半天狗が幻想入り   作:ろんぐそーど

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第七話

「ヒィィッ! やめてくれ、まだ夜明け前ではないか! 離してくれェッ!!」

「地底に朝も夜もあるかい! ほら、シャキッとしなよお爺ちゃん!」

 

 地霊殿の冷たい石畳の上、半天狗の細い足首を掴んで引きずるのはお燐だ。昨日までの極限状態とは違い、腹が満たされた半天狗は元気よく悲鳴を上げている。

 バタン、と景気よく地霊殿の巨大な正門が開け放たれた。

 

「……よぉ、お寝坊さん。待ちくたびれたよ」

 

 そこに立っていたのは、腕組みをした星熊勇儀だった。

 

「ヒィィィイイッ!! 出た、出たァッ! 暴力の化身、虐殺の権化ッ!!」

「人聞きが悪いねぇ。さとりから預かった以上、きっちり教育してやるって言っただろ? 今日は昨日アタシらが散らかした旧都の復旧作業だ」

 

 勇儀はニカッと白い歯を見せて笑うと、震える半天狗の襟首を、子猫でもつまむように片手でひっつかんだ。

 

「嫌だッ! わしは弱者だ! 重いものは持てぬ、腰が砕けるゥゥッ!」

「弱音を吐く暇があるなら足を動かしな! ほら、行くよ!」

「あぁぁぁ……! 助けて、助けておくれお嬢さん!!」

 

 半天狗は、門口で見送るお燐に必死に手を伸ばした。しかし、お燐は「あはは!」と楽しそうに笑いながら、ちぎれんばかりに手を振っている。そんな中、地面を擦られながら半天狗の叫び声は遠ざかっていく。

 勇儀の手に握られた自分の襟元。そこには殺意も、冷徹な支配もなかった。あるのは、ただ呆れるほどに真っ直ぐな「明日への活気」だけだ。

 

「さあ、まずはこの岩を一人で運んでもらおうか。できないなら……また頭を飛ばして、『怒ってる方』を出すまでだよ?」

「ヒ、ヒィィィィッ!! やります! やらせていただきますぅぅ!!」

 

 旧都の一角、積み上がった瓦礫の山。

 半天狗は震える手で石材を一つ持ち上げようとしては、「重い、重すぎる……!」と地べたに這いつくばっていた。

 

「おいおい、そんな小石一つで根を上げんのかい? 鬼の面汚しもいいとこだね」

 

 隣で巨大な大黒柱を片手で軽々と担ぎ上げた勇儀が、心底呆れたように鼻で笑う。

 

「ヒィィ……ッ! 無理です、無茶です! わしは骨がスカスカの老人……。これ以上やれば、わしの体はバラバラに壊れてしまう……!」

「壊れる? 良いこと言うじゃないか。壊れたら『中身』が出てくるんだろ? ほら、さっさと自分でやるか、私が手伝ってやるか選びな」

 

 勇儀がニヤリと拳を鳴らす。その圧力に耐えかね、半天狗は「ヒィィィィッ!!」と絶叫しながら、自らの爪で自分の喉を思い切り掻き切った。

 ボトッ、と地面に転がる老人の頭。勇儀が「相変わらずエグい特技だねぇ」と感心して見守る中、老人の体から二つの肉塊が弾け飛んだ。

 

「……腹立たしい。腹立たしいッ!!」

 

 現れたのは、血管を浮き上がらせ、錫杖を握りしめた積怒。そして、ひらひらと団扇を振るいながら現れた可楽だった。

 

「カッカッカ! 昨日は戦、今日は石運びか! 地底の鬼は人使いが荒いことこの上なし!」

 

 積怒は目の前にそびえ立つ瓦礫の山を見上げ、そのあまりの「くだらなさ」と「屈辱」に、錫杖からバチバチと激しい雷光を放出しだす。

 

「わしを……上弦の肆たるわしを、あろうことか『土方』に使うだと……!? 貴様、わしを……弱者を、どこまで愚弄すれば気が済むのだッ!!」

「いいから四の五の言わずに働きな。ほら、そこの岩場を更地にするんだよ」

 

 勇儀が顎で指すと、積怒は怒りのあまり錫杖の石突きを地面に叩きつける。

 

「ふざけるなッ! この怒り、瓦礫ごとおまえを焼き尽くして――」

「あん? なんだい、文句があるならまた『お掃除』してやろうか?」

 

 勇儀が片眉を上げ、一歩踏み出す。その瞬間に放たれた圧倒的な「静かな威圧」に、積怒は言葉を詰まらせた。彼は本能で理解していた。ここで暴れても、昨日の二の舞になるだけだと。

 

「……ッ、ぐぬぬぬぬ……!!」

 

 積怒は血が出るほど唇を噛み締めながら、瓦礫の山に向き直った。

 

「可楽ッ! 突風で細かい塵を吹き飛ばせ! わしが雷で大きな岩を砕くッ!」

「おぉ、やる気になったか積怒! そらよッ!!」

 

 可楽が団扇を仰げば、凄まじい風が瓦礫を宙に舞わせ、そこへ積怒の正確な雷撃が叩き込まれる。巨大な岩がみるみるうちに粉砕され、更地へと変わっていく。

 

「ははっ! 良いコンビネーションじゃないか。あんたたち、土木作業の才能あるよ!」

「黙れッ! 腹立たしいッ!!」

 

 積怒は絶叫しながら、八つ当たり気味に雷を落とし続ける。

 傍から見れば、それは「恐ろしい鬼たちの共演」だったが、実際は「最強の姐御に逆らえない中間管理職」の必死な労働風景であった。

 

「 積怒、見てみろ!怪力女の言う通りじゃ。わしらの力があればこんな瓦礫など砂遊びよのぉ!」

 

 可楽が団扇を仰ぎ、楽しげに笑い声を上げる。その隣で、積怒は今にも錫杖をへし折りそうなほど力を込め、怒りに肩を震わせていた。

 

「黙れ……!おまえも少しは、この状況の屈辱を噛み締められんのか!わしは……わしは腹立たしいッ!!」

 

 そんな二人のやり取りを、勇儀は岩に腰掛け、酒を煽りながら眺めていた。

 

「おいおい、まだ半分も終わってないよ。四人いたんだろ? 出し惜しみしてないで、あとの二人も出しな。そうすれば昼までには終わるだろ?」

「断るッ!!無闇に力を消耗すれば、本体の命に関わる……!おまえのような傲慢な女の片棒を担ぐために、わしらの全霊を出すなど真っ平ご免じゃッ!」

 

 積怒が拒絶の雷をバチバチと鳴らす。しかし、そこへ可楽がニヤニヤと顔を近づけた。

 

「何じゃ積怒、さてはあとの二人を出すのが『怖い』のか? それとも、四人揃っても怪力女に勝てぬのがそんなに悔しいのかや?カッカッカ!弱気だのーー」

 

 可楽がそう言い終える前にドゴォッ!!と、凄まじい衝撃音が旧都に響く。

 積怒の、怒りを凝縮した拳が可楽の頭部を正確に捉え、その首を無造作に叩き飛ばした。

 

「 可楽のくだらん煽りを流すこともできんとは、積怒も相当余裕がないのぉ?」

「仲間割れとは、哀しいほどに虚しい……」

 

 可楽の体から弾けるようにして、怪鳥の如き羽を持つ空喜と、十文字槍を携えた哀絶が姿を現した。

 

「可楽は再生するまで放っておけ!空喜、瓦礫を上空へ運び出せ!哀絶、貴様は地盤を固めろ!休みは許さぬ、わしの怒りが収まるまで働けッ!!」

 

 積怒の指示は、驚くほど的確だった。

 空喜が瓦礫を掴んで飛行し、哀絶が手際よく地面の凹凸を槍で突き固めていく。そこに積怒の雷が岩を砕き、再起した可楽の風が砂を払う。

 

「へぇ……大したもんだ。ただ暴れるだけかと思えば、随分と頭が回るじゃないか」

 

 勇儀は感心したように目を細めた。

 個々の力もさることながら、積怒という強力な「統率者」がいることで、その作業効率は通常の妖怪百人分にも匹敵していた。

 空喜に空中から瓦礫の重心を特定させ、可楽の風で浮かせ、哀絶が杭打ちの如き正確さで地盤を整える。その中心で積怒は、常に全体を見渡し、遅滞があれば雷鳴のような怒声で喝を入れていた。

 

「……あいつ、見上げたもんだね」

 

 勇儀は瓦礫の山から少し離れた特等席で、新調した酒瓶を抱えながら、いつの間にか隣に立っていたさとりへ声をかけた。

 

「どう? 勇儀。あなたの手に余るようなら、また地霊殿の地下に閉じ込めておくけれど」

 

 さとりの問いに、勇儀はケラケラと愉快そうに笑って首を振った。

 

「とんでもない! 最高の掘り出し物だよ。あいつ、『積怒』って言ったかい? あの頭の回り方は本物だ。状況の分析も、味方の使い方も、最適解を叩き出す速度が尋常じゃない。正直、そこら辺の脳筋妖怪よりよっぽど『将』の器だよ」

「……そうね。彼の心の奥には、臆病ゆえの異常なまでの『観察眼』がある。それが分裂という形で表出した時、これほど有能な指揮官になるとは。あなたの評価は正しいわ」

 

 さとりはサードアイを微かに揺らし、積怒の思考をなぞる。そこには勇儀への恨み節と同時に、作業を完璧に遂行せんとする凄まじい執念が渦巻いていた。

 その時、石材を粉砕した積怒が、ギロリと背後を振り返った。

 

「……おい。そこで何を暢気に喋り込んでおるのだッ!!」

 

 積怒の額に青筋が走り、錫杖から火花が散る。

 

「わしら『弱者』をこき使いながら、当の強者どもがそれを肴に酒盛りだと……!? 腹立たしいッ!どこまでわしを愚弄すれば気が済むのだ、この無頼漢めがァッ!!」

 

 勇儀が「あはは、怒ってる怒ってる」と手を振るのが、さらに彼の火に油を注いだ。積怒の視線は、その隣で静かに佇むさとりへも向けられる。

 

「古明地さとり……! 貴様のその、すべてを見透かしたような澄ました顔……! 昨日受けた屈辱、わしは一瞬たりとも忘れてはおらんぞッ!恩着せがましく食い物を与え、人の心を土足で踏みにじったその罪、万死に値するッ!!」

 

 積怒は怒り狂い、錫杖を二人に向けて突き出した。

 

「怪力女、 貴様もだ! サボる暇があるならその怪力で石の一つでも運べ! さもなくば、この瓦礫ごと貴様らを黒焦げにするぞッ!!」

 

 勇儀は感心したように盃を置いた。

 

「聞いたかい、さとり。私に『働け』なんて命令する奴、地底でもあんまりいないよ。……いい。ますます気に入った!」

「ヒ、ヒィィィィッ!! やめろ積怒ッ、それ以上は刺激するなァァ!!」

 

どこかにいるであろう小さくなった本体の悲鳴が風に乗って聞こえてきたが、積怒の怒りの奔流は止まらない。

 彼は今や、恐怖を「怒り」というガソリンで焼き尽くし、格上の強者たちに堂々と啖呵を切るという、外の世界ではあり得なかった奇妙な「意地」を見せ始めていた。

 

 

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