半天狗が幻想入り   作:ろんぐそーど

4 / 24
第四話

 

 旧都の喧騒が、その一角だけぴたりと止んだ。

 

「…… さとりから差し入れかと思えば、なんだい、この湿気た腐れネズミは」

 

 立ち塞がるのは、燃えるような紅葉色の髪と、額から真っ直ぐに伸びた一本の角を持つ女。四天王の一人、星熊勇儀である。彼女が手にした盃から酒の香りが漂うが、それ以上に、周囲の空間を圧し潰すような圧倒的な「威圧感」が半天狗を襲った。

 

「ヒィッ……アッ、ガ……ッ!!」

 

 半天狗は、その場に崩れ落ちた。

 かつての主、鬼舞辻無惨とも違う。あれは絶対的な恐怖と支配の象徴だったが、目の前の存在は「力の純度」そのものだ。血を啜り、人間から成り果てた後天的なバケモノである自分とは、魂の格が違う。

 

(本物だ……。これこそが、真の……鬼……ッ!!)

「おい、さっきからヒィヒィうるさいんだよ。鬼を名乗るなら、もうちっと骨のある面構えをしな」

 

 勇儀は不機嫌そうに鼻を鳴らす。彼女にとって、卑怯を美徳とし、常に被害者を装う半天狗の精神性は、最も「気に食わない」類のものだった。

 

「ま、いいさ。地底に来たからには歓迎してやる。……まずはその腐った根性を、拳で洗ってやるよ!」

「ヒィィィイ!! お助けをォ!!」

 

 勇儀が軽く一歩踏み出した。それだけで地面が爆ぜる。

 

「死ぬ、死ぬ! 殺されるッ!!」

 

 半天狗はなりふり構わず地を這い、超常的な速度で逃げ惑った。身体が小さい分、その身のこなしだけは素早い。勇儀の振るう風圧を紙一重でかわし、建物の影から影へとネズミのように逃げ回る。

 

「ほう、逃げ足だけは一級品だねぇ」

 

 勇儀は面白そうに口角を上げたが、それも数分と持たなかった。

 攻撃を当てようともせず、ただ泣き叫びながら逃げるだけの相手に、彼女の興奮は急速に冷めていった。

 

「……飽きた。鬼ごっこは子供とやるもんだ」

 

 勇儀の瞳から温度が消える。

 彼女は逃げる半天狗の先を読み、一瞬で間合いを詰めると、何の予備動作もなく拳を振り抜いた。

 

「が、はっ――」

 

 悲鳴を上げる間もなかった。

 勇儀の剛拳が、逃げようとした半天狗の頭部を正確に捉え、一撃でその頭を「消失」させた。首から上が跡形もなく吹き飛び、残された老人の胴体が、糸の切れた人形のように石畳に転がる。

 

「ケッ、期待外れもいいとこだ。さとりも、こんなゴミを寄越すなんてね……」

 

 勇儀はつまらなそうに背を向け、飲みかけの盃を口に運ぼうとしたその時だった。

 背後から、大気を切り裂くような暴風が吹き荒れ、同時に落雷が勇儀の足元を直撃する。

 

「……っ!?」

 

 勇儀が酒をこぼすことなく振り返ると、そこには先ほどの老人の死体などなかった。

 代わりに立っていたのは、若々しく、凶悪なまでの生命力を放つ二人の鬼。

 

「カッカッカ! 楽しいのぉ!愉快じゃのぉ!剛力無双とは正にこのこと。実に見事な拳よなぁ!」

 

天狗の団扇を手に、高笑いする楽の鬼――可楽。

 

「……楽しくもなければ、愉快でもないわ!わしにこれほどの屈辱を……!あぁ……!!腹立たしい!腹立たしい!」

 

 錫杖を握り締め、恐ろしい形相で勇義を睨みつける怒りの鬼――積怒。

 

「……ほう?」

 

 勇儀の目が、再び爛々と輝き出した。

 頭を吹っ飛ばされ、極限の「恐怖」に達したことで、半天狗の真価が引き出されたのだ。

 

「バラバラに分かれたと思ったら、少しはマシな面構えになったじゃないか。……いいよ、その手品。今度はもう少し、楽しませてくれるんだろうね?」

 

 勇儀は盃を地面に置き、獰猛な笑みを浮かべて拳を鳴らした。

幻想郷の「力」の象徴と、外の世界の「醜悪な生存本能」が、旧都のど真ん中で正面衝突しようとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。