。いつも快活に笑うような女性だったみつき。今は、どんな時でもにこやかに微笑むのをよく見る。
外に出る予定もないのに、ワンピースで過ごしているのも、彼女との勉強会ではよく見る光景となっている。
それもそのはず、みつきに彼氏ができたからだ。お祝いのメッセージを飛ばす裏で、置いて行かれたひなたは、枕のカバーを破れんばかりに噛んだ夜は記憶に新しい。
佇まいを変え、見るからに黒髪ロングヘアの清楚系な麗人となったみつきに、遅かれ早かれ、そういった話が舞い込むのは時間の問題だったのかもしれない。それにしても、少し系統が変わっただけでホイホイと釣れる男に、ひなたは抗議をしたいし、あわよくば自分も彼氏が欲しい。
親友もそれを分かってか、ひなたの前で彼氏の話を持ちだしたことはない。少々、彼女との間に心の溝ができているような気持ちだった。
取り留めのない談笑を交わす中で、急にぎゅう、と音が鳴り響く。ひなたの腹から鳴ったものだ。
手荷物を入れていた手提げカバンから、おにぎりを取り出す。
「あ、取られたおにぎり」
「はいはい、うっさいうっさい」
からかうみつきを、手振りで追い払い、プラスチックの包装を剥がして、おにぎりに海苔を巻き、先端をかじる。この一口目が大好物でないことは残念だが、鮭もまあ、悪くはない。おかかとセットで買ったのだから、ひなたにとっての順位付けは2位くらいか。
「ん、なに?」
ふと、視線を感じて首を巡らせる。この場にいるのは一人なのだから、当然としてみつきを見た。
みつきは少し身体を揺らしただけで、相変わらず慈母のような笑みを浮かべる。
「ううん、そういえばお腹空いてるかもなって、あの子も」
「あの子……あっ、もうエサの時間?」
「あの子」、というのは水槽で泳ぐ魚のことだ。みつきに命名権を譲っていたから、名前はトキスケ、だったはずだ。
みつきがトキスケの餌袋を取りに立ち上がる。立てば芍薬座れば牡丹、とは言い得て妙だ。彼女の身に付けるワンピースは、何層もフリルがあしらわれた華美なもので、歩くだけでもフリルの翻りが、床を掃くスカートの揺らめきが魚のヒレを思わせるようで。
まるでトキスケの泳ぎ姿を想起させる。
餌袋を持って、水槽に近づいたみつきが振り向いた。
「ひなた、トキスケのご飯あげる?」
ちょうど、おにぎりも食べ終わっていた所だった。「うん、やる」指についた米粒や、海苔の切れ端を舐めとって、ひなたはみつきの隣に並んだ。
トキスケ、7月にあった頃の可愛い姿は見る影もなく、見た目でいえば鯛もどき。水槽をライトアップする青い光が、螺鈿模様の鱗に乱反射してオーロラのように輝くのは、あの頃のままだ。
「見ないうちにどんどん大きくなってるね、トキスケ」
「いつもどおりに餌を上げてるだけなんだけどね。はい、ゆっくり入れて」
手渡された、ひとつまみ程度の餌を水面に落として、トキスケが餌を食む様子に目を向ける。
「いつみても綺麗」
「うん」
みつきも、ひなたと同じようにトキスケを見る。
「この子を見てて、影響されたのかな、トキスケに相応しい姿になりたいなって思えたの」
みつきの横顔を見やる。あの時のように。
「そしたら彼氏も出来たって話?」
「あはは、まあ……そうかも。ごめんごめん、ひなた気にしてるよね」
「……別に」
ムスッと膨れて、拗ねた気持ちで顔を逸らした。明るく談笑しているはずなのに、こちらを見向きもしないみつきを、見ないように。
彼女がトキスケを見る目は、水槽から漏れる青い光も相まって、重い愛情を注ぐ女を思わせて、寒気を感じさせる。
それからも目を逸らしたくて、視線を泳がせた先にトキスケのヒレが目に入った。
この鯛もどきが、なぜ鯛もどきなのか。それがこのヒレにある。普通の魚が持つような鋭角なヒレの先には、ベールを思わせる薄い膜が連なっている。水をかき分ける度に、このベールの裾を引いて泳ぐのだ、トキスケは。
まるでみつきがワンピースの裾やフリルを翻すように、いや、トキスケの動きを擬えているのがみつきだ。
ひなたはトキスケと、変わっていくみつきを見るに連れ、自分は、とんでもないものを拾ってしまったのではないかという気持ちが膨れていた。あまつさえ、それを見る責任をみつきに押し付けていたから、尚更で。
「──ねぇ、ひなた。ひなたはあんまり好きじゃない? トキスケのこと」
「好きじゃない、って訳じゃ……みつきが変わっていったが、こいつのおかげなのかなって思っただけで」
「じゃあさ──」
トキスケがパシャッと、尾ひれを水面に叩きつけるのと、首に圧迫感を感じたのは同時だった。
「ぐっ!? な、に……?」
「ひなたも、一緒になろうよ!」
首を締め上げられると理解するのには、数秒もかからなかった。
「あ……ぐぁ、み、つき……?」
「ひなた! わたし、私ね、自分だけ綺麗になって自分だけ先に進んじゃって、ひなたを置いていったの、ずっとずっと後悔してたの! やっと……! やっと一緒になる方法を見つけたの! ひなた、だから一緒に、一緒に、一緒に一緒に!」
指で喉を潰すように力を込められ、グラグラと頭を揺さぶられて、脳に酸素が回らない。みつきがまくし立てていることも、この状況も、うまく理解できない。
ひとまず呼吸をさせてくれ。無我夢中になりながらもがいて、もがいて、もがき続ける。
それが瞬間的に噛み合って、みつきに頭突きをお見舞いしたことで、拘束から逃れられた。
──とにかく助けを。そう思って離れていく背中を。すぐに復帰したみつきが追いかける。
「ひぃなたああああああ!」
酸欠でふらふらのひなたはすぐに追いつかれ、揉みあい、水槽と向かい合う壁に叩きつけられ、再び首を締められる。
やはりアウトドアに興じる者。膂力の大きさはこの場でも正義だ。
壁に押し付けられる形になり、もう逃げ出せそうにもない。
「ぅ……つ、き……」
もはや、狂気だ。微笑を絶やさなかった慈母のような知らないみつきも、ひなたを引っ張ってきた笑顔を絶やさないよく知るみつきも、もうそこにはいなかった。
見たくない。親友の狂気の形相など。
ひなたの視界が水を張ったように滲んで、友達の輪郭が、水槽のバックライトに溶けていく。
その後ろで、墨のように落とされた黒点がもぞもぞと蠢いているように見えた。
──バリン!
急に視界が横に傾き、身体は床に叩きつけられる。何が起きたのか、もう何もわからないが、胸に入り込む空気の冷たさと、足に触れる水の冷たさだけは確かに感じた。
「もう……なに、なんなの」
もう何も見たくないと思ったのに、今は助けられたわけではないことだけ、嫌に感じ取る。
ひなたは身体を起こして、みつきを見た。
なにか、黒いものが覆いかぶさっている。なんなのか、それを確認する間もなく、みつきが叫ぶ。
「トキスケ! 何してるの!?」
どうやらそれはトキスケのようだが、数秒前に見ていたトキスケとは似ても似つかなかった。
覆いかぶさられたみつきの上半身ほどの大きさに成長したトキスケ──いや、鯛もどきは。それまで煌めかせていた螺鈿模様の鱗をドス黒く濁らせ、ベールを曳くヒレを1対の腕に変化させていた。ひなたはその姿を、場違いにもたい焼きくんのようだな、と思ってしまった。
みつきを取り押さる腕には、魚の姿の時から変わらないベールが張り付いている。それが嫌にも、ひなたが感じた危機感を決定づけるものになる。
自分達は、とんでもないものを拾ってきてしまったのだ。
「やめて、トキスケ。餌をやってきたのは、あなたをお世話してきたのは私でしょ? 私がわからないの!?」
彼女が何を言おうと、無駄だった。みつきの顔に向けられた鯛もどきの口が開く。その瞬間、みつきの表情が凍った。
恐怖や焦燥で引きつったのではない、まるで、何かに魂を引っ張られているかのような顔で。彼女の身体から靄が噴き出し、鯛もどきの口の中へと吸い込まれていく。
「みつき!」
親友を呼ぶ声は虚しく響く。自分は何もできなくて、そして臆病だ。
靄をすべて吸い込まれたみつきは、虚空を見つめてただ横たわり、逆に、鯛もどきはその身体をまたも変化させていた。
身体に残った魚の特徴はどんどん消えていく。頭は大きく膨れ上がり首を持った頭へ、薄い身体は質量のある人間の身体へ。魚と人の特徴をミックスさせた存在、魚人の姿へとその身を変える。
もはやそれは、怪人だ。
とにかく助けを呼ばないと、ひなたは縺れそうになる足を叩き起こし、玄関に身体を向ける。
鯛もどきは食後の余韻を楽しんでいるのか、口をパクパクと開閉させ虚空を見つめている。今がチャンスだ。
バッと駆け出すのと、鯛もどきが、逃げるひなたに気づいたのは同時だ。ダイニングの広間を走って行く速度と、鯛もどきが獲物を追いかける速度は違う。
逃げ場がないとわかっているのか、よたよたとした足取りでこちらに向かう鯛もどき。シメた、とダイニングと玄関を繋ぐ廊下も走り抜け、部屋の出口となる茶色の扉が前に迫ってきたところで、ドアノブへと振り下ろした手は──盛大にスカった。
ドアノブが思ったより遠い位置にある。いや、どんどん距離を離していく。扉が開かれている、と思ったのはその先に新しい影を見たからだった。
大きな影だ。身長180はあるかという黒い影。黒い、不審者。
「あれ? お姉さんじゃないスか」
あの男だった。
ひなたの背中に、冷や汗が伝う。
みつき
ひなたの親友。快活、アグレッシブな後輩気質から、闇を感じさせる清楚美人へと転身する。
トキスケ
ひなた達が拾った魚。今は魚のような生き物。みつきを襲い、今度はひなたに迫る。