伊藤カイジ。
あの男のせいでワシは班長という地位と権力を……金を……信用を失った。
黒服からの評価も地に落ち、債務者からは「もう騙されない!」、「大槻と関わったらとばっちりを食らう!」と距離を置かれた。
ワシの右腕左腕とも言える沼川と石和は「大槻と一緒にさせると何をするかわからない」という周囲の不安と大槻を孤立させたい管理者側の判断からそれぞれ別の班に異動となった。
もはや完全なる”詰み”。この過酷な地下生活で普通に生きていくだけでも困難なのに、班長復帰なんて無理、夢物語。
「だが……!」
ワシは黒い笑みをこぼす。
自分で言うのも何だがワシは「地下で最も人間臭く、最も狡猾な男」。
そんなワシだからこそ復活の道が見える。
ワシは一人の男に目を付けた。
ワシから見ればわかる。この男は怖そうに振舞っているが実は見栄っ張りの小心者。こういう人間は弱みを握れば駒のように動いてくれる貴重な人材だ。
その後ワシは気づかれないように細心の注意を払いながら外山の行動を監視した、度重なる黒服や債務者の嫌がらせや陰口に耐えながら、ただひたすらその”機会”を待った。
そしてついにその時が訪れる。
外山が何かを落としたのだ。本人は気づいていない。
ワシは他の誰かが拾って確認する前にソレを回収した。
「ククク……。いかんなぁ、アンタみたいな周りの評価を気にしそうな男がこんなモノをおとしちゃあぁ……」
ワシは周囲にバレないように笑いを隠すのに必死だった。
ワシが拾ったもの。それはとある風俗のサービス券だった。
外山が時折そわそわしていた。その時決まってポケットをしきりに気にする姿をワシは見逃さなかった。
ワシは二人きりになる機会を得ると外山にサービス券を見せた。その瞬間、先ほどまでの不機嫌な顔が面白いように青ざめる。そんな外山に「いやぁ~、お若い、うらやましいですなぁ……」とおだてて続ける。
「外山さんみたいな厳格そうな方も実は遊び心を理解しておられるんですね……ご家族の不幸があると嘘をついて。ただでさえブラックの帝愛で忌引きと嘘ついて風俗。いやぁ外山さんはチャレンジ精神も旺盛な方だったとは……」
ワシの言葉に外山は青ざめる。額からはじっとりと汗が噴き出る。それが面白かった。
(や、やめてくれ……! これがバレたら……俺の人生が終わる……!)
そんなことを言っているだろう、心の声を嘲笑しながら。この男のみみっちいプライドを守ってやるため、ワシは本題に移る。
「外山さん。この事を知っているのはワシだけ……黙っておきますよ」
「ほ、本当か!?」
「ただほんのちょっとだけワシの
そうしてワシは外山から地下では絶対に手に入らない酒やタバコなど様々な嗜好品を手に入れては裏で債務者どもに流した。
当然隠れて飲み、吸っていた者は見つかる。そこで債務者が『
ワシは売ったやつらに言った。
「もし『
と本当のことを話さない方が得だと誘導した。
同時にワシは別の班にいた沼川と石和とともに他の班員を買収し、密かに他の班長に持ち込み不可の物を班長達の服や部屋に入れるようにした。
ワシの目論見通りに事は進んだ。他の班長達はワシが仕掛けた“濡れ衣”により特権を厳しく制限された。
物資管理の不備、横流しの疑惑、黒服からの密告……。
どれも“証拠”だけは完璧に揃っていた。中には失脚する者もいた。
そのため地下労働者の息抜きだった物販などに支障が出るようになった。
労働者は不満を募らせ、その不満に黒服は対応せざるを得ない状況になった。次第に労働者や黒服達で不満や責任の押し付け合いに発展。地下は一気に混乱した。
「ククク……今がチャンスだ……!」
ワシはその混乱に乗じた。物資の横流しを加速させ”欲望に飢えた連中”を虜にした。
同時に買収と外山以外の黒服や債務者の弱みを掴むために横流しで得た
サボりやその人間が犯した誰にも知られたくない
地下は”弱み”の宝庫だった。
人間なんて……弱みと欲で簡単に動く……ワシはそれを知り尽くしている……!
気づけばワシの影響力は班長達を上回り、債務者はおろか黒服ですらワシに以前のような態度は出来なくなっていた。
ワシに”弱みリスト”を見せられた黒服は誰も横柄な態度を取れず、中には敬語で話す者まで現れた。
債務者どもはひっきりなしに「アレはいつ入りますか……?」と聞くようになり、ワシの物資なしでは我慢できない身体になっていた。
地下の空気は完全に変わった。
ワシの前では誰も強がれない。誰もがワシの顔色を
”班長復帰”現実味を帯び始めた。
「だがここでの油断は禁物……。油断すれば……あの時の二の舞……」
ワシは戒めに持ち続けているシゴロ賽をジッと見た。シゴロ賽の角には、あの時ついた小さな欠けが残っている。
(忘れられるわけがない……! ワシが地べたに這いつくばった、あの屈辱……!)
胸の奥に、あの時受けた痛みが
自分達も楽しんでいたことを忘れる債務者の怒号。そして……黒崎の冷徹な正論が脳裏に響く。
『他人にはするが…自分がされた時は御免被る…通らないだろう いくらなんでもそれは…!』
その声が、今まさに高揚しかけていた心を一瞬で冷やす。
まるで大量の冷水を頭から浴びせられたように、熱が引いていく。
ここでしくじれば全てが水泡に帰す。そのことを自分に言い聞かせる。
気持ちを引き締めたワシはふと思い出す。
現在『賭博堕天録カイジ』は『24億脱出編』というのをやっており、現在は長期休載に入っていると。
「ふ……」
ワシは鼻で笑う。
「賭博堕天録カイジ 24億脱出編の二次創作の賭博堕天録カイジ 24億日常編?
24億を奪ったカイジたちの逃亡劇が“長期休載”によって凍結された世界。
逃げる側も追う側も、物語が動かないせいで日常に閉じ込められ、終わらない恐怖と停滞に苦しんでいた?
そんなもの勝手にやっていればいい。ワシは今それどころではない……。ワシは動く……! 地下で……再び、否! あの時以上の富と権力を得るために……!」