半天狗が幻想入り   作:ろんぐそーど

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第三話

 

「ヒィィ……ッ! 見るな、わしを見るなァ……ッ!!」

 

 お燐の引く猫車に押し込められ、半天狗はガタガタと震えながら周囲に視線を走らせた。

 旧地獄の街道を行き交う妖怪たちは、見たこともない「外の世界の鬼」に興味津々だ。

 

「なんだい、あの爺さん。角が生えてるけど、えらく湿気たツラしてるねぇ」

「弱そうだな。あんなのが鬼だなんて、勇儀姐さんが見たら怒るよ」

 

 聞こえてくる声のすべてが、半天狗には鋭利な刃物のように感じられた。

 

(酷い、酷すぎる。皆してわしを笑いものにしおって。わしが何をしたというのだ。ただ、ここに連れてこられただけの可哀想な年寄りではないか……!)

 

 心の中で恨み言を積み上げ、屈辱を「被害者の理屈」でコーティングする。それが半天狗の唯一の生存戦略だった。

 

 被害妄想をブツブツと喚いていると、やがて重厚な建造物の前につき、その扉が開く。

 薄暗い廊下を通り、案内された広間。そこには、ピンク色の髪をなびかせ、胸元に不気味な「第三の眼」を携えた少女――古明地さとりが静かに座っていた。

 

「連れてきましたよさとり様。地上で霊夢に拾われた、ちょっと『訳アリ』の鬼さ」

「ありがとう、お燐。下がっていていいわ」

 

 さとりが半天狗へと視線を移した瞬間、半天狗の全身には冷水を浴びせられたような戦慄が走った。

 彼女のサードアイが、血のように赤く見開かれている。

 

「ひ、ヒィッ……! 何だ、その不気味な目はッ! わしを……わしをどうするつもりだ! 虐めるな、可哀想な弱者を虐めるなァ!!」

 

 半天狗は床に額を擦りつけ、いつもの「弱者の演技」を開始した。だが。

 

「面白いわね。あなたの心の中、まるで泥沼のように濁っているわ」

 

 さとりは感情の起伏を感じさせない声で、淡々と「言葉」を紡ぎ始めた。

 

「『自分は一度も悪いことをしたことがない』。……そう本気で信じ込もうとしているのね。でも、その奥に見える記憶は何? 盗みを働き、それを人のせいにし、自分を追い詰めた者を逆恨みして殺害し、喰らう。……『善人』が聞いて呆れるわ」

「なっ……ななな、何をデタラメをッ!!」

「いいえ、隠せないわ。あなたの心は叫んでいる。『自分が悪いのではない、この世が悪いのだ』と。そして……恐怖が臨界点を超えると、あなたは自分を被害者に仕立て上げるために『別の自分』を生み出す……」

「や……やめろッ! 黙れッ! 聞きたくないィィッ!!」

 

 半天狗は耳を塞ぎ、のたうち回った。自分の醜悪な本性、一生をかけて目を逸らし続けてきた「事実」を正面から突きつけられることは、彼にとって頸を斬られるよりも耐え難い苦痛だった。

 

「これ以上、ここで騒ぐのは許さないわ」

 

 さとりの冷徹な一言が、場の空気を支配した。彼女は半天狗の「分裂」の特性をも見抜き、その上で判断を下す。

 

「あなたのその歪み……言葉で説得できるレベルではないわね。自分を弱者だと信じ込み、その裏で暴力を振るう。その根性、一度徹底的に叩き潰される必要がある」

 

 さとりは懐から一通の書状を取り出し、お燐に手渡した。

 

「お燐。この方を『旧都』の勇儀のところへ連れて行って。伝言はこうよ。『この方は、自分を弱者だと思い込んでいる、非常に教育しがいのある鬼です。好きにしていいわよ』と」

「ヒッ……? 勇儀……? 誰だ、誰のことだァ……ッ!!」

「星熊勇儀。この地底を統べる、力と勇気を愛する鬼の頭目よ。あなたのような『嘘つきで卑怯な鬼』を、彼女がどう扱うか……楽しみね」

「嫌だッ! 行きたくないィィッ! お助けを、お助けをォ!!」

 

 半天狗の絶叫も虚しく、彼は再びお燐の手押し車に放り込まれた。

向かう先は、力こそが全ての旧都。

 卑怯を極めた「上弦の肆」が、幻想郷で最も「正々堂々」を愛する姐御肌の鬼に預けられることとなった。

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