またある程度書き溜めたあと投稿しようと思いますので、次がいつになるかは未定です。
気長に待っていただければと思います
「 そんなに怒るな積怒。あの一撃で、あの小僧に首を断たれた屈辱を思い出したか?」
可楽は天狗の団扇を扇ぎながら、隣に立つ男を嘲笑った。その瞳には、恐怖を通り越した狂気的な愉悦が宿っている。
「黙れ! あぁ……腹立たしいッ! あの紅白の巫女といい、ここの連中といい、なぜこれほどまでに、わしらは虐げられねばならぬのだッ!」
積怒は怒りに震え、奥歯が砕け散らんばかりに食いしばった。彼が地に落とす雷撃は、旧都の石畳を黒く焦がしていく。
「おまえも、あの小僧も……わしを、弱者を虐める者はすべて悪だ! 悪鬼だ! 叩き潰してくれるわ!!」
「いいよ、いいよ! その怒り、その身勝手! 鬼らしくなってきたじゃないか!」
勇儀は飛んでくる火花を鼻先で笑い飛ばし、どっしりと腰を落とした。
「ほれ怪力女!こんなのはどうじゃあ!」
可楽が巨大な団扇を振り下ろす。
凄まじい暴風が勇儀を襲い、周囲の建物の屋根瓦を木の葉のように巻き上げる。物理的な衝撃波が空気を圧縮し、勇儀の巨体を押し潰さんとする。
「ははっ、いい風だ! 酔い覚ましには丁度いい!」
勇儀はその暴風の中を、事も無げに突き進む。だが、その足元に銀色の閃光が走った。
「逃がさんッ!!」
積怒が錫杖を地面に突き立て、瞬時に広範囲を覆う雷撃が、勇儀の足元から奔った。逃げ場のない旧都の路地裏。轟音と共に青白い光柱が勇儀を飲み込む。
爆煙が立ち込め、周囲の妖怪たちが「やりやがった!」と色めき立つが、煙を割って出てきたのは無傷の勇儀だった。
「あァ、痺れるねぇ。だが、これだけかい?」
勇儀の羽織は少し焦げ、髪も乱れている。だが、その瞳に宿る戦意は、積怒の雷よりも苛烈に燃え上がっていた。
「面白いのう!わしの風を耐えるか!ならば、これはどうじゃあ!」
可楽が立て続けに風の刃を放ち、積怒は空から雷の雨を降らせる。
「楽」と「怒」。反する感情の連撃が、一人の「力の権化」へと牙を剥く。
「クッハハッ!壊れろ、砕けろ! 愉快じゃのう!」
「死ね! 死ね! 弱者を虐める悪逆非道の悪鬼が!!」
二体の鬼は、もはや先程の老人の臆病さなど微塵も感じさせない猛攻を仕掛ける。
対する勇儀は、その一撃一撃を笑いながら拳で弾き飛ばし、徐々に、だが確実に間合いを詰めていく。
「いいね、最高だよあんたたち! 卑怯だなんだと言われてるみたいだけど、これだけの力があるなら……正面から私を倒してみな!」
勇儀が地面を蹴る。その一歩で、旧都の地盤が地鳴りを立てる。
「首の一つや二つ、くれてやるわ!!」
勇儀が振り抜いた剛拳が、可楽の首を無造作に叩き折った。しかし、可楽はその瞬間、自ら首を千切り飛ばしながら、狂ったような笑みを浮かべる。
「楽」から溢れ出た肉塊が、地面に落ちる前に膨れ上がり、新たな形を成していく。
「……哀しいほどに理不尽で純粋な暴力。恐ろしいな」
ゆらりと立ち上がり、十文字槍を構え勇義を見据える哀の鬼ーー哀絶。
「ようやく俺の出番かぁ!喜ばしいのう!」
背翼で宙を舞いながら、分たれたことに歓喜する喜の鬼ーー空喜。
一瞬にして、勇儀の周囲を四体の若き鬼が包囲した。
「手足が増えたところで、私に勝てると思うかい?」
勇儀は盃を懐に仕舞い、ようやく本腰を入れるように構えをとる。だが、その直後、積怒の冷徹な声が響く。
「可楽、風で視界を奪え!空喜、上空から音波でヤツの鼓膜を潰せ!哀絶、隙を見て急所を突け!……わしが雷で動きを止めるッ!」
四体の連携は、それまでの単調な攻撃とは一線を画していた。
可楽の扇が巻き起こす爆風が砂塵を巻き上げ、勇儀の視界を茶褐色に染めると同時に、上空から空喜が怪鳥のような叫び声を上げ、超音波の塊が勇儀の脳を直接揺さぶった。
「ぐっ……!?」
わずかに勇儀が動きを止めたその瞬間を、積怒は見逃さない。
「逃さんッ!地に伏せろ!」
地を這う銀色の雷撃が勇儀の両足を焼き、筋肉を強制的に硬直させる。そこへ、砂塵を裂いて哀絶の十文字槍が放たれた。
哀絶の鋭い突きが、勇儀の強靭な皮膚を微かに裂き、頬をかすめて血を散らす。
「あははっ! 掠った! あの姐さんに傷をつけたぞ!」
その様子に観戦していた周囲の妖怪達が興奮に湧き立つ。
勇儀が力任せに雷を振り払い、拳を突き出そうとするが、積怒の指示は完璧だった。
「深追いするな!可楽、風を打って距離を取れ! 哀絶、影に潜んで機を伺え!」
勇儀の拳が空を切る。彼女がどれほど圧倒的な力を秘めていようとも、積怒が冷静に戦況を支配し、常に「相性のいい攻撃」をぶつけ続けることで、勇儀の豪胆な攻めは空回り始める。
「チッ、ちょこまかと! 鬼のくせに随分と小細工が効くじゃないか!」
勇儀の額に青筋が浮かぶ。少しずつ、だが着実に。勇儀の衣服には切り傷と焦げ跡が増え、旧都の観衆たちは息を呑んだ。
あの「力の象徴」である勇儀が、じわじわと外の世界から来た「余所者」に押し込まれている。
「あぁ腹立たしい!実に腹立たしい! これだけの力を持ちながら、なぜ貴様はわしを放っておいてくれぬのだ!」
積怒の怒りが増幅するほどに、四体の連携はさらに鋭さを増していく。
「いい加減にしなさい。二人とも」
その声は、喧騒を切り裂くほど鋭く、そして氷のように冷たかった。
戦場のど真ん中、怒れる雷と狂おしい風が渦巻くその中心に、古明地さとりが泰然と立っていた。
「さ、さとり……? 水を差すんじゃないよ、今いいところなんだから!」
勇儀が頬の血を拭いながら不満げに声を上げる。対する積怒は、錫杖を構えたまま地を這うような声で唸った。
「黙れッ! どいつもこいつも、わしの邪魔をするなッ!!」
「勇儀。あなたの楽しみを奪うつもりはないけれど、街がこれ以上壊されるのは困るわ」
さとりは視線を勇儀から四体の鬼へと移した。
「力量的には申し分ないわね。外の世界の『鬼』がこれほど特殊な性質を持っているとは。……勇儀、この者たちをあなたの派閥に組み込みなさい。地底の新しい戦力として、根性を叩き直すついでに面倒を見てあげて」
「ははっ! 面白いね、さとり! 余所者にここまで手こずらされたのは久しぶりだ。いいよ、この余所者、私が責任を持って可愛がってやる!」
勇儀は豪快に笑い、闘争心を満たされた満足感から拳を収めた。彼女にとって、自分を追い詰めるほどの強者は、それだけで受け入れるに値する存在だった。
だが、和解の空気は一瞬で踏み潰された。
「勝手なことを抜かすなァァッ!!」
積怒の咆哮が旧都に轟き、周囲に雷撃が落ちる。彼の身から溢れ出る憤怒は、もはや制御不能なほどに膨れ上がっていた。
「派閥だと? 面倒を見るだと? どこまでわしを、弱者を虚仮にすれば気が済むのだッ! 貴様ら強者が、上から目線でわしを哀れむ……その傲慢さが、反吐が出るほど腹立たしいッ!!」
積怒の眼が、さとりを捉える。心を読み、本性を暴き、さらには居場所まで勝手に決めようとするこの少女こそ、今の彼にとって最大の「敵」だった。
積怒は地を蹴り、全力の雷撃を伴ってさとりへと突っ込んだ。それはもはや戦術的な攻撃ではなく、積もり積もった「理不尽への憤怒」そのものが形となった特攻だった。
「そいつはいけないねぇ!」
さとりの目の前、積怒が雷光を放ち飛びかかろうとした瞬間、横合いから「世界の重み」を凝縮したような拳が、積怒の頭上から叩きつけられた。
「地底の主に手を出すのは頂けないねぇ。礼儀ってもんを叩き込んでやろうか?」
勇儀の本気の一撃。衝撃波で周囲の石畳が捲れ上がり、積怒は防御する間もなく地面へと頭からめり込まされた。首の骨が軋み、あまりの圧力に、錫杖がパキンと音を立てて砕け散る。
「……哀れな人。あなたはそうやって、差し伸べられた手さえも怒りで焼き切ってきたのね」
地に伏せられる積怒を見下ろすさとりの声には、怒りも恐怖もなく、ただ深い穴の底のような、冷徹なまでの観察眼があるだけだった。
「ガ、ハッ……!!」
勇儀の足が、積怒の背中を無慈悲に踏みつける。力でねじ伏せられ、強制的にさとりへ頭を垂れさせられる形となった積怒の瞳には、極限の「怒り」と「憎悪」が混じり合っていた。
「腹立たしいィ!腹立たしいィィ! どいつもこいつも、わしを、弱者をォッ!!」
踏みつけられながらも、積怒は可楽、哀絶、空喜を呼び寄せようと叫ぶ。
極限の屈辱。これを晴らすには、あの「憎」の化身を呼び出すしかない。四体の鬼が泥のように溶け合い、一つに収束しようと異形の拍動を始めようとしたその時だった。
「……ッ!? カハッ、あ……」
収束しかけた肉塊が、急激に萎んでいき、四体の鬼の口から、どす黒い血が溢れ出す。
幻想郷へ来てから、半天狗は一度も「食事」をしていなかった。鬼の活動源である人間を喰らわず、それでいて地底の猛者である勇儀を相手に、力を吐き出し続けたツケが回ってきたのだ。
「力が……出ぬ……。腹が、減って……」
糸が切れたように、積怒をはじめとする喜怒哀楽の鬼たちは、塵を撒き散らしながら消えていく。
「ヒィィィィッ!! お助けをォ、お助けをォォッ!!」
分裂していた四体が消え去った後、瓦礫の山から現れたのは、あの見窄らしい、額に瘤のある老人の姿だった。
先ほどまでの凶悪な気配は霧散し、ただの「震えるネズミ」がそこに転がっている。
「なんだい消えちまうのかい。つまらないねぇ」
勇儀は期待外れとため息を吐き、半天狗は瓦礫の下でガタガタと歯を鳴らして泣き喚く。
「わしは何もしておらん……。わしはただ、怖かっただけなのだ……。虐めるな、わしを虐めないでくだされ……ッ!」
その醜い独白を、さとりは冷ややかに見下ろした。
「空腹で自壊しかけるなんて、本当に世話の焼ける鬼ね。お燐、この鬼を地霊殿の地下に運びなさい。あそこなら死体から出た血肉くらいはあるでしょう」
「了解ですさとり様!ほら、お爺ちゃん、もう暴れちゃダメだよ?」
お燐が手際よく半天狗を手押し車に放り込むと、もはや反撃する力も残っていない半天狗は、車の中で小さく丸まり、ただ「わしは悪くない」と、消え入りそうな声で呪文のように唱え続けていた。
「……勇儀。あの鬼の教育、相当骨が折れると思うけれど」
「ははっ、いいさ。腹が膨れりゃまたあの『怒った奴』が出てくるんだろ? 根性を叩き直す楽しみが、長く続いて丁度いいや!」
勇儀は再び盃を掲げ、豪快に笑い飛ばした。