半天狗が幻想入り   作:ろんぐそーど

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第十九話

 

「納得いかんッ!!なぜわしがこのような卑俗な作業に従事せねばならんのだ!あの怪力女め……!」

 

 地底の活気と喧騒が混じり合う旧都の一角で、積怒の怒号が響き渡る。

 彼は手にした錫杖を地に打ち鳴らし、怒りの形相で前方を睨みつけていた。その眼前に広がるのは、勇儀から半ば強制的に押し付けられた土木作業の現場だ。

 

 さとりと別れたあと、半天狗は彼女の進言通りに旧都へ訪れていた。

 言いなりになるようで癪ではあったが、天敵とも言えるさとりやお空と距離を置ける時間を見つけること自体には、一定の価値はあると自分に言い聞かせ、震える足で旧都に踏みこんだのだ。

 そんな彼と繁華街のど真ん中で鉢合わせた勇儀は、怯えて逃げようとする半天狗を見るなり、獲物を見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべて迫った。

 

「自分のやりたいことを探してる?そりゃあいい。ちょうどおまえさんの手を借りたい仕事があったんだ」

「ヒィィッ!?やめてくれッ!離してくれェッ!こんなのただの強制ではないかぁ!」

 

 悲鳴を上げる半天狗の声など聞こえていないのか、有無を言わさず引きずられる様に連行された結果が、この泥臭い現場である。

 

「うるさいのう。真横で怒鳴るな、頭に響くわ」

 

 積怒の隣で、山積みにされた木材の上に腰を下ろしているのは可楽だ。手に持った葉団扇をヒラヒラと扇ぎ、気だるげに自分の髪を揺らす緊張感のない態度は、積怒の怒りをさらに押し上げた。

 

「可楽……おまえもおまえだ!あの忌々しい太陽の娘と馴れ馴れしくするなど、まさか奴に絆されている訳ではないだろうな!?」

 

 積怒が錫杖の先端を可楽の鼻先に突きつけるが、可楽はそれを鬱陶しそうにひょいと腕で払い除け、口角を上げる。

 

「 あの娘、純粋で中々に見ていて面白いぞ?それに、こうして自由に体を動かせる機会が多いのは、わしとしては悪くないからのう。おまえこそ肩肘張らず、少しは力を抜いてみたらどうなんじゃ?ん?」

「可楽ッ!!」

「やはり旧都に来たのは失敗だったんじゃ……。みな、わしをこき使って楽しんでおる……。ああなんてわしは不憫なのだ……骨の髄までしゃぶり尽くされる運命なのかぁ……!」

 

 二人の険悪なやり取りをよそに、積怒の肩に乗っている半天狗は涙を流しながら弱音を吐き出していた。

 

「そこ! 喋ってないで手を動かしな!」

 

 遠くから勇儀の快活な声が飛んでくる。彼女は巨大な木の柱を片手で軽々と持ち上げ、積み木でも扱うがの如く建物の骨組みを組み上げていく。相変わらずの馬鹿げた筋力を目の当たりにし、可楽は観念したように肩を竦ませると、重い腰を上げた。

 

「あの怪力女に睨まれると面倒じゃ、さっさと終わらせるか。そう言えば空喜と哀絶を見かけないのう。二人はどこに行った?」

「……さっき別の現場に駆り出されておった。空喜は高所作業の資材運び、哀絶は泥払いじゃ。わしに断りもなく勝手なことを!」

「ッハ!泥払いか、陰湿な哀絶にはこれ以上ない程お似合いの仕事だのう!」

 

 可楽は愉快そうに笑い声を上げ、現場へと戻っていく。

 不満を抱えながらもその後に続こうとした積怒だったが、ふと、資材置き場の奥、その陰から妙な気配を感じ取った。訝しげに細められた視線を向けた先には、ひらひらとした服の一部がわずかに覗いている。

 

「そこにいるのは誰だ!何をコソコソとしているッ!」

「……やば、バレたか」

 

 積怒の怒声に押されるようにして、物陰からノロノロと一人の少女が姿を現した。派手な紫のジャケットに、地底という場所にはおよそ不釣り合い、かつ豪華な装飾品で身なりを着飾っている。

 

「全く、地底の空気はこれだから嫌なのよ。服が汚れるし、酒臭いし。聖のやつったら、何が更生の一環よ。冗談じゃないっての」

 

 少女は不機嫌な顔でブツブツと吐き捨てたかと思うと、積怒の前にツカツカと詰め寄り、彼が握っている錫杖をじろじろと眺め回した。

 

「ふーん……物としてはまぁまぁかしら。ねえあんた、その錫杖、私に貢ぎなさいよ」

「……は?」

 

 いきなりの強奪宣言。まるで当たり前だと言わんばかりの態度に呆気に取られていた積怒だが、言葉の意味に遅れて理解が追いついた途端、腹の底から湧き上がる怒りが喉を焼いた。

 

「な……んだこの女は!いきなり何を抜かすかと思えば馬鹿げた要求を!!寄るなあつかましいッ!!」

 

 積怒が乱暴に錫杖を振り払う。少女はそれをひらりとかわすと、なおもしつこく錫杖の柄を掴もうと指先を伸ばしてきた。

 

「もうケチケチしないでよ。そんな仰々しくて立派な杖、あんたみたいな奴には勿体無いわ。私が有効活用してあげるからさ……ね、お願い?」

「……ッ!!」

 

 あまりに一方的な言い分に、積怒の怒りが限界を迎える。頭上に雷を落としてやらんと錫杖を地に突き立てようとしたその時、こちらの様子を見兼ねたのか、勇儀が二人の間に割って入った。

 

「喧嘩はやめな。……そいつはちょっと訳ありでね、他所様から預かってる困ったちゃんさ。名は依神女苑、疫病神だよ」

「疫病神だと……!?」

 

 ただでさえ理不尽な状況下に置かれているというのに、これ以上不吉な要素が絡んでくるなど我慢ならないと、積怒は露骨な嫌悪を顔に刻む。

 その一方で積怒の肩上で震えていた半天狗は、疫病神の名を聞いた瞬間に「ヒィィッ!」とひときわ高い悲鳴を上げた。

 

「疫病神……救いがない、救いがないではないかぁ! 虐げられ、こき使われ、果てには疫病に冒され朽ちる運命かぁ! ああ、なんてわしは哀れなのだぁ……!」

 

 泣き喚く半天狗を、女苑はゴミを見るような冷めた視線で射抜く。

 

「ちょっと、失礼なこと言わないでくれる? 疫病神は疫病神でも、私は『財産を失わせる』疫病神なの。病気なんて流行遅れな真似、私の趣味じゃないわよ。というか、あんたみたいに財産を欠片も持ち合わせてなさそうな貧乏臭い爺さん、最初から眼中にないから」

 

 鼻で笑うと、彼女はすぐさまその視線を積怒が握る錫杖へと戻し、その先端を指刺す。

 

「でもあんたが持ってるソレ、金で出来てるでしょ? それを担保にすれば、旧都で豪遊できるんだけど……」

「なんと図々しい……おまえのような卑しい女に物をくれてやる道理はない!失せろッ!」

 

 勇儀はそんな一触即発の空気にガリガリと頭を掻き、重いため息を吐きつつ女苑の肩に手を置いた。

 

「女苑、あんまり積怒を怒らすんじゃないよ。そいつは殺ると言ったら本気で殺しに掛かる。ま、おまえさんが働きもせずに報酬だけちょろまかそうってんなら、私がゲンコツの一つでもくれてやって良いんだけどね」

 

 笑顔でそう言葉にする勇義だが、冗談には聞こえない圧を孕んだ声色に女苑はたじろいだ。

 流石にこれ以上食い下がるのは不味いと判断したのか、彼女は錫杖に伸ばしていた手を引っ込め、不貞腐れた視線を勇義から逸らす。

 

「うっ……分かったわよ。やれば良いんでしょ、やれば……。あーあ、なんで私がこんなところで土木作業なんて……」

 

 不満を口にしながら背を向けた女苑は、作業に取り掛かるため現場へと渋々足を向けた。

 

「いったい何なのだ、あの女は……!」

 

 積怒は怒りが収まらないといった様子で錫杖を地に突き立て、雷をバチバチと散らせる。睨むような視線の行く先は、いかにも嫌そうに木材へ杭を打ち込んでいる女苑の背中だ。

 その手付きは投げやりで、今にも金槌を放り出して逃げ出しそうな気配を隠そうともしていない。

 

「さっきも言ったろ、疫病神だよ。あいつには姉妹がいてね、アレはその妹の方。以前地上でちょっとした……いや、かなり大きな騒ぎを起こしたことがあったんだが、博麗の巫女と隙間妖怪にシバかれた所までは良かったものの、本人には反省の『は』の字もありゃしないと来たもんだ」

 

 勇儀は腰に手を当て、呆れたように女苑を眺めながら彼女の素行について口にした。

 

「姉の方は力の制御が効かなくて引き取り手がいなかったんだが、妹のあいつはそれが出来るみたいでね。更生の余地ありってことで、命蓮寺って寺に根性叩き直す意味でぶち込まれたんだとさ。これはその更生の一環で、命蓮寺の尼さんに今日一日使ってやってくれって頼まれたんだ」

 

 半天狗はガタガタと震えながら、「更生」という言葉に過剰反応を示す。

 

「更生……無理やり自分を曲げさせられるのか……。弱者を寄ってたかって無理やり正しき道とやらに押し込めるのか……! 暴力じゃ、思想の暴力じゃあ! あの女も、わしと同じで虐げられておるのかぁ……!!」

 

 半天狗は涙を流しながら、女苑に自身の不遇を重ね合わせ、勝手な連帯感を抱き始めた。それは同情というよりも、自分を正当化するための材料を見つけた安堵に近い。

 

「あんな欲の塊のような女とわしを一緒にするな!反吐が出るッ!」

 

 積怒は、女苑を「弱者」の側に置いて同情を寄せる半天狗へ苛立たしげに吐き捨てると、乱暴に資材の木材を担ぎ上げた。

 

「奴と同じ時間を共有するなど御免じゃ! さっさと終わらせるぞ怪力女!このような場所、一刻も早く立ち去ってくれるッ!」

「やる気になってくれたみたいでなによりだ。その勢いで頼むよ」

 

 勇儀は満足そうに頷くと、自分も再び巨大な石材を持ち上げた。

 一方、女苑は積怒の刺すような視線を背中に感じながらも、小声でブツブツと愚痴を吐き出し続けている。

 

「あー信じられない。なんで私がこんな場所で爪を汚しながら働かなきゃいけないのよ。手袋くらいないわけ?聖も、もうちょっと場所を考えなさいよ。もっとこう……あの吸血鬼姉妹がいる屋敷とか、金銀財宝が眠ってる遺跡とか……」

 

 女苑は杭を打ち込む手を止め、振り返って積怒に反抗的な視線を向けた。

 

「ちょっと!さっきからジロジロ見ないでくれる? その不機嫌な仏頂面を見てると気分が悪くなるのよ。ただでさえここは小銭の匂いすらしない貧乏臭い現場なんだから」

「わしの機嫌が悪い原因の一つは他でもないおまえだ!働かぬなら消えろ、疫病神がッ!」

「はぁ!? 働いてるじゃない!……あー馬鹿馬鹿しい。ねえ、肩に乗ってる方は何も持ってないの? 隠し財産とかさ。あれば私が素敵に使い切って、真の清貧にしてあげるわよ?」

 

 女苑の厚顔無恥な言葉に、半天狗は身を縮める。

 

「さ、さっき読心妖怪に貰った小銭しか……!まさか、それを奪うのか!?弱者であるわしの、なけなしの金さえ奪うのか!鬼畜じゃ、人でなしじゃ!恥を知れぇ!!」

 

 先ほどまで一方的に寄せていた同情モドキはどこへやら、半天狗は腫れ物を見るかの如く顔を歪めると、女苑を指刺しながら罵声を浴びせた。

 

「おい積怒、さっさとこっちに来て手伝え。おまえがおらんと作業が捗らんわ」

 

 睨み合いが続く中、積怒の頭上からひょうきんな声が降ってきた。単菅の足場で座り込んでいた可楽が、軽やかな身のこなしで地面に着地し、三人の元へ歩み寄る。

 

「なんじゃ、このキラキラした派手な娘は。ここには似つかわしくない、随分と俗っぽい格好をしておるのう」

 

 可楽は手に持った葉団扇をパタパタと扇ぎながら、珍しい物でも見るかのように女苑をじろじろと眺め回した。

 

「うわ……なんか同じ顔が増えたんだけど。しかもこっちはこっちで、ヘラヘラしてて気持ち悪いわね」

 

 女苑は積怒と瓜二つの顔でありながら、纏っている空気が正反対な可楽の態度に露骨な嫌悪感を示し、眉をひそめる

 

「この女はわしの錫杖を自分に貢げなどと勝手を宣った……卑しき疫病神じゃッ!」

「錫杖を……?」

 

 積怒の言葉に可楽は口をポカンと開け、女苑の顔を見つめる。一瞬の静寂の後、呆けていた表情は次第に愉快そうに歪んでいき、ついに堪えきれなくなったように吹き出した。

 

「プ……ブッハハァ!そうかそうか!積怒の錫杖をか!そりゃあ豪気なことだのう……クヒヒッ!娘、おまえは面白いなぁ!」

「な、何がそんなにおかしいのよ。良いものは相応しい人間が有効活用するべきでしょ」

 

 腹を抱えて狂った様に笑う可楽に、女苑は少しばかりの動揺を見せるも、傲慢な態度は崩さない。

 

「良いぞ良いぞ、その強欲さ! まるで飢えた獣そのものじゃ!わしはおまえのように己の欲に忠実な奴は嫌いじゃないぞ?」

「可楽ッ! おまえという奴はいつもいつも……!」

「騒々しいねぇ、おまえたち」

 

 不意に、地鳴りが辺りに響き、全員の動きが止まる。歩み寄ってきた勇儀が巨大な鉄骨を深々と地面に突き刺し、その衝撃波が混沌とした場を鎮ませた。

 

「可楽、おまえも面白がって煽るんじゃないよ。女苑、物をねだるなら、まず仕事を終わらせてからにしな。あんまり酷いようなら、お目付け役の聖にも報告しないといけなくなるよ。『地底で略奪行為を働こうとしました』ってね」

「あーもう、その名前を出さないでよ!」

 

 女苑は不服そうに口を尖らせ、金槌を再び握りしめる。勇儀の背後に見える「聖白蓮」という名には、流石の彼女も毒気を抜かれたようだ。

 

「ほら、分かったなら散った散った! 積怒と可楽は私とだ。女苑、杭打ちはもう良い。それは他の鬼共にでもやらせるから、あっちの資材でも分類しときな。一つでも紛失したら、おまえの私物を質に入れるからね」

「はいはい分かったわよ。……で、あんたはいつまでこっち睨んでるわけ?指示されたんだからさっさと働きなさいよ、仏頂面」

「………ッ!」

 

 女苑は積怒を指差し捨て台詞を吐くと、地面をこれ見よがしに蹴って資材置き場へと向かっていく。その後ろ姿に雷を落としてやりたいという衝動を、積怒は奥歯が砕け散りそうになる程に噛み締め、なんとか自制する。

 不揃いな各々の足並みは、勇義の指示により、歪ながらも旧都の泥臭い土木作業へと踏み出された。

 

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