半天狗が幻想入り   作:ろんぐそーど

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第十三話

 

 そびえ立つ岩壁に囲まれた巨大な地下空間にひしめき合う提灯の明かりと、充満する濃密な酒の匂い。一行は、その旧都のど真ん中を突き進んでいる。

 先頭を行くのは、道行く鬼たちが道を空けるほどの威圧感を放つ勇儀。その後ろを、静かに周囲の思念を拾いながら歩くさとりが続き、さらに後ろには、露店で買った団子を頬張るお空と、彼女と談笑しながら横を歩くお燐、最後に不満げな顔で歩く積怒という並びだった。

 

「 お団子おいしー!もっと買えばよかったなー」

「さっきごはん食べたばっかりなんだから、我慢しな」

 

 お燐は苦笑しながらお空をいなしていたが、その視線は時折、最後尾を歩く積怒へと向けられる。彼が旧都の荒波に呑まれてはぐれていないか、さりげなく確認しているのだ。

 ふとした拍子に視線が合うと、お燐は積怒へ向けて、どこか安心させるような笑みを投げかけた。

 だが、常に怒りという感情の渦中にいる積怒が、その気遣いに気づくはずもない。

 

「……ええい! ここは喧しくて酒臭くて敵わんッ! 不愉快じゃッ!!」

 

 積怒は錫杖で地を突きながら毒突く。

 彼の肩に乗る本体は、周囲の野太い笑い声が聞こえるたびに「ヒィィッ!」と悲鳴を上げ、まるで全世界が自分を攻撃しようとしているかのように積怒の髪の中に顔を埋めている。

 目の前では、巨大な盃を抱えたまま道端でいびきをかく鬼や、些細な口論からの殴り合いを始める妖怪たちもいた。

 それらすべてが反響し、ノイズとなって積怒を苛立たせる。

 

「まぁまあ、そんな怒りなさんな」

 

 先頭を行く勇儀が、背後からの愚痴を聞きつけて愉快そうに笑みを浮かべた。

 彼女はすれ違う知り合いの鬼に片手で軽く挨拶を交わしながら、足を止めることなく言葉を続ける。

 

「ここの連中にとっては、この騒ぎが『息をしてる』ってコトなんだよ。静かにしてたら死んじまう連中ばっかりなのさ」

「死ねばいいものをッ! 貴様らの肺活量は異常じゃッ!!」

「手厳しいねぇ。おまえさんにとってここが耳障りだって思うのは、おまえさんがまだ『余所者』だからさ。ここに馴染めば、この怒号も心地いい子守唄に変わるもんだよ」

 

 旧都の街並みを縫うように歩きながら、勇儀は自身の足音を響かせ、朗々と語り始めた。

 

「今じゃ『旧地獄』なんて呼ばれているが、元々はここも『地獄』の一部だった場所なんだ。だが、地獄も時代に合わせて縮小計画ってやつが進んでね。結果的に、ここは地獄から切り捨てられ、放置された。そこに、地上で忌み嫌われたあたしら鬼や、居場所を失った妖怪なんかが押し込まれ、自分たちの街を築いたのさ」

 

 勇儀は小首を曲げ、後方にいる積怒に視線を合わせると、ニカッと不敵に笑う。

 

「さっき言ってた『掃き溜め』って言葉は、正にピッタリだよ。ここはあたしら嫌われ者が行き着いた最後の掃き溜めであり……同時に、誰にも邪魔されない聖域なのさ」

 

 勇儀の言葉を受け、さとりの歩調がわずかに緩む。彼女は視線を少し落とし、どこか遠い記憶を辿るような瞳で話を繋いだ。

 

「私も……その一人よ。心が読めるっていう部分で、察しはつくでしょうけど」

 

 さとりは胸元のサードアイにそっと手を触れる。

 

「この能力ゆえに忌み嫌われ、恐れられ、この深い地底へと厄介払いされた、ただの嫌われ者。私の住まう地霊殿は、旧灼熱地獄の跡地に蓋をする形で存在しているけれど……その下には、今も地獄に落とされた者たちの怨霊が無数に渦巻いている。誰も近づきたがらない、忌むべき場所なのよ」

 

 積怒はその言葉を聞き皮肉を返そうとしたが、自身のことを弱々しく語るさとりの背中を見てしまった途端に、出かかっていた言葉が何故か引っ込んでしまった。

 まるで喉に小骨が引っかかったような不快感を払うように、彼は錫杖を鳴らし歩を進めていく。

 

 しばらく旧都のあちこちを見て回った一行だったが、最後に地底と地上を繋ぐ縦穴へ案内する流れとなり、そこへ続く大橋に向かって移動していた。

 旧都の喧騒を離れると、耳の奥を震わせていた怒号や笑い声が少しずつ遠のき、代わりに重苦しい静寂と、岩肌に反響する足音が響き始める。

 

「ああそうだ。もう一つ、話しておいた方が良いことがあったんだ。地上と地底の行き来についてね……また少し、ここの成り立ちに関係する話にはなるんだが」

 

 先頭を行く勇儀が、不意に思い出したように声を上げ、ピンと指を立てた。

 

「地上には八雲紫っていう隙間妖怪がいてね。幻想郷を創った賢者の一人で……まぁ話すと長くなりすぎるから細かい説明は省くが、要は幻想郷ですごい偉いやつさ」

 

 勇儀は腕を組み、かつてを思い返すように目を細める。

 

「あたしらがここで生活を送る上で、一つ条件ってのがあってね。地上の妖怪たちが地底都市を認める条件として、『地上の妖怪をこっちへ入り込ませない代わりに、鬼は旧地獄の怨霊を封じる』。そういう約束が、八雲紫と地底の鬼たちの間で交わされているんだよ」

「……封印の代償に、自治を認めさせたのか」

 

 積怒が冷めた声で呟くと、さとりがその隣で静かに言葉を補足した。

 

「約束と言っても、パルスィの目を盗んで勝手に出入りしている妖怪はいるみたいだから、もう約束というより、暗黙の了解みたいな感じになってしまっているけれど……」

「まぁ、約束があろうがなかろうが、この暗くて酒臭い場所に寄りつくのなんて、よっぽどの物好きだけだろうけどさ」

 

 勇儀はケラケラと笑いながら、大袈裟に手をヒラヒラと振ってみせる。

 

「では、こちらから地上へ行くことも、同様に禁じられているということか」

「そんなことはないよ。萃香……あー、おまえさんが昨日会った、ちっこい鬼なんかはよく地上に出ているしね。アタシら鬼が地上へ遊びに行く分には、誰も文句は言わないのさ」

 

 積怒の呟くように口にした問いに、勇儀が反応するが、その答えはあっさりとしたものだった。

 

「……ッ!? では、わしも……」

「ああ、行こうと思えば行けるよ?」

 

 積怒の肩に乗っている小さな本体は、勇義の言葉を聞いて跳ねるように顔をあげる。しかし、そんな半天狗を横目に、さとりは現実を突きつけるように言葉を紡ぐ。

 

「地上に行くにしても、あなたの場合は夜間しか出入りできないし、同行者も必要でしょうから。萃香ほど自由に、というわけにはいかないんじゃないかしら」

 

 さとりの淡々とした言葉に、積怒は苛立ったように錫杖を打ち鳴らした。

 

「……同行者だと? なぜそんなものが必要になるッ! わし一人でどこへ行こうとわしの勝手であろうがッ!」

「自分の立場を忘れているわけではないでしょう?」

 

 さとりは歩みを止めず、前を見据えたまま平然と言葉を続ける。

 

「あなた一人じゃ何をしでかすか分からないし、地上のことだって殆ど何も知らない。 地底には地底のルールがあるように、地上にも地上のルールがあるの。上で問題を起こされたら、あなたの管理を任されたこちら側の責任になる。……あまり地上とトラブルを起こしたくはないのよ」

 

 理路整然と正論を並べ立てられ、積怒は反論の言葉を飲み込み、苦々しく唇を噛んだ。

 地上のことなど右も左もわからぬ現状で放り出されれば、即座に騒ぎを引き起こすのは誰でも想像がつく。

 それは半天狗という鬼の性格を考えれば、必然的に導き出される冷徹な結論だった。

 

「あ、じゃあアタイと行くのはどうだい?」

 

 沈黙する積怒の背後から、お空の相手をしていたお燐がひょっこりと顔を出し、いたずらっぽく笑いながら覗き込んできた。

 

「アタイも死体回収の用事とかで地上に行くことがあるからさ。タイミングと時間さえ合えば、付き添ってあげられると思うよ?」

「いいなー!私も一緒に行っていい? 」

「寄るな鳥頭!その不浄な熱でわしに触れるなッ!!」

 

 はしゃぎながら積怒の腕に抱きつこうとしたお空を、積怒は青筋を立てて乱暴に振り払った。錫杖からはバチバチと激しい火花が散り、積怒の拒絶反応が空気の温度をさらに一段階、苛立ちで跳ね上げる。

 

「もう少しお空に優しくしてあげてよ。この子、本当に悪気はないんだからさ」

 

 しょんぼりと肩を落として俯くお空。お燐はやれやれとその頭を優しく撫で、積怒を諭すように見上げた。

 

「黙れッ! 太陽の日はわし自身の死に直結していると何度も言っておるだろうが!悪意の有無など関係ない!存在そのものが不快なのだッ!!」

 

 怯えている本体を肩に、積怒は忌々しげに腕を払う。お空を激しく睨みつける鋭い眼光に、彼女は縮こまり「ごめんなさい……」としおらしく謝罪を口にした。

 

「……フンッ」

 

 積怒は吐き捨てるように鼻を鳴らすと、追い縋る気配を断ち切るように大股で先へと歩き出した。苛立ちのままに叩きつけられる錫杖の音が、静まり返った街道に硬く反響する。

 

「……ほら、見えてきたよ。この大橋を渡った先にあるのが、地底と地上を繋いでいる縦穴さ」

 

 不意に、先頭を行く勇儀が声を落とし、遠くに見える前方の闇を指し示した。

 積怒が顔を上げると、そこには巨大な地底の裂け目を跨ぐ、古びた、しかし重厚な大橋が横たわっていた。橋の向こう側、濃い霧の立ち込める先には、確かに地上へと真っ直ぐに伸びるであろう巨大な空洞が、口を開けて待ち構えている。

 

「あそこが……地上への道か」

 

 旧都での熱気が嘘のように、橋の周辺には冷ややかな風が吹き抜けていた。

 慣れた足取りで霧の中へ進んでいく勇義達。肌に纏わり付く様な冷気に不快感を示しながらも、積怒も彼女たちに続いて橋を渡り始めた。

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