記憶ほど信用できないものはない。時間によって摩耗し、時には補完し、完全な状態で保持できるものはいないだろう。それでも、そんな不確かな記憶でも鮮明に刻まれているものがある。
恐らくあれは神様だったのだろう。死後に起きた超常的な現象。姿は見えなかった。あの時見えたのは暗闇の中に視界いっぱいに広がる光だけ。ただその光か、はたまたその奥から感じる存在感が本能的にこの存在は『神』に類するものだと感じ取れた。
転生する際、九条琴音は神と出会っていた。
そこから先の記憶は曖昧だ。テレパシーのように脳内に直接意図を注ぎ込まれ、願いを求められた。エキサイト翻訳するならこれから第二の人生だけど欲しいものある?といった感じだ。実際には意思らしいものは少しも感じ取れなかった。単純にあの存在が大き過ぎて理解する、しないの次元に無いだけかもしれない。その瞬間は一瞬のようでいて、永遠のようにも感じられた。
正直、正常な判断はできていなかった。目の前にライオンや熊がいて平静さを保てるだろうか、いや出来ない。ましてや相手は神のような存在で、こちらはただの一般人。非モテ独身で生涯を終えた社畜の身で何かができる訳もなく……。
結局絞り出した願いはモテたいからと恵まれた容姿を希望し、どんな事にも適応できる身体を求めた。
身体について求めたのは、転生という概念から異世界とか漫画の世界にでも飛ばされると考えていたからだ。だから生き残れるようにと要求を出した。今思えばサブカルに浸かり過ぎていたのかもしれない。
で、結果としてあの存在は要望通りのものを与えてくれた。
「な、……なんで性別が女で、しかも異世界とか関係ない現代日本に転生なんだ……!!」
知らない他国だとか、ファンタジーやSF系の異世界より日本で生まれた方がいいのは分かる。それでもなんか思っていたのと違うと、思わずにはいられない。
「現代日本だとこの身体はオーバースペック過ぎるし……。」
この身体はやろうと思えば何にでも適応してしまう。神の御業に偽り無しと言うべき代物だった。
例えば木の枝を拾ってレイピアのように扱いたいと思えば、身体は動けるように適応してそれを完璧にこなせるようになる。
構えも、足運びも、木の枝捌きも完璧にこなせるようになっている。空中を舞う木の葉を突き刺すことだって目を瞑っていてもできてしまう。知識が一切なくともそう在りたいと考えたら、それが出来るようになる。
琴音が望んだ次の瞬間、そこには木の枝を無駄のない動きで優雅に扱う幼女がいた。その姿を見たものにはまるで本物のレイピアを振るう剣士がそこにいるかのように錯覚させることだろう。(精神汚染)
因みに存在しないことには適応できない。これについては検証済みだ。かめはめ波は撃てなかった。
メリットしかないように聞こえるかもしれないが(実際その通りであるが)、デメリットがあった。
それは一切合切にやり甲斐を感じなくなってしまうことだった。努力が必要ないということは、達成感がないということでもある。最初からレベルマックスで何もする必要が無い状態でゲームがスタートするのと何ら変わらないのだ。凡人にとってこの力は劇薬でしかない。
加えて適応した状態は特定の場合を除いて、オートで身体を動かしている感覚になる。容姿も相まってゲームのアバターが動いているのを一人称視点で見ているのと大差ない。それが自分である必要がまったくもってない。
例えば着ぐるみを着ていてそのガワだけ褒められたとして、嬉しいと感じるだろうか?
ただこれは贅沢過ぎる悩みだと分かっている。前世の自分にこんな話をしたら、きっと『何も無いよりいいだろ』と顔面にパンチを打ち込まれるはずだ。まったくもっておっしゃる通りである。
「男にモテても意味ないし……。」
女性の身体でいたら精神が女性になるとか嘘だ。自認はずっと男であるし、女性が好きだ。それはずっと変わっていない。
鏡の中に映る自分の容姿に惚れそうになった時(当時4歳)、感じたのは危機感だった。
文字通り神様から与えられた美貌だ。これは自意識過剰ではない、まだ幼稚園であったのに何人もの男子がアピールしてきていたからだ。どこかから摘んできた花を渡してきたり、どんぐりを拾ってきたり。こちとらリスじゃないんだが。もぅマヂ無理。リス化しょ。
ただ、わたしばかりをちやほやする男子を見たからか、女子には距離を取られたり露骨に不機嫌そうな態度を取られたりした。女性にモテたいだけだったのに、真逆の結果になってガチで泣きそうになった。わお、泣きそうな表情まで可愛いじゃん……。
最終的には前髪を目を隠せるくらい伸ばして、地味な感じに擬態してやり過ごした。
「神様のおかげで人生イージーモードです、けどなんか思ってた感じと違うんだけど……!」
嘆いた所で何も変わらない。前世独身社畜はこうして気づいたら第二の転生ライフを歩むこととなっていたのだった。
◆ ◆ ◆
そんなこんなで時は流れ、小学校に入学。幼稚園の頃はまだ良かったと後悔する事になるのは少し先のことである。
幼稚園にいた頃とは大きく環境が変化する。一つの教室に三十人程度でそれが三クラスで6年生分。つまり生徒だけで軽く500人は超える。
人が増えるということはそれだけトラブルも起こりやすい。それに自我もより形成されていく。
地味そうな見た目にしていたとはいえ、生活している中で気づくものは気づく。
肌荒れもニキビも一切なく、声もまるでアニメやゲームに出ているキャラクターみたいに可愛く、整った体型で、近くにいるとなんかいい匂いのする女子。
地味子ではなく、目隠れの超絶美少女でしか無いのだ。
尚、当の本人は自分に惚れそうになった一件からまともに鏡を見ていないので気づいていない。まるで擬態できていない。
ここまで揃っていれば小学生男子にとって気になる相手になるのに十分過ぎる理由だった。ただ、ぱっと見は地味そうな見た目であるので直接好意を口に出すことは滅多にない。あくまで興味はないけど、といったスタンスだ。これに関しては表立ったアプローチが少ない分、琴音にとっては気にするほどの事ではなかった。
しかし、女子からしたらバレバレである。男子の視線がどこに向かっているのかなんて直ぐに分かるし、態度だって露骨だ。隠せていると思っているのは本人だけだ。
当然、一人だけ気を使われていたり、ちやほやされている事に良い気分はしない。
じわじわと女子たちとの間に溝ができていた。
それに加えて問題になったのは琴音は前世よりも陰のものになっていたことだ。女性とは前世からまともに話せておらず、今世でもそれが変わる事はなかった。むしろ意識している分、余計に話しかけ辛かった。
「プロフィール帳持ってきた?」
「あ、あるある!」
「好きな人の欄もちゃんと書いてよね!」
「えー! 書かないし!というか書いても見せないから!」
女子の間での盛り上がり当然ついていけない。プロフィール帳って何やねん。琴音はもう婚活でもしてるのかと見当違いのことを考えていた。
(好きな人を書くって、小学生相手にわたしがそれしたら犯罪なんだが……!警察のお世話になる訳には……。)
そんな馬鹿げたことを考えているくらいには馬鹿である。結局、話に加わる事もできずに教室のインテリアと化しているのがいつもの日常になってた。会話をしていた女子がそんな琴音にちらりと視線を送る。
「琴音ちゃんは誰か好きな人いる?」
琴音の肩が一瞬だけ跳ねる。自分にボールがとんでくるとは思ってもみなかった琴音は直ぐに返事を返せない。
「あー、それ気になるー。ね、誰にも言わないから教えてよ。」
「えっと、……その。」
黙って座っているだけの琴音という陰キャに優しいギャル(ギャルではない)は実在した!そんな神話生物にでも遭遇したかのような驚き具合である。
琴音はこのチャンスをなんとか掴もうと、少しうきうきになりながら返答を絞り出そうとしたが、残念ながら相手は別に琴音の回答を期待して話を振った訳ではない。
「やっぱりいいや。たぶん興味ないんでしょ。」
「分かるー、そんな感じするよね。」
「だよねー。」
知ってた!まともにレスポンスを返せない者に人権は無い……!と本気で思っている琴音だったが、相手がしたのはノーガードの顔面にストレートだ。端的に言って嫌がらせである。琴音は呑気に適応をすればどうにでもなるのにと考えている頭お花畑である。
ただ実際にやろうと思えば会話も完璧なイケイケ女子に適応できる。ただ、それをしてしまえばイケイケ女子の視点を眺めるだけのゲームのような人生である。そこまでしたら生きているとは言えなくなってしまうと内心で考えていた。つまりは女性にモテたいという難題を解決する方法なんて無く、琴音の小学生生活には既に暗雲が立ち込めていた。
(もしかして、女性にモテるの無理では???)
判断が遅いというやつだろう。転生した程度で人に好かれるようになるほど現実は甘くなかった。
転生した前世男→今世女が現代日本で生きていく話で、チート的な能力あり、ギャグ寄りです。
因みに主人公は『生まれる予定だった誰か』を乗っ取って存在している訳ではなく、『生まれる筈のなかった子供』として存在しています。転生というイレギュラーを通す事になるので、すでに存在している運命(生まれるべくして生まれた子供)に組み込むのではなく、存在していなかった運命(不妊の親子の子供にする)としてこの世に生み落とした感じです。このことを主人公は理解しています。神様はアフターケアもバッチリです。
主人公が転生者に選ばれた理由はとくにありません。個人的な解釈ですが神様みたいな上位存在からしたら人が何してようと好感度が変わる事が無いと思っているからです。この世界において、琴音が相対した上位存在はそんな感じ。それと他に転生者が出てくることはありません。