「……ア……、ガ……ッ……」
熱い。首筋を焼くような太陽の輝き。
上弦の肆・半天狗は、確かに死を確信していた。炭治郎の放った刃が本体の頸を断ち、日の光がその醜い体を塵へと変えていく絶望。
だが、意識が完全に消失する直前、彼は底なしの闇へと吸い込まれた。
ーー博麗神社ーー
「ヒィィィッ! 助けてくれッ、死にたくないッ、消えたくないィィッ!!」
夜の闇に静まり返った博麗神社の境内に、見窄らしい老人の悲鳴が響き渡った。
地面に叩きつけられた半天狗は、必死に自分の首を確認する。繋がっている。体も焼けていない。
周囲を見渡すと、そこは深い山の上に佇む古びた神社だった。夜空には美しい満月が浮かんでいる。
「……あ、あれ? 生きている……? わしは、まだ……」
「ちょっと、夜中に何騒いでるのよ。近所迷惑……って言っても、うちは近所なんてないけど」
声が聞こえたかと思うと、賽銭箱の奥にある障子が開いた。
そこから現れたのは、寝巻きの上に羽織を引っ掛けた、眠たげな目の少女、博麗霊夢だった。
「……ヒィッ!! 誰だッ、殺しに来たのか!? 虐めるな、わしを虐めるなァ!!」
半天狗は地面を這い逃げ惑う。その姿は、およそ「上弦の鬼」とは思えぬほど情けなく、怯えきっていた。
霊夢は手に持ったお祓い棒を下げ、怪訝そうに眉を寄せる。
「なによ、変な格好の爺さんね。角なんて生やしちゃって、新種の妖怪? 鬼……にしては、えらく弱気じゃない」
「わ、わしは弱者だ! 何も悪いことはしておらん! 皆が寄ってたかって、か弱き善人を虐めるのだ……ッ!」
ガタガタと歯を震わせ、涙を流す老人に霊夢は溜息をついた。彼女の「直感」は、この男が非常に歪で、禍々しい力を持っていることを告げていたが、同時に今のパニック状態では話にならないことも察していたのだ。
「……わかったわよ。そんなところで騒がれたら眠れないわ。とりあえず上がりなさい。お茶くらい出してあげるから」
「ヒッ、毒か!? 毒を盛るつもりか!?」
「いいから来なさい! ぶん殴るわよ!」
「ヒィィィッ! お助けをォ!!」
半天狗は霊夢の剣幕に押され、蜘蛛のような手つきで縁側を這い上がり、神社の居間へと通された。
暖かい茶を差し出されても、半天狗はそれを疑り深く見つめ、部屋の隅で丸まっている。
「で、あんた名前は? どこから来たのよ。結界の綻びから落ちてきたみたいだけど」
「は、半天狗……。わしは……ただ、静かに暮らしたかっただけなのに……あいつらが、刀を持った子供たちが……」
ポツリ、ポツリと、半天狗は「自分がいかに被害者か」を語り始めた。
盗みを働けば「手が勝手にやった」と言い、人を殺せば「わしを責める奴が悪だ」と説く。その歪んだ独白を、霊夢は頬杖をつきながら淡々と聞き流していた。
「なるほどね。あんたのいた世界じゃどうか知らないけど、ここじゃそんな理屈は通らないわよ」
霊夢は茶をすすり、少しだけ目を細める。
「ここは幻想郷。忘れ去られた者が行き着く場所。あんたみたいな『外の世界の理屈』で動くヤツも、たまには迷い込んでくるわね。でも、あんた……」
霊夢の指が、スッと半天狗に向けられる。
「自分を弱者だって言い張るなら、あんたの中にいる『不穏な気配』はどうにかしなさい。そんな禍々しい気配を内側に隠しておいて弱者だなんて、冗談でも面白くないわよ」
そう指摘された半天狗の中で、怒りの感情を司る「積怒」が博麗の巫女を忌々しげに睨んでいた。