逃げる側も追う側も、物語が動かないせいで日常に閉じ込められ、終わらない恐怖と停滞に苦しんでいた。
しかしこの男にとっては物語が進まないことなどどうでもいいことだった。
裏カジノの事務室。
薄暗い蛍光灯の下で、裏カジノのオーナー
彼の足元には何本もの空き缶が無造作に転がっている。
「……なんで……なんでざんすか……!?」
バンッ! と村岡は机を叩く。
「わしは……この村岡隆は17歩編のラスボスざんすよ……!? Eカード編の
村岡は机に並べたスピンオフ単行本を睨みつけた。
「わしだって……17歩編のラスボスだったざんすよ……? なんでスピンオフ作品に採用されないざんすか……!?」
新たに開けた缶を持つ手が震える。
「利根川や大槻、一条と違い、わしは臆病さからくる慎重さでカイジを追い詰めた難敵だったんざんすよ!? 自信が過信となった所を突かれて敗北した奴らと違い……疑心を起こさずどう勝負させるか苦心させた難敵ざんすよ!? あいつらがスピンオフ作品の主人公に抜擢されて、なんでこの村岡隆が抜擢されないざんすか……!?」
村岡は椅子にもたれ、天井を見上げる。
言ったところで誰も返しはしない。返ってくるのは事務所の壁に跳ね返る自身の声。
虚しさを覚えた村岡はコーヒーを一気に飲み干す。
胃がムカつき吐き気を覚える。それでも飲まずにはいられなかった。
「わしだって……再起したいざんすよ! 利根川みたいに……大槻みたいに……一条みたいに……”敗者の知られざる一面”を描かれたいざんすよ……!」
村岡は震える手で缶を持ち上げる。が、口に運ぶ前に少しこぼれ、胸元を汚す。胸元の染みを見下ろした村岡が情けなく笑った。
「……なのに……なのに……」
だらんと落ちた手から飲み終えた缶がカランッと落ちる。わずかに残ったコーヒーが床を汚すのも気にする様子もなく、村岡はぼやいた。
「……作者はいつまで放置するつもりざんす……? 利根川や大槻、一条ほどでないにせよ……この村岡隆にも固定のファンは存在するざんす……出せばそれなりの人気は出せるはずざんす……カイジを別角度から追い詰めたこのわしを主人公にしたスピンオフ作品……絶対目玉になるざんす……」
村岡は深く息を吐いた。
その吐息には諦めと未練が混じっていた。
「……わしは……“ラスボス”じゃなかったざんすか……? ”強敵”じゃなかったざんすか……?」
自身に残る自信が大きくしぼむ。
事務室の静寂が、村岡の言葉を飲み込む。
大半を絶望に圧し潰され、胸の奥がじわりと痛む中、村岡は呟いた。
「作者……連載なんかしなくていいざんす……だから……この村岡隆を主人公にしたスピンオフ作品を……」